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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第14章:ある罪人の為の序曲
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第14章:第15話

そうだ、最初から俺はその為に此処に居た。

魔物の餌の中にあった小さな指のことを思い出す度に、これまで死んでいった恩人達が脳裏で囁いた。


殺せ。憎悪に身を焦がせ。

未来などかなぐり捨てて、「あいつら」二人を葬った暁には、流星のように散っていけばいい。


未練に繋がるようなものは、俺にはもう残っていないのだから。




その日の夕暮れ時は、地平線が燃えるように赤く染まっていた。俺は廊下を通り過ぎていく研究者達に笑顔で会釈しながら、頭では全く別のことを考えていた。

すると、一人の研究員が俺に声をかけてきた。


「オズ、魔物達の朝の餌やりをやっておいてくれたらしいな。助かった」


「ええって。夜は誰が担当なん?」


「俺がこれから行く」


「そっか。ほな、よろしゅう頼んますわあ」


そう言って、研究員は一階へと向かっていった。その様子を見届けてから、俺は足早に研究室が並ぶ棟へと向かった。

俺は資料室の扉を開く。中は真夜中のような静寂に包まれており、自分の呼吸の音がよく響いた。「持ち出し禁止」と書かれた棚から紅色に輝く水晶を取り出して瓶へと入れ、すぐにその場を立ち去った。

一階から獣の怒号が聞こえたのはその時だった。吹き抜けから下を覗き込むと、焔のような鬣を持った獣が、被験者を貪り食っている様子が見えた。

その時、俺は密かにほくそ笑んでいた。──始まった。


「おい、これはどういうことだ! オズ、何か知らないか?」


その時、研究員の一人が慌てて俺に声をかけてきた。


「さあ、俺もさっぱり……なんや、小屋の魔物が逃げ出したらしいってことくらいしかわからへんわ」


「くそ……あの小屋に何体魔物が居たと思ってる。このままじゃ研究員も被験者も全滅だ。何か手立ては……」


「……地下の死体小屋や。あいつら、人肉食うんやろ? 誰かがそこに魔物達を誘導すれば、暫くの間は連中はその死体食うのに夢中になるはずや。その隙に逃げればええ」


「そんな、誘導って、あんな怪物相手に誰がやるんだよ!」


「被験者を使えばええやろ。死体小屋にあいつらを止める手段があるとか、なんやうまいこと言えばええ」


そう言うと、青ざめていた研究者達の顔に赤味が戻った。


「あ、ああ、そうか、確かに。どうせ未だ録な成果を上げていない被験者達だ。こういう時にこそ活用すべきだよな」


「そ……そうだな、行こう!」


俺は歯ぎしりしながら走っていく研究者達の背中を見つめていた。魔物達の怒号と、喰われていく被験者達の悲鳴と、更に被験者を喰わせようと躍起になる研究者達の声が耳の中で混ざりあった。

地上の地獄は過去の記憶と重なった。俺は魔物に頭から喰われていく研究者達を見下ろしながら嘲笑った。


「ざまあみろ」


そう言って地獄に背を向けて、最上階──アディが居る研究室へと駆け出した。


 恨みが胸の家で燃え上がる度に気分が高揚した。戦場に行く? メディと手を組む? 馬鹿馬鹿しい。

 仇は、今、殺してやる。





 階段を駆け上がっていた時だ。ふと、背後に人の気配を感じた。足を止めて振り返る。


「うわっ、やめてよ。僕だよ、僕!」


 ヴェルデがぼさぼさ頭を掻きむしりながら慌てていた。懐のナイフに伸ばしかけた手を寸前のところで止め、階段を数段降りてヴェルデの正面に立った。


「魔物が小屋から逃げ出したみたいなんだ。君も早く逃げなきゃ駄目だよ」


「それは知っとるけど、ほら、所長にも声かけなあかんやろ」


「えっと……じゃあ僕が呼んでくるよ。君は早く逃げなよ」


俺は困って溜息をついた。人がいいのだろうが、今の状況でヴェルデの親切は障害でしかなかった。

魔物小屋の鍵に細工をして脱走を誘発し、施設全体を混乱させるところまでは成功した。あとはこの隙に最上階の研究室へと向かえばいい。

この機会を逃せば次は無い。ここは何としてもうまく相手を言いくるめなければならなかった。


「せやったら、先生は下の様子見てきてくれへん? このままやと、生徒達はろくに逃げることもできひんやろから」


「うーん、でも、それは元々は彼らと同じ立場だった君の方が適任なんじゃないかな。彼らをスケープゴートにして逃げようとした研究者と同じ立場の僕が行っても、きっと敵視されるよ」


表情は崩さないように努めたが、この時俺は僅かな違和感を感じていた。なぜこの危険な状況で、逃げ道とは真反対の最上階へ行くことに固執する?


「……なんかあったん?」


「いや? そういうわけじゃないよ。君こそ、所長に聞きたいことがあるからって、そんなに慌てることないじゃないか。事が収まってからゆっくり話せばいいことだろ」


その時、違和感は警報へと変わった。俺は身を翻して、ヴェルデと距離を取った。その瞬間、相手の口元がおよそ人のものとは思えない釣り上がり方をした。


「……おい待った。どうして、お前がそのことを知っとる?」


アディから聞き出さねばならないことがある。そのことを知っているのはメディだけだ。その理由に気づいた時、俺は先日のメディの行動にようやく納得がいった。


「えェ……? ゥん、それハ、ね……」


ヴェルデの眼球が漆黒に染まっていき、頭部の右半分が内出血したかのように赤黒く変化していった。

濁った瞳がアーモンド型の空白の中をぐるぐると泳ぐ。首筋から全身に「神の魔術」のものである真紅の文様が現れた。


「神サマがネ、そぅィッてたからダよ……あァ、女神、メディレイシアサマ! 女神サマバンザイ!」


そして、俺は懐に隠した刃をヴェルデの心臓に突き刺した。


「ひゃはは、ははばば、ばばばばばはばばぱばばば!」


深々と刺さった刃を心臓から抜くと、風船から空気が抜けるかのように鮮血が吹き出て、ただの肉と化したものが階段を転がり落ちていった。

自分が「神の魔術」に選ばれるきっかけ、そしてこれまでのヴェルデの言葉が風のように頭を駆け抜け、消えていった。刃の血を拭き取りながら、唇を噛む。メディが老若男女問わずヒトを玩び、洗脳まがいのことをしているのは知っていたが、実例を見るのは初めてだった。

壊れた傀儡となったヴェルデを見下ろしながら、俺は深い溜息をついた。


「ああ……くそ、そういうことか。メディの奴、あの後結局コイツに手ぇ出したんやな」


おそらく、ヴェルデとメディが話していたあの日、メディは俺と別れた後、再度ヴェルデの下へと行ったのだろう。どんな悪質な誘惑をしたか、洗脳以外に何をしたかは知らないが、とにかくその時にヴェルデはメディの傀儡にされ、昨晩の出来事が起こったのだろう。ヴェルデは俺との会話の内容をメディに伝え、メディはそれを参考に昨夜の提案をしたわけだ。


「どおりで、一度手を出すのをやめた癖にしつこく勧誘してきたわけや」


その時、激しい揺れが施設全体を襲った。地震かと思ったが、そうではない。施設中央の吹き抜けから、4階建ての建築物がケーキのように容易く抉れる様が見えた。

俺は即座にその場を離れた。アディを殺す。その道程の最大の障害は既にこちらに狙いを定めていた。

耳を劈くような音が鳴り止まない。床が裂ける。天井を突き破り、緋色の針が豪雨の如く降り注いだ。

そして、無数の針穴から艷やかな女の声がした。


「ねえ、モルモット。これはどういう騒ぎかしら?」


女神が囁く。蟻を潰す為に床を叩くかのように階段が破壊された。間一髪、俺はヴェルデの遺体を引きずりながら三階の廊下へと逃げ延び、破壊された階段を唖然として見つめていた。

メディに気づかれた。この時点でこの暗殺計画の遂行はほぼ不可能となったと考えていいだろう。故郷を滅ぼした時と同じように、メディは人を蝿のように、建物ですら紙袋のように容易く潰していた。

だが、不思議と恐怖は沸かなかった。むしろ、気分は高揚していた。もしこの脆弱なヒトの身で、世界最強の神を欺いて彼女の宝物をぶち壊すことができたなら、これは最高の復讐になるだろう。

地上の悲鳴、天空の神の囁き、二つに耳を傾けながら、俺は自分に言い聞かせる。考えろ、考えろ。今、ここで、神を欺け。神が誇る「万能」を挫け。

その間に、メディは建物の吹き抜け部分から地上の魔物や研究者達を焼き払っていた。魔物の怒号や人の悲鳴は次第に聞こえなくなっていった。

地上に俺が居ると考えているのか。それとも、他の騒音を排除することで、こちらの足音や気配を掴みやすくしているのだろうか。どちらにしても、彼女の打つ手は強いが雑だ。その荒っぽさが、唯一の弱点だろう。

大きく深呼吸をする。「復讐鬼」のイメージを浮かべて、自分に落とし込む。死者達の顔を思い浮かべながら、銀の刃に映った自分の顔に向けて語りかけた。


「さて、最高の舞台にしてやろうやないか」


その時の自分が嗤っていたのか、泣いていたのか、俺は今でもわからない。






屋上が好きだ。地上よりも一際高い場所にあるところが演劇の舞台とよく似ている。

「さあ、今は亡きオーディエンスに向けた最高の復讐劇を」──そう胸に誓って、俺は四角の舞台に足を踏み出し、青空に向かって叫んだ。


「よく聞け、女神メディレイシア! 俺はあのクソ師匠を! ブッ殺しに来た!!!」


メディは遥か上空で俺を見下ろしていた。メディの片腕は異形の怪物のものとなっており、外界の鼠に爪を向けていた。


「きゃあ、悪い子。一度は私と取引しようとしてた癖に、ひどいこと言うのね」


「その台詞、そっくりそのまま返したるわ。俺が何か企んどることは知ってた癖に、いざこうなったら邪魔するんやな、恋するお嬢さん?」


アディが「美しい」と言った翼は一際刺々しく変貌し、翼自体が一つの兵器のようになっていた。翼の周囲には幾つかの魔法陣が浮かんでおり、羽ばたきの時を今か今かと待ちわびている。メディは異形の手で口元を隠して微笑んだ。


「神に向けて、随分失礼なこと言うわね、鼠如きが」


「素直になった方がええって忠告しとるだけやないか。照れ隠しも多少ツンツンする程度やったら可愛げあるけど、クソビッチ化して洗脳だ、挙げ句の果に戦争だなんて遠回りしだしたらそら笑えへんで。このバァーカ、ドアホ、クソ女神!」


子供のようにあかんべえをしてからかうと、メディは言い返しもせずにじっと黙り込んだ。メディの怒りに満ちた表情を見て、俺は改めてこの女神は人間的すぎると再確認した。メディは行き場を失ったような迷子のような顔をしていた。


「……もういい、死ね」


低く唸るような声と共に、異形の腕が振り下ろされた。腕は屋上の半分を埋める程に巨大化し、床を這いずり回った。間髪入れずにメディの翼が羽ばたく。三つ、四つと竜巻が起きて狭い屋上で暴れまわった。


「縦軸の時と横軸の空間、両者を渡る翼を授けよ……ティティド・フテッション!」


瞬間移動の魔法を駆使してその場を凌いだ。人智の域を超えた強力な魔法に対して真正面からぶつかり合っても勝ち目は無い。しかし、逃げ回るだけではジリ貧になる。

周囲を見回すが、この屋上には隠れることができる場所が少ない。せいぜい下の階へと続く階段の影くらいだ。その階段も既にメディの攻撃で潰れかかっていたが。


「威勢良く噛み付いてきた癖に、逃げ回るだけかしら? そういう無様なの、嬲り甲斐があるわ。でもそうね。羽虫のように隙間からスルリと逃げられるのは御免だから、退路は早めに断っておきましょうね」


そう言った瞬間、下の階へと続く階段を茨の壁が取り囲んだ。冷や汗が背筋を伝う。俺も無策でメディに挑みにきたわけではなかった。だが、対抗策はあの階段に隠してある。退路を絶たれたのは痛かった。


「さあオズ、もっと遊びましょ。この前未遂に終わったキスの続きでもしましょうか。抱き合って、絡み合って……腰が砕けるまでドロドロに溺れましょう?」


メディはそう言って足場を片っ端から砕いた。屋上の四角い空間は次々と削ぎ落とされ、逃げ場が失くなっていく。俺は苦笑いしながら階段を取り囲む茨の周囲で逃げ回った。流石に、人を「鼠」と見下すだけあって、弱者の戦い方はよく理解しているようだった。

あの頃の俺はまだ幼く、詰めが甘かったのだろう。ここまでで既に俺は一つ大きなミスを犯していた。この茨を取り除き、階段への道を確保しなければこちらに勝ち目は無かった。

どう取り除く? 威力の小さい魔法で少しずつ切り崩しても意味が無い。一撃で壊さなければ「神を騙す」ことなどできない。人智を超える力を、神の力を使いこなせなければ────そう思った瞬間、頬のすぐ横を紅の炎が掠め、背後で爆発が起こった。

爆風に吹き飛ばされた俺は茨の壁に叩きつけられた。その瞬間、メディが俺の真正面に降りてきて、腹に膝蹴りを入れてきた。


「ぐ……がはっ……」


「ふふ、アハハ、いい景色ね。威勢の良い馬鹿を身も心もズタボロにするのは気分がいいわ。このまま玩具にしちゃってもいいけれど、一応訊いておこうかしら。どうしてあいつを殺そうとするの?」


俺は口を噤んで黙り込んだ。こうした行動に出てしまった以上、もはや秘めた復讐心を隠す意味など無い。だが、俺は意地を張って黙り込み続けた。それが益々メディを高揚させたのだろう。


「うふ、ふふ、そんな顔されるとそのプライド溶かしてあげたくなっちゃう。ただ家畜でいることが気に喰わないだけならば、逃げ出せばいいだけよね? 私が居るとわかっていながら、わざわざあいつを殺すなんてハードルを上げるのはなぜ?」


「知るか、自分で気づけ」


「そういう意地っ張りの口をこじ開けるの、嫌いじゃないわよ」


そう言うと、メディの黒い靴のヒールが鋭く伸び、剣のような形になった。そしてそのヒールで俺の肩を突き刺した。

俺は歯を食いしばり堪える。退路は塞がれた。一方的に甚振られるのは勿論危機的状況だ。だが、ここまではまだ「予定通り」だ。こちらが隙を見せなければメディに隙は生まれない。

あとは、どうこの状況を脱するか──こちらがそう考えている間に、メディは恍惚の表情で囁く。


「そうね、どうやって愛してあげようかしら。まず脚を斬りましょう。次は両腕ね。逃げる術を全て失くしたら、心が挫けるまで愛で満たしてあげる。そして、その生意気な口は最後にこじ開けてあげるわ」


「ゲロ吐くわ、気色悪い神やな」


「拒否権なんて無いわよ。だって私は、万物を愛する神様だもの」


「そんな愛があるか。それは暴力って言うんや。神のくせにそんなことも知らんから、本命が捕まえられへんねん」


「……本当に、生意気ね」


そう言うと、メディは肩に刺したヒールをぐりぐりと捻った。上着にジワリと血が滲む。メディは満足げに微笑むと、次は踵の刃を俺の太腿に添えた。どうやら本気で脚を切り落とすつもりのようだった。ここで反撃しなければ敗北確定だ。今、打てる手は一つしかない。あと必要なものはその一歩を踏みだす覚悟だった。

目を瞑り、死者の姿を思い出す。マオの笑顔、両親の優しさ、施設の友人達の声──悲劇の始まりの日に見たサーカスを思い出しながら、その思い出を憎悪で染めて燃やす。


「さあ、『卑しい達磨を陵辱してくださってありがとうございます、メディレイシアさま』って言えるようになるまで躾けてあげるわ」


踵の刃が振り上げられた瞬間、俺は懐からナイフを取り出してメディの顔へと投げつけた。それをメディが防いだ隙に俺はメディの腹を蹴って逃げ出した。


「は? 誰が言うか。特殊性癖は妄想の中だけに留めとけ」


そう言って、できる限りメディから距離を取り、茨の壁に向けて手を翳した。そして、アディから教わった呪文を唱え始めた。


「この世を壊す紅き瞳の女神よ……我が声に耳を傾けたまえ……闇よ、全てを覆せ! オプス・キュリテ!」


心臓が強く脈打った。これまでに無い手応えがあった。脳内が悲劇の記憶で埋め尽くされる。その度に俺は繰り返した。「絶対に殺してやる」と。

まるで憎悪がそのまま燃え上がっているようだった。紅の光が一点に向けて収束していく。その時、俺はこの紅の魔術に選ばれる「条件」を知った。

殺意だ。破壊の神と同じ力を使う為には、身を焦がすほどの破壊を望む心が必要だったのだ。


「全部、全部……ブッ壊れろ!!」


その瞬間、爆発と共に紅の光が茨を貫通して階段への扉を突き刺した。すかさず階段へ向けて駆け出した瞬間に、


「壊れるのはあなたよ」


艷やかな一声で、屋上一帯が押し潰された。



階段はおろか、茨も、何もかもが蹂躙され、全てが神の前で沈黙した。眼前の物全てが屈服したことを確認すると、メディは階段があった場所の瓦礫を押しのけて、その下から少年の遺体を引きずり出した。菫色の髪と端整な顔を踏みつけ、相手の息の根が止まっていることを確かめながら囁いた。


「あら、死んじゃった? 生かしたまま遊びたかったのに。まあいいわ。死体相手も悪くないし」


そう言って、メディはまず遺体の左脚に刃を振り下ろした。まるでギロチンで切ったかのように滑らかな断面だった。

続けてメディは右脚も切り落とした。両腕で右脚を抱きかかえると、服越しに太腿を撫で、そこから足先まで指を這わせて靴を脱がせた。


「ふふ、中身は最悪だけど外見だけは綺麗じゃない。……あいつほどじゃないけど」


そう言うと、メディは脱がせた靴を地上に向けて投げ捨てた。続けて靴下も脱がせ、剥き出しになった足の先を指で撫でる。


「使い潰すのは勿体無いけど、こう綺麗なら野に放すよりは首輪付けて飼い慣らす方が世の為ヒトの為だわ。やっぱり生かしたまま虜にすべきだったわね……って、ああ! 手を出すなって言われてたんだったわ。忘れてた!」


メディはアディの言いつけを思い出すと、幼い少女のように慌てふためいた。だが、両脚を失った遺体を見下ろすと、途端に抱えた脚を投げ捨てて、包丁のような刃が付いた踵で踏み潰した。

何度も何度も、料理で微塵切りをする時のように念入りに潰して、遺体の顔を見下ろして微笑む。


「でも、もう死んじゃったなら仕方ないわよね? うふ、どうやって遊んでやろうかしら。生きていたことを悔やむくらい可愛がってあげなきゃ。まあ、もう悔しがる心も無いけど」


続けて両腕も切り落とし、切り刻み骨を砕き、踏み潰して肉にして──出来上がった肉の塊を地に捨てた。地上では生き残った僅かな魔物が食物を求めていた。突然天から肉が降ってきたことに気づいた魔物達はその肉を美味しそうに啄む。

その様子をメディは満足げに見下ろしていた。そして、一本だけ潰さずにとっておいた薬指の断面を舐める。


「確かに、獣の餌には向かないわね。細いしスラッとしてて、身が全然無いもの。ま、無論『食用』ってそういう意味じゃないのだけど……」


メディの左手と顔が一瞬異形の獣へと変化する。手脚を失くした遺体へと近づき、腹を足で押さえながら囁いた。


「さあ、私のお城に行きましょうか……いえ、あなたの部屋がいいわ。あなたの『楽屋』で、死に死を重ねても足りないくらい屈辱を味わわせてあげる……」


だがその時、魔法は解けた。紅の光が辺りを包み、遺体の「顔」が変貌した。菫色の髪はぼさぼさの黒髪へと変わり、白い肌は黄褐色へと変化した。


「なにこれ……どういうこと? 遺体の外見くらいなら魔法で誤魔化せるでしょうけど、でも、魔力の質はたしかにオズと同じだった。僅かでも紅の魔力を持っているヒトなんて、あの鼠以外に居るはず……」


メディは遺体の腹を割いてみた。体内には紅の鉱石の鉱床のようになっており、もはやヒトの身体とは言えない状態になっていた。


「チッ、研究所に保管してた石ね。小賢しい真似を……逃げ足の速いところ、本当に鼠のよう……」


その時になってようやく、メディはこの陳腐な策の狙いに気づいた。


「違うわ、時間稼ぎ! だとしたら……アディ!」


メディは即座に遺体を放り出し、翼を広げて飛び立った。残虐非道の破壊神が唯一手も足も出なかった、白髪の青年が待つ場所へと向かって。


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