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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第13章:儚き影の独唱
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第13章:第9話

リディはブラックの意識が途切れてからの出来事を大まかに説明した。エヴァンス家がサラサーテ家を虐殺し王家の座を奪ったこと、それに伴い元王家に仕えていた一族──特にブラックの家、ゴデュバルト家は皆殺しにされたこと。聞いただけで目眩がしそうな状況だった。父母や親戚まで手にかけられたかと思うと胸が締め付けられる想いだったが、今の状況はブラックに悲しむ暇すら与えてくれない。

自分を殺した弟も、あの後殺されたのだろうか。そう思いながら徐ろに自分の耳に触れた時、いつも付けているイヤリングが片方無いことに気づいた。


「あれ、無い! あたしのイヤリング!」


すると、イオが意地悪い顔で赤い石のイヤリングを見せつけた。


「ああ、ちょっと借りてるよ」


「それ、大事なものなんだけど。返してくれない」


「やぁだね。あんたを一時的に助ける代償として回収するものがあってね。その為に必要だったんだよ。安心しなよ、死んだら返してあげる」


イオの第一印象は最悪だった。思えばこの時からイオはブラックを特に邪険に扱う傾向があり、イヤリングを返すよう求めれば求めるほど酷い言葉でこちらを罵倒するのだった。

イオは冷やかな目をブラックからロイドへと移す。


「リディの駒を増やすような真似、こっちが認めるわけないだろ。それに死人を生き返らせるなんて本来やったらいけないんだよ。お前の時は特別に認めてやったんだよ。それをもう一人だなんて……」


イオの態度には腹が立つが、言い分は理解できる。死者蘇生など認めて良いはずがない。まだ生きていたいと願いながら死んでいった人はいくらでも居る。それこそクーデターで死んだブラックの家族もだ。

ブラック一人が生き返るという特例を認めてしまったら不平等だろう。すると、また妖艶な女の声がした。


『そうね、それは認められないわ。たとえ一時的な傀儡としてだとしても、そんなホイホイ死者を生き返らせていいはずないもの』


声は聞こえるのに姿が無いことにブラックが驚いていると、リディがメディのことを説明した。「破壊の神」などと言われても理解が追いつかなかったが、声一つで相手が只者でないことは実感できた。

すると、ロイドが素朴な疑問をぶつけた。


「特別は駄目なのは、どうして? 君達は既に『神様』とかの決まり事を破るような特別なことをたくさんやってきているのに、どうして今更駄目って言うの?」


それは例えば「大人はたくさん嘘をつくのにどうして子供は嘘つくと怒られるの?」というような答えづらい質問だっただろう。イオの顔は怒りで染まっていったが、ロイドはそのことに気づいていないようだった。

すると、リディは席を立った。


「少し、ロイドと話してくるわね。あなたも、自分の命を伸ばしたいと願うか、少し考えてみて」


そしてリディはロイドに言った。


「ロイド。それは単純に、あの子を生き返らせることがメディやイオにとって得にならないからよ。不利益になると見ているかもね。けれどそれをそのまま『僕に都合が悪いから嫌』と主張しても相手から見ると説得力が無い。そういう時に『規則』や『決まり』、『禁忌』や『理』……そういった言葉は便利なのよ」


「便利?」


「そう、『その要求を通すと全体を支えている理を侵すことになり皆に迷惑がかかりますよ』って言っているの。そうすると、自分の正当性を主張しつつ自分の都合の悪い展開を排除できる。例え自分がそれまでに理を侵すようなことをしていたとしても、『皆』という言葉を持ち出すことで相手を『悪』にできる。ね、便利でしょう?」


そうリディが言った途端、イオは苦い顔で舌打ちした。イオ達の行いを知らなかったせいでもあるが、ブラックも一瞬納得させられかけていたのでリディの言葉には目から鱗が落ちた。

イオやメディと比べるとリディはロイドにも真摯に接しているし、理性的らしい。ブラックはそう解釈した。

だが、続けてリディはこう言った。


「とはいえ……例えあなたと同じ契約という形だったとしても、安易に死者を蘇らせるわけにはいかないのもまた事実だわ。『私達は世界のシステムであり、それ以上でもそれ以下でもない』──その理の範囲を超える事柄であるのは違いないもの。残念だけれど、私の目から見ても今のままではあの子をこのまま生かしてあげるわけにはいかないわね」


そう言うと、ロイドは悲しそうに肩を竦めて俯いた。しかし、リディは優しく微笑みながらこう付け加えた。


「だからロイド、私達を説得してみて? どうしてこの子を生き返らせたいのかしら?」


「それは……さっき言ったとおり、守ってもらいたい人が居るから……」


「ううん、それでは駄目。それはあなたの理由でしょう」


ロイドは首を傾げた。


「……よくわからない。『どうして』ってことは理由を答えるんでしょう」


「間違ってはいないわ。けど、人を説得したいのなら、あなたの理由の中から私達が『確かにそれならその子を生き返らせてもいい』と思えるような理由を提示するの。考えるべきなのは、あなたの理由ではなく私達の理由なのよ。そうでなければ、メディもイオも納得しないわ」


「……むずかしい。つまり、イオやメディを喜ばせるような理由を言えってこと?」


「まあ、そんな感じね」


リディは一つ一つ丁寧に順序立てて説明していく。言葉から説明の際の仕草まで正に「女神」と呼ぶに相応しい麗しさで、ブラックは男のような格好の自分と見比べて肩を竦めた。


「我のあるものは、皆自分の望みを叶えたいと考えているの。だからロイド、あなたが叶えたい望みの為に誰かの力を借りたいと思うのなら、まずはあなたが相手の望みを叶えようとしなければならないのよ」


リディのこの言葉を聞いた時、ブラックはリディを「相手の望みを尊重し、協力して進むことができる立派な人」だと思った。

しかし、今考えてみると不思議な言葉である。この時ロイドがリディ以外説得しなければならない相手……イオとメディの望みを叶えたいとは全く思っていないはずなのだから、ロイドに「相手の望みを叶える」ことを促すことはリディ本人の望みとは矛盾する。それが単にメディ達の毒牙がオズ達に向くことを恐れていたからか、別の理由があったのかブラックにはわからない。


「さあ、ロイド。考えて。自分の言葉で説明して。この子を蘇らせることは、私やイオ達の望みの実現をどう後押ししてくれるかしら?」


ロイドは難しい顔をして俯いた。沈黙が長く続いたので当時のブラックは焦ったが、今考えるとこれはロイドにとって相当酷な要求だったように思う。後で聞いた話によると、この時のロイドは人体実験から解放されて一年も経っていなかったらしい。人類一年生にも満たない少年に「出会って間もない人物だが、こいつのプレゼンテーションをしろ」と言っているのだ。

ロイドはブラックの顔を見てじっと考える。もしここでロイドが良い答えを提示できなければブラックはまた死ぬのだろうか。それは怖い。ブラックは自分の手を左胸に当てる。自分の身体は氷のように冷たく、生きていれば聞こえるはずの音が全く響かなかった。

しかし、同時にここで生き返ってしまうことも恐ろしかった。亡くなった自分の家族、同僚、先輩、そして自分を殺した弟──彼等を置いて自分だけのうのうと生き延びてしまうことに意味があるのか。

ブラックは特別生きることを苦に思う人ではない。しかし、自分が愛し、自分を愛してくれた人々の屍を超えてまで生きねばならないというのなら、余程強い理由が無くては自分を許せなくなりそうだった。

その時、ロイドはゆっくりと、子鹿があるき始めた時のようにたどたどしい口調で言った。


「この人が、普通の人だから……強くて、普通だからだよ」


するとイオが鼻で嗤った。


「羽虫のように掃いて捨てるほど居る凡人なんていらないんだけど? 強いといっても所詮ただの人だろ?」


ロイドは首を振る。


「ううん……そうじゃない。ショコラが持ってる『普通』は、僕も、イオも、リディもメディも持ってないものだ。それをショコラから教えてもらえるんじゃないかなって……」


イオは呆れ果てたように溜息をついた。しかし、リディはイオとは違うものを見たようだった。


「へえ……詳しく聞かせて?」


「僕も、リディ達も、多分普通じゃないんだよ。ショコラみたいに、死ぬのは怖いとか……そういう『人なら普通こう思う』っていうのができないんだと思う。でも、皆はあの村でキラとオズを騙しながらやらなきゃいけないことがあるんだよね? あの二人は『人』だよ。人を騙すなら、人のことを理解しないと、できないんじゃないかなって……少なくとも、僕は人の『普通』がわからない。僕が君達の役に立つには、『人』を理解しなきゃいけないと思う。だから……」


ロイドはリディに頭を下げた。


「お願いします、リディ。ショコラを生き返らせてください」


ブラックのことなのにロイドが頭を下げている。慌てて止めようとしたが、この空間でブラックに発言権は無い。今のブラックは身体は動いても「死人」と同じ扱いだった。

ロイドはなぜ頭を下げてまでブラックの蘇生を願うのだろう。死んでいった家族や仕事仲間達には引け目を感じるが──「守ってほしい人が居る」。先程ロイドが述べた「自分の理由」を思い出す。

民を守ること、困っている人を救うこと、守りたい人達の為に戦うこと。生前からの騎士としての信念を確かめてから、「その守りたい人は誰?」という疑問を解消すること──それを自分が生き続ける最初の理由にした。


「リディ、だっけ。あたしからも頼むよ。あんたが本当に人を生き返らせることができるというのなら、力を貸してほしい。あたしを生き返らせる為にこの子が頭を下げる理由を確かめなきゃ、死ぬに死ねないや」


リディは興味深そうにブラックを見つめていた。深海のような底が見えない瞳、絹のような肌。リディには美の概念の結晶のように人を惹き付ける力があったが、同時にリディの思考や感情は全く読めなかった。リディが何か考え込んでいる最中、突如メディが口を挟んだ。


『認めないわよ。人は皆生き終わったら死ぬ。それが生命の定めよ。あなた一人だけ死を免れたら不公平じゃない』


すると、リディはこう問い返した。


「あら? ロイドの時より随分強く反対するのね。……ただの人には興味無いけど白髪の男なら認めるというのだったら、それこそ不公平だと思うけど?」


その一言を聞いた途端、メディは燃え上がるように怒鳴った。


『ふざけないでよ、それどういう意味!? 自分のことを棚に上げて随分な言い草ね! 言っておくけど、あなたが想像してるような理由で認めたわけじゃないわよ! あの黒歴史とは関係ない! それとこれとは別!』


どうやら「白髪の男」とはメディにとって地雷のようなもののようだった。今でもブラックはこの時以上にメディが激しく怒るところを見たことがない。


「そう。最古の魔法使いのことは関係無いというのなら……」


『こいつを復活させてもいいわよね? なんて言わせないわよ』


「そこまでは言わないわ。ただ、この子を試す余裕くらいは見せてくれても良いのではないかしら?」


それはつまり、今度はブラックがこの集団に自分の力を示せということだ。そして、リディはロイドの「説得」に少なからず興味を示したということになる。


「リディ、ありがとう……!」


ロイドの表情が明るくなる。ブラックもリディに感謝すると同時に気を引き締めた。単純な戦闘能力か、それとも知識か。求められる力はまだわからないが、ロイドが頭を下げてまで繋いでくれた命だ。その想いに応えられるだけの力はなんとしても示さなければならなかった。

メディは訝しげに尋ねる。


『試す……? 珍しいことを言うじゃない。あなた、私がやろうとしていることには反対ではなかったの?』


「……オズやキラを危険な目に遭わせることは許せないわ。でも、王女様は救ってあげたいから。エンディルス王家の杖を手に入れる為には、王女様の力が必要なのでしょう?」


『はっ、必要なのは王女の力じゃなくて血だけどね』


「王女を救う」という言葉にブラックは思わず身を乗り出した。ルルカ王女は生きているというのか。


「ちょっと、どういうこと? 王家関係者は殺されたんじゃ……」


すると、リディは王女ルルカがその時置かれていた状況を説明してくれた。新国王に捕らえられ、牢に入れられていたこと。そしてメディの身体が封印されている杖を旧王家が所有していて、新王家はその杖の在処をルルカから引き出そうとしていること。

そもそもメディ達がこの場所にやってきたのもその杖が理由だったらしい。イオの預言書でクーデターを予見し、混乱に乗じて杖を回収するつもりだったそうだ。

しかし杖の隠し場所はわかったが、厄介な封印が施されていた。「サラサーテ家の血縁者の血を垂らすこと」──それが封印を解く条件だ。


『ふん、そんな条件。リディなら無視して解けたでしょう』


「でもメディ。あなた、歴史の表舞台に私達の存在が刻まれることは避けたいのでしょう?  私達はシステムであり、それ以上でも以下でもない。下手に人類をかき乱さないよう歴史の表舞台からは姿を消すって決めたじゃない。杖があの封印の間に続く扉が開けたら、多分それだけで国中大騒ぎよ。隣国にまでニュースになりそうなくらいに。現国王はあの杖をかなり欲しがっているみたいだし」


『…………まあ、それは確かにそうだけれど』


「そこで、その封印を解く手引をショコラにやってもらうのはどうかしら? 城内の構造には私達より詳しいでしょうし、王女にもあまり警戒されないでしょうし。王女が自分で封印を解いたなら、現王家の目はあなた達じゃなくて王女に行くわ。その成果で彼女の価値を見極めるのはどう?」


ブラックに課せられた具体的な任務は、王女を逃し、封印の間へと誘導することだった。新王家への体制が整いつつある中でブラック一人で王女を逃がすことは容易ではないが、自分の力を見せるならばこれが最良の手段だと思った。


『ふん、別に構わないけど、あくまで誘導するってところがあなたらしいわね。血さえあればいいから、殺しちゃってもいいのだけど?』


「はあ……あなたは短絡的ね。現国王がわざわざ生かしておいた元王女が死んでいて、杖は無い。なんてことになったらやっぱり大騒ぎだと思うけど?」


『…………やっぱり変だわ。わざわざこちらにアドバイスを送るなんて。何を企んでいるのか知らないけれど、下手な真似をすれば誰に危害を加えることになるのか、忘れないでよ』


「……わかってるわ。それで、この子を試すことを認めてくれるのかしら?」


リディがそう尋ねると、しばらくの沈黙の後、


『……条件があるわ』


と言い、メディの声は再び聞こえなくなった。しかしリディが時折相槌を打っているので、どうやらブラックやロイドには聞こえないようにリディにだけ何かを伝えているようだった。


「わかった、私は構わないわ」


リディがそう頷き、交渉は成立した。早速ブラックは剣を手に取り、牢までのルートを考え始めた。ご丁寧にリディ達はブラックの剣まで回収していたようで、相棒ともいえる黄色の薔薇の飾りがついた剣はブラックのすぐ傍に置いてあった。

ルルカ王女はいずれ自分が仕える相手として挙げられていた方だ。生前の自分との決別の儀としてこれ以上相応しい仕事は無いだろう。

すると、リディが声をかけてきた。


「少し、話があるのだけど、いいかしら?」


ブラックは頷き、リディと共に部屋を出た。

廊下に出て二人きりになると、突然左耳のイヤリングから声がした。


『今回あなたに頼む仕事のことで少しお願いがあるの』


リディの声だったが、リディの唇は全く動いていない。イヤリングを通したテレパシーのようなものだろうか。ブラックが驚いて何か言おうとすると、続けて声が聞こえた。


『答えないで。メディに聞かれたくないから。話だけ聞いて』


ブラックは頷き、口を閉ざす。リディの頼みはこうだった。


『あのね、王女を封印の場所に誘導した後のことなんだけど、杖は王女様に託したままにしておいてほしいの。王女が無事に城から逃げたら仕事完了ということで構わないわ』


頭に疑問符が大量に浮かんだ。たしかメディ達は杖を手に入れたいのではなかったのだろうか。不思議に思ったことを見透かされたようで、リディは続けてこう言う。


『メディ達は確かに杖を手に入れたがっているけど、私はメディ達に渡したくはないのよ。だから王女様に渡しておきたいの。王女様も、これから自分で身を守らなければならないし武器は必要でしょうからね』


王女の今後のことまで配慮した考えだと思ったが、なぜリディが王女のことを気遣うのかブラックにはわからなかった。

元々城に仕えていたブラックはともかく、リディにとっては数多の人々のうちの一人に過ぎないはずだ。


『それに、王女様にはちょっと出会ってほしい人達が居るの。あの子はウィゼートのサバト王子と繋がりがあるから……いずれ起きる出来事を止める力になってくれるはずだから』


思えば、この頃からリディはサラ·ルピアの復讐を予見していたのだろう。実際、後にサバトと繋がりがあるルルカはキラ達と王家側を繋ぐきっかけとなった。

そこまで話したところで、リディは突然イヤリングを通しての通信を止め、面と向かってブラックに問いかけた。


「あなたはよかったの? こんな形で生かされることになって」


答えてよいものかブラックが戸惑っていると、リディは小さく頷く。ブラックは先程の決意を確かめながらはっきりと言った。


「うん、大丈夫。とりあえずは、あのロイドの抱えている事情を確かめる為にさっき言った仕事を引き受ける。その為に生きるよ。勿論いつまでもその理由は通用しないけど、あいつの事情がわかったら、その時また自分がどうするか考える。どんな事情があったとしても、あたしは生前からの自分の信念を貫くだけさ」


「そう……頼もしいわ。あなたは強いわね」


リディは柔らかく微笑んだ。それから、ブラックは自分の疑問を投げかけた。


「あんたの方こそ、よかったのかい? いくらロイドが頼んだからとはいえ、死者を生き返らせるなんて神としてやってはいけないんだろ?」


「ああ、それは一応大丈夫よ。ただ生き返らせるわけじゃないの。私と契約という形になるのよ。そうね、まだ説明してなかったわ。ロイドはね、あなたと同じく一度死んでいるわ。私はロイドに命を与え、その代わりにロイドは私に仕えて、私の命令に従うという契約を結んでいるの。一人のヒトというより使い魔のようなものだから、本物の死者蘇生とは違うの。あなたがもう一度生きたいというのなら、同じ契約をあなたとも結ぶことになるわ。それについて、あなたに異存はないかしら?」


契約という形である以上、人より自由は制限されるかもしれない。しかし、生前から王家という主に仕えてきたブラックにとってはあまり抵抗は無かった。要は主と家臣のような関係だろう。


「構わない。仕えるって在り方は生前の自分と王家の関係と似てるからやりやすいしね。あんたに仕え、あんたの望みを叶える。その為に戦うよ。……あっ、仕えるなら、言葉遣いとか直した方がいいかな。神様だし、リオディシア様って呼んだ方が……」


リディは目を見開いて驚き、それから気恥ずかしそうに笑った。


「ふふ、リディでいいわ。言葉遣いもそのままでいいわよ。仕えるといっても、あまり堅苦しくならないで。様だなんて、呼ばれたこっちが緊張しちゃう」


「そう? よかった」


そして、ブラックは生前に王の前で行った時と同じように跪き、頭を垂れた。手を物言わぬ心臓に当てて、忠誠を誓った。


「新たに貰ったこの命を賭けて、あなたの為に闘い、尽くし、守り抜くことを誓おう」


一度散った命を再び授けてくれた神ならば、仕える相手として相応しいだろう。何のために生き返ったのか、何をするべきなのか、答えが与えられていない現状で地に足を付けるには、この在り方が一番自分には合っている。

再び顔を上げると、リディは感心して言った。


「わああ……あなた、本当に騎士様なのね。いきなり膝を着いてお辞儀するから吃驚しちゃった」


「つい癖でね。一度こうしておいた方が自分の気が引き締まるから」


「あのう、すごく気合いを入れてくれたところ悪いのだけど、正式契約はこの仕事を終えた後になるから、まずは王女様の救出と誘導、頑張ってね」


「えっ? あ、そうか、そうだった!」


ブラックは勢いですっかり契約完了した気分になっていた。ここで自分の力を見せなければ仕えるも何も無い。すると、リディは薄く微笑みながら言った。


「大丈夫。あなたならきっとできるわ。誘導さえきちんとやってくれれば、多少メディ達が文句を付けてきても私が説得してあげる」


「メディね……さっきの声だけの人だろ? 納得してもらえるよう頑張るつもりだけど、確かに特殊な形式とはいえ死者が蘇るべきじゃないっていうのも理解はできるから、ちょっと気が引けるな……」


「あなたは、私に仕えてくれるのでしょう? ならメディのことは気にしなくていいわ。あの子がどう言おうと、私が必要としているんだもの」


「リディが?」


意外な言葉だった。確かにリディはメディ達よりもロイドの話を真摯に受け止めていたが、それはリディの心優しい性格からくるもので、リディ自身がブラックを必要としているようには見えなかったからだ。

すると、また耳元のイヤリングから声がした。


『私もちょうど、人手が欲しかったところなのよ』


「どうして」と尋ねようとした時、リディは黙って唇の前に人差し指を立てた。これはこの場で答えてはいけない問だ。ブラックは問い返さず沈黙した。

ブラックが意図をしっかりと理解したところを見ると、リディは満足げに微笑んだ。


「じゃあ、話はこれくらいにしておきましょうか。夜明け頃を目安に。言ったとおり、王女様の誘導をお願いね」


「了解。リディ」


新たな人生の幕開けに相応しい成功を。腰に下げた剣の重さを確かめながら、新たな主に深く頭を下げた。

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