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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第13章:儚き影の独唱
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第13章:第11話

「別に……もういいよ。ほら、顔上げてよ」


ブラックは指でシャドウの涙を拭いた。掌程の小さな少年は震えたまま顔を上げる。その様子を見ていると、ブラックはそれ以上シャドウを責めることはできなかった。不運と弱さで追い詰められてきたシャドウをこれ以上責めることは正義ではなく暴力にしかならないと思った。


「あたしは気にしてないよ。そりゃあ痛かったし苦しかったけど、運良くこうして新しい雇い主にも恵まれたしね。ただ、一つ聞かせてほしいな。あんたが昔、苦しかったことはよくわかった。今はどう思ってるの。あたしに何かできることはある?」


昔、それほどまでに弟が苦しんでいたというのなら、今度こそ力になりたい。そのような純粋な善意でブラックは尋ねたつもりだった。だが、


「あんたが……それを言うのか?」


その一言はシャドウを更に深く傷つけた。その声色だけで絶望の深さが見て取れた。


「ご、ごめん。なんかまた傷つけたみたいだね。あんた、今はオズさん達の所に居るだろ? 数回しか見かけたことなかったけど、オズさん達と居る時のあんたは生前とは別人みたいに明るかったから……あんたが終始上っ面の演技でオズさんを騙せるとも思えなくて。だから、今の状況はどう思ってるのかなと」


そう言った途端、シャドウはまたポロポロと泣き出してしまった。ブラックは慌てて何か慰めようとしたが、何が気に触ったのかもわからないので慰め方も思いつかない。

ブラックが慌てていると、隣に居たロイドが言った。


「聞くまでもないと思うんだけど。オズを嫌っている僕は君にすごく睨まれた。セイラを攫った時はオズが来た途端に君はショコラに身体を返したって聞いた。それに、この前の戦闘でも、君はオズが来るのか気にしてた。君、オズとだけは戦わないんだ。だとしたら、」


シャドウは弱々しく頷き、か細い声で言った。


「……そうだよ。あいつらが大好きだよ。オズと、ルイーネと、それと……レティタが大好きだよ。生前にやりたかったこと、できなかったこと、あいつらとならいくらでもやれたよ。嬉しいよ。ずっとずっと一緒に居たい。居たいのに……」


「ゼオンに毒を盛ったのは君?」


ロイドは唐突に尋ねた。シャドウは肩を竦めながら頷いた。


「リディから貰った物を砂糖入れに……。でも、まさかリディが本当にあんなもの渡してくると思わなくて……。あのパーティ、紅茶やコーヒーは全部砂糖を入れてから渡すようにしてたんだけど、『元々砂糖が入っている紅茶に更に砂糖を入れるのは超甘党のゼオンだけだ』って言われて……」


「ふうん……? なんだかよくわからないけど、それで言うとおりにしたんだ」


ロイドは少し眉間に皺を寄せた。ブラックは少し冷静になるのと同時に反応に困った。ロイドとしてはゼオンに毒を盛られた事に少し怒っているのだろうが、


「いや、ロイド……あんたも似たようなことやってたでしょ……」


と思わず言ってしまった。すると、それを言われたロイドは急にぽかんとした顔をした。


「え? まあ、確かに薬を渡したりはしてたけど……。なんで急にそんなこと言うの?」


「え? いや、ちょっとムッとしてたから怒ってるのかと……」


「そんなつもりはなかったんだけど……そう見えた?」


「うん。なんか眉間に皺寄せてたから」


ロイドは首を傾げ、指で自分の眉間の皮膚を伸ばしていた。滑稽な仕草だが、どうやら眉間の皺を伸ばしているつもりのようだった。

皮膚を引っ張ったり撫でたりしながら、ロイドは淡々と言った。


「僕は別に責めるつもり無いよ。僕らみんな、神様の言うとおりにすることで自我を繋いでるいきものだし。命令に従うのは当たり前だし。ただ、オズ達が大好きなのにオズの図書館で毒入れたり、キラ達とパーティしてたのにその後ショコラの身体使ってキラ達と戦ったり……なんかすごいことしてるね」


「いや、だからロイド……あんたがそれ言う?」


ブラックは思わずまた口を出してしまった。ロイドがシャドウに言ったことはロイド自身が行ったことと大差無い。


「言うよ。確かに僕とやってることは似てるけど、僕より完成度が高い。だからすごいよ。尊敬する」


「尊敬?」


「うん! どうやったらそんなに普通に溶け込めるのかな。やっぱり君も頑張ったのかな。オペラとか見た?」


ロイドがあまりにも輝いた瞳で言うのでブラックはまた頭を抱えた。そうだ、こういう奴だった。

だが、その純粋な尊敬はまたもやシャドウを傷つけた。益々苦しそうに縮こまってしまったシャドウを見て、ブラックは焦った。


「ほら、また泣いちゃったじゃないか! どうするんだよ、ロイド」


「え……僕、また何か普通じゃないことしたかな。尊敬されると泣く人も居るんだ……ごめん、覚えとく」


ブラックはオロオロしながら指でシャドウを何度も撫でた。そして、小さな頭を見下ろしながらシャドウが置かれた状況について考えてみた。図書館に辿り着くまでの経緯はおそらくブラック達と似たようなものだろう。「シャドウ」として在り続ける為にはメディの命令に従わなければならない。しかし、シャドウが心の底からオズ達と居ることを幸せと感じていたとするならば、シャドウの想いと行動は矛盾している。その時にブラックはシャドウがこれ程までに追い詰められていた理由がわかった。


「そうか……板挟みになってたのか……。あたしがメディに従わなかったから、あたしの代わりにあんたがキラ達と戦う羽目になって、オズ達とも……。あんた、本当は誰よりもあいつらと戦いたくなかったんだ……」


シャドウは膝を抱えながら何度も頷いた。ブラックは胸を引き裂かれたような気分になった。ブラックがメディ達の命令に従わず、キラ達と戦うことを拒んだのは、リディは本当はそれを望んでいないと思ったからだ。ブラックは「自分が守りたいと思った人達を守る」という自分の信念に従った。その信念がか弱い小悪魔の姿になった弟を追い詰めていた。植物人間同然だった弟が生前に得られなかった幸せを奪おうとしていた。


「オズ達鋭いから、いつ気づかれるだろうって思ってた……俺はそんな演技力無いから、話しだしたらきっとボロが出ると思って、姉様の身体借りてる時はできる限り喋らないようにしてた……キラ達と顔合わせるのが怖くて、この前のパーティの時以外、話すこともできてない……」


「なんで、騙したくもない人騙して、戦いたくもない人と戦えるのに、メディに立ち向かうことができないんだよ……」


ブラックがそう漏らすと、シャドウは全てを諦めたような目でブラックを見上げた。


「やっぱり、すごいな。それだけしっかりと信念持っていられるってすごいよな。でも、正論は人を救わないんだ……。なんでメディに従うのかって? この身体は、姉様たちの身体よりずっとずっと弱いからだよ……。リディが契約を切れば死ぬ、メディが偶々図書館に来たキラ達の杖の力をちょっと増大すれば死ぬ、イオがちょっと気まぐれに魔法使っただけで死ぬ……そんな生き物なんだよ」


シャドウは喉の奥から絞り出すように、声が枯れそうな程に強く叫んだ。


「生前は死にてーって思ってた。でも今は嫌だ。オズ達と一緒にいてえよ。ずっと馬鹿やってたいよ。たったそれだけのことが、どうしてできねえのかなあ……」


それは、強くはなれない人の言葉だった。理不尽に抵抗することを許されなかった生き物の悲鳴だった。以前、ブラックがオズの図書館に学校で使う妖精を引き取りに行った時に、シャドウが妖精達をからかっていたことを思い出した。

あの時のシャドウは心の底から笑っていた。図書館の小悪魔達はいつもそうだ。オズという悪と膿と闇を煮詰めたような人の傍に居ながら、この世の闇など知りもしないような顔をして幸せそうに暮らしている。あの曇りの無い笑顔は、こうも容易く崩れるものだったのか。

今のシャドウはまるで通行人に踏まれた蟻のようだった。ブラックはシャドウを追い詰める気など微塵も無かった。シャドウが弟だとすら思っていなかった。それでも、悪意すら無い純粋な信念が弱い人を追い詰める。


「メディ……!」


ブラックは声だけの破壊の女神を恨んだ。しかし、シャドウは意外なことを言った。


「姉様はやっぱりメディを恨むんだな」


「当たり前だろ」


「……無理な話かもしれないけど、俺はあまりメディを悪く言わないでほしい。俺は、メディをそう嫌ってはいないし……」


ブラックの怒りは驚きに上書きされた。メディの行いを考えると当然のことではあるが、メディの本性を知っていて、且つ彼女の被害者でありながらそのようなことを言う人は初めて見た。


「意外だな。なんで?」


「俺はさ、姉様が生き返った時、メディが『姉と一緒に弟も生き返らせる』って条件をリディに出したから生き返ったんだ。多分、俺の方が姉様より丸め込みやすいと思ったんだと思う」


「やっぱり。あの時か……」


ブラックはリディがメディを説得した時のことを思い出した。ブラックを試す代わりにメディが出した条件がそれだったのだろう。いや、イヤリングがその前に奪われていたことを考えると、城からブラックを救い出した時に既に弟も事態に巻き込まれていたのかもしれない。

いずれにしても、やはりシャドウのメディに対する評価は不可解だった。メディは決して善意でシャドウを助けたわけではない。すると、シャドウはぽつぽつと、こぼれ落ちる雨粒のように呟いた。


「だとしても、メディだけが俺を見つけて選んだんだ。暗闇の中で、手も足も動かなくて、言葉を伝えることもできない、最後は家族を殺すよう仕向けられていいように使われて死んだ。そんな地獄から俺を救ったのは、他の誰でもないメディだったから……。メディが俺なんて都合の良い部品くらいにしか思ってないことくらい知ってる。それでも、それについてだけは、『ありがとう』しか言えねんだ」


不思議な気分だった。今まで、自分も含めて皆、メディに対しては厳しい言葉ばかりをぶつけてきた。当然だ。そう言わざるおえない程に皆メディに傷つけられてきたのだ。その言葉をメディはいつも嘲笑いながら握りつぶす。毎度毎度飽きもせず「破壊」という「悪」を振り撒く。

メディは常に圧倒的強者だった。だが意外なことに唯一彼女に対して感謝したのは、本を乗せただけで圧死しそうなほどに弱い小悪魔だった。


「それに、メディが身体を取り戻したい気持ちもわかるんだよ。俺は生前、身体が動かなかったから……少し状況は違うかもしれないけど今ならわかる。身体が動かないって、辛ぇよ。そもそも身体が無いなんて……もっと辛ぇんじゃないかな」


シャドウの弱い視点はブラックには無いものだった。おそらくリディやメディは勿論、キラやオズにも見えないものをシャドウは見ていた。強者には絶対に見えない視点で、シャドウは絶対的強者達について語った。


「リディにも、感謝してるんだ。俺をオズのとこに置きたいって言い出したのはリディだったんだ。この身体をくれたのもリディだ。くっそ弱ぇ身体だけど、でも、自由に動ける身体があって、すっげー嬉しい。オズのことはさ、最初は監視してやるって思ってたんだけど、気づいたらもう監視なんて忘れて一緒になって馬鹿騒ぎしてた。オズの奴、やれ紅の死神だ世界の毒だなんて言われてるとは思えないくらい馬鹿なんだ。いつも風呂に三時間入るんだぜ。そんなに長い時間何すんだ、って聞いたら、歌いながら石鹸でシャボン玉作ってたら三時間経つんだってよ。呆れるほど……もんのすげー馬鹿だろ……?」


一言一言、紡いでいく言葉には溢れるほどの親愛と感謝が込められているのに、声は震え、掠れ、縮んでいった。両目の雨が止まなかった。メディはリディとオズを破壊する。リディは何故かオズを遠ざけ、メディのことは恐らく強く恨んでいる。オズはリディとは再会を望んでいるが、メディと敵対している。

弱く脆い小悪魔に強者達の仲裁をするような力は無く、ただ服従することでしか自分を保てない。だが、この三つ巴はそのような弱い手段すら奪おうとしていた。

シャドウはか細い声で呟く。


「オズも、リディも、メディも、みんな大好きだよ。感謝してるよ……。キラ達も、ルイーネと……レティタ、みんなみんな大好きだよ。それなのに、なんでみんななかよくできねーのかなあ……」


シャドウは縮こまって泣き続けた。ブラックは「もう限界だ」と思った。大好きな人々が大好きな人々を使役しながら殺し合う様は地獄以外の何でもないだろう。思えば、イオがブラックに弟の魂を憑依させる時、いつも「弟に役割を押し付けて可哀想」と言っていた。それはこういう意味だったのだ。ブラックの信念がシャドウを二度目の地獄に落としていた。それにブラック自身は気付きもせず、誇らしげに我儘を貫いていた。

ブラックは声が出ず、震えながら蹲って俯いた。すると、ロイドが青ざめながら駆け寄ってきた。


「ショコラ、大丈夫!?」


「……大丈夫。本当に、どうしてみんな仲良くできないんだろうね……あたしも、あんたも……」


ブラックは起き上がってシャドウに目を向ける。シャドウはこの世の終わりのような目をしていた。シャドウの小さな幸せは刻一刻と壊れようとしていた。シャドウの犯した罪は取り返しがつかない。事実を知れば、キラ達もオズ達もシャドウを赦せないだろう。その前にブラックがシャドウの為にできることは何だろう。そう考えた時、答えは一つしか思い浮かばなかった。

シャドウは死んだような目で呟いた。


「姉様、一つだけお願いがあります。俺と、剣の練習試合してくれませんか」


あまりにも唐突に礼儀正しくそう言い出したのでブラックは驚いた。


「構わないけど……どうして突然。っていうか剣の試合って、その身体じゃできないだろ」


「今はちょっと力が足りないけど……当日まで何とかしておく」


「それに、こう……練習でいいのかい? あたしはもっと、物騒なこと持ちかけられるんじゃないかって身構えてたんだけど」


「練習でいいです……どうせ今の俺じゃ姉様を殺したりとか怪我負わせたりできないし。する気も無いし。でもその代わり、万一俺が勝ったら、一つお願いを聞いてほしいです」


その時、彼は図書館の小悪魔シャドウではなく、生前の弟の顔をしていた。この世の全てに絶望したような真っ暗な瞳だった。


「俺が勝ったら……これからのキラ達との戦いは姉様が自分で戦ってほしい……もう俺は、戦いたくない……」


「そんなの……!」


もう勝敗など関係ない。言われなくてもその通りにする。そう言いたかった。しかし、言えなかった。その願いを叶えることはリディの愛するオズとキラをこの手で傷つけることと等しい。喉に鉛が詰まったような気分だ。どちらに転んだとしても、愛する人達をブラック自身の手で傷つけることになるなんて。

しかし、この状況はあまりにもシャドウにとって辛すぎる。誰に味方しても地獄。しかし自分でこの地獄を打破する力も無い。その中でシャドウの辛さを取り除く最良の選択は本人の言うとおり「ブラックがキラ達との戦闘を引き受け、シャドウを争いの渦から引き離す」ことのように思えた。

だがそれを認めることは、ブラックの信念を曲げることでもあった。心が嫌だと叫ぶ。迷った末に、


「……わかった」


としか言えなかった。心に靄がかかったまま、来週の夕方に日取りを決める。お互い深く傷ついたまま、ブラックはシャドウを解放した。部屋の窓を大きく開くと、シャドウは最後まで沈んだ瞳のまま図書館の方へと飛んでいった。

ブラックは図書館でのシャドウを思い出してみる。オズと共に悪ふざけをしている姿。お菓子に飛びついたり、悪戯をして怒られたり。そういえば金髪の小悪魔の少女はいつもシャドウと一緒に居たような気がする。暫く見ない間に佳い人までできたのだろうか。

どれもブラックの中の生前のイメージとは全く重ならなかった。それ程に眩しくて幸福そうに見えた。そのような時間が永遠に続いてほしいと願わずにはいられない程に。

シャドウの姿が見えなくなり、ブラックは自分の手を見つめる。今、知らないということの恐ろしさを深く思い知った。誰かを守る為に戦う。それは誰かを傷つけることでもある。そのことは昔から理解していたはずだったのに。すると、突然肩を叩かれた。


「大丈夫……? 君がそこまで落ち込むなんて珍しいから、なんか心配だ」


ロイドがこちらの顔を覗き込んでいた。ブラックは顔を伏せて呟く。


「そうだね。確かに、ちょっとショックだったかな……。守りたい人達の為にって、その為の信念だってメディに抵抗してきたはずなのに、その行いがあいつをそこまで追い詰めてたなんてね……」


「あの小悪魔のお願い、どうするの」


「わからない……本当は勝敗関係なく聞いてやりたいところだけど……そうすると、リディの願いとは真反対のことをすることになる」


「そっか。君はリディの願いも叶えたいんだっけ」


そのまま、会話が途切れた。ブラックはそのことに気付きもせず、シャドウやリディのことで頭がいっぱいになっていた。すると、ロイドがぎこちなく言った。


「えっと……そうだ、食堂行こうよ。もう少しでご飯の時間だし。ショコラ、食べるの好きでしょ?」


まるでゼオンやホワイトと話す時のような笑顔を浮かべている様子を見て、どうやら気を遣われているらしいということを察した。

ブラックは顔を上げた。確かに、このまま悩んでいても何も解決しない。一度気分を変えてみるというのも有効な手だろう。


「そうだね……そうしようか。悪いね、気を遣わせて。よし、じゃあ飯だ飯。今日はご飯大盛り三杯にしちゃうぞ」


二人は部屋を出て食堂へと歩き出した。やはりそろそろ夕食に行く生徒が多いのか、食堂へ向かう生徒がちらほら見える。すると、ロイドが不意に言った。


「さっきの話なんだけど……一度リディからも話を聞いてみた方がいいと思う。君の弟の話が本当なら、リディは結構色々なことを僕らに隠してることになるよ。ほら、ゼオンに盛られた毒の話。聞き間違いじゃなければ、あいつたしか『リディに貰った』って言ってた。イオとかメディじゃなくて。単純に脅されたのかもしれないけど、リディがこんなことの為に自分から動くなんて何か変じゃない?」


否定はできなかった。仮に脅されたとしても普段なら嫌々ブラックやロイドに、実行かシャドウに毒を渡すよう命じるはずだ。わざわざリディ自身が動く理由は何だったのだろう。


「君の信念は否定しないけど、リディの真意がわからないと、願いの叶え方もわからないと思う」


ロイドの言葉にブラックは渋々頷く。リディを疑いたくはないが、あまりにも真意が読めない。ロイドの言うとおり、一度リディにも話をしておいた方がよさそうだ。

食堂に着くと、既に席が半分程埋まりかけていた。二人が先に席を取ろうとした時、遠くから明るい声がした。


「わぁ、ショコラにロイド君! 来てたのね、おーい!」


ホワイトが満開の花のような笑顔で手を振っていた。親友の姿が見えるとブラックも少し気分が落ち着き、ホワイトに手を振り返した。一方で、ロイドは顔を赤らめながらブラックから距離を取った。急にロイドが離れていくのでブラックは思わず振り返る。


「……じゃあ、ショコラ。今日はこれで。元気づけてもらうなら多分あの子との方がいいよ。」


そう言ってロイドはそのまま人混みの中に逃げ込んでしまった。


「えっ、そんな、一人にならなくてもいいじゃないか! っていうかあんた、飯は?」


そう言った時には既に遅く、ロイドの姿は消えていた。唖然とするブラックに駆け寄ってきたホワイトが声をかける。


「あら、ロイド君は?」


「さあ……なんか急に行っちゃった」


「お邪魔しちゃったかしら」


「そんなことはないよ」


ホワイトはロイドが過ぎ去った方向を見つめて寂しそうに呟く。


「お邪魔じゃないのなら、三人でご飯食べたかったわ。皆で食べた方が楽しいもの」


「そうだよね。三人で食べればいいのに」


ブラックはホワイトの言葉に素直に頷く。キラやゼオンと決裂してしまったロイドには居場所が無いはずだ。本人は全く自覚してないだろうし、ロイドを追い詰めようともしていないだろうが生徒達へのキラの影響力は意外と大きい。だからこそ、「一人で居づらいようなら飯くらい一緒に食べよう」と言ったばかりなのに結局ロイドはまたこのように距離を取ってしまった。

ホワイトの横顔を見つめながら、「そんなに幸せから逃げなくてもいいのに」とため息をつくのだった。


「やれやれ、なんだか結局いつも通りの晩御飯になりそうだな」


「あら、ショコラってば、あたしと一緒じゃ不満なの?」


「そうじゃないよ。いつも通り、ショコラが居るから安心するってこと。ショコラは何食べるの?」


そう言うと、ホワイトは急に照れくさそうに微笑んだ。


「今日は寒かったからシチューにしようかなって。ショコラは?」


「ハンバーグが食べたいな。今日はご飯大盛り三杯にするって決めてるんだ」


「わー、いいわね! ねえ、後でハンバーグを一口分けてくれない?」


「仕方ないなあ」


二人は笑い合いながら席を取り、注文の列へと並んだ。二人のショコラは朝昼晩いつもこのように一緒に食事を取る。ブラックにとってもホワイトと過ごす時間はかけがえの無いものだった。ホワイトがブラックに笑いかけたり、手を握ったりする度に周囲の生徒は思わず目で二人を追う。最初はブラックは人に見られることが恥ずかしいと思っていたが、今ではその目も気にならなくなった。二人の仲の良さは誰の目から見ても明らかだった。他の誰も間に入ることなどできないほどに。

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