第14章:第3話
ペルシアの家に足を運ぶのは久しぶりだ。流石村長の家というべきか、村の中では一番の豪邸で、ペルシアが帰った途端に使用人達が荷物やコートを片付けに現れる。
村の中枢に関わる人々も出入りしているようで、時折ペルシアの身内とは思えない大人が数人通り過ぎていった。
キラ達四人は屋敷に連れていかれるとすぐにペルシアの部屋に通された。ペルシアは紅茶と軽い菓子を出させると使用人達を外に出して鍵をかけた。部屋の周囲に人の気配が無いか確認し、昼間だというのにカーテンまで閉めた。
他人に知られてはならない厄介な話が始まることはキラにも感じ取れた。
「そんなに周囲を警戒しなきゃならないことなのか?」
ゼオンが尋ねると、
「ええ。お爺様達には絶対に気づかれたくありませんもの」
と答える。ティーナ達が渋い表情をした。全てのカーテンを閉めた後、ペルシアはこう話し始めた。
「では、始めますわね。担当直入に言うと、あなた達には裏の倉庫に行って吸血鬼用の栄養剤を取ってきていただきたいんですの。誰にも気づかれないように」
「なるほどな。お前はその栄養剤をオズに渡したいわけだ」
「ええ。本来なら毎月こちらから必要な量は配布されるのですけど……ここ二ヶ月は配布が打ち切られていますの。きっとオズも困ってるはずですわ。けど、私だけでは誰にも気づかれずに栄養剤を取ってくることなどできなくて……だから、お力をお借りしたいのですわ」
ペルシアは深く頭を下げて四人に頼み込んだ。
「傍から見れば悪事にしか見えない事柄とは理解していますわ。勿論タダ働きはさせません。報酬は弾みますわ。ですからお願いします!」
キラ達は顔を見合わせた。ペルシアの想いには答えたいが、まだ不明な点が多すぎる。四人で話し合った結果、「まずは状況をより詳しく把握する事が先決」という答えに至った。
まずはティーナが尋ねる。
「あたしは正直良い報酬には弱いからつい乗っかりそうになっちゃうんだけど……あのクソ野郎の為ってとこが気に入らないなあ。そもそもなんで栄養剤打ち切りなんてことになったの?」
「このところのオズの身勝手に対する制裁措置……とお爺様は仰ってましたわ」
「あいつはいつでも身勝手じゃん。それがここに来てどうして突然制裁なんてことに? 制裁ってことは、それが下される原因になる罪が勿論あるんだよね?」
「今年に入ってからのオズの要求に不満を漏らしていた人が何人か居ましたから……特にきっかけになったのは秋頃ですわ。ほら、エンディルスの王子様がいらした頃。あの頃、深夜に村のはずれに巨大な蒼い結界が現れまして」
キラ達はギョッとした。ルルカの杖を奪おうとネビュラが来た時の事だ。イオが手引きをしてルルカにネビュラを殺させようとした事が村の中枢でも話題になっていたようだ。
「その夜、その場所では激しい戦闘行為が起こっていたようで……それは全てオズの仕業ではないかと疑われているんですの」
キラは耳を疑い、思わず言い返した。
「ちょっと待って、なんでそこでオズ!? あの出来事はオズのせいじゃないよ!」
「私も信じたくはありませんわ。でも、目撃者が何人も居るんですのよ」
「目撃者……? そんなの居るはずないよ。だってあの時はリーゼが倒れて、オズはずっと図書館で様子を見ていてくれたはずなんだから、そもそもオズは外に出てないはずだよ」
「でも、居るんですの。その方々の証言を根拠に話がどんどん進んでしまって……」
急に他人事とは言えない話になってきた。あの出来事の責任をオズが背負わされている? あの時の黒幕はイオ達だ。オズは確かにゼオンを脅したり普段通り最低極まりない事をしていたが、ルルカがネビュラを殺すよう仕向けた件に関しては間違いなく無罪だ。手段こそ酷いものではあったが、オズはむしろルルカがネビュラを殺さない方に賭けていた。それは事実なのだから。
続けて、ペルシアはこう語る。
「ちょうどその頃からですわ。村の皆さんがオズに理不尽な対応をするようになったのは。確かに以前から皆オズには冷たかったですわ。でも、確かに秩序はありましたの。あくまで、間違いなくオズが起こした悪事だけを責めておりましたわ」
「それで、それ以降はその秩序が崩壊した?」
「ええ。在りもしない罪を擦り付ける方が現れるようになって……最近、皆さんどこか様子がおかしい気がしますの。でも、私にはどうにもできませんでしたわ。それでも、せめて栄養剤だけはきちんとオズに行き渡るようにしないと、それだけはどうにかしないと……と思ったのですわ。純吸血鬼にとって、栄養剤の供給を断たれることは絶食に等しいですから」
数分前までゼオン達はこの件に全く乗り気ではなかったが、この話を聞いた途端、真剣に手を貸すことを検討し始めた。
ルルカが険しい表情で言う。
「オズは最低だけど……それはそれで気に食わない状況ね。僅かでも私とネビュラの件がきっかけになっているのなら、放置するのは少し寝覚めが悪いわ」
「それについては同意だけどぉ……二ヶ月絶食状態にしちゃあ、オズは相変わらずピンピンしてた気がするけど。ってか、吸血鬼にとって栄養剤ってそんな大事なの? あいつ普通にケーキとか食べてたよ」
ティーナがそう尋ねると、ペルシアは暗い表情で俯く。
「きっと、無理してるんですわ。吸血鬼は生物の血以外から栄養を取ることはできないと本で読みましたの。他の食材では栄養供給はできません。かといって、村の中で人から強引に血を吸うことは許されませんもの。ですから、栄養剤は唯一の食事といっても過言ではありませんわ」
「そうなのかなあ……」
ティーナは腑に落ちない顔で頭を掻いた。すると、ゼオンがティーナに尋ねる。
「ティーナ、お前は気が乗らないのか?」
「うーん、微妙。正直オズは気に食わないけど、この状況も気に食わない。ところで、なんであたしに真っ先にそう訊くの?」
「この件を引き受けるとしたら、一番のプロはお前だ。お前が乗り気じゃないなら始まらないだろ」
そういえば、とキラはティーナに目を向ける。ティーナは過去に怪盗をしていたのだから、確かに「誰にも見つからずに栄養剤を奪ってくる」ことに関してはこの中の誰よりも秀でているだろう。
「確かに。ということは、あたしの独壇場? こっそり忍び込んでいくら掠め取れるかの勝負? わはぁ、それはちょっと血が騒ぐなあ」
「独壇場じゃないし、楽しそうな顔をするな……」
ゼオンが頭を抱え、ルルカは溜息をつく。これが泥棒ではなく怪盗か……とキラは苦笑いした。ティーナは急に生き生きした表情で尋ねた。
「んで、お嬢、どこに取りにいけばいいわけ? 入り口とか窓とかきちっと教えてよ」
「はい、裏の倉庫ですわ。入り口は三つ。普段見張りは居ないはずですけど……でもあまり騒ぐとすぐに人が駆けつけますわ。だから手早くお静かにお願いします。鍵も既に用意してありますわ」
鍵が既にあるなら話は早い。キラはそう安堵したが、怪盗経験が長いティーナは苦い顔で問う。
「ほう、鍵が既にある、と……? お嬢、これ、どこから取ってきたの?」
「え、それは勿論、鍵の保管場所であるお爺様の部屋ですわ……」
「ちなみに取ってきたのはいつ?」
「皆様を呼びに行く直前ですわ」
「じゃあ一時間前くらいか……もたもたしてらんないな」
ティーナがみるみる険しい表情になっていくので、キラは尋ねる。
「鍵がもうあるのがそんなに大変なこと?」
「大変っていうか、時間が無いってことだよ。鍵が無いことに気づいたら、きっと倉庫周りの警備も厚くなるよ。鍵には鮮度があるのさ、奪ったらすぐ使わなきゃ悪い虫を呼び寄せるの。だから急がなきゃ」
ティーナは頭を掻きながらそう話すと、ペルシアににっこり笑いかけた。
「全くしょうがないお嬢さんだな……皆、すぐ取り掛かるよ!」
ティーナの掛け声と共に、作戦は始まった。素早く計画を立て、各々の配置に付く。ティーナが倉庫の裏から侵入し、ゼオンとルルカは周囲に監視が居ないか警戒しつつ、見つけたらティーナから目を逸らすように誘導する。
今回、キラの役割は奪うことではない。ペルシアと一緒に屋敷の人々の注意を引き付けることだった。キラは屋敷の中を歩きながら徐に自分の星の髪飾りに向かって話しかける。
「こちら、キラ。準備できたよ」
すると、髪飾りから仲間の声が帰ってきた。事前に通信の魔法をかけてもらい、連絡が取れるようにしておいたのだ。
『ルルカよ。こちらも配置に着いたわ』
『ゼオンだ。こっちも大丈夫だ』
『ティーナちゃんだよー! 準備おっけー!』
『ペルシアですわ。こちらも問題ありませんわよ』
「じゃあ、始めるよ!」
キラがそう言うと、『了解』の声が三つ重なり、作戦は始まった。キラは早速屋敷の中を練り歩き、屋敷中の人々に声をかけた。
「忙しいところすいません。あたし、今日クッキーを焼いてきたんです! 皆さんに配りたいから、一度ホールに集まってもらえませんか?」
声を掛けられた人々は早速ホールへ向かった。ホールにはキラが先程ゼオン達に配ったクッキーの余りが置いてあり、ペルシアがそのクッキーを配るという手筈だ。キラが誘導し、ペルシアがクッキーを配る。屋敷の人々を騙すようで申し訳無いが、これなら誰も傷つけること無く屋敷の人々を一箇所に纏めることができる。
「キラだよ。こっちは今のところ順調。ルルカ、そっちはどう?」
『ルルカ、こっちも今のところ問題無しよ。監視は居ないわ。ティーナ、忍び込めそう?』
『ティーナちゃん、無事倉庫に入れそうです!』
一先ず作戦は問題無く進行しているようで安心した。田舎の倉庫に忍び込む程度、ティーナにとっては朝飯前のようだ。
屋敷の殆どの人に声をかけ終えた頃、キラは屋敷の最上階へと足を運んだ。この階が最後だ。キラは一番端の部屋をノックする。
「失礼します」
「どうぞ」
優しげな男性の声が返ってきた。扉を開くと、そこには一組の男女が居た。片方の女性は五体満足だったが……もう片方の男性は両目が包帯で覆われており、車椅子に座っていた。
女性の方はキラも面識があった。ペルシアの母親……ミーシャ•サリヴァン。しかし、男性の方は初対面だった。ミーシャは傍らの男性に声をかける。
「あなた、ペルシアのお友達が来てくださったわ。キラちゃんというのよ」
「ああ、君が。こんな姿で申し訳無い。私はロシアン•B•サリヴァン。娘から話はいつも聞いております」
男性はペルシアの父親のようだった。ペルシアの家は両親が何か事情を抱えている。という話は本人との会話で聞いたことがある。しかし、父の両目と足が不自由だということはこの時初めて知った。
「私達に何か御用ですか?」
「あ、そうそう。今日、クッキーを作ってきたんです! ホールで配っているので、お二人にもぜひ食べてもらいたくて呼びに来ました!」
キラがそう言うと、二人は嬉しそうに微笑んだが、一瞬間を置いてロシアンが軽く俯く。
「ありがとう。しかし、一階のホールか……私は取りに行けないな」
「大丈夫よ。あなたの分も取ってくるわ。ありがとう、キラちゃん」
ミーシャはそう行って早速部屋を出て一階へと向かった。キラも続けて部屋を出ようとした時、ロシアンがキラに声をかけた。
「キラさん。娘は、ペルシアは皆さんに迷惑をかけてはいませんか?」
「迷惑なんてことはないですよ。ペルシアはいつも村の皆の為にがんばっているし、とっても素敵な友達です!」
キラが胸を張ってそう答えると、ロシアンは安堵した。
「ならよかった。私が村長としての役割を果たすことが難しい状況なので、ペルシアは『自分が次期村長だから』といつも気を張っているみたいなのです。キラさんのようなお友達が居てよかった」
気を張っている──その言葉には思い当たる節が幾つもあった。ペルシアがオズを気遣う理由も、次期村長としての責任感なのかもしれない。
「これからもあの子と仲良くしてあげてくださいね」
「はい!」
そう返事をしてキラは部屋を出た。ペルシアの為に、今は精一杯頑張ろう。そう決めて、キラは村長──カルディスの部屋の前に立った。しかしその時、髪飾りからゼオンの声がした。
『全員、よく聞け。不味いことになった。ホロが居る。いいか、ホロは身体を透過させて姿を隠せる……もしかすると全員もう見つかっている可能性もある。気をつけろ』
その言葉を聞いて、キラはカルディスの部屋に背を向け、廊下の端へと逃げた。すると即座にルルカの声がした。
『不味い、ホロに見つかったわ』
『倉庫から離れろ。なるべく多数を惹きつけて逃げろ』
『了解……でも、魔法も使って応戦しないと振り切れないわ』
『……さすがに村内、それも村長屋敷の敷地内だ。できれば、子供の悪戯程度で済まされるような手段で応戦してくれ』
『今更無茶言わないでよ』
『いや、仕方ないだろ。村内で犯罪者になる気か?』
『これまで散々イオ達と暴れまわっても咎められなかったくらいだから、こんな村最初から無法地帯よ』
ゼオンとルルカが言い争っている。単純な戦闘能力の話ならば、四人がルイーネに劣るということは無いだろう。しかし、今回のような目的の場合、ルイーネ程に厄介な障害は居なかった。
何しろ透過できる、無限に増殖できる、録画録音もできる、身体中目玉だらけ。監視•警備の為に生まれたのではないかと疑う程だ。その時、キラの目の前に巨大な目玉が現れた。
「どうしよう、こっちにも出てきた」
薄紫の巨体がキラの進路を塞ぐように現れた。その怪物の頭の上には掌程の大きさの可愛らしい少女が居る。
「こんにちは、キラさん。早速ですけど、裏の倉庫に居るゼオンさん達、止めてもらえます?」
「ルイーネ……」
キラがそう呟くと、耳元でゼオンの声がした。
『ルイーネがそこに居るのか? なら、事情を説明してこちら側に引き込むことはできないか?』
確かに、今回の頼まれ事はペルシアがオズの為を想って起こした事だ。
「ルイーネ、手を貸してくれない? あたし達、ペルシアからの頼みでオズの為に栄養剤を取ろうとしてるの。ルイーネならオズの力になってくれるでしょ?」
しかし、ルイーネが頷くことは無かった。冷徹にこちらを見下ろし、こう答える。
「なるほど、オズさんの為……ですか。なら、益々見過ごすわけにはいかなくなりました。私の監視対象に盗難物が渡るのを見過ごすわけにはいきません」
キラは耳を疑った。「監視対象」とはどういうこと? これまでキラはルイーネはオズの仲間なのだと思ってきた。しかし、目の前のルイーネにオズを思いやる気配は感じられない。脳裏にロイドに裏切られた時の事が頭を過ぎる。
まさか──そう思った時、一匹のホロが村長の部屋の扉を叩いた。
「すみません、カルディス。少しいいですか」
村長に伝えるつもりだ。キラが部屋の前に居るホロを取り押さえようとした時だ。老人が階段を昇ってキラ達の前に現れた。村長、カルディスだ。
「こっちじゃ、ルイーネ。何事じゃ」
「倉庫に侵入しようとした者がおりまして」
「その件ならもう知っている。……ペルシアが真っ青になって出ていった」
「なら話が早いです。とりあえず、ホロ達に取り押さえさせましたので、来ていただけます? 詳しい話を聞きますので」
ゼオン達が取り押さえられた? キラには信じられなかったが、髪飾りからは確かに声が聞こえなくなっていた。カルディスは階段を降りて外へと向かう。
淡々と自らの職務をこなすルイーネを見て、キラは思わずこう尋ねた。
「どういうこと……? ルイーネはオズの仲間でしょ?」
「仲間? 違いますよ。お話していませんでしたっけ。私はカルディスの命令であの図書館に居るだけです。オズさんは監視対象、要するに、私は仲間ではなくてスパイですよ」
頭が痛くなった。また、まただ。今回はキラに対しての裏切りではない。しかし、またキラの信じていた事は眼前で否定された。息が詰まりそうだ。この事実をオズは知っているのだろうか。
その時、宙を舞う小さなホロ達のうちの一体の身体に黒い痣が浮かび上がっているのが見えた。ルイーネがそのホロを指すと、ホロは自爆して消え去った。
「またですか……」
立ち竦むキラを背に、ルイーネは抑揚の無い声で呟いた。
「キラさんもついて来てください。あなたも、この悪ふざけに絡んでいるんですから」
倉庫の前へと辿り着くと、ゼオンとルルカが複数の大人とホロ達に取り囲まれていた。見たところ怪我は無く、ホロ達に拘束されているという様子でもない。
「お前たち、こんなことをしてもいいと思っているのか!」
大人達に叱られているというのに、ゼオンとルルカは
「かってにそうこにはいってすみませんでしたー」
と、全く感情が籠もっていない反省の言葉を吐いていた。作戦は事実上失敗したが、流石にイオ達との戦闘程に深刻な様子ではない。キラは安堵半分、呆れ半分で二人に尋ねた。
「二人共、何してるの……」
二人は不満そうに文句を言う。
「何って、お叱りを受けているのよ。あの程度、魔法を使えば一瞬で振り切れるのにこいつが反対するからいけないのよ」
「だから、流石にここでそこまでするわけにはいかないだろ……。テロリストにでもなる気かよ」
「だから最初から無法地帯って言ってるでしょ。テロリストを裁く法なんて存在したら、私達より先にイオ達が検挙されてるわよ」
「そうじゃねえよ。屋敷がすぐ近くにあるのに戦闘なんてしていいわけ……」
二人の口論を最後まで聞いていると夜になりそうだ。すると、ペルシアが現れて大人達にもキラ達にも深く謝罪した。
「本当に申し訳ございません。私がこの方々に頼みましたの。だから、全て私のせいですわ。だから、キラ達を責めないでほしいですわ」
ペルシアの謝罪を聞き、大人達の怒りは一瞬収まったかのように見えた。普段ならばそうなっただろう。ペルシアは常に全ての村人達に誠意を持って接しているし、村人達も村長の孫娘であるペルシアには比較的甘い。しかしその時は静まり返った村人達の中から、ぽつりと言葉が漏れた。
「ペルシアちゃんは本当に良い子だ。だから……ペルシアちゃんが一人でこんなことを企てるはずがない」
低く嗄れた声だった。怪しげな声は更に増え、怨嗟の言葉を吐く。
「この子によからぬ事を吹き込んだ奴が居るはずだ。それは誰だ」
「この子達は誰の為に倉庫に忍び込んだ? こいつらの悪事で得をする者は誰だ?」
「そいつが黒幕だ。それはオズだ」
「オズが悪だ。全てはオズのせいだ」
気味が悪かった。キラは先程のペルシアの話を思い出す。此の所、皆の様子がおかしいと。今の村人達は何かに取り憑かれたかのようだった。この場に居もしないオズに全ての悪を押し付けようとしている。その時、村長カルディスが
「静まれ!」
と一喝した。不気味な声は収まり、カルディスはペルシアに言う。
「話は聞こう、我が孫よ。なんの為にこのような悪戯をした?」
「それは……吸血鬼用栄養剤の支給を止められるのは、きっとオズも辛いと思いましたの。だから、もうこれしかないと思って、オズに栄養剤を渡そうと思って……この方々に協力を求めたのですわ」
「ほう、オズの為だというのは認めるのじゃな」
ペルシアは頷いた上で、毅然とした態度でこう述べる。
「たしかに、それは事実ですわ! でも、これは私の独断です! オズはこの件には一切関わっていませんわ!」
ペルシアは全てを嘘偽り無く話した。これで、後はペルシアと一緒にキラ達も「ごめんなさい」と謝れば、全てが丸く収まるかと思った。しかし、カルディスは冷徹に告げる。
「ペルシアよ、お前はとても善良な子だ。だからこそ……お前が自覚無しに利用されているという可能性もある」
その途端、また先程の不気味な声が聞こえ始めた。
「そうだ、あいつは平気で人を利用する極悪人だ」「ペルシアちゃんはまだしも、後ろの奴らはオズとつるんでいる」「全てはオズのせいだ……」──醜悪な善意は膨れ上がり、キラ達を包んでいく。キラは耐えきれずにペルシアを庇った。
「待って待って、本当にオズは関係ないんです! あたし達が勝手にやったことだよ! 黙って倉庫に忍び込んだことは本当にごめんなさい! でも、これはあたし達を叱れば済むことだよ!」
しかし、もはやカルディスを含め、村人達がキラ達の言葉に耳を貸すことは無かった。「オズを引き摺り出せ」「悪に裁きを」「罪に罰を」──人々は在りもしないオズの罪への怒りを膨らませた。キラは傍で事態を静観していたルイーネに叫んだ。
「ルイーネ、これで本当にいいの!?」
ルイーネは答えなかった。ホロに周りを囲ませて表情を隠していた。キラの問いに答える代わりに、ルイーネはカルディスにこう言う。
「カルディス、まだ結論を出すのは早いかと。村長として村人には公平に、全ての関係者から事情を聞くべきかと思います」
「まだ関係者が居ると?」
そう言うと、倉庫の裏からホロに連れられてティーナが顔を出した。ティーナは両手を上げて不貞腐れていた。ゼオンやルルカが苦い顔をする。さすがのティーナでもお手上げだったようだ。
「隠しているものを出してもらえます?」
ルイーネがそう言うと、ティーナは頬を膨らせながらスカートを手で摘んで揺らした。すると、スカートから栄養剤の瓶が何十個も零れ落ちた。村人達はどよめき、今度はティーナに罵声を浴びせた。ルイーネとカルディスは村人を静止しながらティーナに尋ねた。
「なぜこのようなことをした」
「そりゃあ、お嬢に頼まれたからってのが一つ。あとは、あたしがつい面白そうだから調子に乗っちゃったのがもう一つだな」
ティーナはあっけらかんと答えた。さすがティーナ、全く反省していない。カルディスは険しい表情をしながら問いただす。
「この件にオズの奴はどう関わっている?」
「だから、キラ達も言ってたでしょ。これはあたし等が勝手にやったの! もしオズが関わってたなら、引き受けたりなんて絶対しないっての」
「この期に及んで白を切るつもりか」
カルディスを含め、村人達は意地でもオズのせいにしたいようだった。このままではオズに栄養剤を届けるどころか、濡れ衣を着せることになってしまう。キラが焦っていた時だ。
村人達のどよめきが一層強くなった。その視線の先には今一番ここに来るべきではなかった人物が居る。彼はぽかんとした様子で尋ねた。
「なんやこれ。お前ら、何しとんねん」
吐き気がこみ上げてきそうな程に醜悪な怨嗟の視線がオズへと突き刺さる。しかし、オズは悪意などそよ風よりも生温いとでも言うかのように涼しい顔をしていた。




