第13章:第12話
今日の晩御飯はハンバーグだ。サラダにコーンスープを付けて、宣言どおりご飯は大盛り三杯。ふかふかのハンバーグにナイフを立てると黄金色の肉汁が溢れる。焼き立ての肉の香りを吸い込みながら最初の一口を頬張ると、言葉で表現できない程の幸福が口の中いっぱいに広がった。
「おいしー。やっぱり、美味い飯は正義だよね」
なので、今日の憂鬱と苦しさと罪悪感はひとまず中和された。勢いに乗って次々とおかずを口の中にかきこんでいると、正面に座るホワイトが微笑んだ。
「ふふ、ショコラは何か食べている時が一番幸せそうな顔するわよね。その癖、全然太らないんだもの。羨ましいわ」
「太らないのはショコラの方だろ? あたしよりスタイル良いし綺麗だしさ」
このような何気ない会話がささくれた心を癒やした。ホワイトが目の前に居る時、ブラックは自分がここに居る意味を実感する。ホワイトが微笑む時、ブラックは彼女がこうして穏やかに過ごせる日々ができるだけ長く続くように祈るのだった。
ハンバーグを頬張りながら二人で話していると、不意にホワイトは言った。
「よかった。少し元気になったみたいね。なんだか、今日のショコラはちょっと元気が無いみたいだったから」
気づかれていた。ブラックは肩を竦め、少し照れくさくて俯く。やはり、自分は自分の感情を隠すことが苦手なのだと実感する。ホワイトはブラックの顔をそっと覗き込んだ。
「何かあったの? 一人で抱え込まないで。私だって、相談くらいには乗るわよ」
ブラックは少し困った。リディやメディの存在に気づかれそうな事柄をホワイトに話すことは固く禁じられている。また、ホワイト自身の過去に関することも話さないようにロイドに口止めされていた。
しかし、ブラック自身の過去を話すこと自体は禁じられていない。この頃ブラックに隠し事が多いのでホワイトに心配をかけていたようだし、多少事情を話してしまった方がホワイトも安心するだろうか。メディの真似をするつもりはないが、「嘘を言う時は本当のことを混ぜて言うと効果的」だという。実際の事情を混ぜながら誤魔化しておいた方が下手な詮索もされないかもしれない。
しかし、リディ達の存在を知られてはならないことを考えると説明の仕方が難しい。慎重に言葉を選びながら、ブラックは話し始めた。
「あたしには弟が居てね、長いこと会ってなかったんだけど、今日久しぶりに会ったんだよ。けど、こっちが無意識に傷つけちゃったみたいで、ちょっと喧嘩しちゃった」
「弟……? ショコラの家族は、クーデターで死んだんじゃ……」
ブラックは耳を疑った。その話はまだホワイトにしていなかったはずだ。するとホワイトは焦って口を抑え、それから頭を下げて謝った。
「ご、ごめんなさい。私、前にクローディアさんにショコラのこと調べてもらったことがあって、それでショコラのお家のこと知ってたの……。もうクーデターでショコラの家族は殺されちゃったこと……。勝手なことして、ごめんね」
ブラックは困って頭を掻いた。冷や汗が首筋を伝っていく。既にここまで知られていたとなると、一度死んだはずのブラックがここに居る矛盾、更にはホワイト自身の正体に辿り着く日もそう遠くはないかもしれない。
「それで、その弟が生きてたの?」
幸い、ホワイトはブラック自身のことについては尋ねてこなかった。
「えっと、まあ……そういう感じでさ」
一度死んで、生き返ったのだから「生きている」という表現は間違ってはいない。嘘ではない。そう自分に言い聞かせた。
「……その弟さ、昔は事故に遭ったせいでずっと病院で過ごしていたんだ。身体も決して強くはなくてさ……。今日あいつと話してて、あたしってすごく恵まれてたんだなって思っちゃったんだ。あたしは別に、悪意なんか無くて、純粋にあいつを気遣ったつもりで色んなことを話したんだけど、その言葉は全部あいつを傷つけちゃったみたいだ」
初めは、下手にリディ達のことに気づかれないよう気を遣いながら話していた。しかし、段々と昼間の出来事が鮮明に頭に浮かび上がり、話すことに没頭していった。ホワイトは、ブラックの話を最後まで真剣に受け止めていた。
「あたしは五体満足で育って、それなりに裕福な家に生まれて、才能があるだなんてことも言ってもらえたし、家族にも周囲の人にも恵まれて幸せだった。でも、幸せな人って、ただ幸せだという理由だけで色んな不運が重なってそれを得られなかった人を傷つけるんだね。悪意なんて微塵も無くても。むしろ、悪意が無いからこそ、不運な人の視点を想像できないし、人を傷つけずにはいられないんだね。今日、そう思い知らされて、少し落ち込んじゃった」
「ショコラ……」
自分は大切な人達の味方であると同時に弱い人々の味方でありたいと思ってきた。その為に強く在りたいと願った。しかし、今日その願いが根底から覆された。強者は悪意の有無に関わらず、ただ強いという理由だけで弱者の心を傷つける。
「健康に生まれ育った人が人生を謳歌して、金持ちの家に生まれた人が衣食住に困らない生活をして、偶々才能があった人がその才能を生かすのは、それは悪いことなのかな……」
太陽が射すだけで消えてしまう「影」──その名に相応しい儚い小悪魔の涙が頭から離れなかった。笑顔でいてほしいと思っても、何がシャドウを笑顔にし、何が傷つけるか想像ができない。その視点からの景色がわからない。しかし、一度そのようなか弱い者を見つけてしまったら、見なかったことにもできない。見てみぬふりをして、強者は強者の世界に引きこもることが一番己の精神に負担をかけない賢い選択だと理解していてもだ。
ショコラ・ホワイトはブラックの話を最後まで聞き遂げると、そっとブラックの頭を撫でた。
「そう……ショコラは優しいのね。それでこそ、私が大好きなショコラだわ」
ホワイトの微笑みは百合の花のように綺麗で、ブラックを優しく慰めた。それから、ホワイトはこう語る。
「そうね、とても難しい話ね。私には難しすぎて、正しいことは言えないかもしれない。でもね、私、思うのだけど、さっきショコラは幸せな人はそれだけで幸せを得られなかった人を傷つけるって言ったわよね。でも、もし健康な人が自分の身を勝手に傷つけて、金持ちの人が財産を溝に捨てて生活に困って、才能のある人がその才能を無駄にしたとしたら、果たしてそれらに恵まれなかった人達は納得するかしら?」
「それは……」
「私は、納得しないと思うわ。これは私の想像だけど、『私よりも恵まれている癖に、その環境を無駄にするなんてずるい』って思う気がするの。私も、過去の記憶が無いし、自分が何者なのかわからなくて辛い想いをしたこともあるし、家があって家族があって確かな思い出がある人を羨ましく思ったこともあるわ。でも、だからといって確かな記憶がある人が悪いとは思わないわ。それに、もし恵まれた人がその環境を捨てたとしてもそれで私の記憶が戻るわけではないでしょう。そこは多分、関係ないと思うの。偶々、素敵なものを沢山持ってたから眩しかっただけだと思うの」
ホワイトは胸に手を当てながらそう語る。思えば、自分の記憶が無いことについての想いをホワイトから直接聞くのは初めてだった。記憶が無いことの辛さも、こうして直接話してもらわなければわからない。だが、ホワイトはその苦しさを語った上でそれでも人を妬むことはなかった。そして、デザートのババロアを差し出しながら微笑んだ。
「だからね、ショコラが何か我慢したり自分のものを切り捨てるよりも、まずその弟さんの今の状況を変える努力をした方がよいのではないかしら? 詳しくはわからないけど話を聞いている限り、その弟さん一人ではどうしようも無い状況なんでしょ?」
ホワイトの言葉は精神の痛みを和らげ、光を見つけ出す不思議な力があった。言葉の内容自体はブラック自身が見つけた答えと大差ない。「まずはシャドウが置かれている状況を変える」──その手段として考えられることは、やはりブラックが戦いを引き受けてシャドウに荷を背負わせないことだ。最初の結論に戻ってきただけだ。
そのはずなのに、ホワイトにそう言ってもらえると無くしかけた自信が戻ってくる。ホワイトが暖かく微笑んでくれるなら、ブラックはまた頑張ることができるような気がした。
少し相談しただけでこうも気分が変わるなら、もっと早く相談すればよかったな。そう思いながら、ブラックはもう一つの問題を話してみた。
「じゃあさ、仮にその弟の状況を変えて、あいつを救ったら、代わりに別の誰かが傷つく……そういう状況だったら、ショコラだったらどうする?」
「そうね、また難しい問題ね。そこはやっぱりまずは話し合うべきじゃないかな? 弟さんと、あと弟さんを助けたら代わりに傷つくことになる人……二人の話を聞きながら、一番それぞれの傷が小さくて済む妥協点を探すべきだと思うわ。話し合いで何でも解決できるわけではないけれど、話し合うことくらいはしないと誰に何をしてあげるのが一番良いのかわからないと思うの」
シャドウの話を聞いたから、次はリディ。やはり、ロイドが先程言った言葉と結論は大差無かった。そのはずなのに、ホワイトがそう言ってくれただけで胸の淀みが薄れ、心が軽くなる。
そう感じた時、ブラックは自分が何に一番苦しんでいたのか理解した。
「そう言ってくれると、あたしにもまだ何かできるかもって思えてきた。もしかしたら、解決法がわからないんじゃなくて、自信無くしたことの方に苦しんでいたのかもしれない。その……話を聞いてくれて……ありがと」
照れくさくて思わず辿々しい口調になったが、ホワイトはそのような言葉も笑顔で受け止めてくれた。
「どういたしまして。ショコラの力になれたようなら嬉しいわ。……もしよければ、これからも何か悩みがあったら話してほしいわ」
その時に、ブラックは改めて自分が守りたいものを確かめる。その一つがホワイトのこの優しさと笑顔だ。この白百合のような清廉さがどうか出来る限り長く続いてほしい。たとえいずれ過去に仕掛けられた時限爆弾が彼女を呑み込む時が来るとわかっていてもそう祈らずにはいられない。
「ありがと、そうするよ。ショコラも、何かあったら相談してね」
ホワイトは深く頷いた。純粋に、ホワイトの為を思って言った言葉だ。だが、ホワイトはその直後にこう言った。
「ありがとう。なら、ちょっと訊いてもいいかな。前にも言ったけれど、ショコラ……私の記憶について、過去について、何か知っているんじゃないかしら? 私の記憶が無いことを知っていた時に思ったの。ショコラが私に隠していることって、私に何か関係があるんじゃないかしらって……」
ブラックのハンバーグを食べる手が止まる。思わず焦りが顔に出そうになるが、あくまで笑顔で普段通りに振る舞う。ブラックはホワイトの幸せを願っている。この時間が長く続ける為にここに居る。だからこそ、こう答える。
「知らないよ。あたしは本当にショコラの記憶とは何の関係も無いんだ」
ホワイトはがっくりと肩を落としたが、その後微笑みで落胆を隠す。
「そう……ごめんね、こんなこと訊いて」
「ううん、いいよ。こちらこそ、力になれなくてごめん」
嘘はついていなかった。ブラックはホワイトの記憶とは関係無い。これは事実だ。ただ、「では関係があるのは誰なのか?」──この答えを知っていながら黙っていただけのことだ。
「ねえ、デザートもう一品頼んでもいい? もうちょっと甘い物が食べたくてさ」
そう言って、ブラックは話をはぐらかし、二皿目のババロアを注文しに向かった。
これは初めての事ではない。キラ達に正体が知られた時も、それ以前から、ホワイトは自分の記憶を求め、ブラックはそれを隠し続けてきた。
ホワイトが真実に辿り着くことが無いように、「関係無い」と言いながら傍に居続け、ミスリードの役目を背負い続ける。本当にホワイトの過去を知っている「あいつ」から目を逸らさせる為に。
今のホワイトを繋ぎ止めているものがロイドの願いであると気づかれないようにする為に。
◇ ◇ ◇
思えば、昔からそうだ。ブラックは学校が苦手だった。生前も騎士を志す者の為の学校に通っていたが、人見知りが激しく友人は少なかった。だから、リディと契約を交わした後に「ロアルの村の学校に通ってほしい」という任務を受けた時は、ルルカ救出の時以上に緊張した。
だが「リディに従い、仕える」と決めた以上、この程度のことで駄々をこねるわけにもいかず、ブラックはロアルの村の学校に通うことになった。
この学校に制服は無いようだった。だが生徒達は多少制服への憧れがあるのか、襟付きの服やネクタイ、プリーツスカートのような制服を彷彿とさせるような服装の者が多いようだった。
なので、その環境に合わせてブラックも制服に近いデザインの服を見繕ってきた。だが……
「やっぱり、あたしにはこういうの似合わないよ……」
職員室で転入についての挨拶を終えた後、窓に映った自分の姿を見てブラックはため息をついた。
上はセーラー服のような襟のブラウス、下は黒のキュロット。上はまだ良いとして、丈の短いキュロットは着ていてどうにも落ち着かない。ミニスカートは絶対に自分には着こなせないと思い、妥協案としてキュロットにしてみたのだがそれでも太股が大胆に露出していることが気になって仕方がなかった。
ブラックも偶には女の子らしい制服を着てみたいという気持ちがあってこのような服を選んでみたのだが、窓ガラスは現実をはっきりと映し出す。可愛らしいセーラー服とキュロットはブラックの長身としっかりとした身体付きを強調していた。
「やっぱり、ズボンにすればよかったなあ……」
がっくりと肩を落とした時、遠くに白髪頭が見えた。
「やあ、ショコラ。ちゃんと挨拶できた?」
「うん、まあね」
ロイドが居た。ショコラの傍までやってくると、ロイドはショコラの服をじっと見て言った。
「なんか、意外な服。それ自分で選んだの?」
「そうだよ悪いかよ……どうせあたしには似合わないよ……」
「そんなことは思ってないんだけど。まあいいや、とりあえずついて来てよ」
ブラックはふてくされながら言われたとおりロイドの後を追った。
ロアルの学校は生前にブラックが通っていた学校とは空気が随分と違った。敷地はそう広くはないが山奥の田舎の学校にしては随分設備が整っているし寮までついている。
そこに通う人達は良く言えばマイペースな人達だった。生前に通った学校は名門貴族の子息や子女が集う学校だった為、優秀で礼儀正しい人達が多い反面、有能でなければ見下され、有能すぎると妬まれるという側面があった。前の学校と比べると、ここの人々はそのような「実力」というしがらみにはさほど強く囚われてはいないようだった。
「田舎ってこんな感じなのかな」と考えながら新しい生活の場を見て回った。
「ところで、どこに行くつもり?」
「前に君に『守ってもらいたい人がいる』って言ったでしょ。その子のところ」
ブラックはあの時のロイドの様子を思い出した。ロイドはリディに頭を下げてまでほぼ初対面に等しいブラックを助けるように頼んだ。ブラックはその時にロイドの「守ってもらいたい人」を確かめると決めた。深呼吸をして心を整える。これから出会う相手はブラックにとっても大切な人になるはずだからだ。
すると、正面から黒髪で魔女の帽子を被った少女が走ってきた。その姿が見えた途端、ロイドは急にこれまでとは別人のようにはきはきと少女に話しかけた。
「おーい、キラ! そんなに急いでどうしたんだよ。何か面白いことでもあった?」
「あ、ロイド! 婆ちゃんに勝つ為に特訓するんだ! ペルシアんちで西瓜百個割るの、拳で!」
「西瓜? いいな、後で俺にも分けてよ! っていうか西瓜割りならもっとこう、棒とか使うんじゃないの?」
「いいや、甘い! 棒に頼るような人生じゃ婆ちゃんには勝てないと思う! だから拳なんだよ!」
「いや、こう……まあいいけどさ。がんばってね!」
ロイドが手を振るとキラは風のように窓から地上に飛び降りていった。ここは三階だったはずだが、勿論キラは無傷だった。
ブラックは今のやりとりを見つめながら唖然としていた。初めてロイドと会った時の印象は大人しくて素直、あまり表情の変化が無く、ぽつぽつと小さな声で喋る──といった印象だった。しかし、今のロイドは明るくはきはきとしていて表情も豊かで、少々お調子者といった印象だった。
昔から人見知りが激しく、まともに友人を作ることもままならなかったブラックには頭が追いつかないほどの豹変ぶりだった。
「えっと……紹介するね。今のはキラ。僕の友達で、メディが時々殺そうとしてる人。仲良くしてあげてね」
窓を指してロイドがそう言った時には、ロイドはもう初めてブラックと出会った時のロイドに戻っていた。背筋が凍った。ロイドの変貌にも、「友達」「メディが殺そうとしてる人」「仲良くしてね」を同じ会話文に入れてくる神経にも自分の感覚が追いつかなくて目眩がしそうだ。
「どうしたの、大丈夫?」
「いや、ちょっと驚いて……今のキラがあんたが守りたい人?」
「ううん、違うよ。キラは友達。僕が守ってほしいのは……」
そう言ってこちらを向いた時、ロイドの頬が突然紅潮し、石のように固まってしまった。不思議に思って振り返った時、ブラックはその人に出会った。
髪の長い美しい少女だった。肌が白く、優雅で品があり、動作の一つ一つに見惚れてしまう程に女性らしくて可愛らしい人だった。
「えっと……ショコラ……ホワイト……先輩」
まるで心を囚われてしまったかのように、ロイドの視線はその少女に釘付けとなっていた。その態度と名前から、この人が「守りたい人」なのだと理解した。
その少女は百合の花のように可憐に微笑む。
「こんにちは、ロイド君! そちらの方はだあれ?」
「こ、こんにちは……。この人は、転入生です。明日から先輩と同じ学年に入るんです」
すると少女は目を輝かせてブラックの手を握った。
「わあ、同じ学年? よろしくね! 私はショコラ・ホワイト! あなたは?」
そう言われてブラックは驚いた。ショコラという名前は「ショコラ・ブラック」という偽名とよく似ていた。この偽名を付けたのはメディ達だったが、この少女のことまで想定した上だったのだろうか。
「ショコラ・ブラック……」
「えっ、あなたもショコラっていうの? 素敵、おそろいね! なんだかすごい偶然だわ! ねえねえ、あなたは自宅通い? それとも寮を使うの?」
「え? 一応、寮だけど……」
「ほんと! やった、私も寮なの! 寮を使っている人ってなかなか居ないからうれしいわ。これからよろしくね!」
ホワイトの目があまりに眩しくて、ブラックは早速人見知りを発症していた。胸はばくばくと音を立てるし、口は思うように言うことを聞いてくれない。
自分がここに居る事が急に恥ずかしくなってきてしまった。今すぐ逃げ出したい。そう思ってブラックはついホワイトから目を背けてしまった。
「いきなり根掘り葉掘り聞いてきて、鬱陶しい。煩いから、あまり関わってこないで」
思わずそう言ってしまい、数秒後に「しまったー!」と脳内で絶叫していた。ホワイトは唖然とした後、少し寂しそうに肩を竦めた。
何を言っているんだ。あたしのバカ。折角親切に話しかけてくれたのになんて失礼なことを言ってしまったのだろう。バカバカバカ。ブラックの脳内で自己反省会が始まってしまい、校内への潜入一つ上手にこなせない自分に嫌気が差した。
気を取り直して、悲しそうに俯いているホワイトに声をかけた。
「ま、まあ、まだここのこともよくわからないし、何かあった時の為に名前くらいは覚えておくけど。……よろしく」
すると、沈みかけたホワイトの表情が花のように可愛らしく咲き誇り、頬が薄い桃色に色付いた。
「うんっ、よろしくね!」
素直に笑えることが羨ましくて、ブラックはまた思わず目を逸らす。天使、女神、高嶺の花……そのような言葉はこのような人の為にあるのだろうと思った。
「ま、同じ学年だからってそうしょっちゅう話すわけでもないだろうけど……。とりあえずあたしはこれで。じゃあロイド、また案内を……」
その時にブラックは気づいた。ブラックとロイドの距離がやけに遠い。狭い廊下だというのに机5つ分くらいの距離はありそうだ。
ロイドはホワイトの方見つめながらぼそぼそと言った。
「それなんですけど、ホワイト先輩、この後時間ってありますか? もし大丈夫そうなら、同じ学年の人が案内した方がいいかなって思うんです。仲良くなる良い機会だし」
「わぁ、私は大歓迎よ! 案内は任せて!」
「じゃあ、よろしくお願いします!」
そう言うとロイドは顔を真っ赤にしながら猫のように逃げ出してしまった。
「うおおーい! 待てい! ちょっとー!!!」
ブラックの焦りの叫びはホワイトと二人きりの廊下に虚しく響き渡った。
「わ、私とじゃ嫌だったかしら……」
「……ったく、そういうことは言ってないだろ」
爆発寸前の心臓を押さえつけながらブラックは呟く。
これが二人の出会いだ。無垢な笑顔に彩られた、二人のショコラの偽りの日々が幕を開けた瞬間だった。




