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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第14章:ある罪人の為の序曲
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第14章:第6話

「自分が生きた意味ってなんだと思う?」


ショコラ•ホワイトは唐突にシャドウにそう尋ねた。シャドウは小さな両手で頭を掻いて困り果てた。


「ショコラはむずかしーことを言うんだな……。俺、そんなのよくわかんねーよ」


そう、シャドウが自分でその意味を定義できるはずがない。シャドウが「生きた」時間の大半は暗闇で塗りつぶされており、物事の意味など求めることのできない孤独と狂気に蝕まれていた。

ショコラの求めに応じられるよう必死に頭を働かせたが、全く答えが浮かばなかったその時、ふとその疑問文自体に疑問を抱いた。


「しかも……『生きる』意味じゃなくて、『生きた』意味なんだな」


「そう、全ての人生が終わった時に、今まで通ってきた道を振り向いて決める意味よ」


シャドウは益々首を傾げながら、真夜中の部屋に佇むホワイトの背中を見つめた。夜闇の中、月明かりが少女のシルエットを浮かび上がらせる。まるでお姫様のようにブラックとロイドに守られてきた少女は、昼間とは別人のような顏をしていた。


「そりゃ、益々わかるわけねえよ。ショコラはまだ生きてるのにそんなむずかしーこと考えてんのか?」


そう言って、シャドウは布団を被って丸まった。物事の意味など、余裕を持って生きることができる者だけに与えられた特権だ。現実には意味など、理由など、考える暇も無く結果が降り注ぐ。そんなこと少し考えれば誰だって気づくことの筈なのに、誰もが後からその結果に至る過程に含まれる意味を妄想し、勝手に納得する。

馬鹿馬鹿しい。くだらない。シャドウは不貞腐れて小さくそう吐き捨てた。すると、ホワイトが呟いた。


「そうね、一応、そうよね、生きているのよね。ふ、フフ……二度目の幻のような、走馬灯のような儚い時間だけど、それでも事実なのよね」


シャドウの背筋が凍る。恐る恐る布団から顔を出してみる。今、一瞬、ホワイトが全く別の誰かに見えた。薄明かりの中でぼうっと浮かぶ瞳が、血潮の色のように見えた。


「シャドウ君、どうしたの?」


そう訪ねた時には、もうホワイトは普段どおりの心優しい少女に戻っていた。シャドウは我に返った。


「な、なんでもねー」


そう言うと、ホワイトはシャドウの頭を撫で、布団を肩までかけてくれた。それから、ホワイトは灯りの無い部屋から窓の外を見上げた。憧れと諦めが混じり合ったような瞳だった。


「ショコラ。生きた意味なんて考えたって、死んだ後じゃそんなこと考えることもできねーよ。そんなむずかしーこと考えるより、毎日を楽しく過ごせればそれでいいんじゃねーか? ショコラは、それができるんだから」


「…………そう、かもしれないわね。でも、私は……ううん、なんでもない」


ホワイトが急に遠くへ行ってしまったように感じた。かける言葉を間違えたかもしれない。シャドウは俯き、反省する。


「もしかしたら、それは私自身が決めるものではないのかもしれない。私と関わった人達皆が、想うものかもしれない……」


すると、突然ホワイトはシャドウの所へ駆け寄って、身を乗り出した。


「ねえ、シャドウ君! シャドウ君には、何かお願い事ってある?」


「え、は、え? なんなんだ、突然」


「ふと思い立ったの! 今日って、とっても星が綺麗でしょう? もしかしたら流れ星も見られるかもしれないわ!?」


「ええ!? いや、何でこの話の流れで突然流れ星なんだよ」


「いいからいいから」


ショコラはシャドウを布団に包んだまま掌に乗せ、窓際まで運んだ。硝子の向こう側で、チカチカと瞬く光が見えた。赤、青、黄……星は暗闇の世界を彩る。ふと生前の暗闇を思い出す。夜空に浮かぶ星が、まるで遠くで輝かしい戦績を上げる姉の姿のように思えた。

ならば、あっちの真っ赤な星はオズ。周りの星をかき消しそうな程に強い光を放っているところが主張の激しいオズそっくりだ。ならば、隣の白い星はルイーネ、黄色の星はレティタ。シャドウは一つ一つの星に名前を付けて遊んでみた。

その最中、突然星の一つが夜空に線を描いて流れた。


「あ、流れ星! ほらほら、シャドウ君、お願いしましょ! シャドウ君は何をお願いするの?」


「お、俺は……」


瞼を閉じて、自分の愛した小さく狭い世界を思い浮かべた。オズが居て、ルイーネが居て、そして、レティタが居る図書館。ゼオンが本を借りに来て、キラが一緒に遊んでくれて、ティーナやルルカが来る。姉ショコラティエも元気に暮らしている。そんなこの村。

世界なんて広くて難しいものはよくわからないけれど、この村が、あの図書館が、シャドウの一番好きなものだった。


「オズ達と、姉様と、レティタと……皆が居るこの場所が、どうかいつまでも続きますように」


シャドウは両手を合わせて、星に祈った。



◇◇◇



このロアル村は特殊な場所だ。ウィゼート国の直接支配を受けず、村人独自の運営方針を取っている。周囲は森に囲まれ、村の外からの来客は少なく、余所者は徹底的にマークされる。

特にウィゼート国関係者への視線は冷たい。その為、ウィゼートの関係者が来る際は大体少人数で来ることが多かった。

だが、今回は違った。行列だ。軍隊と錯覚するかのような大人数が列を成して村の中心へ向けて行進していた。その中には護衛の兵士だけではなく、使用人、途中で雇った道案内、荷物運びを生業とする商人、様々な人が含まれていた。

キラ達は道を塞ぐ行列を見て唖然とした。


「すごい……」


ゼオンが隣でクロークのフードを被って顔を隠していた。だが、ゼオンの照れ隠しも虚しく、この行列を率いる張本人の声が高らかに響き渡った。


「まあ、ゼオーン! 久しぶりねー!」


猫耳の少年と絹糸のような髪の女性が列を抜けて駆け寄ってきた。女性……クローディアは自分よりも小柄な少年ノアにお姫様抱っこされていた。


「姉貴……まさか、それであの森を抜けてきたのか?」


「そうよ、だってあの森、地面の起伏が激しくて馬車も馬も駄目っていうんだもの! だから仕方なく、美少年のお姫様抱っこを堪能してきたの!」


ゼオンは黙り込んだ後、猫耳の使用人ノアに話しかけた。


「お前……断ったっていいんだからな。こう、ちゃんと断れよ」


「ご心配無く。僕達獣人族は他の種族より腕力•筋力が優れておりますので、マスターお一人でしたら問題無くお連れできます」


「そうじゃなくて……」


ノアはきょとんとした顏をしていた。ゼオンは珍しく真摯にノアの心配をしているようだった。すると、クローディアを追って背の高い青年と狐……ではなく犬の獣人の青年もやってきた。ディオンとイヴァンだ。ディオンは早速クローディアを捕まえて文句を言う。


「姉さん、勝手にふらふら何処かに行かないでくれ」


「あら、だってゼオンが此処に居たんだもの」


「ゼオンと話す時間は後でゆっくり取れるから、まずは色々と村側と話をつけてだな……」


「それよりディオン、見て! 私がプレゼントしたクロークを使ってくれてるのよ!」


クローディアはディオンの話を遮り、ゼオンの着ているクロークを嬉しそうに掴んだ。ゼオンがここ最近よく身に着けているクロークはクローディアからの誕生日プレゼントだ。


「偶々……前使ってたのが古くなったから、タイミングが良かっただけだ」


ゼオンはフードを更に深く被って顔を隠したが、クローディアは嬉しそうにゼオンの頭を撫で回した。二人の様子を見てディオンが呟く。


「そうか、折角なら俺も普段身につけられる物をプレゼントすれば良かったかもしれないな」


ゼオンがろくに返事を返さず黙り込んでいると、ルルカが何かの仕返しのように容赦無く言った。


「こいつ、いつもプレゼントの懐中時計を肌見離さず持ち歩いてますよ」


「おい、ルルカ」


ゼオンが半ば拗ねたような目でルルカを睨んでいた。ルルカは「事実よ」とそっけなく言い、キラとティーナは両脇で何度も頷いた。


「そう、なのか……? なら良かった。人への贈り物なんて慣れていなくてな。迷っているうちについ自分の趣味の物を選んでしまったから、お前の好みに合わないんじゃないかとすこし心配していたんだ」


「……今の一言で投げ捨てたくなった、このクソ兄貴」


「えっ」


ゼオンがそっぽを向くと、ディオンは慌てて口籠り、クローディアがポンポンとディオンの肩を叩いた。口では冷たいことを言っているが、本当はあの懐中時計をとても大切にしていることはキラも知っている。まだ不器用さは残るが、姉弟三人の微笑ましいやり取りだった。これまでキラ達が歩んできた道程には悲しい事も沢山あったが、掛け替えの無いものも沢山得られた。三人の様子を見ていると、そう実感することができた。


「というか、クソ兄貴と姉貴、この行列は何なんだよ」


照れ臭さに耐えられなくなったのか、ゼオンが唐突に目の前の行列を指した。


「いや、それは俺じゃなくて姉さんが……」


「あら、失礼ね。必要な人員よ。私の身の周りの世話をする人と必要な物を運ぶ人と、必要な設備を設置する人を用意したらこうなったのよ」


身の周りの世話と必要な物の運搬までは良しとしよう。いや、それでもここまでの人数が必要なのか疑問だが。しかしそれ以上に「必要な設備」とは何だろう。キラ達は唖然としたまま行列を見つめていた。

それから、ディオンがキョロキョロと辺りを見回した。


「それはそうと、まずはカルディス殿に到着したことを伝えなければな。前に来た時はカルディス殿のお孫さんが色々と取り次いでくれたが……」


その言葉で、キラは先日の出来事を思い出した。ペルシアは立ち直ることができたのだろうか。不安が渦巻き始めた時、村の中心部の方からペルシアがやってきた。


「お待たせしましたわ。ようこそいらっしゃいました。ディオン様、クローディア様」


ペルシアは普段どおりはきはきと話す。先日の苦しそうな表情を見せることは無かった。しかし、先日とは一つ違う点があった。ペルシアの傍にホロとルイーネがぴったりとくっついていた。


「ルイーネ、今日はペルシアと一緒なんだね」


「私はそこまで付いてこなくていいと言ったんですけど、『護衛の為』と言って離れませんのよ」


ルイーネの行動にはペルシアも首を傾げていた。


「それよりも、皆さんお疲れでしょうし、まずは屋敷でくつろいでいただくのが第一ですわ! さあさあ、屋敷までいらしてください!」


ペルシアの声と共に行列は屋敷に向かって歩き出した。


「俺は先に屋敷に行っているから、なるべく早く来てくれよ」


「はいはーい」


ディオンは手帳を取り出して今後の予定を何度も確認しながら、イヴァンを連れて屋敷へと急いだ。ゼオンがぽつりと呟く。


「兄貴、忙しそうだな……」


「そうねえ、反乱鎮圧後からずっと働き詰めだったしねえ」


「姉貴達、滞在中はペルシアの屋敷に居るのか?」


「基本的には、その予定よ。この村、ちゃんとしたホテルとかは無いのでしょう? 村長さんの屋敷が一番きちんと設備が整った建物だって聞いたわ」


一応ティーナ達が泊まっている下宿同然の宿屋はあるが、普段豪邸で世話係付きの生活をしているクローディア達には合わないだろう。

すると、その話を聞いた途端、数匹のホロが屋敷へと飛んでいった。ルイーネは黙り込んだままで、その理由を話すことはなかった。


「それよりお嬢、この前はすっごく落ち込んでたけど、もう大丈夫なの?」


行列が過ぎ去り、場が落ち着いたところでティーナはそう問いかけた。すると、ペルシアの表情が僅かに曇る。


「……正直、まだ割り切れてはいませんわ。オズのことだって……今でも信じられませんの。オズがお父様の目と脚を奪っただなんて。でも、本人が事実だって言うのなら……でも……」


気丈に振る舞ってはいるものの、まだ傷は癒えていないようだった。


「私、自分が何を信じればいいのかわからなくなりそうですわ。私、お爺様の後を継いで立派な村長になれるように頑張ってきたつもりですわ。オズのことも大切な村の一員ですし、誰一人虐げられる人が居てはならないと思ってきましたわ。けど、そのオズが父様を……傷つけたというのなら、私、どうすればいいのか……」


ああ、自分と同じだ。信じてきたものを突然否定された瞬間。今のペルシアはキラの心を何度も引き裂いたあの痛みを味わっているのだろう。

キラはペルシアの手を握る。


「大丈夫だよ。結論を急がなくてもいいんだよ。オズが何をしたのか、これから何をすればいいのか、ちょっとずつ考えていこう。あたしも一緒に考えるから!」


ペルシアがキラと同じ痛みを味わっているのなら、その痛みから抜け出し、解決していく為に手を貸したい。そう願いを込めてキラは笑った。


「キラ……ありがとう。あなたは、優しいですわね」


「それは、ペルシアもだよ」


「うん……本当に、ありがとう」


それからペルシアは目に溜まった涙を拭いて、キラに問いかけた。


「じゃあ……早速で申し訳無いのですけど、少し話を聞いていただきたいですわ。キラ、あなたは、オズが本当にお父様を傷つけたりなんてすると思います?」


キラはペルシアの為に必死で脳を回転させたが、助けになりそうな答えは出なかった。


「ううー……ん、ごめん、わからない……。状況もわからない、仮に傷つけたとしても理由もわからないとなるとちょっと……」


「そう、ですわよね」


「ゼオン達はどう思う?」


キラはゼオン達にも声をかけてみる。一人で悩むよりも、皆で考えた方がきっと良い考えが見つかるだろう。

最初に口を開いたのはティーナだった。


「セイラに対してやったことを考えると、あいつならやりかねないってあたしは思うけど」


それに対してルルカがこう言う。


「でも、オズは他人に見える場所で自分が直接手を下すことは避ける方のように見えるわよ。ただ傷つけるだけならとにかく、誰かに『オズがやった』と言われるような隙を作ったりするかしら」


キラもどちらかというとルルカの意見に近かった。誰かにペルシアの父を傷つけるよう仕向けさせたならばわかる。誰にも見えない場所で実行したのならばそれもわかる。だがペルシアの父を傷つけたこと以上に、村長に『オズがやった』と言わせていること自体に違和感があった。そう考えているとゼオンが口を出した。


「俺達があれこれ推測するよりも、ルイーネの方が事情を知っているんじゃないのか?」


「あ、そっか」


ルイーネはキラ達の傍でホロと共に様子を見守っていたが、口は硬く閉ざしていた。


「ルイーネ、お前っていつ頃からあの図書館に居たんだ?」


「オズさんが村に来た年ですから、五十年程前でしょうか」


「五十……見た目より随分長いんだな。ってことは、ペルシアの父親が負傷した時も傍に居たんだよな?」


すると、ルイーネは物憂げな顔で俯き、感情を殺した声で答えた。


「はい、その時期もオズさんの傍に居ましたよ。ですが、あの件について私から話せる事は何も無いのです。私はあの時の事について全く記憶がありませんから」


「記憶が無い?」


「はい。当時もオズさんの傍に居ましたが、記憶が朧げで、真実は何もわからないのです。ただ、オズさん自身がペルシアさんのお父様について『自分がやった』と言った事は確かです」


ルイーネが話し終えた後、場がしんと静まり返った。


「なんだか、急にきな臭い話になってきたな」


ゼオンがぽつりとそう呟いた後、キラに自分の意見を述べた。


「お前と同じってわけじゃないが、話がこう怪しくなると結論を急ぐのは危険だと思う」


「そう、だね……」


「そんな顔するな。どうせその件の真実なんてすぐにわかる」


「ほぇ?」


キラはきょとんとする。そんなこと、知る方法あったっけ?


「ほら、オズからセイラのノート貰っただろ。あれにオズの過去が纏めてあるなら、その出来事についても書いているかもしれないだろ」


「あ、そっか!」


キラはペルシアに力強く言った。


「あのね、今あたし達、訳あってオズの過去について調べてるんだ。もしかしたら、ペルシアのお父さんの怪我の原因についても何かわかるかもしれない。だからちょっとだけ待っててほしいんだ。きっと真実を見つけてくるから、もうちょっとだけ、オズのこと信じてあげてほしいな」


「信じる……ですか。キラはオズは悪いことはしていないと思っていますの?」


キラは首を振る。


「ううん。そこはあたしにはわからない。でも、オズはいつでもオズらしいことをするって信じてる」


今ならば、オズの残忍な一面も踏まえた上でそう言える。キラが笑ってみせると、ペルシアはようやく少し肩の力が抜けたようだった。


「そう……そう言ってくれるなら、私も少し安心できますわ。待っていますわね」


「うん!」


そうして、ペルシアに僅かに笑顔が戻った時、やっとキラは一歩前に進めたように思えた。これがしたかった。落ち込んだ人に光を与えたかった。笑えなくなった人にまた笑えるようになってほしかった。

大丈夫、今までの苦しさは無駄にはなっていない。そう思えたことで、キラ自身にも笑顔が生まれていた。あとは、この一瞬の希望を虚実にしないように動かなければならない。

その時、クローディアの声がした。


「へえ、ちょっと見ない間にキラちゃんってば立派になったのね。お姉さん嬉しいわあ」


そういえば、まだクローディアとノアはこの場に居たのだった。彼女はゼオンの髪をくしゃくしゃと撫でながら、キラとペルシアの顔を見て呟く。


「それにしても、オズってばまた何かやらかしてるのねえ。いつも忠告はしてるのに全然聞かないんだから」


「そういえば、お姉さんはオズと仲良いみたいですね。よく手紙やお土産送ったりもしてるみたいだし」


「そうねえ、よく調べものの依頼とかも受けてるし、そうなるのかもね」


「お姉さんから見て、オズってどんな人ですか?」


その問いにクローディアは首を傾げる。


「不思議な事を聞くのね?」


「あはは、ちょっと色々あって……あたし達、もう随分沢山オズと話してきたのに未だにオズってよくわからないなって思うとこがあって。ちょっと気になったんです」


クローディアもペルシアのように比較的オズに優しいが、彼女の場合はオズの表も裏も知った上で接しているはずだ。そんなクローディアの持つオズへの印象を聞いてみたかった。


「そうね、怠け者で面倒くさがり、遊ぶの大好きなわがまま坊主よ。ああ、あと子供好きよね」


「子供好き?」


「ええ。だから多分あいつ、キラちゃん達四人のことみんな大好きよ」


天地がひっくり返りそうな程の衝撃だった。キラは口をあんぐり開けながらクローディアとゼオン達の方を交互に三度見程した。ゼオン達も嫌悪と驚愕が入り混じったような表情をしている。

キラはこれまでのオズの悪行の数々を思い返しながら自分に問いかけた。好きって……なんだっけ?


「え、え……あたしが言うのもあれですけど、お姉さん、それ本気で言ってます? オズに変な夢見てない? 大丈夫?」


「あらぁ大丈夫よ、私はオズなんかよりずっと小さくて可愛い少年にしか夢見ないわ」


「で、でも信じられないです……オズは意地悪ばっかりするから」


するとクローディアは少しにやけながらキラ達四人の顔を順に見て回った。


「私もあいつの腹の黒さは知ってるから、最初ここにゼオンが居るって知った時は警戒したりしたんだけどねぇ。でも最近ちょっと違うって気づいたのよ」


「違う……?」


「ええ。よくよく考えたら当たり前の事だったわ。何の興味の無い人の為に宿代を負けるように頼んだり、学校に転入できるように手を回したり、旅行に連れてったりなんてしないのよ」


言われてみれば、リディやメディの事など一切関わらない地味な部分でオズはゼオン達の生活に対して結構影響を与えている。

だが……それでもオズが「キラ達のことが好き」だとは信じられない。だって、オズはキラ達を脅し、利用し、駒のように扱ってきたじゃないか。


「それは多分、オズの最終目的の為にあたし達を利用したかっただけですよ……」


「そうかしら。あいつ、結構気分や興味に流される方じゃない? 合理性だけで生きていけるような奴だったら、多分もうちょっと仕事するし村の人達との関係も良好に保つわよ。ねえ、いつも傍に居るルイーネちゃんならわかるでしょ?」


突然ルイーネに話を振ったのでキラはギョッとした。オズに対して寝返り宣言をするところを見てしまった後だったので、キラは少しだけルイーネを「怖い」と思っていた。

事情をクローディアに説明しようか、キラがおろおろと互いの顔を見つめた時だ。ルイーネはキラ達以外の人が周りに居ないことを確認してから、薄く微笑んだ。


「そう、ですね。オズさんは自分の我儘を悪知恵で強引に押し通すどうしようもない人ですから、気分には流されやすいですよ。気に入った人の為なら村の皆さんに憎まれようがお構いなしの癖に、まるで自分はそんな人達も駒のようにしか思ってないような顔してる……そんな困ったさんなんです」


言葉は素直ではないけれど、声は確かに暖かかった。その時のルイーネは、今までのルイーネだった。オズの傍で溜まった仕事を片付け、オズに説教し、小悪魔達にもキラ達にも優しく接してくれる、いつものルイーネだ。

キラは勝手にルイーネに恐怖を抱いたことを恥じた。裏切る裏切らないで語れる次元じゃない──その意味を、ようやく感じ取ることができた。


「わかるわぁー、あいつ素直じゃないわよね。好きなら堂々と主張した方が幸せだし、悪人より善人演じる方が絶対お得なのにね」


クローディアはそう言うと、キラにウィンクして問いかける。


「キラちゃん、これで質問には答えられたかしら?」


「あ、ありがとうございます。とても参考になりました!」


「そう、よかった。じゃあ、私もお付き達を待たせてるし、そろそろ行くわね。また会いましょう」


そう言って、クローディアはノアを連れて去っていった。

キラは暫く呆然とその場に立ち尽くした。オズに対して怨嗟の声を浴びせる一方で、このように厳しくも暖かい言葉でオズという人を語る人も居る。そのことが不思議で仕方がない。

一体、オズとは何なのか。キラはいつの間にか神々の争いを止めるという目的の為だけではなく、純粋にオズという個人に興味を持ち始めていた。

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