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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第14章:ある罪人の為の序曲
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第14章:第4話

オズの姿を見るなり、村人達は酷い罵声を浴びせた。


「この外道が! この子達に何を吹き込んだ、白状しろ!」


「やはりこいつは化け物だ。生かしてはおけない!」


「消えろ、化け物!」


オズは罵声には全く耳を貸さずにキラ達の様子を見つめ、それから村長の横に居るルイーネに声をかけた。


「おいルイーネ。お前、何してんねん」


キラは唇を噛んで俯く。ルイーネは臆することなく答えた。


「何って、ご覧のとおりです。今から私はこちら側です。本来の居場所に戻らせていただきます」


「ああ、なるほど。そういうことか。ほなご苦労さん、二度と戻ってこなくてええで」


オズの対応はあまりにもあっさりしていた。キラは思わず叫んだ。


「ちょっと、オズ! そんな言い方、他に言うこと無いの!? スパイだったんだよ、裏切ったんだよ?」


すると、オズはきょとんと不思議そうに首を傾げた。


「スパイ? 何言うてんねん、ルイーネは最初っからそうやろ」


「え……、オズ、知ってたの?」


「ん、言うてへんかったか? 知ってるも何も、最初からルイーネがスパイってことは承知の上で置いてたんやけど」


そう言って、オズはルイーネの裏切りについては全く気にかけなかった。むしろ、オズの視線はキラ達に向いていた。怪訝な顔をした後、オズは村長カルディスに尋ねた。


「んで、一体何で揉めとんねん」


「この子達が倉庫に忍び込んで吸血鬼用栄養剤を盗もうとしたのじゃ。オズ、貴様が指図したのではないか?」


「は? 知らへんで。こちとら栄養剤なんて有ろうと無かろうとピンピンしとるのに、何でそないな阿呆なことせなあかんねん」


しかし、もはや村人達に聞く耳は無い。憎悪に染まった村人達を見回すと、オズは鼻で嘲笑った。


「まさか、そないなことでガキ共取り囲んでみっともなく怒鳴り散らしてたんか? 暇やなあ、羽虫共」


村人達は獣のように怒鳴り始めた。オズが火に油を注ぐようなことを言うものだから、騒ぎは収まるどころか大袈裟になる一方だ。すると、オズは両手を上げて、哀れむような目つきで言った。


「俺が全ての悪やと言うんなら、罰してみればええやないか。殺すなり吊るすなり潰すなり、好きにすればええやないか」


今のオズは無防備だった。武器は持っていない、村人達に取り囲まれて逃げ場も無い。しかし、オズがそう言った途端に村人達は罵声を浴びせることを躊躇い、オズを捕まえることも痛めつけることもしなかった。

理由は簡単だろう。相手がオズだから、この一点に尽きる。結局、オズへの憎悪は膨らむものの、いざ本人を前にすると憎悪よりもオズの持つ強大な力への恐怖の方が勝るのだろう。無力な村人ができることは本人の居ないところで悪口を言い、オズより弱い者に八つ当たりすることだけだった。


「ほんま、民ってもんは何時の時代も醜悪やなあ」


オズはくつくつと嗤うとルイーネに言った。


「せや、ルイーネ。お前、知ってて黙っとるのはあかんで。お前がしっかり俺の監視の役目をしてたんやったら、こいつらと俺がここ数日顔合わせてないことくらいホロは記録しとるはずや」


するとルイーネはあっさりその主張を認めた。


「そのとおりですね。オズさんとキラさん達がこの数日顔を合わせた記録はありませんし、それ以前に出会った時も倉庫の栄養剤についての会話をした記録は一切ありません。必要なら映像も見せますよ」


「そういうことや。ジジイ、俺に罪を着せるんやったらもっと本気で被せに来い。これ以上は、お前の可愛ええ孫の前で醜態晒すだけやで」


カルディスは悔しそうに歯を食いしばり、ルイーネを睨みつけた。


「ルイーネ……貴様……!」


「私は事実を述べたまでです。ペルシアさん達のことはとにかく、オズさんが関係していることを証明するには証拠不足です。カルディス、ここはペルシアさん達に厳重注意程度で済ませた方が良いと思いますよ。私のことまで疑いだしたら……それは結果的にあなたの首を締めると思います。オズさんってば、そういう揚げ足取りが大好きなんですよ」


オズはにやにやと意地悪くカルディスを見下していた。

カルディスは今にも目玉が飛び出しそうな形相でルイーネを睨みつけた後、悔しそうに村人達に告げる。


「皆の者、下がれ。先に戻っておれ。後のことは儂が引き受ける」


村人達は陰口を叩きながらも、渋々屋敷の方へと戻っていった。一先ず最悪の事態は避けられたようで、キラは安心した。キラ達四人と、村長とルイーネ、そしてオズとペルシアがその場に残された。ペルシアはすぐに村長のところに向かい、頭を下げる。


「お爺様、勝手なことをして本当に申し訳ありませんでしたわ。キラ達も、私の我儘に突き合わせてしまって本当にごめんなさい」


「いや、いいよ。結果的にあたし達も手を貸しちゃったわけだし。村長さんも、勝手なことしてすいませんでした」


キラがカルディスにそう謝ると、カルディスは気まずそうに頷いた。その後、ペルシアはオズの所に向かう。


「オズも、私のせいで巻き込んでしまって申し訳無いですわ。オズは何も悪くないのに、私のせいで……」


カルディスはペルシアがオズを気にかけることが大層気に入らないようだった。憎しみに満ちた目でオズを睨みつけ、ペルシアを引き離す。


「ペルシア、そいつに関わってはならぬ」


「なぜですの!? お爺様、村長たるもの、村人皆に公平に接するべきですわ。それなのになぜ、お爺様はオズにだけ冷たく当たるんですの?」


「そやつが、村人を危険に晒す化け物だからじゃ。お前がそいつに利用され、傷つけられるのは見ていられぬ。そやつと関わるな」


「納得いきませんわ。オズはそんなことする人ではありませんわ!」


「前科があると言ってもか」


ペルシアの言葉が途切れた。そういえば、とキラはこれまでのペルシアの言動を振り返ってみる。ペルシアはいつも「オズは何も悪くない」と言って庇ってきた。しかし、これまでキラが見てきた通り、オズが「悪事など絶対にしない善良な人物」とは到底思えない。

キラは今のペルシアにかつての自分の面影を感じた。出会う人全てが自分の味方だと信じていた自分。純粋で素直で、ほんの少し傲慢な自分。優しい幻影を真実だと信じていた。そして、その幻影はいつも儚く崩れ去る。

オズは何処か苦い表情で低く呟く。


「なんや、ジジイ。まだ言うてへんかったのか」


「幼い子供に聞かせることではないと思ってきた。じゃが、この子も成長した。いつか、知らねばならないことじゃ」


村長カルディスはペルシアに告げる。


「こやつはかつて己の力で村の者を傷つけた。今から20年程前のことじゃ。こやつのせいで村は破壊され、多くの人々が傷ついた。ペルシアよ、お前の父もその一人なのじゃ。こやつは、お前の父の……我が息子の目と足を奪った! 赦してはならぬ! それでも奴の味方をするのか!」


ペルシアの表情は青ざめ、言葉を失う。それはキラ達にとっても衝撃的な事実だった。かつて女神リオディシアを裏切り、五十年前はウィゼートの三分の一を破壊した。歴史を書き換える程の大事件を二つも起こした上に、更にそのような出来事に関わっているのだとしたら。一体オズはたった一人でどれだけの悲劇に関わっているというのだろう。

ペルシアは震える声でオズに尋ねる。


「うそ、ですわよね……? オズ、嘘ですよね……?」


オズは冷たく言い放つ。


「事実や。それがどうした」


ペルシアの両目から涙が零れる。ぽろぽろと泣き出してしまったペルシアはそのまま屋敷の方へと走り出してしまった。


「待って、ペルシア!」


キラは即座にペルシアの後を追った。しかし、カルディスはキラの行く手を阻んだ。


「リラの孫よ、もうお前たちは帰れ。今日のことはペルシアの謝罪に免じて不問にしてやる」


「でも、ペルシアを放っておけません!」


「孫のことは儂らに任せておくのじゃ。いいから去れ」


そう言って、カルディスはルイーネを連れて屋敷へと戻ってしまった。オズも図書館へと戻ってしまい、その場にはキラ達四人だけが残された。


「全く、散々な目に遭ったわね」


「うん……」


キラは先程出会ったペルシアの両親のことを思い出していた。目と脚の自由を失った父親の代わりに……ペルシアの責任感の強さは父の存在があってこそなのだろう。ペルシアの涙が頭から離れなかった。


「皆酷いよ……村長さんもオズも、あんな言い方しなくたって……ペルシアが可哀想だよ」


キラがそう言うとティーナが冷めた口調で言う。


「ま、確かにあいつらは酷いけれど……あたしは前からあのお嬢もちょっと理想ばっか見すぎだなと思ってたけどね。まあそれはいいや。あのさ、ちょっと図書館行かない? キラだってあのクソ野郎に言ってやりたいこと、あるでしょ」


キラは首を傾げる。ティーナが自分からオズの所に行くことを提案するとは思わなかった。





図書館の中は閑散としていた。本来図書館とはそう在るべきなのだろうが、シャドウの声もルイーネのお説教も聞こえないと物寂しい。古ぼけた本棚の森を抜けると、一人で黙々と図書カード作りをするレティタの姿が見えた。


「こんにちは、レティタ! 今日は随分静かなんだね。シャドウはどうしたの?」


レティタは小さく震え上がった後、


「シャドウは……ちょっと、色々あってね」


とか細い声で呟いた。シャドウの話題に触れること自体、レティタを傷つけてしまうようだった。「オズは?」と尋ねると、レティタは机を指す。オズは淡々と仕事をこなし、普段ならば山積みになっているはずの書類を瞬く間に消化していた。


「……誰」


キラは思わず呟いた。オズが仕事をしている。あらゆる仕事をルイーネに押し付け自分は年中遊んでいるはずのオズが仕事をしている。明日はきっと真紅の雪が降り、嵐となって世界中の人が発狂するのだろうと確信した。

オズは何十本ものペンを魔法で操りながらルイーネとほぼ同じかそれ以上のペースで書類の山を処理していた。キラは唖然としながら尋ねる。


「……なにしてんの」


「何って仕事や仕事。ガキ共と違って社会人は忙しいんや」


「……今までのこと箪笥に上げてよくそんなこと言えるね」


「『棚に上げる』を『箪笥に上げる』に間違えるようなお子様と違って、俺は本気出せばやる奴なんや」


実際、ルイーネ並に完璧な仕事をしているところが余計に腹立たしい。引きつった頬を指で伸ばしながらキラは呆れる。


「いつも本気出そうよ……」


「本気っちゅうんは狙いを定めて使うから本気なんや、人生メリハリが大事やで」


「オズは狙い絞りすぎて、ほぼ狙い放棄だから……」


すると、オズは新たな術式を組み立てながらこう話す。


「ルイーネが暫く留守やからな」


そしてオズが指を鳴らすと、図書館中の本を一瞬で検索、召喚することができる仕組みが完成し、更に別の術式で書類に書かれた本を纏める。なるほど、ルイーネが居なくなると流石のオズも自分で仕事をするようになるようだ。


「……オズ。なんでそんなに冷静でいられるの。ルイーネが居なくなっちゃったのに……裏切られたのに」


キラは思わずそう尋ねる。もしかして、無理をしているのではないか。一瞬そう考えたが、直ぐにそれは傲慢な考えであると気づく。


「言ったやろ。あいつは最初からスパイやねん。俺も承知の上であいつをここに置いとる」


「でも、あたしだったら……たとえ正体を知っていても、裏切られたら傷つく」


「そら、お前だけやで」


普段の嘲笑どころか、こちらに見向きもせず、オズは淡泊に言い放った。キラはぐっと唇を噛む。やはりオズは強い。力だけではなく、精神的にも。


「こないな事はこれまでに何十回もやっとんねん。あいつはいつも唐突にジジイの犬になる。そして、暫くしたら絶対戻ってくるんや」


「本当? オズがあんまり冷たくするから不貞腐れてちゃったんじゃないの?」


「今更その程度で愛想尽かすようなら、キラが生まれる前に俺とあいつは決裂しとるし、俺はルイーネを灰にしとる」


すると、レティタがキラに声をかけた。


「キラ、多分大丈夫よ。ルイーネについては、あたしもそれほど心配してないし、絶対戻ってくるって信じてるわ。時々あるの、こういうこと」


「そう、なの……」


「昔はあたしだってオズに言ったのよ。ルイーネみたいな間者はオズを不幸にするだけだから追い出すべきだって。それでもオズはルイーネをここに置いた。だからもう、裏切る裏切らないで語れる次元じゃないのよ」


ふと、キラは一々傷ついている自分が嫌になった。普段残虐非道なように振る舞っている癖に、オズと小悪魔達の関係が眩しく見えた。キラも、このように強くなれたらいいのに。

オズはまるで何十年も前から決まりきった法則であるかのように語る。


「見たところ、ジジイの側に行こうとルイーネはいつも通りルイーネみたいやし、気ぃ狂ったわけやなさそうや。せやったら、今はあいつの判断に任せようやないか」


「味方だった人が突然敵になって怖くないの。もし戻ってこなかったらとか、考えないの」


「せやったら、俺はそこで見限られる程度の存在やった。あいつはそこで見限るべき存在やった。それだけや」


そうはっきりと言い切られると自分が惨めになる。弱さを炙り出される。そして、オズはキラの傷に塩を塗り込むように言い切るのだ。その有り様を人は強さと呼ぶのだろう。


「それに、敵とか味方やなくて、ルイーネはルイーネやで」


普段唐突にキラ達を傷つける癖に、このような眩しい言葉を堂々と放つ。ティーナが言ったとおりだ。もう長いことオズに振り回されてきたが、一体オズがどのような人なのかキラは未だに掴めない。

──この人と対等に渡り合うことなどできるのだろうか。キラは唇を噛んでオズを睨む。渡り合えなければ、仲間になどできない。一方的に利用されるだけの駒のままだ。

すると、オズはキラに普段通りお菓子を勧めながら尋ねた。


「んで、そない怖い顔して、何の用なん?」


そう言われて、キラはようやく本題を思い出した。


「そ、そうだ。さっきのことだよ。ペルシアのこと」


すると、急にティーナが二人の間に割って入った。


「ハァーイ、その話をするなら、先にあたしの話をしてもいいかな?」


「なんや、今日も喧しく怒鳴り散らしに来たんか?」


オズが鼻で嘲笑いながらそう言うと、ティーナはさらりと自分の髪を掻き上げる。そして踊り子のように一回転舞ったたかと思うと、机の上にそっと手を翳す。手を退けると、そこには小さな布袋が二、三十袋置いてあった。そして、中にはペルシアが頼んだ吸血鬼用栄養剤が入っていた。


「え、まっ、ちょっと待って! 今どこから出したの!? というか、あの時没収されたんじゃ!」


「あんなのフェイクに決まってるじゃあん。何が悲しくてこのクソ野郎に乙女のスカートの中の秘密を渡さなきゃいけないのさあ」


ティーナは栄養剤の山をオズに差し出しながら低い声で言う。


「お前のことは気に食わないけど、あのお嬢の頼みを途中で投げ捨てるのは元怪盗の意地が許さなくてね。跪いて地に頭付けて感謝しな、クソ野郎」


「ハッ、あの脳内お花畑の戯言に付き合うたあ、怪盗の意地っちゅうのも安いもんやな。ガキのスカートの中に隠した栄養剤なんてこっちから願い下げやわ」


「こっちはスカートの中じゃないから安心しな。あんたが願い下げた程度で引き下がるわけないでしょお? 受け取らないならその口の中に全部ぶち込むだけだね」


すると、オズはティーナではなくキラやゼオンの顔を見ながらこう話した。


「って言われてもな。お前ら、さっき俺とグルやないかって疑われてたのに、その容疑の証拠扱いされかねへんもの渡す気なん?」


確かに。キラとゼオンは顔を見合わせる。栄養剤がオズの下にあることを知られたら疑われかねない。


「あはははっ、それはそれで好都合。あたし達は『オズにぃ、脅されてぇ、しかたなくやったんですぅ』であんたに責任押し付けられるから万歳。お嬢の頼みは果たすけど、あんたを助ける義理は無ぁい」


「いや、ティーナ……それはやりすぎだ。一旦引っ込め」


ゼオンが声をかけた途端、ティーナは渋々引き下がった。ゼオンは不機嫌そうにオズを睨んでいたが、こればかりは仕方ない。「オズの為に力になりたい」というペルシアの想いを踏みにじってしまっては意味が無い。


「確かに……今ここでオズに栄養剤を渡したら、また村の人達に疑われそうだよね……」


すると、どこからともなく水の入ったコップが現れてオズの手元に降りた。


「ま、それについては簡単なことや」


すると、突然オズは袋の中身の栄養剤を一つ残らず口の中に放り込んだ。最後に水で全てを胃の中へ流し込み、山積みだった栄養剤は一瞬で消えてしまった。唖然とするキラ達を前に、オズは涼しい顔で言う。


「ティーナが言うたとおり、口の中にぶち込めば問題無しや。腹は最高の隠し場所やろ?」


「いや、まさか本当にやるとは……っていうかそれ、一気に飲んで大丈夫なの?」


「薬とは違うからな。まあ平気やろ」


絶対深く考えずにものを言っている。キラが呆れていると、次にオズはレティタを指しながらこう切り出した。


「せや、こっちもお前らにちょいと話があるんや。実のところ、俺もレティタもこっちの方が気にかかるんや……シャドウのことや」


そういえば、今日はシャドウの姿が見えない。すると、ゼオンが苦い顔で呟いた。


「パーティの時に俺に盛られた毒……いや、血か。あれを仕込んだのがシャドウだったって話か?」


「なんや、知っとったんか」


「ショコラ•ブラックがわざわざ言ってきたんだよ」


「あの男みたいな女か。あれも得体の知れない駒やもんなあ。ま、とりあえずシャドウの話を先にするで」


そして、オズはルイーネの調査結果と、シャドウがリディの駒でありメディの指示で動いていたことを伝えた。キラは背筋が凍った。正直シャドウのことは可愛らしい小悪魔達の一人という認識で、そのような立場であるなど想像もしていなかったのだ。

ああ、まただ。キラは唇を噛む。誰が敵で誰が味方かわからない。そもそも味方であることを願うこと自体身勝手な妄想であるのかもしれない。何もかもが不確かな世界の中で、その人のありのままの姿を信じることのなんて難しいことか。

しかしそれでも、皆を信じなければ誰もキラを信じてくれない。これまで、キラは何も考えずに自分と関わる人々のことを容易く信じてきた。けれど、誰かを信用するということはこれほど難しいことなのだ──それを、キラはこの時初めて知った。


「とりあえず、シャドウのことはこっちで捜しとく。ルイーネがジジイのとこ行っても捜査を続けとるかはわからへんけど、何かあったら連絡するわ。もし捕まえたら、お前らで煮るなり焼くなり好きにしてええで」


「いや、そこまでは考えてないんだけど……」


その時、ゼオンがキラに耳打ちした。「栄養剤のこととシャドウのこと、これらの礼と侘びとして、セイラが渡したノートを渡すよう持ちかけてみてはどうか」と。キラは迷った。たかがノート一冊の為にここまでする必要があるのかは疑問だが、かといって何の考えも無しに「ノートください!」と言ったところでオズが渡すとは限らない。狡さと大人げなさがオズの特徴だということはキラもよく知っている。


「あのさ、シャドウを煮る権利はいらないから、代わりに……セイラから渡されたもう一冊のノートあるでしょ。あれが欲しいんだけど。栄養剤のお礼も兼ねて」


考えた末に、キラはゼオンの案に従った。確証は無いが、相手がオズならばこのくらい図々しい言い方をした方が話を聞いてくれるような気がした。


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