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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第14章:ある罪人の為の序曲
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第14章:第2話

「というわけでだ。クソ兄貴達がまた来るらしい」


ゼオンはキラ達に手紙を見せながらそう言った。宿の狭い一室で、キラ、ティーナ、ルルカの三人は身を乗り出しながら手紙の内容を覗き込む。手紙には、国からの仕事の為にまたロアルを訪れることや、今回はディオンだけではなくクローディアも同行すること等が書かれていた。


「よかったね、ゼオン! またお兄さん達に会えるね!」


「何処が。また鬱陶しいクソ兄貴が来て面倒臭いだけだろ」


そう言いながら、ゼオンは誕生日に貰った懐中時計を覗き込んでいた。キラはジトッとした目つきで「ふうん」と呟いた。すると、続けてティーナとルルカが言った。


「今回はお姉さんも来るんだ! お姉さんはこの村来るの初めてじゃない?」


「多分そうよね。よかったじゃない。姉弟三人勢揃いってわけね」


「別に、良くなんてない。姉貴のことだ、また何か面倒な事でも押し付けに来るのかもしれないだろ」


ゼオンはぶっきらぼうにそう返す。ティーナとルルカは壁に掛けられたゼオンの真新しいクロークを見つめながら、同じくジトッとした目つきで「ふうん」と呟いた。挙句の果てにルルカは冷たく言い放つ。


「もう貴方がなんだかんだで二人のことを大事に想っていることはバレてるのだから、もう無意味な照れ隠しは止めなさいよ。鬱陶しい。苛々するわ」


「ルルカ。お前にだけは言われたくない。国王の話を振られた時のお前だって似たようなものだろ」


「五月蝿いわね。サバトさんのことは今は関係ないでしょ」


似た者同士二人はお互いに照れ隠しにしか見えない応酬を繰り広げていた。ゼオンは手紙を丁寧に封筒にしまい込むと、次は一冊のノートを取り出した。今日の本題はディオン達の来訪のことではない。以前ゼオンが言っていたセイラに託されたノートの話だ。ゼオンはノートを三人の前で開く。中の構成はほぼ魔導書と同じだ。魔法を使用する際に必要な魔法陣と、その魔法についての説明が書き込まれている。しかし、ノートの終盤に差し掛かった頃、それまでとは全く違った形式の魔法陣が現れた。残りのページ全てが謎の記号と言語で埋め尽くされており、その全てが魔法陣の一部のようだった。


「なにこれ……!」


「ここに書かれたブラン式魔術を順に習得していったら出てきたんだ。もしかしたら、セイラの奴……このノートはこの術式の為に託したのかもしれない」


その魔法陣の前数ページにその術式の説明が書かれていた。


『記憶創造•置換の術式

 記録書を元に記憶を創造し、対象の頭に刷り込ませる術式。記憶を刷り込まれた人間はその記憶の内容が過去に起こった事実だと錯覚する。記録書に記された事実を元に創造された記憶なので、その認識は概ね正しい。しかし、一度破壊された記憶を復元するのではなく、あくまで新たに記憶を捏造して刷り込ませる術式である為、扱いには注意が必要』


一目見ただけで非常に高度で、慎重に扱わなければならない魔法だということはキラにも理解できた。人の記憶を操る魔法──なぜそのようなものをセイラが記したのか。キラが首を傾げていると、その先にこう記されていた。


『この術式に記されている記憶は現在から数十年前にリディがこの村にやってきてから、十年前に失踪するまで、村人達がリディと関わった事に関する記憶です。この記憶を村人達に植え付けることで、村人達は過去にリディがこの村に居たということを認識するようになるでしょう。ここまでのブラン式魔術を会得したゼオンさんなら展開が可能のはずです』


リディがこの村に居た証拠となる記憶──その文章を見た途端、キラ達は首を傾げる。なぜなら、この術式を使うことで得をする人物はキラ達でもセイラ自身でもないからだ。

イオを取り戻す、そしてメディの企みを潰す。それを目標としていたセイラが自身の利益に直接繋がらない術式を残した理由は何なのだろう。

この術式を求める可能性がある人物はただ一人──既にセイラを一度手酷く痛めつけたはずのあの人物だけだ。


「オズしか居ないよな……? これを必要とするのは」


ゼオンがそう呟き、全員が頷く。十年前、キラの両親が亡くなった日。リディは姿を晦まし、村人全員がリディに関する記憶を失った。ただ一人、オズを除いて。以来誰もがリディの存在自体を否定した村で、オズはリディの存在を信じ、帰りを待ち続けている。

これはオズを取り巻く世界を変える可能性がある術式だ。村人がリディの存在を思い出せば、少なくともオズのことを「妄想の女を待ち続ける狂人」と捉える人は居なくなるだろう。そして、リディがオズの下に戻る為の土壌作りにも繋がるだろう。

キラ達四人が話し合った結果、やはりこの術式はオズの為のものとしか考えられないという結論に至った。

すると、次に浮かぶ疑問はこれだ。あれほどオズを嫌っていたはずのセイラが何故そのような術式を残したのか。ティーナは頭を捻りながらこう言う。


「オズと手を組むことが、最終的に自分の目的遂行に繋がるってセイラが判断した……ってこと? セイラは確かにオズを嫌ってるけど、自分の感情と目的を天秤にかけたら、感情を押し殺して目的を取るだろうし……」


「ええ。そうでなければ、そもそもこの村に来たりしないし、一時的にでもオズと手を組むことを認めたりしないでしょうしね」


「でも……」


今回ばかりはティーナの苦言に皆が頷いた。既にセイラはオズに一度最悪の方法で見捨てられている。それを踏まえてもなお、オズと組むべきと判断したというのだろうか。

ゼオンは険しい表情で述べた。


「俺達がセイラの意志を継いであの神々連中に対抗するなら、リディ、メディ、オズの誰かと組むべき……ってところまでは理解できるんだけどな」


ティーナとルルカもその点には頷いた。


「ええ、何か行動を起こそうにも私達は完全に部外者の上にまだまだ情報不足。その上、神の力で実力行使に踏み切られたら対抗する術が無い。何処かの陣営と手を組みたくなる気持ちはわかるわ」


「あの諸悪の根源メディは論外っていうのはティーナちゃんの残念な頭でもわかるんだけどぉー」


「そこで何故、リディの可能性を捨ててオズを選んだかわからないわね……」


三人の話を聞きながら、キラは居心地の悪さを感じていた。一人押し黙るキラを見て、ゼオンが声をかけた。


「どうかしたのか?」


「いや、ちょっと……もしあたしだったら、リディさんじゃなくてオズを選ぶだろうなと思って」


「……お前は妙にオズに肩入れするよな。オズを選ぶ理由は?」


キラは言葉に詰まったが、記憶を総動員しながら考える。「なんとなく」ではいけない。皆の協力を得たいなら、皆を説得するに足る理由が無ければならない。考えた末にキラはこう答えた。


「そうだな……。十年前のことが起こってからリディさんとは一度も話してないからかな。ろくに話したことが無くて、どんな人かもわからない人のことを信用して、手を組むことはできない」


「信用できないっていう話なら、オズほどの人でなしで信用できない奴は居ないと思うが?」


「でも、オズとはこれまで何回も話してきた。だから少なくとも『オズはどうしようもない人でなし』ってことははっきりわかってる。どんな人かもわかるし、どんな対策を取ればいいかも他の二人よりまだ想像つきそう……な、気がする」


キラは少し自信無さそうに肩を竦めた。これまで、このように状況を分析、推測することはゼオン達に任せてしまうことが多かった。なので、自分のことを「頭が悪い」と思っているキラは自分の意見に自信が持てない。

でも、それじゃ駄目なんだ。キラは自分を奮い立たせる。セイラの想いを無駄にしない為には自分の舵は自分で取らなきゃ。全てを自分一人でこなせないことは理解しているし、こなせないことは仲間に任せることも一つの手だ。しかしそれでも、参加する努力はしなければ置いてきぼりになる。それではいけない。キラは大きく息を吸って覚悟を決め、自分の気持ちを述べた。


「正直ね、あたしはオズの願いを叶えてあげたいと思ってるし、仲間になりたいと思ってる。確かにこの術式、オズの為のものに見えるけれど……同時に、あたしの願いを叶えるもののようにも見えてきた」


リディに関する村人の記憶を創り、オズと仲間になること。それはキラの望みでもあった。

キラは密かにオズと本当の意味での仲間になりたいと願っている。オズを取り巻く世界を変えたいと、オズとリディが再会することをキラも望んでいる。それはキラが現実を理解していないからこそ抱ける甘ったれた幻想なのだろうか。何度もキラは自分をそう疑ったが、最終的にいつも同じ場所に戻ってきてしまうのだった。

すると、ティーナがキラに言った。


「あたしは正直、オズと組むことだけは賛成できないけどね」


そうだ。ティーナはこの四人の中でも特にオズを嫌っている。ティーナが人一倍仲間想いであることを考えると仕方がないことだ。

しかし、単なる個人的な好き嫌いに振り回されていては物事が前進しないこともまた事実だ。


「理由は?」


そう尋ねると、ティーナは予想よりも遥かに冷静に言った。


「理由は2つあるよ。まず一つ、他の二人よりは人柄がわかるって言うけど、あたしらもセイラも本当にオズのことなんて理解してるの? それに、あいつが超の付く人でなしなことなんて最初からわかっていたはずだけど、それでもあいつと折り合い付けることなんてできなかったじゃん。あたし達も、セイラでさえも」


キラは全く反論できずに黙り込んだ。初っ端からこれほど完璧な正論で押しつぶされるとは思わなかった。しかも、今回のティーナは感情に身を任せた暴言ではなくこれまでの経験を的確に取り上げた上での意見を述べている。

このような話し方もできるのか、とキラは感心した。普段軽い性格のように装い、自分のことを「残念な頭」と言うティーナだが、実際のところゼオン達の話にしっかりとついて行き、こうして落ち着いて意見を述べることができるあたり「残念な頭」をしているとは到底思えない。

じゃあ、なんでオズの前ではあれほど感情的になるのだろう? 意見の内容とは少しズレた疑問を抱いたあたりで、ティーナは2つ目の理由を述べた。


「あと、二つ目。これは反対の理由とは少し違うんだけど……キラがどういう理由でオズと協力したいかはわかったんだけど、それってキラの理由であってセイラの理由じゃないよね? 元々リディの従者だったセイラがキラと同じことを考えるとは思えないんだよね」


キラは思わず「あっ」と声を上げた。


「それは……実は、あたしもちょっと不思議だなと思ってたんだよね……。なんであたしが望んだとおりのものが都合良く出てきちゃったんだろって……」


セイラはキラの願いを汲み取ってこれを託した? 考えてみれば、キラがリディに関する村人の記憶が消えていることについて最初に相談したのはセイラだし、恐らくセイラならばキラがオズを助けたいと考えていることに気づいただろう。だとしても、セイラはキラ一人の淡い望みの為にここまでするだろうか?

考えれば考える程に謎は深まり、答えは遠のく。その時、ティーナが鋭い眼差しでこちらを見つめていることに気付き、キラは慌てて背筋を伸ばす。

そうだ、先程の反対への答えを返さなくてはいけない。そうでなければ、皆に信じてもらうことなどできない。

キラは必死に反論を考えた。オズと手を組むに足る理由を探したが、全く思い浮かばずキラは項垂れた。何しろ何度振り返ってみてもオズのしてきたことは最低なのだ。キラ達との関わりを考えても、オズがリディ達に与えた影響を考えても「危険」と判断されても文句は言えない。

キラはセイラが託したノートを見ながら困り果てた。なぜ自分はこの期に及んでまだ「オズを仲間にしたい」という願いを捨てきれないのだろう。記憶を振り返ってみると、いつか図書館で食べた苺のトライフルのことを思い出した。あれはたしかロイドに裏切られ、キラが打ちひしがれた後のことだ。オズに拾われ、図書館でおやつを与えられた。あの時は、オズの中途半端な優しさが嬉しく感じた。たとえキラの前で見せる笑顔が欺瞞に満ちたものであったとしても、その一時の気遣いに励まされた。

おそらく、キラがオズを見捨てられない理由はあの半端な優しさなのだろう。どうせ後で利用し、使い捨て、見捨てる癖に、オズはやけにキラ達に構いたがる。

あの時もそうだった。決してキラ達を助けてくれるわけではない癖に、オズはキラを励ました。そして、たしかその後セイラがやってきて…………そこまで思い返したところで、キラは肝心なことを思い出した。


「ああああ、そういえば!」


「何、キラ。どうしたの?」


キラは身を乗り出しながらティーナに告げた。


「ティーナ。あたし達は本当にオズのことを理解したのかって言ったね。正直あたしは理解しきれていないって思った。それはセイラも同じだったと思う。それについては反論できないや。でも、だとしたら……これから知ればいいんじゃない?」


「これから? どうやって?」


「セイラはもう一冊ノートをオズに託してるんだ。どうして今ここにあるノートを渡した時にもう一冊の方も一緒に渡さなかったかはわからないけど……とにかくまだオズが持ってることは確かだよ。そのノートには、オズの過去が記されているはず」


オズの過去。その言葉にはゼオンとルルカも興味を持ったようだった。


「オズの過去……それ、ほんとか」


「うん。セイラが渡したとこを見たんだ。その時あたしはロイドに裏切られたショックで呆然としてたけど、今考えると間違いない。あれは大事な物だよ」


「オズと手を組むかはともかく、あいつはこのゴタゴタの中心人物よね。あいつの過去を知ることは私達に足りない情報を得ることに繋がるわ。手に入れる価値はあるんじゃない?」


キラはルルカとゼオンの顔を交互に見ながら何度も頷く。今、自分の言葉が少なくともゼオンとルルカを動かした。そう思うと少し勇気が湧いてくる。キラは力を込めてティーナに言った。


「まずは情報収集の為にもう一冊のノートを手に入れよう。それでオズの過去を見て……その時にオズを仲間にするべき人かどうか見極めてほしい。ティーナ、どう!?」


ティーナは大きく目を見開いて黙り込んだ。キラの勢いに圧倒されたようだった。


「まさか、キラがここまで強く物を言うとは思わなかったな……」


ティーナはそう言うと僅かに微笑んだ。


「全く、そこまで言うならしょうがないか。いいよ、まずはもう一冊のノートを回収しよっか」


その言葉を聞いて、キラはティーナの両手を握ったまま何回も頷いた。つい数ヶ月前まで、叶うはずがないと思い込んでいた願いが少しずつ叶い始めていた。キラに見える世界も変化しつつある。

四人の今後の方針が固まり、キラが心を踊らせていた時だった。ふと、ゼオンがもう一度記憶創造・置換の術式についてのノートを手に取った。


「ん? この術式、まだ注意書きがあるな……えっ」


ゼオンが硬直した。三人がすぐにそのノートを覗き込むと、そこにはこう書かれていた。


『注意∶この術式を使用する為には創造する記憶の元となる記憶の保持者がその場に二人以上居なければなりません。その記憶に『破壊』の力による損傷がある場合、記憶の元としては使用できません。記憶が封印されていたとしても、『破壊』以外の力によるものであるならば記憶の元として使用できます』


その記述自体は単純な術式の説明に過ぎなかった。しかし、どうにも説明が複雑で飲み込むまでに時間がかかる。すると、ゼオンはその次の文を指した。


『まあ、もっと具体的に言いますと、この術式を使う為には、十年前にキラさんのご両親が亡くなった場に居合わせた三人……キラさん、サラ・ルピア、サバト国王の内の二人以上がその場に居なければなりません』


三人揃って唖然とした。三分程経過した後、ようやくティーナが


「えっ……無理じゃない?」


と呟いた。キラとルルカもゆっくりと頷いた。


「だって、あたしはいいとしてもお姉ちゃんはまだ意識不明なんだよ……? 居合わせるとか以前の問題だよ……?」


「サバトさんがそんなに簡単に私的な用事で動ける身分なわけないじゃない……国王なのよ? ただでさえ今は内戦の後処理とかで忙しいでしょうに……」


「二人以上……なんで二人……いいじゃん一人で……キラが居ればいいじゃん、なんで二人……」


すると、更に追い打ちをかけるようにゼオンが呟いた。


「今気づいたんだけど……あの反乱、サラ・ルピアが国王を憎んで殺そうとして、国王は反乱を迎え撃つっていう、丁度互いに殺し合う構図にこの馬鹿女を含めた俺達が介入しただろ」


「うん」


「あの反乱、この『記憶の元』になる三人を潰す目的で起こしたんじゃ……十年前の事件の目撃者を消すって、つまりそういうことなんじゃないか……?」


キラ達の顔が青ざめる。結果として、その『記憶の元』候補の三人は生存したが、サラは意識不明だしサバトはまだまだ反乱の事後処理で忙しい。足止めとしては十分な結果を残している。そして何より恐ろしいことはあの反乱の時点でメディ達がこの術式のことまで見越していた可能性があることだ。

もしその推測が正しいなら、キラ達は既に相当後手に回ってしまっている。しかし、しばらく考え込んだ末にキラは思わずこう呟く。


「いや……でも、しょうがないじゃん……あの時点でそこまで気づくなんて無理だよ……だってあの頃ってまだイオ君の存在すらよく知らなかったんだよ……」


すると、ゼオンがあることに気づいた。


「いや、待てよ。そこまで先回りして村人達の記憶の創造を阻止しようとしたってことは、メディ達にとってこの術式は実際に使われると相当困る代物なんじゃないのか? それこそ、この神々の争いの勝敗を左右しかねないほどの」


確かに、それは一つの大きな可能性だ。その時、キラは僅かに「オズを仲間にしたいという自分の願いはもしかすると間違っていないのでは?」と思った。──もしかするとこの争いは、オズを中心に廻っているのでは?


「……とりあえず、今度ディオンさん達が来た時にダメ元で国王様に来てもらえないか頼んでみよう。やっぱりこの術式、とても大事なものだ。使えるようにする為に少しでもできることはしていくべきだよ」


キラの言葉に三人も深く頷く。「オズに託されているもう一冊のノートの回収」「記憶の元となる人を集める為にディオンにサバトを呼ぶよう頼む」の二点が纏まったところで、今回の作戦会議は概ね終了した。

残りはお茶とお菓子を交えたお喋りの時間だ。今日のおやつはキラが焼いたクッキーだった。


「ふえぇ、難しい話の後は一服するに限るよねえ」


「ティーナ、おじいちゃんみたい」


「そこはせめておばあちゃんって言ってよ」


キラはお茶を淹れてクッキーを配る。何も気にしていないような素振りをしながら、密かに皆の反応を今か今かと待っていた。

実は、このクッキーは昨晩皆の為にと少し夜ふかしして作ってきたのだ。頑張ったからこそ、少しだけ「美味しい」という言葉を期待してしまう。

まずはルルカが一口齧り、よく噛んだ後にこう呟く。


「ふうん、いいじゃない。貴女が作ったの? 素朴な味ね」


ルルカらしい感想だ。褒めてもらえたことは素直に嬉しいが、「美味しい」を期待していたキラは少し肩透かしを喰らった。だがその直後、


「美味しい! キラ凄い! へえ、こういう味は新鮮かも。やっぱり作る人によって味って少しずつ変わるんだねぇ」


ティーナの直球な感想がキラの欲求を満たした。キラは目を輝かせながらティーナに飛びつく。


「うわぁーん、ありがとう! やっぱり持つべきものはティーナだよ!」


「うわっ、びっくりした。へへん、このあたしの舌は美味しいものには敏感だからね! ねえ、今度一緒に作ろうよ。あたしが昔習ったやつとはちょっと味が違うから、キラの作り方が見たいな」


「うんうん、一緒に作るー!」


キラとティーナは両手を合わせて「いぇーい」と声をあげた。ルルカが二人の様子を冷めた目で見つめていた。それから、ルルカは半ば皮肉のようにゼオンに言った。


「貴方、いいの? なんだか最近キラが貴方よりもティーナに懐いちゃってるような気がするけれど」


その言葉にキラはピタリと動きを止め、くるりと回ってゼオンに迫った。この前のタルトのリベンジだ。今度こそは「美味しい」と言わせてやろうと思い、頑張って作ったのだ。

目と鼻の先にキラの顔があるのを見て、ゼオンは顔を赤くしながらじりじりと後退る。キラは逃がすまいと後を追う。


「いや、だから……こっち見るな。すごく、食べづらい……」


「やだ。気合いで見届けなきゃいけないからやだ」


「なんで俺が食べる時にお前が気合い入れるんだよ……」


ゼオンは散々逃げ回った末にキラから目を反らしながらようやくクッキーを一つ口に放り込んだ。その後の反応はキラが期待したものでは無かった。ゼオンの表情から感想を読み取ることは難しいが、それは感動というよりは違和感を感じた時の反応に近い。

その後、ゼオンはすぐに紅茶を一口含んだ後、黙り込んだ。キラはがっくりと落胆した後、はっきりと感想を口にしないゼオンに僅かに腹が立った。


「もう、美味しくなかったなら……」


はっきりそう言ってよ。と言おうとしたが、その時ルルカがふと周囲を見回して言った。


「あら、砂糖無いの? 何処にも無いんだけど」


「え? あれっ、本当だ。今取ってくるね」


ティーナが席を立った時も、ゼオンは神妙な表情で黙り込んだままだった。キラはゼオンの手元の紅茶のカップを見つめる。「その紅茶も砂糖入ってないんでしょ。苦かった?」と尋ねようとして……


「キラ! 見つけましたわあああああああ!」


全く関係の無い第三者が勢い良く部屋に乱入してきた。疑問は吹き飛ばされて有耶無耶にされ、乱入者に全ての視線が釘付けになる。滑らかな金髪の少女が仁王立ちをしていた。口調はお嬢様のようだが、その立ち姿はどちらかというと委員長。本人の主張によると次期村長──現村長の孫娘、ペルシア•P•サリヴァンだ。

ペルシアはキラの姿を見つけると頭を下げて頼み込んだ。


「キラ! ちょっと手伝ってほしいことがありますの! そこのお三方も一緒に!」


するとティーナが少し驚いた。


「へえ、あたし達にまで手伝いを求めるなんて珍しいね、お嬢」


「今回ばかりは私一人ではどうしようもなくて……逞しいとお聞きした皆様の力をお借りしたいんですのよ」


そしてペルシアは目を潤ませながら皆に頼み込んだ。


「オズの為に、どうか力を貸してほしいですわ!」


ゼオン、ティーナ、ルルカの三人の目から「やる気」の三文字が抜けていく様が見えた。

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