第14章:第27話
今の自分なら、瞬き一つで引き裂いてしまいそうな程、細く儚げな少女が佇んでいた。
リディはきょとんとした顔で首を傾げ、不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
「オズ、だいじょうぶ? なんだか、様子がおかしいみたい?」
一歩一歩、こちらに近づいてくるリディはあまりにも無防備だった。「来るな、逃げろ」と言おうとしたところ、新たな魔法陣が生まれてリディを切り刻もうと刃を生やした。リディは「わぁ」と緊張感の無い声をあげてこちらの攻撃を全て避ける。リディに傷一つ付かなかったところを見て、俺は半分安堵し、半分苛立った。外見があまりに華奢なのでたまに忘れかけるが、そういえばこいつは残虐無慈悲な破壊神を無力化させるほどの化物だった。
リディは耳に手を当てながら数秒黙り込んだ後、目を丸くした。
「わぁ、大変。今、セイラから聞いたわ。メディの血を吸ったんですって?」
リディの言葉に返事をしようとするたび、力が暴走してリディを攻撃しようとする。自分の頭もおかしくなっていく。早く抑えなければ──リディならば、多少の攻撃では死なない。そう信じて、俺はリディに言った。
「そうや、せやから……あの時の約束を、今果たせ。お前の手で……全部終わらせろ」
リディは唇を噛んで哀しそうにこちらを見つめる。その間にも、新たな魔法陣が生まれてリディに無数の矢を放ち、リディは横や後ろに一歩移動するだけで全ての攻撃を避けていた。
「……やっぱり、オズは殺してほしいの? あれよね、殺すと、ヒトって動かなくなっちゃうのよね? 私は動かなくなったオズでもほしいけど……でも、たくさん動いて、喋ってくれるオズのほうがいいなぁ……」
リディは瞳を潤ませながらこちらを見つめる。その時、頭の中で声がした。殺してやる。殺してやる。神どもめ、何もかも殺してやる──いつしか「力を抑えなければ」という意識も薄れて、その声が自分自身の意志であるような気がしてきた。いつのまにか、勝手に増え続けていた魔法陣が、自分の意志で操れるように、使う魔法も選べるようになっていた。知りもしない魔法の知識が頭の中に流れ込んでくる。今は亡き師が思い描いていた「神に成る」とは、こういうことなのだろうか?
背中の翼が自分とリディを覆うように広がり、いつのまにか俺は心の底からリディにこう言っていた。
「どうせみんな死んでいく……お前が終わらせないなら、俺がお前も、世界も、何もかも殺してやる」
リディは険しい表情で俺の目を見つめ、哀しそうに答えた。
「殺したくないけど、オズ……苦しそう。とりあえずあなたを止めて、動けないようにするわね」
そう言うと、優しい風が吹いた。すると、リディは風と共に桜の花弁になって舞い散ってしまった。同時に、頭上の空中要塞が再び蒼く輝く。ここにいるよ、と呼んでいるようだった。骨と鉱石の翼を広げて羽ばたいてみると、ふわりと身体が浮いた。要塞の上の透明な桜の樹の上で、リディは涙ぐみながら微笑んでいた。あの笑顔を摘み取ってやろう。そう心に決めて、俺は夜空を駆けあがった。空中要塞の副砲が自分の背の翼を狙う。オーロラのような色の光線が放たれた瞬間、身をよじって間一髪光線を避ける。外れた光線は遠くの山を真っ二つに切り分けた。
「わぁ、すごい。これを避けられるなんて、メディ以外にはじめて。それに、呪文を唱えなくてもたくさんの魔法を同時に使えるし。オズ、ほんとに強くなったのね。どうして? やっぱり、メディの血と、最古の魔法使いの実験のせい?」
桜の樹の上でリディが尋ねる。白い首筋が月明りに照らされる。ブラン聖堂の地下で彼女の首筋に牙を立てた時のこと、あのときの血の味を思い出して喉が渇いた。俺は桜の樹に向けて手を伸ばしながら、リディの問いに答えた。
「そら、そうやろなあ。ずっとずっと、強い力が欲しかった。何も奪われずに護りとおすことができる、最強の力がほしかったんや。この力があれば、今なら……お前にも手が届くやろか?」
そう言うと、骨と鉱石の翼から小さな翼竜のような使い魔が十匹ほど生まれ、紅の炎を纏いながら桜の樹に向けて羽ばたいた。しかし、空中要塞の副砲に加えて、桜の根が砲台のような形に変化し、瞬く間に翼竜たちを撃ち落してしまった。俺自身に痛みは無かったが、翼竜たちはどろりと血を流しながら地に落ちていった。
リディは恋する乙女のように瞳をきらきらさせながら言った。
「わぁ、うれしい。オズ、そんなふうに想ってくれたの? でもごめんね。私、神様だから、オズが私を殺そうとするなら、追い払わなくちゃいけないの」
水晶の空中要塞、透明な桜、オーロラの砲。リディの力はこれまで出会った誰の力よりも美しかった。師の言葉を思い出す。これが、アディリシオさえも惹かれた神の力か。対して、俺の力はメディ由来の紅の鉱石を除くと、骨と血と炎。皮肉なものだ。これまで多くの人の死を悲しみ、憎悪を滾らせてきたというのに、模造品の神となって新たに手に入れた力はまるで「死」そのものだった。リディは次弾を撃とうとする俺を見つめながら寂しそうにそう言った。
「あなたは、神にヒトは理解できないと言ったわね。なら、ヒトに神は理解できるかしら。オズ、あなたに私がわかるかしら。……昇ってきて。ここで待ってるわ」
その期待に答えるように、俺は空中庭園に向けて羽ばたいた。炎を盾のように纏いながら突進し、砲撃の雨を弾きながらリディのもとへと突き進む。行く手を遮る桜の根は、骨のナイフに炎を纏わせて凪払い、空中要塞を切り崩しにかかった。要塞に食いつこうとする姿を見て、リディは頬を薄紅に染めながら、うっとりとした表情で俺に手を伸ばした。
「わぁ、かっこいい、本当に素敵……。いいなぁ、ほしいなあ……。みてみてオズ、私、副砲だけじゃなくて主砲も持ってるのよ。メディもこれでがんばって倒したの。これを撃たれたら、あなたはどうする?」
大口径の主砲が巨大な口をこちらへと向ける。副砲の一撃だけでも山が崩れるほどの威力だ。神の血を得て強くなったとはいえ、直撃したらひとたまりもない。どうにかして避けきるというのが最善の選択だろう。しかし、相手も何度も逃げ回ることを許すはずもなく、桜の根が翼や手足に絡みつき、こちらの動きを止めた。桜の根はそのまま獲物を主砲の真正面へと運ぶ。大きな丸い穴の奥でオーロラと星屑をかき混ぜたような塊が輝いていた。
「おま、殺したくないとか言っておきながら、メチャクチャ容赦ないんやな……」
俺は思わず苦笑いする。ついさっきの涙はどこに消えたのやら、リディは頬を染めながら瞳を輝かせていた。
「だって、オズが必死で私のところまで来てくれようとしているんだもの。ドキドキしちゃう。うふふ、なんか嬉しいから、たまにはちゃんと呪文言ってみようかな。オズ、ちゃんと受け止めてね」
いや、無理だ。その主砲、大陸の中央にあるブランから端っこのアンゼレまでぶち抜けるほどのバカみたいな力なんだぞ。だがそんな抗議が乙女の胸のトキメキに通用するはずもなく、リディは指先でハートを描きながら呪文を唱え始めた。
「この世を創りし蒼き瞳の女神よ……あ、この女神ね、私。えへへ。えーっと、星を穿つ裁きの光よ……」
そんなふざけた詠唱で星が穿たれてたまるか。どうする、どう回避する? 俺は頭に流れ込んできた見知らぬ魔法の知識を思い返しながら現状打開の手段を探す。絶体絶命の状況とはいえ、先程の様子なら今の自分なら「こうしたい」と強くイメージすれば、身体は過剰なほどに勝手に答えるということはわかってきた。ならば──俺は目を瞑り、あの主砲の中の輝きが自分を呑み込む瞬間のことをイメージする。リディの詠唱が終わるのはそれとほぼ同時だった。
「…星は掌、あらゆる因果よ、平服せよ! 命の牢獄の鍵穴を開け! トゥエ・モ・プール・トゥジュール!」
七色の光が渦を描き、夜の闇を引き裂きながらこちらに迫る。その光を中心に、雲が千切れ、谷が宙に浮かび、山が陥没し、世界が時計回りに回転する。あれを真正面から受け止めたら、俺は塵も残さず灰になるのだろう。クソ女神め、あのメディでさえ手加減というものを知っていたんだぞ。そちらがその気なら──と、俺も短い呪文を唱えた。
「この世を壊す紅き瞳の女神よ……我が身を獄炎に捧げ、死の翼を授けよ! フェニクス・ドゥ・サンドル!」
そして、俺は主砲の攻撃を文字通り真正面から受け止め、回転する世界と共に引き裂かれて灰になった。
暖かい風が吹いた。灰は月に向かって昇る。やがて吹き上げられた灰は一つに集まり──再び、人の形になった。
「死を纏う血よ、この大地に終焉の雨を降らせよ! サン・プロフティ・ユヌ・モール!」
月を覆い隠すように灰の雲が生まれ、空中要塞のみならず、大陸全体に向けて血の雨を降らせた。自分の身体が、手足が再び元の形に近づくにつれ、意識がはっきりしてきた。先程まで見上げていたはずのリディを、今度は見下げる構図になる。
「今度はお前が受け止めろ! その澄ましたツラ、グシャグシャに溶かしたる!」
降り注ぐ血の雨を桜の枝葉が受け止める。しかし、血に触れた途端、煙が上がり枝葉が溶け始めた。透明な桜は勿論、空中要塞に備えつけられた兵器全てが毒の血によって侵食されて溶けて崩れていく。リディは溶けていく要塞を見つめた後、まだ深紅の雨を降らせ続けている灰の雲を見上げた。
「わあ、すごいすごい! 本物の神様みたい! でもね、顔はやめてね。私、オズの前では綺麗な姿でいたいな」
そう言うと、リディは桜の花々の砲を灰の雲に向けて放った。砲弾は灰の雲の中で弾け、雲ごと引き裂いていく。月を覆っていた雲は徐々に晴れ、リディは再び月明りを浴びながら哀しそうに微笑んだ。
「オズが私のところに来るためにここまでしてくれるなんて嬉しい。本当に力を手に入れたのね……本当にやめる気はないのね。倒さなきゃ、いけないのね」
リディの表情を見た時、思わず笑いが零れた。今、彼女は僅かでも心に傷を負っただろうか。俺の言葉、行動がリディの心を動かす時、空虚なこの心も少しだけ癒されるような気がした。
「前に言うたやろ。俺はお前みたいな別嬪さんからかうのが大好きなんや。いじめるのもな」
俺は彼女の傷になれるだろうか。敵の空中要塞は一部崩壊し、副砲は溶けかけていたが、まだリディ本人は怪我をするどころか服に汚れすら付いていなかった。しかし、連戦による傷は隠しきれていない。あちらが使える兵器は主砲と桜の花々に付いている小型の砲のみ。主砲は強大な威力である分、小回りが利かないだろう。勝ち筋が見えないというわけでもなかった。
「もう、別嬪さんなんて、そんな調子のいいことばかり言って。そんなこと言われても、私だって神様だから、そう簡単にからかわれるわけにはいかないのよ」
桜の花々がこちらに照準を定めながら、リディの盾となるように咲く。空中要塞はありとあらゆる美しいものをかき集めたかのように輝き、その背後では地上の世界が深紅に燃え盛り死んでいった。その光景を見た瞬間に嗤いが漏れ、「何もかも壊してやる、殺してやる」と考えた俺自身も、もはやヒトではない化物に成り果てていたのだろう。
「つれない奴やなあ。もっともっと、遊ぼうや。なあ、リディ?」
地上の世界が焼けていく様を見るたび、自分が自分でなくなっていくような気がした。喉の奥が熱くなり、心臓が締め付けられるように痛み、頭が割れそうなほどに痛い。新たに湧き上がってきた力を抑えることができず、次から次へと魔法を使って放出しなければ自分の身と心が破壊されてしまいそうだった。相手がリディでなければ、とっくにこの衝動をぶつける先を失くして暴走していただろう。
再び毒の灰が雲を作り、血の雨を降らせる。月の光を浴びた血が紅に燃え上がり、空中要塞のみならず大陸中へと降り注いだ。リディは桜の花で要塞を包み、炎の侵入を防ぐ。桜の盾に弾かれた炎の雨は、地上の街を、山を、森を、人を燃やし、大陸中が紅の輝きで埋められていった。俺は人々が死んでいく様を見て嘲笑っていた。これまで心臓を締め付けられるような想いをして見ていたはずの光景が滑稽で面白可笑しく感じた。だが心の奥には、そんな自分の変化を感じ取り、冷めた嗤いを浮かべる別の自分がいた。
それから、両者の争いは月が沈み、地平線が明るくなりはじめるまで続いた。咲き誇る桜を燃やし、溶かし、引きちぎり、殺意と渇望を胸に、俺は彼女へと手を伸ばす。だが燃やした分だけ新たな桜の蕾が芽吹き、純白の女神を飾り立て、煌めく弾幕が侵入者を追い返す。桜吹雪の向こうではリディが薄く微笑んでいた。それが視界に入る度に、彼女を深紅で穢してやりたいという欲と、全て終わらせてやるという衝動と、ほんの僅か──彼女が言った「待っているわ」という言葉に応えたいという想いがこの背中を押した。そして俺は闇の空と輝く地が逆転するまで、何度でも行く手を阻むものを凪払い続けた。
そして東の空に白い太陽の頭が見えた頃──
「あら、もうこんな時間。おはよう、オズ。そろそろおやすみしましょ」
リディの声と共に、大陸を引き裂く兵器が再び鎌首を上げた。メディを追い詰めた輝きの結晶、空中要塞の主砲。俺を容易に呑み込むほどの巨大な空洞に光が結集していく。陥没したはずの山が再び隆起し、宙に浮いたはずの谷が崩れ落ち、反時計回りに世界が廻る。
「これで決めようってことか……さあて、どないしよか」
お互い満身創痍だった。リディを護る桜は枯れ果てた一方で、俺も全身を撃ち抜かれ、今にもバランスを崩して地に落ちていきそうな状態だった。どちらも残り打てる手は限られている。そして、目の前で輝く主砲をもう一度やり過ごさなければこちらの詰みが確定する。
前回の方法は二度も通用しないだろう。あらゆる輝きが一点に集まっていく様を見つめながら、俺は「これを防ぐほどの力が無いのならば、この主砲の力自体を利用できないものか」と考えていた。例えば、この主砲の穴を塞ぎ、力が放たれる前にこの主砲の前で爆発させるとか……しかし、穴を塞ぐほどの質量を用意する力も時間も無い。俺は空と大地を見渡し、使えそうな物を探した。──そして、見つけた。
「……いやぁ、さすがにそれはアホやろ」
目についたものは、空に浮いた島だった。一度目の主砲の砲撃の際、大陸の一部が抉り取られ空に浮きっぱなしになっていた。今、一度目の砲撃とは逆方向の力がかかっているせいで、空の浮島は崩れかけて地上に落ちようとしていた。
「星を覆う風よ……我が意に従い、奇跡を運べ! ラ・ヴァン・ドゥ・ミラコ!」
俺が打った手は、「ただの強風」だった。空の浮島の落下の軌道を変えるほどの強風、しかし、それ以上の効果は持たないただの風だ。しかし、落下する浮島が主砲の真正面に並んだ時、事態は一変した。まるで石ころのように巨大な浮島が主砲の口へと吸い込まれていった。
「うそっ!」
リディが声をあげた。大陸を貫くほどの主砲の口に、空に浮いた島をぶつけて詰まらせる──もし、後にこの戦いの流れについて誰かに話したとしても、きっと誰一人信じてくれないことだろう。あの主砲は砲撃の前に力を一点に収束させる。その際に、主砲の口に向かって生まれる渦潮のような流れに巨大な質量を載せて砲の口を塞ぐ。「頭が悪い」としか表現のしようのない切り抜け方だったが、僅かに時間は稼げた。その隙に俺は素早くリディとの距離を詰めた。とうとう俺の手がリディに届く。
「もう逃がさへんで」
世界が焼け落ちるこんな夜でさえなければ、この台詞は甘い恋の一節のように聞こえたのだろう。俺はリディの手首を握りしめて後ろに回し、羽交い絞めの状態でリディを主砲のほうへと突き出した。殺してやると恨み続けた仇と同じ顔の神が、今、俺自身の手で処刑装置に放り込まれようとしている。殺されてもいいと思うほどに心惹かれた少女は、か細い声を漏らしながら瞳を潤ませていた。
「ひゃっ、そ、そんな耳元で話さないで。その……恥ずかしいわ、ドキドキしちゃう」
あまりにもその状況には相応しくない声を出すものだから、苛立ち半分、面白半分で、俺はわざと耳に触れそうなほどに唇を近づけて話しかけた。
「へぇ? お前がこの状況を理解してへんことはよぉくわかった。せやったら、こちらの話がよぉく聞こえるようにせぇへんとな」
「ひゃん、ひ、ひどいじゃない……」
リディは顔を真っ赤にしながら弱弱しく震えるものだから、油断すると不要な加虐心をそそられそうになる。俺は一度咳払いをした後、冷たく言い放った。
「脳内お花畑してるところ悪いんやけど、お前の切り札の主砲、もう発射数秒前なんや。お前、あれで俺を倒す気だったんやろ。ほら、俺はここやで。しっかり狙え」
リディは唇を噛み、瞳を涙で潤ませた。大陸を容易く横切るほどの力。それをこの至近距離で撃ち込まれたら、俺も、リディも、きっと生き残れはしないだろう。それでも光り輝く主砲は大きく首を動かす。月と同じ軌道を描いて、獲物に正しく狙いを定める。
「お前は世界を護り、導く神様なんやろ。せやったら、世界を滅ぼす毒は、ちゃんと殺さなあかんやろ。それが、お前の、神様たる由縁やろ?」
主砲の口に詰まっていたはずの土砂は、砲が十分なエネルギーを貯め込むにつれてボロボロと零れ落ちていった。おそらく発射と同時に主砲の栓は抜かれて、太陽のように暴力的な煌めきが二人を呑み込むだろう。仇を殺したいと願ってきた。心惹かれた少女に殺されたいと願った。その末路がこれだというのなら、受け入れてもいいかもしれない。そう、想えた。
「俺もお前も、誰もかれも何もかも、全て殺してやる。何も失いたくない、どれだけそう願おうと……どうせみんな、殺したら死ぬんやから」
最後の言葉を呟いた時、俺は笑っていた。地平線から、新たな一日の幕開けの光が顔を出す。同時に、主砲の口から土砂が完全に取り払われ、白く輝く砲弾が見えた。
その時──
「本当に、オズはおばかさんね」
主砲が僅かに軌道を上に修正した。リディは俺の手を振り払って、主砲の中へと身を投げた。ほんの一瞬の出来事──俺がリディに手を伸ばすよりも先に、裁きの判決が下された。
「この世を創りし蒼き瞳の女神よ……裁きの光を放ち、世界に平穏をもたらしたまえ……星は掌、あらゆる因果よ、平服せよ! 命の牢獄の鍵穴を開け! トゥエ・モ・プール・トゥジュール!」
世界中の輝きを集めた兵器は、夜明けの空に向けて光の柱を描き、その柱の中心にリディを閉じ込めて塵へと還した。俺は叫ぶことすらできず、主を葬り去った主砲の前で膝を着く。怒鳴り散らすことも、嗤うこともできず、俺は壊れ果てた空中要塞の上で神の居ない空を呆然と見つめていた。こんな終わりがあるかよ。そんな怒りを声に出すことすらできなかった。
朝陽が昇り、空が紺藍から浅黄色へと染め上げられた頃だった。これまでの戦いのせいで焼き尽くされた大地にぽつんと蒼い光が灯った。
「あれは……」
一つ、二つ……十、百、千……何千、何万と、蒼い灯りは瞬く間に大陸中に増え、蛍のようにふわふわと空へ昇っていく。あれと似たような光を俺は前にも見たことがあった。アンゼレの街から見たリディとメディの戦いの時だ。突然、大地に蒼い光がぽつぽつと現れ、リディを応援するかのように広がっていったことを覚えている。また、別の場所でもそれと似た光を見た。マチカが付けていた蒼い鉱石の首飾りだ。たしかあれはリディ側の兵士全員に配られているものだった。メディを攪乱させるために俺が大勢の奴隷たちにも付けさせた。これは、俺とリディによって世界中にばらまかれた創造の光だ。何かが起こる。そう予感した俺は再び両脚に力を込める。空の色が地から昇る光と同じ色に染まった時、背後から声がした。
「何を勘違いしているのか知らないけれど、これだけは言っておくわね」
瞬時に振り向き、声の主に狙いを定めた。そこにはリディがいた。地から昇った光の力で身体を再生しながら、水晶の剣で今にもこちらを突き刺そうとしているところだった。
「私は消えないわ。だって私、かみさまだもの」
そう言って、リディはただの少女のように微笑んだ。その笑顔を見た時、それ以上手が動かなくなった。胸に鈍い痛みが走った。水晶の剣が自分の胸の中央に深々と突き刺さっていた。刺さった剣を抜こうとすると、リディが俺の手を抑えた。リディの手を払いのけようとした瞬間、俺の足がもつれ、空中庭園の端から足を踏み外し、二人は共に地上に落ちていった。
思えば、これほど決定的な敗北を喫したのは後にも先にも無かったかもしれない。それまでもそれ以降も、俺は悪運が強かったのか、どれほど絶望的な状況でもなぜか結果的に生き延びてしまっていたからだ。一つの時代が終わった日の空は、残酷なほどに蒼く澄み渡っていた。俺は胸に水晶の剣が突き刺さった状態のまま、仰向けの状態で空を見上げていた。本当に「負けたくない、まだ生きたい」と願い、足掻いてみたら、もしかするとまだ動くことはできたのかもしれない。だが争いが終わった日の空はあまりにも穏やかで、今にも自分の命が失われそうな状態だというのに、後悔の念など何一つ沸いてこなかった。ただ、胸の傷がズキズキと痛むだけだ。その時、「ぶにゃあ」と声がした。腹に重くて柔らかいものがのしかかった。……エルメスだ。世界が焼き払われた翌日の朝だというのに、この生意気な生き物は俺の傷口をぺろぺろと舐めた後、腹の上で二度寝を始めた。
「いや、うそやろ……世界中大炎上やったんやで……こいつ、なんで生きとんねん……」
これまで何十、何百、何千、何万もの人が死んでいった。半ば事故のような原因で死んだ者もいれば、血の滲むような努力をして足掻いたにもかかわらず、無惨に殺された者もいた。その一方で、退屈しのぎに散歩をし、お腹いっぱい飯を食い、のほほんと昼寝をしていただけで生き延びる者もいる。これだから世界というやつは理不尽だ。そう思うと、急にこれまで自分が命も精神もくべて憎悪を燃やし滾らせていたことが急に馬鹿らしく想えてきた。剣が刺さったままの胸が痛む。心臓の鼓動に合わせて手足の感覚が少しずつ薄れ、意識が遠のく。このまま瞼を閉じてしまえばいいのかもしれない。そう思った矢先、あの鈴の音のような声がした。
「オズ……この猫ちゃん、知ってるの?」
リディが俺の顔を覗き込んで首を傾げる。彼女は相変わらず涼しい顔をしていたが、あの連戦の影響で服はボロボロに焼け焦げ、髪も乱れていた。だが、剣が突き刺さったままの俺とは違い、リディに目立った外傷は無い。その時改めて、自分があの戦いに敗北したのだと思い知った。俺が深い溜息をついた時、腹の上でエルメスがごろごろと寝返りを打った。あまりの呑気さに腹が立ったので、俺はリディにこう言った。
「一応、まあ……こいつのことは知っとる。リディ、こいつステーキにしてええで。多分脂身たっぷりや」
すると即座に、
「私が魔物一匹にそんな時間と手間をかけるとでも?」
と返ってきた。俺は苦笑いしながら、「神やなあ……」と呟いた。リディは俺の隣に座り込んで腹の上からエルメスを退けた。
「コレよりもまずはあなたをどうするか考えなくちゃいけないわよね」
「どうするもこうするも、結論は決まったようなもんやろ。多分お前がやらへんと、あの双子も世界中もお前を赦さへんで」
すると、リディは急に口元を抑えておろおろと視線を泳がせて俯いた。
「どうしても、殺さなきゃダメかしら……」
「お前が神様なら、そうすべきやと思うで。さっき自分で『かみさま』いうてたやろ」
自分の生死に関わることなのに、まるで他人事であるかのような物言いだった。リディが黙り込み、数秒が経ったころ、遠くから幼い少女の声がした。
「いた、リディ。無事だったか」
セイラだ。余計な人物がやってきたので、俺は顔をしかめながらセイラと反対方向を向いた。
「どうにか敵は全て倒したようだな。後処理はこれからか。メディのほうはいつでも封印できる状態にした。オズの片付けが終わったら、メディを頼む。……ああ、この猫、まだ生きてたのか」
そう言うと、セイラはエルメスを抱きかかえた。
「こいつは保護観察だ。どうやら、最古の魔法使いと何か関係があったようだからな。危険が無いか調べて、特に問題が無ければ……まあ、アンゼレで飼い主になりたい者を募ればよいだろう。そういう段取りでどうだろうか……リディ?」
セイラからの報告を聞いても、リディは唇を噛んだまま黙り込むだけだった。セイラは心配そうにリディの顔を覗き込んだ後、俺を強く睨みつけた。
「お前、リディに何をした」
「酷い言われようやな。何かされたのはどう見てもこっちやろ」
「お前のことは聞いていない。自業自得だ」
「せやな、自業自得や。……なあリディ、言うたとおりやろ」
リディは虚ろな眼をしたまま動かなかった。自分の望んだ結果が得られないからといって、黙り込んだまま時間ばかりを浪費する。その様子は、少女を通り越して我儘な赤ん坊のようだった。リディはか細い声でセイラに問いかける。
「殺さないって手は、無いのかしら……」
「……らしくないことを言うようになったな。答えは『無い』だ。あいつがお前にあたえた影響のせいもあるが、最大の理由はあいつがメディの血を吸ったことによって、お前と遜色ないほどの力を得たからだ。その力が暴走した時の危険性はつい昨夜証明されたばかりだろう。いつか必ず、あいつは自分の力を制御できずに世界を滅ぼす。あいつは、神にも人にも害しか与えない」
本当に酷いことを言うものだ。そう思ったが、俺は一言も反論できなかった。
「でも、力は扱い方次第で益にもなりえるわ。現に、今のオズはまだ生きているけれど力を抑えられているわ。もう暴走することが無いように、私がちゃんと見ていればいい話だとおもうの……」
「胸に剣を刺され、満身創痍の状態のどこが『制御できている』といえるんだ? いいか、よく考えろ。メディの血を吸って一日も経っていない状態でこの力なんだ。これから血の侵食が進み、あいつが更なる力を得たとしたら、また世界を更地にして止める気か? それでお前は止められるのか? あいつに『止めたい』と願うほどの『ヒト』の精神が残ると思うのか? 世界はお前とあいつの為の箱庭ではない。お前たちの我儘のために何度も滅ぶことを許容するほど、世界とヒトが寛容だと思うのか?」
セイラの言葉は、リディだけではなく、俺自身にも深く突き刺さった。瞼を閉じてみるとまだ聞こえる。殺せ、滅ぼせ、全て灰にしろ──俺自身の憎悪だけとは思えないほどの強い衝動が湧き上がってくる。……セイラの指摘を否定する言葉を、俺は何一つ持っていなかった。その後、セイラは俺の傍らに立ち、顔を見下ろしながらこう言った。
「恨むなよ、若造。なにも、お前がリディに近づくいけ好かない害虫だからという理由だけでここまでするわけではない。全ては、お前を神へと作り替える魔法を仕込んだ『最古の魔法使い』のせいだ。お前に仕込まれた…いや、お前に寄生しているその魔法を殺すまで、最古の魔法使いは死なないのさ。……仇討ち。それがこれまで、お前がお前であった理由だろう?」
渇いた笑いがこみあげてきた。故郷を滅ぼした神と男に復讐する。そのためだけに生きてきたはずなのに、神を殺せば同時に世界を殺すことになり、仇の男を殺すためには自分を殺さなければならないだなんて。セイラは再びリディに問いかける。
「元からプライドの高い奴だ。このまま精神が擦り切れ、獣のように惨めな姿を晒して狂っていくのを放置するよりかは、ここで殺してやるほうが結果的にこいつの為……という考え方もできると思うが。リディ、何か反論はあるか?」
それでもリディは頑なに顔を上げようとしなかった。俺は「面倒くさいから早く終わらないかな」と思いながら空を見上げていた。リディがいくら結論を先延ばしにしようと、セイラがいくら言葉を並べようと、行き付く場所は変わらないはずだった。俺はもはや世界を滅ぼす毒でしかない。リディはここで俺を殺し──俺との約束を守るしかない。そのはずだった。
「全く、セイラは甘いんだから。リディがやらないなら、もうボクたちでお片付けしちゃおうよ」
イオの声がした。胸がズキズキと痛む。気が付くと、イオは俺のすぐ傍らで、俺に刺さった剣を握ってぐりぐりと傷を抉っていた。
「要はこいつが死ねばいいんでしょ。誰が殺してもいいんでしょ? じゃあもうボクが殺しちゃうよ」
「やめておけ。今のこいつは、お前の手に負える相手ではない。返り討ちにされるのがオチだ」
セイラはすぐに制止した。だが、後にこう付け足した。
「しかし、これだけ弱っている状態なら、二人で挑めば確実に殺せるだろう。相打ちになる可能性もあるが、それならそれでリディが後から新たに記録と予言のバックアップを生み出せば何も問題は無い。さあ、イオ……やろうか」
セイラとイオは二人で一つの魔法陣を組み上げ、俺の息の根を止める一撃を放とうとしていた。予想外の事態だった。俺は自分に問いかけてみた。リディが殺そうと、セイラとイオが殺そうと、ここで全てが終わることに変わりはない。俺はそれで満足か?
「……ふっざけんなよ、クソガキ共」
──答えは、NOだ。全身に力を込め、自分を地に縫い留めている剣を引き抜く。傷口から溢れ出た血は、空気に触れた途端に深紅に燃え上がり、イオとセイラを取り囲んでいった。二人は自分の身体の損傷を防ぐことよりも俺を確実に殺すことを優先させたようだった。炎に足の踏み場が奪われても、二人は魔法陣を紡ぎ続けた。炎が二人を焼き尽くすのが先か、二人の魔法が俺を貫くのが先か──そう思った時、
「みんな、やめて」
リディの声がした。イオとセイラは即座に詠唱を中断し、俺も一度攻撃の手を止めた。
「イオ、セイラ。下がりなさい」
二人は渋々リディに従い、俺から離れていった。リディは地に転がっていた水晶の剣を拾い上げると、ようやく顔を上げて真っすぐ俺の瞳を見た。リディの瞳に生気は無かった。俺よりも、むしろリディのほうが今にも死んでしまいそうな酷い表情をしていた。
「わかった、言う通りにするわ。イオとセイラにやらせるくらいなら、私がやる。その前に、いくつか訊いてもいいかしら?」
「かまへんで」
俺がそう言うと、リディは静かに俺に問いかけた。
「これが、オズの幸せなの?」
「せやな。望んでいた復讐と形は違ったけれど、不思議とそこまで不満は無いな。なんでやろ」
100%の本心とはいえなかったが、完全な嘘というわけでもなかった。何一つ手元に残らない──そう言っても過言ではない人生だった。けれど、リディが俺の死を悲しみ、心に傷を抱えたまま『かみさま』として生き続けてくれたなら、それで十分だと思えた。
「後悔は無いの? 大切な人達に囲まれて過ごしたかったとか、やっぱりメディを殺してきっちり復讐を果たしたったとか、何か無いの?」
「あー、なんやもう、ええかなって。どうせメディは封印されるんやろ? 野放しにされるわけやないしな」
「……でも、最初はそれじゃ納得しなかったんでしょ」
「してへんかったけど、なんやもう冷めたわ。なんやろ、メディの血ィ吸ったからやろか」
リディの目元に小さな雫が浮かんでいた。神の眼に涙を浮かばせられただけでも、俺は満足だった。
「……初めて聞いた理屈ね。これまで観測した復讐者って、優しい幻想に容易く絆される弱い人か、仇を殺す為なら後先考えず突き進む強い人ばかりだったもの。こんな呆れるほど強欲なのに、こんな半端な終わり方で満足するヒト、知らないわ」
「半端? アホやな。コレのどこが半端やねん。俺はメディやお前らの大失態が見れて大爆笑やで」
俺は焼け野原になった大陸を見渡して嗤った。リディは頭を抑えながら早口でぶつぶつと呟いた。
「変なヒト。嘘ばかり。矛盾だらけ。笑顔で泣いて、憎みながら喜んで、意味がわからない。どうして? 感情表現が的確に行われてないわ。そのくせ、そんなエラーは気にも留めてないないのね。変なの。狂ってるの? でも、狂人というにはあまりに正気だわ。なんで? どうして? 満足してるだなんて、そんなの嘘でしょ。だって、最後にあなたを殺すのは、イオやセイラじゃなくて、私じゃないといけないんでしょ?」
リディはふらつきながらこちらを睨んだ。俺は、思ったことをありのまま伝えた。
「当たり前や。お前が殺すことで満足するんや」
「どうして」
「どうしてって、お前の傷になれるの、最高やろ」
リディはぽかんと口を開けたまま動かなくなってしまった。その時の表情は結構可愛かった。
「他に質問あるか……っ、ぐっ……」
急に意識が遠のき、よろけて膝を着いた。胸の傷口から滝のように血が流れていく。先程まで上機嫌で話していたので、今の俺は殺される前から死にそうな状態であることを忘れかけていた。
「大丈夫。聞きたいことは全部聞いたわ。今、引導を渡してあげる」
リディはそう言うと、目にも留まらぬ速さで俺の胸の傷口にもう一度剣を刺した。呆れたことに、神の血を吸った俺の心臓は、二度刺されてもまだ動きを止めなかった。リディは剣が刺さった状態のまま、続けて詠唱を始めた。
「この世を創りし蒼き瞳の女神よ……彼の者に永遠の眠りを与えたまえ……」
視界は闇に閉ざされる寸前、全身を駆け巡る痛みのみでどうにか意識を繋いでいる状態だったが、この詠唱を聞いた時、ようやく肩の力を抜くことができた。相手が誰だろうと、あらゆるヒトを利用し捨てていく──神としてのリオディシアらしい行いだ。そんな彼女の心に一つでも小さな傷を残せればそれでよい。そう思い、俺は膝を着いて倒れ込んだ。
「罪人に裁きを、怪物に赦しを……世界の天秤が傾く時、星の牢獄の扉が開く……」
ああ、でも、最後くらい顔を見てから眠ろうかな。そう思い、リディの顔を見上げた時──彼女は、俺の予想外の表情をしていた。
「命よ凍てつけ、彼の者を『封印』せよ……」
『封印』──そう言った時の彼女の表情からは喜怒哀楽一切の感情が感じられなかった。そのはずなのに、瞳だけがギラギラと輝き、瞬きもせずにじっとこちらを見つめていた。
「封印!?」
「おい、リディ! 何を考えている!?」
後ろに下がっていたはずのイオとセイラがリディに問いかけたが、リディは全く耳を貸さなかった。
「リディ!? くそ、おい、それじゃあかんやろ! どうして!?」
俺が怒鳴りかかった時、ぽたりと頬に暖かい雫が落ちた。
「どうして? どうして? わからない、理解できない。そんなこと、あってはならない。私は神様、ヒトを制御し、世界を存続させ続けるための神。理解できないヒトが存在してはならない。必ず制御できなければならない。どうして? 問題点を発見、解決しなきゃ……必ず、必ず、私は神だから……メディが道を外した分、私が完璧でないと……だから、エラーをエラーのまま見過ごしちゃダメ……でもオズには幸せを見つけてほしくて……ダメ、これじゃダメ……イヤ、こんなの、認めたくない……理解したい……理解しなきゃ……」
詠唱はまだ終わっていないというのに、リディは涙を流しながら自分自身にそう問いかけ続けていた。「理解できないヒトが存在してはならない」という言葉には聞き覚えがあった。メディの言葉だ。メディはこうも言っていた。「制御できないまま死なれたら、勝ち逃げじゃない」……と。ああ、そうか。きっと、メディはコレを危惧して、俺を殺そうとしたのだろう。
「星の牢獄よ、彼の者を呑み込み、千年・万年先まで鍵をかけよ! グロース・ドゥ・エトワール!」
その瞬間、大地が溶け、水晶でできた世界樹の枝葉が俺を捕らえて地の底へと引きずり込んだ。空が遠のく。彼女の姿が視えなくなっていく。俺は必死に手を伸ばして叫んだ。
「ふっざけんな! リディ、リオディシア!! 自分で言うたやろが! 神様やって!! 世界中振り回して! 勝手に喧嘩して! ヒトのこと勝手に駒にして使い捨てておいて! ! 最後の最後で! この責任放棄はないやろ! 俺はここで終わって、お前は神様らしくこれからも生き続けて! それでええって何度も言っただろが! ふざけんなよくそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
大切な人達と一緒に、人並みに生きていければそれでいい。はじまりは、ほんとうに、たったそれだけだったのに。ある日突然何もかも奪われて、胸にぽっかり空いた穴を埋めることを怖れたまま、復讐の為だけに生きて。神を殺す力を手に入れる為にヒトの身体を投げ捨て、多くの人々を利用し、切り捨て、外道に堕ちて。それでも「もう何も失いたくない」と願いながら走り続けた。その末路がこれか。
「絶対這い上がってやる! 絶対殺させてやる! 勝手に殺したり生かしたり……お前みたいな神の手の中に閉じ込められてなるものか! 覚えてろよ、リディ!!!!」
その時、頬にまた一滴の雫が落ちたような気がした。もう一度目をこらして彼女の顔を見ようとした……その瞬間に、俺は世界樹の中へと呑み込まれ、意識が途切れていった。




