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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第7話

その翌日キラはルルカとティーナと共に村長の家へ向かった。ルルカとネビュラの話は村長の屋敷ですることになったのだ。屋敷の者達に事情を話すと、キラ達はすぐに屋敷の中へと案内された。案内された部屋にはまだ誰もいなかった。ルルカはキラ達に言った。


「なんであなた達までついてくるのよ。」


「えーっと、心配だからかな?」


「まあまあ、強がらないでよルルカちゃーん。ほんとは怖くて仕方ないくせにー。」


ティーナがからかうとルルカはムッとした様子で部屋にあったソファに座った。ティーナが隣に座り、キラもティーナの隣に座った。すると部屋の戸をノックする音がした。ついにネビュラの登場かと思ったが、現れたのはネビュラではなくゼオンだった。ティーナはゼオンを見つけると早速大はしゃぎだ。


「きゃっわぁーん、待ってたよぅーゼオーン!」


「もう着いてたのか、早いな。」


ルルカがゼオンに言う。


「ゼオン、貴方まで来るの?」


「ティーナに呼ばれた。」


「だってぇーあたしのスウィートハニーのゼオンが来なきゃやる気出ないんだもーん!」


ティーナは腕をパタパタ振り回しながら言った。ゼオンはティーナのはしゃぎっぷりには目もくれずにキラの隣に座った。ちょうどゼオンが隣に来たのでキラは訊いてみた。


「結局、昨日はどこに行ってたの?」


ゼオンは答えなかった。無視されたり流されたりして起きる無回答ではない。こちらが何を言っているのかよくわかっていない――といったような様子だった。キラはそんなにおかしなことを言っただろうか。キラは少し首を傾げた。ルルカとティーナが二人の会話に気づいてこちらを見た。その時タイミング良くノックの音が話を終わらせた。

再び扉が開き、ネビュラ・エヴァンスが部屋に入る。付き人のテルルも一緒だ。ネビュラはキラ達の向かい側のソファに座り、テルルはネビュラの後ろに立った。二人の後からなぜかルイーネが入ってきた。頭にお盆とお茶を乗せたホロを連れていて、ルイーネはキラ達全員にお茶を配った。


「どうしてルイーネが居るの?」


キラがそう言うと、ルイーネは一言


「察してください。」


とだけ返した。察して、と言われても困る。キラには何もわからない。するとゼオンが言った。


「要するに、オズの差し金だな。」


「さしがね?」


「つまり、オズに言われてこの話の様子を見にきたってことだよ。」


この話とは勿論これから始まるルルカとネビュラの話のことだろう。二人とも出されたお茶には手を付けず、指先一本動かせないくらいの張りつめた空気の中で睨み合っていた。ルルカは昨日と変わらず神経をピリピリさせているようだ。一方のネビュラも、今日は昨日とは違って表情にも姿勢にもどこか余裕が無いように見える。


「ルルカ、今日は来てくれてありがとう。話を聞いてくれる気になったみたいでよかった。」


「勘違いしないで。内容によってはすぐに出て行くつもりよ。」


ルルカは強い口調で言う。


「それでネビュラ、貴方は一体どうしてこの村にやって来たの? 何が目的?」


「その話をしたくて呼んだんだ。ルルカ、君にお願いがある。」


ルルカの表情が硬くなる。ネビュラは一つ深呼吸してから言った。


「ルルカ、君はクーデターの後で城から抜け出した時に杖を持ち出してるね? 銀の柄の、青の宝石の杖だ。それを俺に渡してほしいんだ。」


ルルカが身を乗り出した。ルルカだけではない、おそらくこの場に居た全員が耳を疑っただろう。キラもその一人だった。エンディルスの王子が元王女のルルカに会いにきたというのなら、やはり目的はルルカ本人に関することだろうと思っていたのだ。ルルカは乗り出した身体をソファに戻すと、あの杖を取り出した。キラ達四人が全員持っているあの杖だ。銀の躯の先に海の底のような青の宝石が輝いていた。


「これが、貴方の目当てだっていうの?」


「そうだ。」


「ふざけないで! 突然現れたと思ったら、目当てはこの杖? 全く理解できないわ、貴方に渡す理由もない。断るわ、これは私が自分の身を守る為に必要なのよ。」


ルルカは荒い声で怒鳴る。こればかりはゼオンもティーナも止めなかった。ゼオンがネビュラに言った。


「そりゃ確かに『理解できない』ですね。どうしてその杖を欲しがるんですか? その杖を手に入れたらどうするつもりですか?

おそらくエンディルス王家に渡す気はありませんね? 多分我が物にする気もないでしょう。もしそうならエンディルス国の兵を動かせばいいはずだ。けれどあなたが連れてきた兵はたった一人……奪い取るには頼りなさすぎる。むしろ多くの兵にあなたがここに来たことを知られることの方を警戒してるように見えます。

となるとおそらく、杖を欲しがる理由はあなたともルルカともエンディルス王家とも関係ない別の誰かにあるのではないですか?」


「やっぱり君、鋭いなあ。でも残念、ハズレだ。エンディルス王家との関係はあるよ。俺がここに来たのはエンディルス王家からルルカを守りたかったからだよ。」


ルルカの表情が険しくなってゆく。強い憎しみ念を感じた。ルルカは声には出さなかったが、ルルカの心の叫びはキラには確かに聞こえた。「裏切り者が今更何を!」と。ルルカの様子を見たネビュラが言う。


「ルルカ、父上は君を捜している。代々サラサーテ家に伝わってきたその杖を持っているからだ。その杖はなかなか強力な武器らしいからね。

前王家の末裔である君がそれを持っていることが恐ろしいんだ。君にその気がなくても『元王女』って冠は重いんだ。その杖と地位をで人を集めて、国への復讐を企てはしないか怯えているんだ。先日ウィゼートで起こった反乱のようなことが起こらないか。だから躍起になってる。追っ手の兵達に君の殺傷を許可するくらいだよ。」


「ふぅん、ますますこれを手放せなくなったわね。反乱に興味は無いけれど、殺される気も無いもの。」


「それじゃ困るんだよ。君が杖を渡してくれれば父上は今ほど躍起になって君を捜しはしないはずだ。これは君の為なんだ。」


「今更そんな都合の良い言葉を信じるなんて思っているの? 」


ルルカの口調が強くなった。キラもゼオンもティーナも、ひたすら黙ってその様子を見つめていた。ルルカを止めるようなことはしなかった。

確かにネビュラの言っていることは怪しかった。昨日ルルカから聞いた話とは真逆のことを言っている。

果たしてどちらの話が真実なのかキラにはわからない。ルルカのことをずっと見てきたことを考えるとルルカを信じたいと思った。

だがキラはなぜかネビュラの言うことも真正面から否定する気になれなかった。キラが戸惑っている間にも空気はどんどん悪くなっていく。沈黙の競り合いの後、ルルカは杖を抱え込んで席を立った。

ネビュラは慌てて言う。


「どこに行くんだ。」


「話は聞いたもの、帰らせてもらうの。要求を呑む気はないわ。貴方の話には怪しい点が多すぎる。そもそも貴方、どうして私がこの村に居るって知っていたのよ?」


その時一瞬だけネビュラの声の勢いが強くなった。


「うちの兵達の調査の結果だって昨日言ったはずだけど。」


ルルカは眉をひそめて言った。


「そんないかにも嘘臭い話、聞いていないわ。」


ルルカがそう言った後のネビュラの話し方は今までどおりだった。


「ああごめん、間違えた。確かにルルカに言ったんじゃなかったね、そこのゼオンって子にだった。」


「ゼオンに?」


ルルカがゼオンを見た。ティーナもキラもだ。確かにキラとゼオンは昨日ネビュラに会ったが、「ネビュラが誰にルルカの居場所を聞いたか」という話をした覚えはない。

キラはゼオンに言った。


「そんな話したっけ?」


「お前と居た時はしてない。昨日お前と別れた後、もう一度こいつの所へ行ってそう訊いた。」


「え? この人のところへ!?」


言葉には出さなかったがゼオンは少し驚いたようだった。ゼオンはすぐにキラに言った。


「そうだ……というか、昨日のあの流れだと俺があの後行くところなんてそこしかないだろ。わかってるかと思ってた……」


「え、そうなの、ぜんっぜん気づいてなかった……」


キラは慌ててそう言った。些細なことだが、どうもゼオンの意図がキラに伝わりきっていなかったようだ。するとネビュラが言った。


「そうそう、そういうこと。もうルルカにも伝えてあるかと思ってた。」


「伝えそびれたな……。昨日はその後はそのまま帰ったから。」


ティーナがルルカの様子をチラチラと心配そうに見ていた。ルルカはネビュラにもキラ達にも見向きもせず扉に向かった。


「二度と私の前に現れないで。」


そう言い捨てて部屋を出て行ってしまった。ネビュラが「おい!」と引き止めたがもう遅かった。

話し合いは最悪の結果に終わってしまった。ネビュラは深いため息をついた。ネビュラの背後で様子を見ていたテルルが声をかけた。


「ネビュラ様、大丈夫ですか?」


「平気だよ、仕方ないさ。一度部屋に戻ろう。また色々考え直さなきゃ。」


席を立ったネビュラの前にティーナが立ちはだかった。


「ちょっと、ルルカに言ったこと、あれはあたしも文句言いたくなるよ! どういうつもり!?」


「だからさっき言っただろ。同じことを二回言うのはめんどくさいから嫌だね。」


ネビュラはティーナを避けて扉へと向かった。ネビュラが部屋を出る直前、ゼオンがネビュラに言った。


「嘘をついていますよね?」


ネビュラが立ち止まった。


「それではルルカが話を聞かなくても仕方がないですよ。」


「……さあ、何のことかな。」


そのままネビュラは出て行ってしまった。ネビュラの代わりに詫びるようにテルルがこちらに頭を深く下げ、すぐに主を追いかけていった。


「何あれ、感じ悪い!」


ネビュラが去った後、ティーナは苛立った様子で言った。音をたてて閉まった扉をキラはじっと見つめた。ルルカとネビュラの冷たい背中を思い出して寂しくなった。同じように扉を見つめていたゼオンをキラはちらりと横目で見た。


「ゼオン、昨日あの後もう一度あのネビュラ様って人のところに行ってたの?」


「そうだ。」


「どうして?」


「ちょっと訊きたいことがあったんだよ。」


するとティーナが少し棘のある口調で言った。


「ゼオン、何訊きに行ったの? それって昨日あの時じゃなきゃいけなかったの?」


ネビュラの態度に苛立ったせいもあるのだろうか。ティーナがゼオンに対して喧嘩腰に近い話し方をするのは珍しかった。キラは慌てた。この二人まで険悪な空気になってほしくはない。キラがなだめようとした時、ゼオンとティーナの間にスルリとした薄紫色の巨体が割りこんだ。

身体じゅうに目玉のついた例の魔物――ホロだ。小さなルイーネがその上にちょこんと座っていた。ルイーネはタイミングを図ったかのように現れると、ティーナの方を向いて言った。


「お話中のところすみません。オズさんが皆さんに話があるそうです。」




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