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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第8話

オズの名前が出た途端、ティーナの顔が苛立ちで歪んだ。ルイーネが合図をするとホロの目玉から淡い光が放たれ、オズの映像が宙に現れた。

どこか楽しそうな表情を浮かべながらオズはキラ達を見下ろしていた。


「一体何の用?」


いきなり喧嘩腰でティーナは言った。


「いいや、別に大した用やない。」


「だったら構わないでくれる? それとも何、また人を駒みたいに振り回そうと企んでるわけ?」


「うわーまだ俺何も言うてへんのに酷いわー、ティーナが俺のこと苛めるわー」


「そう言われても仕方ないことをやってきただろあんたは!」


最初からティーナのオズへの態度は好意的ではなかったが、キラはこの二人の関係が最近更にギスギスしているように感じた。

オズはティーナに言った。


「なぁんも見えてへんお前に忠告や。ルルカの援軍なんかやってたら、ゼオンの時と同じやで。」


ギリギリと歯軋りの音がした。殺気さえ感じるほどの目でティーナはオズを睨みつけていた。


「何それ、わけわかんない。」


「あの王子を呼び寄せた黒幕の思うツボってわけや。あールルカちゃん可哀想あんな奴が来て可哀想。

 エサ一つぶら下げただけでホイホイ釣られてちょろい駒やなあ。やっすい同情や。」


「ふざけんな! あたしは……!」


「ほら見ろ、ちょっとつついただけでよう吠える。」


ティーナは黙り込む。怒鳴り声が消えた代わりに眉間がピクピク震えていた。


「安い同情なんかじゃない。あたしはルルカのことも、ゼオンもキラもみんな大切なんだ……大好きなみんなが幸せでいてほしいんだよ!

 あたしの大切な人達を悲しませる奴は許さない……あの王子だって。あんたにはわかんないよ。あんたみたいな人を使い捨ての駒みたいに思ってるような奴には。あんたが一番可哀想。」


「否定はせーへん、お前が誰を好こうと憎もうとお前の勝手や。ただ、お前が思っとること全部、黒幕は読んどるで。」


「うるさいな! 何が読んでるだ。黒幕? その言葉が一番似合うのはお前だろ!

 脅して煽って弱みにつけ込んで人をいいように操ってさ! 確かにゼオンの時と似てるよね。お前がしゃしゃり出てくるところが!ルルカが悲しんで落ち込んでるっていうのに、ボードゲームか何かだとでも思ってるの? いいねえ楽しそうで。」


「そりゃあ楽しんどるな、けれどそれはルルカに関してやない。俺は黒幕にしか興味無い。

 安心してええで、今回は何も手ぇ出さへんから。ルルカが何思おうがどうなろうがどーでもええ。」


オズが一言一言、何かを言う度にティーナの手が震え、歯が軋み、眉間に皺が刻まれる。キラはなんだか寂しくなった。「全てお前のせいだ」と、そう叫ぶようにティーナはオズを睨んだ。オズはそれに答えるように言った。


「今起きてることが『ボードゲーム』やとしたら、それを仕掛けたのは俺やない。」


その言葉を最後に、ホロの目から放たれる光は弱まりオズの姿は消えていった。ルイーネはぺこりとお辞儀をして部屋から出て行った。キラはすぐにティーナに駆け寄った。ティーナは震えた手をだらんと垂らして俯いていた。


「ティーナ、大丈夫?」


無意識にキラはそう言っていた。そう言わなければならないと思ったのだ。


「……わけわかんない。酷いよ、ずるいよ。黒幕? ボードゲーム? 人を何だと思ってるんだよ……人の過去を悩みを利用して……ルルカに失礼だよ。」


俯きながら低く唸るようにそう言うティーナを見てキラも俯いた。

ルルカの不安もティーナの怒りも黒幕は全て予想しているのだろうか。全てを見越した上でネビュラがここに来るように仕向けたのだろうか。

黒幕とは誰なのだろう。姿は見えないのに状況は確実に悪くなっていた。ゼオンがティーナに言った。


「そういえばオズが入ってきたから言いそびれた。昨日俺はあの王子のところに行って誰からルルカの居場所を聞いたのか訊きに行ってた。」


「ゼオンはその人が『黒幕』だと思ってるんだ?」


「多分。あの王子、そのことについて訊かれた時が一番焦っているように見える。」


「そっか。」


ティーナはそう言って黙り込んでしまった。オズはああ言ったが、キラにはティーナが間違っているようには思えなかった。確かに黒幕の存在は気になるが、ティーナの優しさを否定したくなかった。


「そんなに俯かないでよ。あたしはティーナは今のままでいいと思うよ。あたしも今ルルカを放っておいちゃ駄目だって思うもん。」


「キラ……。」


ティーナは顔を上げた。キラがにこっと笑いかけると、やっとティーナも笑ってくれた。


「ありがと。やっぱり優しいなあ。」


その言葉を聞いてキラも安心した。その時ゼオンが小さくため息をついた。


「どうしたの?」


「ちょっと、……珍しい役を買って出たな……と」


「珍しい役? 誰が?」


キラが首を傾げると、ゼオンは苦い表情で言った。


「いや、なんでもない。気にするな。多分気にする必要も無いことだ。」


「そうなの?」


そのままゼオンは黙り込んでしまった。その先のことは話してくれなかった。

それからキラは二人に対して言った。


「これからどうすればいいんだろう……。ねえ、ゼオンはこれからどうするの?」


「俺はもう一度、あの王子にルルカの居場所を吹き込んだのが誰か捜してみようと思う。黒幕を捜すとしても、ルルカの問題を解決するとしても、あの王子の嘘を放っておくべきじゃないような気がする。」


ゼオンはティーナを見た。ティーナは苦い表情をしつつも落ち着いて言った。


「……まあ、そっか、結局その方がルルカの為にもなるのかな……。でもどうするの。またさっきみたいにごまかされて終わりかもよ?」


「そうだな。けどルルカの居場所を吹き込んだ奴が誰か、知っているのがあの王子だけとは限らないだろ?」


それを聞いたティーナは納得したようにパチンと手を叩いた。キラはよく理解できずに首を傾げた。ティーナは言った。


「なるほどっ、あの王子と一緒に居た女の子だね?」


「そういうことだな。」


「じゃあ早速あの王子の居る部屋を探さなきゃ。たしかこの屋敷内に泊まっているはずなんだよね?」


そう言ってティーナが意気揚々と廊下に出ようとした時だった。突如女の叫び声が響き渡った。

それはネビュラの護衛のあの少女――テルルの声だった。キラ達は廊下に飛び出して叫び声のした方向へ急いだ。扉が開け放された状態の部屋が一つだけあり、その前で呆然と立ち尽くしているテルルの姿が見えた。


「どうしたんですか、テルルさん!」


「ネビュラ様がまた……また……」


テルルは頭を抱えながら部屋の中を指差した。テルルのもとにたどり着いたキラ達は部屋に入る。

鞄や衣服などの私物がいくつか転がっていたがその持ち主はどこにも居ず、大きな窓が全開になっていた。


「またネビュラ様が居なくなってしまいましたぁ! また捜さなくちゃ……」


テルルはがっくりと俯いて力無く言った。そういえば昨日もネビュラはテルルに捜されていた。ゼオンがキラ達に言った。


「一応捜してくる。」


「うん、いってらっしゃい。」


そうしてゼオンは行ってしまった。残されたキラとティーナはテルルに言った。


「テルルさん。私たち、テルルさんに訊きたいことがあるんです。ちょっと話を聞いてもらえませんか?」


「話が終わったらあたしたちもあいつ捜すの手伝うからさ。」


「話ですか? 私が答えられることならお答えしますが……何でしょう?」


テルルはすぐに話を聞いてくれた。キラは言った。


「ネビュラ様はどうしてルルカがここに居たってことを知っていたんですか? 誰が居場所を教えたんですか?」


テルルは一瞬青ざめて黙り込んだ。キラ達から目を逸らして俯いていた。しかししばらくしてテルルは顔を上げて言った。


「……わかりました、お話しましょう。といっても、私も直接その場に居合わせたわけではないのではっきりとした正体はわからないのですが……。」


「正体」という言葉にキラ達は首を傾げた。もし知り合いや城の兵士から訊いたのだとしたらそんな言葉は出てこないように感じたのだ。


「城を発つ数日前のことでした。私は偶然ネビュラ様への報告の為にネビュラ様の私室に寄ったんですよ。

そしたら中から、ネビュラ様ともう一人、誰かの声がしたんです。何か深刻そうな様子でした。

ノックをしたら急にネビュラ様が怖い顔をして出てきて……それで、今の話を聞いていたかとか色々言われて……それから突然この村に行くのについて行くよう言われたんです。

確かにネビュラ様以外の声がしたはずなのにその時部屋には他に誰も居ませんでした。けれどおそらく、ネビュラ様に居場所を伝えたのはその声の主で間違いないと思います。

私が知っているのはこれくらいです。あまりたいしたことをお話できなくてすみません。」


「あ、いえ、気にしないでください! えっと、その声はどんな声でしたか?」


「たしか……幼い子供の声でした。城の兵にあんな子供の声の者はおりません。おそらく城の外の者かと思います。」


キラとティーナは顔を見合わせた。「ルルカともエンディルス王家とも関係ない第三者」――先ほどの話し合いの中でゼオンが言っていた内容と一致していた。


「ありがとうございました。じゃあ、早速ネビュラ様を捜しましょう。お手伝いします!」


「あ、ありがとうございます。助かります! ネビュラ様ってばすぐ脱走して居なくなっちゃうんですよ。」


キラはティーナとテルルと共に屋敷を飛び出し、ネビュラを捜し始めた。冷たく乾燥した風を浴びながら村じゅうを駆け抜ける。ネビュラを捜している間、キラはずっと考えていた。

「黒幕」は誰だろう。一体誰がこんなことをしているのだろう。

単純な答えに気づかない。キラがキラであったからこそ、これまでの物語があったのかもしれない。

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