第13章:第14話
ロイドだけではない。ブラックにとっても、ショコラ・ホワイトはかけがえの無い存在だった。
出会った頃の思い出を噛み締めながら、ブラックはこれから自分がするべきことを再確認する。ホワイトはブラックが立ち直ったのを見て安堵の表情を浮かべた。
ホワイトは昔も今も変わらない。ブラックにとっては理想の少女、されど普通の少女として目の前で微笑んでいた。
「ごちそうさま。今度はロイド君も一緒だといいわね」
そう言って、二人は夕食を終えた。ブラックは深く頷き、今頃一人で部屋に戻っていると思われる馬鹿者を思い出してため息をついた。
あちらもあちらで、出会ってから数年経った今でも最愛の人から逃げる癖は変わらないのだった。
夕食を終えた後、早速ブラックはリディと連絡を取った。「話したいことがある」と言うと、リディは「いいわよ」と答え、待ち合わせ場所に中央広場を指定した。
すぐにブラックは広場へと向かった。天気は良いが、通りには雪が積もっていた。最近は一段と寒さが厳しい。コートの袖を握りしめながら真白の雪に足跡を付けていく。広場に辿り着くと、リディがベンチに座って待っていた。その隣には小さなバスケットが置いてある。
「直接話すのは久しぶりね。元気にしてる?」
「あたしはね。イオやロイドは色々大変みたいだけど」
「そう……心配ね」
そう言うと、リディはバスケットからシフォンケーキを一欠片取り出した。
「よかったら、食べてみてくれる?」
「わぁ、もしかして手作り?」
「そうよ。誰かに味見してほしかったの」
ブラックは早速シフォンケーキを頬張ってみた。仄かな紅茶の香りが広がる。生地は綿のように柔らかく、甘すぎない上品な味だった。
「うん、おいしい! 上手くできてるよ」
「わあ、本当に? 気を遣ってお世辞とか言ったりしてない?」
「本当だよ。食べることに関しては自信があるあたしが言うんだから間違いないさ」
リディは嬉しそうに自分もシフォンケーキを頬張った。夢見るような瞳でうっすら頬を染めた「乙女」の顔をしていた。
「すごいね。リディは創造の女神なんだから、その気になれば何でも一瞬で作れるだろうに、わざわざヒトと同じように料理したの?」
「そうよ。私も、こう……普通のお料理がもっと上手にできるようになりたいの」
「もしかして、オズさんの為?」
ブラックが少し意地悪く顔を覗き込むと、リディは小兎のように飛び上がり、照れくさそうにバスケットで顔を隠した。
「な……なんでわかっちゃうのかしら」
「そりゃあわかるさ。多分皆わかってるよ」
そう言うとリディは慌てて真っ赤になった顔を隠した。リディもホワイトとは別の意味で乙女だ。途方もない強大な力を持っているのに、好きな人の為ならただの女の子になる。その様子はブラックの目から見ても可愛かった。
「そういや、こんな場所でよかったのかい? リディは姿を変えているとはいえ、あたしと話してるとこをルイーネに見られたら怪しまれるでしょ。校内の方が見つからないんじゃないの?」
「ううん、ゼオンが倒れてからは校内も監視範囲内。むしろ、あなたやロイドが居るから危険と判断したのか、最近じゃ校内の方が監視が厳しいみたいよ。ああ見えてオズもあの子達を心配してるのね。私の予定以上に彼等を気に入ったみたい」
リディは「予想」ではなく「予定」と言った。まるで、キラがゼオン達と仲間になり、オズと対立したり協力したりするこの状況を予め知っていたかのようだった。
「それで、今日は何を聞きに来たのかしら?」
ブラックは早速昼間の話を始めた。自分に憑依していた「弟」の正体に気づいたこと。そして、シャドウにその経緯について尋ねたこと。
事情を話した後、ブラックはリディに尋ねる。
「あいつが『シャドウ』としてあの小悪魔の姿で図書館に忍び込む為には、リディ、あんたの力が必要なはずだ。それは間違いない?」
「ええ、確かに私はあなたの弟を生き返らせたし、小悪魔としての仮の身体を創ったし、図書館に潜り込むよう指示したわ。あなた達に内緒でね」
リディがあっさりと肯定したのでブラックは拍子抜けする。てっきりはぐらかされるものかと思っていた。
「もうそろそろ気づく頃だと思っていたわ。ちゃんと、弟には会えたみたいね」
「どうして……そのことをあたしにもロイドにも黙ってたの」
「多分、大方あなた達の予想通りよ。メディがそういう条件を出していたの。あなたを生き返らせるなら、弟も一緒に生き返らせること。あなたが勝手をした時はその弟を使って行動を縛る。その仕組みは、あなた達には教えないように。ってね」
「やっぱり……」
「ごめんなさいね。今まで黙っていて」
リディはそう言って肩を竦める。その様子を見ていると、これ以上責めることはできなくなってしまう。
「そのことは別にいいんだ。あいつも、オズさん達と居ることは楽しいみたいだし、むしろ感謝しなきゃいけないのかもしれない。でも……」
「あの子がキラ達と戦っていることを、気にしているのかしら?」
ブラックは深く頷く。一番の気がかりはそのことだった。望んでもいないのにシャドウがオズ達と敵対しなければいけないことに心が痛む。だがシャドウを戦いの場から逃がせば、今度はブラックが自分の手でリディが大切に想う人達を傷つけることになる。
「そのことなら、私の想いは気にしなくていいわ。安心して、シャドウを逃してあげなさい」
「でも……あんたの為にと誓ったのに……」
「シャドウとあなた、どちらが引き受けたとしてもキラ達と戦わなければならないのは同じだわ。だったら、できる限り悲しみが少ない道の方がいいわ。だから、大丈夫」
リディの言う通り、シャドウとブラック、どちらが引き受けたとしてもキラ達が傷つかないわけではないのだ。例えこれまでどおりシャドウに押し付けたとしても、キラ達が傷つくということは変わらない。ならばリディの言い分も理解できないわけではない。
だが、ブラックには未だに納得できないことがあった。
「リディ、どうしてあたし達をあいつらと戦わせるんだ。あたしには、未だにそれがわからない。戦うだけじゃなくて、ゼオンに毒まで盛ったり……あの毒、リディからシャドウに渡したんだって? なんでそんなことまで……」
ブラックは二つ目の疑問を切り出した。ゼオンに盛った毒の話だ。
「ここまでやると、あたしはあんたの真意がわからなくなるんだ。リディは本当にあいつらのことが大事なの? あたしがあんたの想いを間違って汲み取っているならば、今のうちに正しておきたいんだよ」
すると、リディは質問には答えずに空を見上げた。今日の夜空には月が無い。周囲には灯りも殆ど無く、リディの表情すら暗闇で見えなかった。
「私が渡したのは、毒じゃないわよ。もし毒だったら、ゼオンは寝込む間も無く死んでいるもの」
「だったら、何を……」
「私の血。知ってる? 吸血鬼族は血を吸うことで相手の血を取り込めることがあるの」
ブラックは耳を疑った。神であるリディの血を吸った者の話をブラックはこれまでにも聞いたことがあった。それは禁忌と呼ばれるものだと聞いている。それを犯した例は、オズが「模造品の神」に、世界の毒となりうる「紅の死神」になった話しか無い。
「なんで、正気!? リディあんた……オズさんのような人をもう一人作る気かい!?」
「そんなに驚かないで。私が渡したのはほんの数滴よ。それにオズと違ってゼオンは実験の被験者じゃないから、せいぜいブラン式魔術がちょっと使えるようになるだけ。オズのように強くはなれないし、世界を揺るがすこともないわ」
「いや、だとしてもなんで? 理由は!?」
すると、リディは薄闇の中で唇に指を当てて微笑んだ。
「秘密。ごめんね、それはまだ言えないわ」
うっすら見えたリディの瞳は怯え嘆いてはいなかった。絶望に打ちひしがれるお姫様の目ではない。一つの明確な意志を持った神の目だった。
その目を見た時、ブラックは一つ気がついた。
「……ちょっとわかったことがある。リディ、あんた、今の状況を実はあんまり悲しんでないだろう。いや、悲しんでないというのは違うな……冷静なんだ。きっと、軍師の目だ。戦況を見極め、機会を伺っている目だ」
リディはブラックを導くように黙って見つめていた。おそらく、リディはブラックが自分でその真意に辿り着くことを待っている。
そして、ブラックはその答えを出した。
「リディ、あんた……メディ達だけじゃない、オズさん達も騙して何かやりたいことがあるんだね?」
リディは肯定も否定もしなかった。ただ一言、
「さあ、どうかしら」
とだけ呟いた。全く答えになっていないが、ブラックにとってはもう十分だった。リディの意志がそうであるならば、もうブラックに迷う理由は何も無い。
ブラックは立ち上がり、空に手を伸ばした。
「ありがとう、リディ。これであたしも、自分がどこに向かうか決めることができる。あたしはこれからも、あんたが本当に望むことの為に戦うよ、誰とでも」
後ろでリディが
「ありがとう。お願いね」
と呟いた。それを聞き届けた後、ブラックは一度大きく深呼吸をした。自身の答えは決めた。あとは再びシャドウと会う日を待つだけだ。
だが、シャドウの方はどうなのだろう。今頃、図書館でオズ達と居る喜びと取り返しのつかないことをした後悔との狭間で苦しんでいるのだろうか。
リディから貰ったケーキを頬張りながら、ブラックは「どうかできる限り、あいつが幸せになれますように」と祈るのだった。
◇◇◇
キラは修行が好きだ。地道な鍛錬の積み重ねは苦しいが、少しでもリラの強さに近づいたと感じられると嬉しくなる。
友達に修行に付き合ってもらうこともよくある。だが、キラが人の修行に付き合うことは珍しかった。
「ゼオンが修行なんて珍しいね?」
と尋ねると、
「修行じゃない。どっちかってと実験だ」
と返ってきた。どちらも似たようなものではないのだろうか。
ゼオンは村のはずれの平原でセイラのノート片手に様々な魔法を発動していた。キラとルルカは傍らでその様子を見守り、紅のブラン式魔術が使えるティーナはその実験の手伝いをしている。
今日は天気は良いが先日の雪で草原が雪原となっていた。キラはせっせと雪だるまを作りながらゼオンとティーナを見守る。
ゼオンの指示で、まずティーナは紅のブラン式魔術の防御魔法を使った。薄紅の光の盾がティーナの前に現れる。それから、ゼオンは蒼のブラン式魔術を使った。
「この世を創りし蒼き瞳の女神よ……凍てつく炎よ、剣に纏え! ラ・フランベルジェ・ドゥ・グラッセ!」
蒼い炎の剣が頭上に現れ、薄紅の盾に突き刺さった。盾は瞬く間に凍り付いた後、砂糖菓子のように溶けて消えていく。このような盾が「溶ける」というような消滅の仕方は普通の魔法で破った時にはあまり見られない現象だ。
「やっぱり、ブラン式魔術の防御魔法には相反する力をぶつけた方がいいみたいだな……。攻撃魔法をぶつけあってる分には、普通の魔法よりちょっと強い魔法くらいにしか感じられないけど。まだまだわからないことだらけだ」
「ねーねーゼオン、何を調べてるの?」
「ブラン式魔術の性質だよ。セイラが大まかなことは説明してくれたけど、詳しい性質はまだわからないことが多くてな。『創造と破壊、二つの相反する力』と言われても戦闘でそれがどう作用するのかさっぱりわかんねえ。だから実験して確かめてるんだよ。自分の武器の性質は知っておくべきだろ?」
そう言って、再び実験を再開する。ゼオンはもうすっかり蒼のブラン式魔術を使いこなしているのようだった。「神の魔術」と言われていたブラン式魔術を使いこなすことは容易ではないはずだ。だがゼオンはあの杖を奪われたにも関わらず、もう自分の手足の一部のように魔法陣を組み上げて多彩な魔法を放っていた。
キラはゼオンの右目をじっと見つめる。ティーナ達が言っていた通り、蒼のブラン式魔術を使っている時のゼオンは右目も蒼く染まっていた。その目を食い入るように見つめていると、急にゼオンが実験の手を止めてそっぽを向いた。
「……おい、なんだ。何か用なのか」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……突然こういう特別なすごい力を使えるようになったり、皆のピンチをかっこよく乗り切ったりするのって、いつもゼオンだよなあって。羨ましいってのとは少し違うよ。あんたも、寝込んだ時とかすっごく辛かっただろうし。ただ本当に純粋に、なんでゼオンなのかな? って思って」
「そんなこと言われてもな……俺には『よくわからないけど気づいたらそうなってた』としか言えないな」
「まあ、そうだよねえ……」
疑問には思ったが、「ゼオンが偶々勇敢で仲間を大切に思っており、才能にも溢れた勤勉で優秀な人だったから」としか説明のしようがないことなのかもしれない。才能に溢れた勤勉な人が新たな能力を得やすいのは当然のことだし、勇敢で仲間想いの人が周囲の人から一目置かれるのも当然だ。「なぜそのような人が都合よく存在するのか?」と言われても、誰にも説明のしようがない。本人すら「ただそこに居たから」としか言えない。
すると、ゼオンが悪気無く言った。
「お前、そういう特別なものになりたいのか?」
既に蒼の女神の血を飲み、特別な存在になっているゼオンに言われると癪に障る。キラは豚のように鼻をひくつかせながら低い声で言った。
「いや、特別っていうより……単純にすごく強くなりたいの。そうじゃなきゃ、何も守れないんだもん」
キラの頭に浮かんだものは十年前に死んだ両親、復讐の末に倒れたサラ、そして杖に呑まれたセイラだった。
もう二度と後悔したくないのに、現実は苦い。努力を重ねてもキラは未だに魔女なのに魔法すら使えないただのキラだった。深いため息をついて、キラは口を尖らせて不満を言う。
「あーあ、やっぱり魔法が使えなきゃ駄目なのかなあ。魔法が無くてもあたしが最強になれる世界だったらよかったのになあ」
そう呟きながら空中にジャブを打っていると、ゼオンは突然黙って何か考え込んだ。
「あれ、どうしたの? 何考えてるの?」
「いや、前に言ってた、新しく創る魔法のネタ。どんな魔法にしようかと思って」
「なんで突然このタイミングで?」
「……なんとなく」
キラにはゼオンの思考回路がさっぱり理解できなかった。
暫くゼオンが考え込んでいると、一人雪原に置いてきぼりにされたティーナが声をあげた。
「ねえゼオン、どーしたの? 休憩ー?」
そう言ってティーナは自分の杖を抱えてキラ達のところまで戻ってくる。キラはじっとティーナの杖を見つめた。
「そういえばティーナ、なんで杖持ってるの? たしかイオ君達に取られてなかったっけ?」
「あはは……実は杖を取られた時に持ってたのって、ゼオンの杖なんだよね。あの時、ゼオンの杖借りてたんだよ。ルルカがあたしの杖で、あたしがゼオンの杖で戦ってたの。それでゼオンの杖から……あの黒い闇が出てきたから、取られたのはゼオンの杖なんだよね」
キラは「ごめん」と謝った。あの時の出来事をティーナは誰よりも気にしているはずだ。ティーナは「大丈夫だよ」と笑っていた。
「じゃあ、今こっち側にある杖は、あたしのとティーナのってこと?」
「そうなるね」
ティーナは頷く。天使、悪魔、魔法使いは媒体無しでの魔法は使えない。なので杖を奪われたルルカは新しい武器を探さなければならない。だが、吸血鬼の血を引いているゼオンはむしろ杖を持っていた時よりも魔法を使いこなしているように見えた。
キラは半ば呆れたようにゼオンに言った。
「あんたはこう……いやあ、なんなんだろうねえ」
すると、ティーナが少し肩を竦めた。
「ゼオン、ごめんね」
「気にするな。むしろ、蒼のブラン式魔術を使うなら杖が無い方がいいみたいだ。それよりお前の杖が取られなくてよかった。この中で一番その杖の力を活かせるのは、紅のブラン式魔術を使えるお前だろうからな」
ティーナは一瞬驚き、それから少し照れくさそうに頬を赤らめた。
「そう言ってもらえると少し気も軽くなるけど、ルルカちゃあんのはどうしようね。新しい武器買わなきゃいけないよね?」
三人の目はルルカに向いた。ルルカは雪山の上に座っていたが、自分が話題に上がったことに気づくと、立ち上がって輪の中に入った。
「そうね、なんとかしなきゃね。でも、武器って高いのよね……あの杖と同じくらいの力が出せる物となると尚更。そもそもそんな物が見つかるかもわからないし」
「お金のことはあたしも協力するよ。あたしが皆に迷惑かけちゃったからこうなったんだし」
「あたしも! 皆で協力して出し合おう! それと、ゼオンも一応何か武器を探しておいた方がいいんじゃない? ほら先輩とかと接近戦になると丸腰じゃ辛いし」
「確かに……それはそうだな」
ゼオンも素直に頷いた。皆が互いを気遣っているところを見ていると、このところ沈みがちだったキラの気分も少し晴れた。ゼオン達と出会った時からずっと『皆が仲良くなれればいいのに』と思っていた。あの頃よりも、この四人の信頼は着実に強くなっている。だからこそ、このような辛い時にも互いを気遣える。その様子を見ていると、キラがずっと願い続けていたことは無駄ではなかったと思えた。
「まずは今度隣町にでも探しに行ってみるわ。良い物があるかはわからないけど」
「おおっ、ならあたしも行くぅ! 純粋な乙女に付け込むような阿漕な商売人達からお守りするぅ!」
ティーナがルルカの腕に飛びつき、ルルカは慣れた様子でそれを振り払っていた。
「別にいいわよ。買い物くらい一人でできるったら……何が純粋な乙女よ」
「やだー、ついてく! ついでに良いバイトが無いか探したいんだよね!」
バイトという言葉にルルカは驚いたようだった。勿論キラもだ。ティーナがそのようなことを考えているとは思わなかった。
「アルバイト? 意外だわ。あなた、そんなこと考えてたの?」
「うんっ、まあ単純にお金稼ぎという意味もあるんだけど、まともに働く経験をしておきたくてね」
「う……、そう考えると、私もアルバイトなんてしたことなかったわ」
「そーそー、あたしもだよ。逃亡中に冒険者向けの魔物退治とかはしてたけど。食料なんて盗んじゃおうって言ったら、我がスゥイートハニーのゼオンが駄目って言うんだもん」
ティーナにそう言われたゼオンは困ったように黙り込んだ後、ぼそりと言った。
「……っ、だって、駄目だろ……」
「きゃわあん、何一つ間違ったこと言ってないのにそんな困った顔しちゃうとこも可愛いなあ。愛してるよう!」
「うるさい……。で、なんで隣町なんだ?」
「はわわぁん、そうしてわざとらしく話を逸しちゃうとこも尊くて可愛くて愛してるよう! まあ、真面目な話をしちゃうと、この村にバイトの求人なんて無さそうじゃん? 隣町の方がまだ希望ありそうかなって」
確かに、この村でアルバイトの募集はあまり見ない。たまに学校の食堂や購買が募集している程度だ。村にも小さなお店等はいくつかあるが、殆どは家族経営であることが多い。
ティーナがアルバイトかあ。キラはティーナがカフェのウェイトレス等をしている姿を想像してみる。ティーナは陽気だし気が利くのできっとお客さんにも気に入られるだろう。
すると、ルルカが先程の仕返しのように言った。
「隣町までいかなくても、この村にだっていつでも人手が欲しそうな場所はあるじゃない」
「え、どこ?」
「オズの図書館。主に館長の怠慢のせいで」
「ええー、ルルカちゃぁんってばそういうこと言っちゃう? 図書館なんて絶対仕事はあっても給料出ないよー。絶対やだあ」
そう言ったところで、急にゼオンが何かを思い出したような顔をした。そして唐突に切り出した。
「そういや一つ聞きたいことがあるんだけど、ここ最近、図書館でシャドウに会った奴って居るか? パーティの日以外で」
キラは記憶を辿ってみたが、パーティの日以外となるとここ最近は思い浮かばない。
「パーティの日以外で最近ってなると、ないなあ」
「最近見ないわよね。最後に見たのは……私の記憶じゃイオが来るちょっと前だったような気がするわ」
「パーティの日も普段程騒がしくなかったような気がするなあ。あの日随分久しぶりに会った気がするよ。でもゼオン、なんで急にシャドウのこと?」
ゼオンの顔色が悪かった。心配になり、じっと顔を見つめたが、ゼオンはすぐに
「……なんでもない。ただ、俺も最近見ないなって思っていただけだ」
と言ってはぐらかしてしまった。最近、キラは身近な人に対してだけ以前よりも洞察力がついたような気がする。すぐにゼオンのその一言は嘘だとわかった。
キラが視線をティーナの方へとずらすと、ティーナもキラへと視線を移して頷いた。ティーナも嘘に気づいたようだった。
「んまあいいんだけど、ゼオン、ちゃんと自分の中で確証が持てたら教えてよ?」
ティーナはすぐにゼオンにそう伝えた。心中を見透かされたゼオンは諦めたようにため息をつく。
「……わかった」
「よろしいっ」
二人の様子を見て、キラは思わず笑いが溢れた。出会った頃はゼオンは冷静で大人びており、ティーナは無邪気で子供っぽいと思っていた。だが今の印象は逆だった。むしろティーナは時々この中で誰よりも大人びて見えることがある。そう印象が変わったことが面白かった。
「そういえばキラとゼオン、来週あたり時間ある?」
話が落ち着いた後、ティーナがそう尋ねてきた。
「あるけど。なんで?」
「セイラの部屋、掃除しようと思うんだ。ルルカも一緒に、皆でやらない?」
最期のセイラの笑顔を思い出して思わず涙が零れそうになった。だが、ここで泣いてはいけない。これ以上立ち止まっては、セイラの想いが本当に無駄になってしまう。
「あとはよろしくね」──どこかいつも人を突き放すようなところがあったセイラがあんならしくもない言葉で全てを託したのだ。たとえセイラが消えてしまっても、キラは自分にできることをしていきたいと思っていた。
きっと、これはその一歩目だ。一つずつ、セイラがやり残したことをやっていこう。そう心に決めてキラは頷いた。
「勿論。ぴかぴかにしてあげる。ゼオンとルルカは?」
「……仕方ないな」
「まあ暇だし、構わないけれど」
いつも通り、二人は素直じゃない言葉を吐いて頷いてくれた。そんな優しさにキラは「ありがとう」と言う。セイラを失った傷はまだ癒えない。けれどキラは一人じゃない。
皆が居れば、再び歩き出すことも、セイラが果たせなかったことを代わりに果たすこともきっとできる。そう思えるような気がした。




