第13章:第15話
明くる日の昼下がり、シャドウは鏡を持って立たされていた。
悪戯をしたわけではない。先のゼオンに毒を盛った件が露見したわけでもない……多分。
ここはオズの部屋だ。空瓶からぬいぐるみ、本や文房具で埋め尽くされた部屋、夕焼け空の模様の絨毯、空の箪笥、オズのあらゆる服が詰め込まれたクローゼット。どこかちぐはぐな部屋の一角にオズの全身が映る程の大きさの鏡があり、シャドウはその向かい側に鏡を持って立たされている。
所謂「合わせ鏡」の状態だ。シャドウの向かい側の大きな鏡にはシャドウが持つ小さな鏡が映っている。その小さな鏡の中にまた大きな鏡が映り、無限の迷宮を創り出していた。
その二枚の鏡の間に、上半身裸のオズが居た。一見するとただの変質者にしか見えないが、このような奇妙な行動には理由があった。
オズの背中には身体を覆いつくしそうな程の巨大な赤黒い魔法陣が描かれていた。その中央から更に黒い染みが湧き上がり、オズの身体を蝕んでいるようだった。
身体の正面には胸から腹にかけて巨大な傷がある。身体が真二つに割れなかったことが奇跡ともいえるような巨大な傷。オズは合わせ鏡の中を見つめて自分の身体に巣食う二つの闇の現状を確認した後、それを隠すように再びシャツを着た。
「ま、傷は特に変化してへんけど、背中の魔法陣の方はやっぱ広がっとるみたいやなあ。まあ、リディが居らんかったら侵食が速まるのは当然か……。おい、シャドウ、お疲れさん。もうええで」
そう言われて、シャドウは重い鏡を下ろした。腕が電流が走ったように麻痺していた。疲れたので一旦腰を下ろすと、オズがチョコレートを一粒シャドウの膝に置いた。
「ご褒美や。これは流石にルイーネには手伝いさせるわけにもいかへんからな。助かった」
「チョコレートぉ! オズ、ありがとーな!!」
シャドウは早速両手いっぱいの大きさのチョコレートに齧り付いた。その間にオズはベストを着て、服の襟を直し、「普段のオズ・カーディガル」に戻っていた。
シャドウはその変貌に驚いた後、先程の背中の赤黒い魔法陣と染みのことを思い出す。身体を覆い尽くしそうな程に広がり、まるで生きているかのように蠢くあの染みがオズにとって良いものだとは思えない。
「なぁオズ、その背中の……大丈夫なのか?」
「ルイーネには言うなよ」
「……多分、言わなくても気づくぜ?」
「そら大変や、あいつ、ホロの力を悪用して人の服の下透視しとることになるなあ。セクハラやー訴訟やー」
「茶化すなよう、オズのバカー!」
シャドウはオズの肩に飛び移り、小さな腕でオズの首をぽかぽか殴ったが、オズはけらけら笑うだけだった。だが、そうして誤魔化す度にシャドウは心配になる。その背中の染みが広がっているのはメディが関わっているのではないだろうか。シャドウが知らないところでオズに危険が迫っているのではないだろうか。だがそう思う度に、「自分はメディの側だ」という事実が胸を刺す。
自分はキラ達を傷つけた。ゼオンに毒を盛った。そして、セイラの消滅に加担している。もう取り返しがつかない。このことがオズ達に知られれば、もうこの図書館には居られないだろう。そう思う度に、頭が真っ白になる。恐怖で動けなくなる。
「シャドウ、どないしたん?」
オズの声でシャドウは我に返る。
「なんでもねー。大丈夫大丈夫」
オズはじっとこちらを見つめるがシャドウは目を合わせられなかった。居心地の悪さに耐えられなくなったシャドウは他の話題を探す。苦し紛れにシャドウはこう話し始めた。
「そういえば、ルイーネって最近よく一人で出かけるよな。どうしたんだろ?」
「ああ、まあそれは……またジジイが色々企んどるんやろ。本来のお仕事の話やろな」
「村長か……オズ、また村の人達と喧嘩したのか?」
「俺は村の連中とはいつでも喧嘩しとるで?」
話題を変えることには成功したが、別の意味でシャドウは俯いてしまった。オズが心配だった。村の人々をはじめ、オズはシャドウ達小悪魔以外のあらゆる人に対して神経を逆撫でするようなことをよく言う。
実際、オズと村人達はよく喧嘩しているが、シャドウにはわかる。シャドウでなくても、ルイーネとレティタも、特にルイーネはシャドウより深く理解しているだろう。
この図書館の小悪魔達の誰もが持つ疑問をシャドウはぶつけてみた。
「なあ、オズ。ずっと気になってたことがあるんだけど、オズはどうして悪者になりたがるんだ?」
オズの手が止まる。驚いたのだろうか。だが、ここに居れば嫌でも気づくことだ。おそらくキラやゼオンは未だに気付いてないだろう。しかし、図書館の小悪魔としてオズの傍に居ると見えてくる。
オズは自分を実際よりも「悪く見せようとする」癖がある。わざと人を怒らせるようなことを言い、利害が一致するような相手に対しても協力ではなく一方的に利用する。誤解を招いたり、濡れ衣を着せられるようなことがあっても、それを払拭する努力をしない。
目的の為ならどんな汚い手でも使う癖に、その結果生まれる怨念や仕返しから自分を守ることもしない。
人でも神でも、普通何か欲しいものがある時は入手に至るまでの最善手を探そうとするものだ。例えば、「林檎が欲しい」と思ったとしよう。様々な手段があるが、最も普遍的な入手手段は「買い物に行き、林檎を買う」だろう。だが、金を惜しむ悪人ならば「こっそり林檎を盗んで逃げる」かもしれない。手段としては最悪だがこれも一つの手だ。
だが、普通悪事を働く時はその悪事を隠すものだ。或いは正当化するものだ。林檎の例で表すならば「人に見つからないように姿を隠す」「盗んだらすぐ逃げる」等の努力をしたり、「生活が大変厳しいので仕方がなかった」等の行為を正当化する理由を探すだろう。だが、オズの場合はこういった「悪を隠す」ことをしないのだ。
例えるなら、「白昼堂々、店主の目の前で林檎を盗んだ挙句、その林檎を周囲に見せびらかして『俺はこの林檎を盗んだ』と公言する」ようなことをするのだ。当然人々はオズを悪人だと認識する。憎む。恨む。批難する。そして罰せられるだろう。あまりにも愚かだ。気分と感情で生きているシャドウの目から見てもあまりにも効率が悪い。だが、オズがそういった行いを愚かで非効率的だと理解していないはずがないのだ。
だから、シャドウ達はわからない。なぜオズは自らを悪人に仕立て上げようとするのだろう。シャドウはオズが大好きだし、ルイーネとレティタもきっとそうだ。小悪魔達はいつもオズに支えられている。だから、オズが悪だと言われ、攻撃され、孤立していくことが悲しい。
「俺はイタズラしたら、イタズラを隠したり『俺は悪くねえ』って言ったりするだろ? でも、オズは悪いことしたらむしろ堂々としてるし、『悪いことしたけど、それが何か?』って顔してるだろ。なんでそんなことするんだ?」
「なんや、珍しいこと言うな。心配しとるのか?」
「うん……。オズがそんなんだから、ルイーネだっていつも心配そうにしてんだぞ。俺も悲しーんだぞ」
普通、人は自分を善く見せようとするものだ。
だが、オズは夢見るように天井を仰ぎ見て言った。
「世界で一番の悪人になりたかった。世界を殺す程の、誰もが憎み、恨み、殺したくて仕方がなくなるような悪になりたかった。そうしたら……」
オズはまるでありとあらゆる幸福を見たかのように笑った。
「純白の女神様が最後の審判を下してくれるかもしれへんやろ?」
心臓に槍を打ち込まれたような気分だった。シャドウは思わず身を乗り出して叫んだ。
「そんな、オズは死にたいのか!? そんな悲しいこと言うなよ! オズのバカバカバカ!」
「阿呆、冗談や」
オズはすぐにそう吐き捨てたが、事情を知っているシャドウには全く冗談に聞こえなかった。
「けど、俺は実際悪人やし、悪人でないとあかんねん。俺は、大人しくあの女の手の内に収まるような人形にはなりたくないんや。それだけは確かやな」
「さっぱりわかんねーよ。オズはリディが好きなんじゃねーのかよ」
オズのことは大好きだが、オズの思考は未だにわからない。もしもう少し考えがわかりやすい人だったなら、ルイーネの気苦労も少しは減っただろう。
オズは鏡を見ながら服の襟を整えると、部屋の扉を開けて仕事に戻ろうとした。
「ほな、お前もほどほどで持ち場に戻るんやで。ルイーネが図書カードの整理が大変やーゆうてたからな。あ、それと……」
部屋を出る直前、オズはこう頼んだ。
「新しい砂糖入れ、買うてきたんや。砂糖、入れといてくれ」
シャドウは思わず震え上がった。古い砂糖入れは、シャドウが毒を仕込む時に使い、証拠を隠す為に後で捨ててしまったのだ。新しいものを買ってきたということは、古いものはまだ見つかっていないことになるが、シャドウは恐怖で胸がいっぱいだった。
もしかすると、オズはもう全て気づいているのかもしれない。だとすると、いっそもう全て打ち明けて大人しく追い出された方が楽かもしれない。だが、シャドウには諦める勇気すらもない。今のこの環境が愛おしくて、みっともなく縋り付いてしまうのだった。
オズが去った後、しばらくしてシャドウも部屋を出てキッチンへと向かった。調理台の上には新品の砂糖入れが置いてある。前の砂糖入れは白いリボンと羽根の模様のついた可愛らしいデザインだったが、新しいものは沢山の動物達が遊んでいる様子を描いた色彩に溢れたデザインだった。
戸棚から砂糖の袋を出すと、シャドウは早速砂糖入れの蓋を開いて、砂糖を補充する。店から買ってきた砂糖の袋はこの小悪魔の身体には重たすぎるので、砂糖は小分けにして置いてある。おかげで、非力なシャドウやレティタでも袋を持ち上げることができる。
砂糖入れいっぱいに砂糖を注ぎ入れると、シャドウは容器の淵から中を覗き込んだ。オズ達にとっては見ることも難しい砂糖の粒も、シャドウにとっては人差し指の先くらいの大きさはある。
これほど大きな粒を山のように、ゼオンは飲んでしまった。そう思うとシャドウは自己嫌悪で泣きそうになるのだった。
何せ、あれほど大事になるとは思っていなかったのだ。イオが持ってきた毒ならばまだ警戒した。だがあの時「毒」を持ってきたのはリディだった。その上、差し出してきた物が「毒」であるということもかなり冗談めかして告げた。
『毒? うっそだろ、どう見ても砂糖じゃねーか』
『あらー、どうかしら? 白い血も固体のワインだって創ればあるんだもの。砂糖の味の毒だってあるかもしれないでしょう?』
『はは、そいつはすげーや。毒だか砂糖だか知らねーけど、とりあえず入れときゃいいんだろ?』
『そうよ。お願いね』
このような具合で。
イオならともかく、リディがそのようなことをするはずがない。毒だというのは冗談で、砂糖を塩に変えるような悪戯程度の事だろうと甘く見ていた。自分はただ、自分を守る為に言われたとおりにしていればいいと、心の何処かで思っていたのだ。
だが、現実は毒より苦い。リディは何一つ嘘は言っていなかった。ブラックに憑依している時ならともかく、この小悪魔の姿の時にそのような大事を起こすことになると思わなかった。その認識の甘さが今のシャドウを追い詰めている。
またシャドウが溜息をついた時、後ろから声がした。
「あ、シャドウさん。オズさんの用は終わったんですね! 砂糖入れ、しまっておきますね」
驚いて振り返ると、巨大なホロに乗ったルイーネが居た。ホロ達は砂糖入れを軽々と持ち上げると棚にしまった。更にホロ達は布巾で調理台を拭いたり、棚の整理をしたり。シャドウには到底持ち上げられないものを軽々と持ち上げて、いくつもの物事を同時に行う。
その様子を見ているとシャドウはいつも息を飲む。リディの使いだなんだと特殊な立場に居るが、この姿のシャドウよりもルイーネの方が余程強くて有能だった。
「ところでシャドウさん。オズさんってば、どうして急にシャドウさんだけを呼び出したんです?」
「あー、それはー……」
ルイーネに見つかりたくないという理由も勿論あっただろうが、シャドウが選ばれた最大の理由は単純に男だからだろう。多分、シャツを脱ぎ、背中を見なければならない時に鏡持ちを女子にやらせるのは忍びないというオズなりの気遣いだ。意外とオズはそういう点は気を遣う。
とはいえ、「ルイーネに話すな」と言われた直後だったので、シャドウは適当にはぐらかそうと思った。
だが、そう思った直後にルイーネは
「胸の傷とか……背中のことですか?」
と一発で正解をぶち抜いてきた。
「ほら……やっぱり俺が言うまでもなくバレてるんじゃねーか……」
「だって単純に、シャドウさんだけを呼ぶ理由がそれしか思いつかなかったので」
「なんで知ってんだよ。まさか、本当にホロで透視……」
「何言ってるんですかぁ。傷のことはここに配属される前から紅の死神の伝承で知ってましたし、魔法陣の方はすごく特徴的な魔力が度々背中から漏れてるんでホロで視るまでもなく『背中に何らかの魔力源があるんだな』くらいのことはわかるんですよ」
「そーゆーもんか……」
生前から魔法の技術は並程度、魔力は姉の方が圧倒的に上という有様だったので、シャドウはこの手の話には疎かった。
「それより、オズさんの具合……どうなんです?」
シャドウは困った。オズには言うなと言われている。もう既にバレてはいるが約束は守りたい。だが、オズに一人で苦しんでほしくはない。ルイーネに言えば、きっと何かオズに言ってくれるはずだ。
迷っているうちに、黙り込んだまま十数秒が過ぎた。ルイーネは初めは『意地でも言わせる』という形相でシャドウに迫っていたが、しばらくするとその勢いは引いていった。
「……わかりました。言えない、というだけで十分です。そうですね……やっぱり、オズさんとはいえ……うん、少し手を打たなければなりませんね」
ルイーネは一人で何か納得した後、一階を指した。
「ありがとうございます。じゃあ、このあたりのことは私がやっておきますので、一階のレティタさんを手伝ってあげてもらえますか? 図書カードの整理をしてるんですよ」
「オズも言ってたけど、それってそんなに大変なのかあ?」
「数年分の整理となると大変なんですよう。本当は年末にやるはずだったんですが、色々バタバタしてたからずれ込んじゃったんです」
その「バタバタ」には当然、ゼオンが倒れたことも含まれているのだろう。
「お、おう……じゃあ、しょーがねーな」
後ろめたさもあったため、シャドウは素直に一階へと急いだ。
一階の受付カウンターのところに行くと、小悪魔一人分程の大きさのカードが山のように積まれていた。その横でレティタがそれを一枚一枚丁寧に並べていた。
その背中を見ていると、無性に何かからかってやりたくなった。相手がこちらに気づいていないことを確認すると、シャドウはわざと勢い良くレティタの背中にぶつかる。
「どーん! どんどんどーん!」
「きゃあ、何すんのよぉ! シャドウのバカぁ!」
「バカじゃねーもん。バカって言った奴がバカなんだもーん!」
レティタの周りを飛び回り、あかんべえをしたりする。その度にレティタが真っ赤になって怒り、小さな拳を振り回したりする様子は大変面白くて、少しだけ可愛かった。
「もうっ、シャドウのバカ! ちょっとは手伝いなさいよー! 大変なんだから!」
「ったく、しょーがねーなあ」
シャドウはレティタの隣に舞い降りると、傍にあったカードを一枚抱えた。運が悪いことに、偶々手に取ったそのカードはゼオンのものだった。
「名前順に並べなおしてるの。あと、5年前より古いカードは捨てるからこっちに置いてね。あと、100冊以上借りてる人は100冊記念賞渡すらしいからそっちに置いておいて」
「ふーん、めんどくせーなあ。って、あ、ゼオンの奴、100冊いってるぞ。すげー」
「ほんと、ゼオンはいっぱい借りてくわよね。じゃあそれはそっちね」
シャドウはゼオンの図書カードを100冊記念賞のコーナーに置いてきた。再びレティタの所に戻ってくると、三枚程の図書カードを前にして首を傾げていた。ペルシア、リーゼ、そしてショコラ・ホワイトのものだ。名前を見たシャドウはつい明後日の方向を向いて見ていないふりをした。
「この三枚、棚の奥に隠れてたらしいのよ。おかげで埃まみれなの。12月20日ってオズとルイーネが出かけちゃってた日だっけ」
「あー、うん、まあそーだな。その日のやつなのか?」
「そうよ。ってか、貸出の受付してたのシャドウじゃないの」
「え、まあ、そういやそうだったなあ」
「このリーゼって人はあんまり見たことないわね……どんな人だっけ? あ、ペルシアも来てるじゃない。ほんと、ペルシアにはオズのことで迷惑かけっぱなしね」
シャドウはこくこくと相槌を打ちながら心の内で溜息をついた。気を紛らわせる為に無心でカードを運んでいると、レティタはじっとシャドウの顔を見つめてきた。シャドウは思わず飛び上がる。レティタは肩を竦めて、今にも泣き出しそうな目をしていた。レティタがこうも悲しそうな顔をするのは初めてだった。
慌てて何か悪いイタズラをしたか思い返してみるが、ここ最近特に悪さはしていないはずだ。すると、レティタは震えた声で言った。
「……シャドウ。あんたやっぱり、最近変よ」
「え? なんだよ、そんなことねーよ」
こちらが惚けていると、レティタは膝を抱えて俯いてしまった。蚊の鳴くような声でレティタは言う。
「シャドウ、この前いきなり連れて行かれた時……大丈夫だった? 酷いことされたりしなかった? あの時、オズかルイーネが居たらすぐに追えたのに……あたし一人じゃ何もできなくて……」
「え? あー、大丈夫だよ。ほらこのとおり、怪我とかもしてねーし」
「何があったの。なんでいきなり連れてかれたの。なんで帰ってこれたの」
「なんでもねーし。レティタが気にするようなことねーよ」
そう言った途端、レティタの目から涙が溢れた。
「……なんで、何にも話してくれないの。ずっと一緒に居たのに……あたし、そんなに頼りない?」
胃の奥で鉛が転がっているような気分だった。シャドウは肩を竦めて黙り込む。レティタに手を伸ばすが、触れることはできずに直前で手を引っ込める。
もう事情を話してしまった方が諦めが着く。そう思っても口は言うことを聞かない。嫌われることが怖い。特に、レティタに嫌われることは何よりも怖い。
「そんなんじゃねーよ。レティタが心配するほどのことじゃねーから、言わないだけだよ」
「……嘘つき」
レティタは両手で膝を抱えながら、涙目でそう言った。縮こまったレティタの背中は自分よりも弱々しく見えた。その様を見つめながら「馬鹿だなあ、俺」とシャドウは脳内で自分を罵る。
生前も今も、シャドウの周りは自分よりも強い人ばかりだった。シャドウは自分の弱さを疎み、強者を妬みながら、それでも強者弱者の関係無しに誰か傍に居てほしいと思い続けてきた。だが、その中で唯一自分よりも弱い人が居た。それがレティタだ。
ホロを操ることができるルイーネやリディから力を分け与えられているシャドウと違い、レティタだけは正真正銘ただの小悪魔だ。
潤沢な魔力がある場所にしか存在できず、大きさは普通の人の掌程、扱うことができる魔力も極僅か。分厚い図鑑一冊で潰せる程の弱い存在だ。
自分が弱者である事に散々嘆いてきた癖に、今のシャドウは恐らくは自分以上にか弱いレティタを泣かせている。そう思うと情けなくて仕方が無かった。
「その……、今はまだ話せねーんだよ。もうちょっとだけ待ってろよ」
苦し紛れにそう言うと、レティタは目の周りを赤くしながら頬を膨らせて言った。
「もう……後でちゃんと教えなさいよ! べ、別に心配なんかしてないけど、あんたがそんな感じじゃ、仕事が進まなくて困るんだからね!」
「ったく、可愛くねーんだから……」
シャドウもブウッと頬を膨らせながらそっぽを向く。「ごめん」と心の底で呟きながら、図書カードを盾にして顔を隠した。




