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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第13章:儚き影の独唱
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第13章:第7話

「よしっ、じゃあゼオンも無事だとわかったことだし、あたしも自分のやることしなきゃなあ」


ブラックは身体を軽く伸ばして歩き出した。その言葉を聞いて、ロイドは不思議そうに尋ねる。


「何かしてる途中だったの?」


「うん、予備の布団貰いに行こうとしてたとこさ。イオがまだあたしの部屋に居るからね。夜中とかしょうがないからイオに毛布あげたりしてたら寒くって」


すると、突然ロイドの顔が青ざめた。


「ば……ばかなの?」


普段温厚なロイドにしては強い言葉が飛び出してきたのでブラックはギョッとした。


「あ、あんたにそこまで言われるとは思わなかったな……」


すると、ロイドは肩を竦めながら俯いた。


「だって、ショコラはイオと仲悪いじゃないか。勝手に別人格なんて入れて無理矢理従わせたりされてたのに、ショコラは優しすぎるよ。大丈夫? いじめられたりしてない?」


「大丈夫だよ。今はあいつ、ただのガキみたいにしょぼくれてるし、どっちかってと心配になるくらいだ」


ブラック自身はあまり深く気にしてはいないのだが、ロイドは不安そうな目をしながらブラックについてくるのだった。しばらくした後、ロイドは急に顔を上げて手を叩いた。


「そうだ! イオが今落ち込んでるなら、その隙に君のイヤリングを取り返したら?」


「イヤリング? ああ、そういえばそんなものがあったね」


そう言ってブラックは左耳に付けたイヤリングに触れてみた。右のイヤリングはイオとメディに奪われている為、ブラックの手元には無い。イオはその奪ったイヤリングが弟の疑似人格をブラックに憑依させる為の鍵だと言っていた。その言葉が本当ならば、イヤリングを取り返せば弟の憑依を防ぎ、イオ達の指示に従わずに済むようになる。だが……


「でもなあ、今のしょぼくれたイオから奪い取るってのも気が引けるなあ」


「ショコラは人が良すぎだよ。僕は今のままイオやメディに無理に従わされるの見てるの、やだよ」


「確かにそれは困るんだけどさ……でも、相手が弱ってる隙を付け込むっての、あんまり好きじゃないんだけどなあ」


ロイドの眉尻がシュンと下がり、悲しそうにこちらを見ている。


「これでも、君のことはそれなりに心配してるんだよ?」


「うーん……じゃあ、とりあえず頼むくらいはしてみるよ。どうなるかわかんないけど」


いくらイオが落ち込んでいるからといって頼むだけで返してもらえるとは思わないが、自分の手綱を他人に握られているこの状況を改善すべきなのは確かだった。


「しかし、疑似人格ねえ……実のところ、あたしもあいつらがあたしを操ってる仕組み、いまいちよくわかってないんだよな」


ブラックは左耳のイヤリングを触りながら今は「疑似人格」とやらになっている弟に想いを馳せる。そういえば、このイヤリング自体弟から貰ったものだった。事故で植物人間状態になり、生きながら死者のようにベッドの上から動けなかった弟。一方でショコラは旧サラサーテ家から実力を認められ、「天才女騎士」だなんて恥ずかしい称号を付けられ出世していった。

あいつは悔しかったのかもしれないな。ブラックはイヤリングの赤い石に触れてそう思う。

不意にロイドが言った。


「そういえば、君の弟の名前って聞いたことなかったな。なんて名前なの?」


「名前? 確かに言ってなかったな。ヴェルシャドウだよ。ヴェルって呼んでたけど」


すると、その名前を聞いたロイドの顔が急に曇った。足を止め、ブラックのことも引き止める程だ。ロイドはぶつぶつとその名前を呟きながら記憶を辿る。


「ヴェルシャドウ……シャドウ……シャドウ? ちょっと待って、その名前、なんか聞いたことある気がする」


「ええ、そんな馬鹿な」


最初、ブラックはロイドの気のせいか、偶然似た名前だっただけだと思っていたが、ロイドの顔色はどんどん悪くなっていった。


「たしかすごい顔で睨まれた覚えが……ええとどこだったかな……そうだ、図書館! オズが連れてる掌サイズの小悪魔の中にシャドウって奴が居るんだよ!」


「ああ、へえ、そんなの居たんだ。あたし人の名前覚えるの苦手だからなあ」


あの図書館に何度か出入りしたことはあるが、基本はオズの本拠地なのであまり近寄ることはない。更に人の名前を覚えられない癖が重なって、ロイドに「シャドウ」という名前を挙げられてもブラックには全くその人物像が浮かばなかった。


「ねえ、ショコラ。実はイオが言ってた『疑似人格』とか全部嘘っぱちで、そのシャドウが君の弟ってことない?」


「はは、そんな馬鹿な」


あまりにも突拍子の無い発想だと思い、ブラックは軽く笑う。この時までは、そのようなふざけた事などあるわけがないと思っていた。しかし、ロイドの次の言葉を聞いた途端、ブラックも笑っていられなくなる。


「でもさ……たしかゼオンに毒を盛った犯人、まだわかってないよね? あいつは図書館の小悪魔だから、多分パーティの時にその場に居たと思うよ?」


「…………いや、でも、それだけで決めるのは」


そう言ったものの、その一言は重くブラックの頭を揺さぶった。少なくとも、ゼオンに毒を盛った犯人が居る。それはあのパーティに参加していた人物である。この二つはほぼ間違いないと言って良いはずだ。図書館の小悪魔達も勿論その容疑者に含まれる。

目を逸し始めたブラックに対して、ロイドは更に疑わしい点を挙げていく。


「前にゼオンと図書館に行った時、理由はわからないけどすごく睨まれたんだよ。あの時は偶然かと思ったけど、あいつが君の弟で、僕の正体を知ってたとしたら……」


「い、いや……単に何か他に気に食わないことがあっただけかもしれないし」


「たしか前にセイラを誘拐した時に、君の弟はオズが出てきた途端に憑依をを止めて君を解放したって言ってなかった? あいつがシャドウだとしたら、オズと戦いたくなかったんじゃない?」


「……ええと……」


「君の髪色は赤、君の弟が憑依した時の瞳の色も赤。シャドウはたしか赤髪赤目。そういえば戦う時は剣を使ってたような。考えてみたら、結構君に似てる気がしてきたんだけど……」


「…………」


「君に憑依した時のその弟、たまにしか喋らないけど、口調とかも結構似てたよ?」


「…………」


「ねえ、あのシャドウが君の弟なら、結構色んなことの辻褄が合う気がするんだけど?」


ブラックはひたすらに沈黙した。考えれば考えるほどロイドの言葉が事実であるように思えてくる。だが、理解が追いつかない。キラならともかく、オズが自分の本拠地に忍び込んだ間者に気づかないことがあるだろうか。だがあのゼオンが倒れた出来事については、普段あの図書館に居る小悪魔達は容疑者達の中でも特に疑わしい人物達であることは確かだ。

落ち着けショコラ。確定したわけではないはずだ。自分を必死に抑えながら、あくまで冷静にブラックはロイドに提案した。


「多分、図書館の小悪魔ならあたしらよりキラやゼオンの方が詳しいんじゃないか? まずは、寮に居るゼオンに話を聞いてみよう」


そう言ってブラックは回れ右して渡り廊下はズカズカと進み、堂々と男子寮に潜入していった。


「うん、そうだね……って、あれ? ねえショコラ、ゼオンとはこれまでの関係じゃいられないとか言ってなかったっけ。おーい、待ってよう!」


そう言って、ロイドが急いで後を追った。

ブラックは歩きながら自分の生前の最後の景色を思い浮かべていた。もし弟が今もシャドウとして存在しているのだとしたら一度聞いてみたかったのだ。なぜ自分を殺したのか、あんたはどんな想いを抱えていたのかと。



そしてブラックは男子寮にたどり着くと、ノックをして一秒も待たずにゼオンの部屋の扉を勢い良く開いた。扉の向こうには本くらいしか目立った物が無い殺風景な部屋が広がっており、机の前の椅子に座ってこちらを睨むゼオンが居た。ゼオンは瞬時に杖を手に取り警戒態勢に入る。


「……男子寮にまで乗り込んできて、何の用だ」


「まあまあそんな警戒するなって。別に女子が男子寮に入っちゃいけないなんて決まりがあるわけじゃないだろ?」


その一言を聞いた時、ゼオンの警戒が若干呆れへと変わった。


「……ありますよ」


「へ?」


「女子は男子寮に、男子は女子寮に入るなって規則ありますよ」


「え、でも、誰にも止められなかったんだけど」


「でも、あるんですけど」


ブラックは腕を組んで首を傾げた。寮の規則などうろ覚えなので思い出せなかった。いや、今時そんな古臭い規則を設けてどうするつもりなのだ。もしかしたら女子が男子寮に居る友人に今すぐ忘れ物を届けなければ爆発四散して死ぬという状況もあるかもしれないだろう。その場合どうしろというのだ。外から目的の部屋に向けてシューティングしろというのか。生憎ブラックが扱えるのは剣だけで、飛び道具は苦手なのだ。誰もが神業級の投擲の技を持っていると思ったら大間違いだ。

大体、異性を寮に入れてはいけないというのなら今のブラックの部屋のことはどう解釈すればよい。イオが居る。現在進行形で、イオという愛らしい少年の皮を被った片割れに対して誘拐監禁を仕掛けた経験のある変態野郎が居る。

そもそも、そのような規則があるならば、なぜロイドは今ブラックが男子寮に行くのを止めなかった?


「なあ、ロイド。あんたその規則知ってた?」


「一応情報として知ってはいたけど、時折規則を破る人が居ることもまあよくあることみたいだから『普通』として容認していい範囲内かなって。僕も女子寮入っても何も言われたことないから、例えばスカート丈みたいなあって無いような規則なのかなって思ったんだよ」


「あんたそれ女子と間違えられてるんじゃないの? 大体、いつ女子寮入ったっけ? この前のゼオン達との戦闘直後のこと?」


「それもそうだけど、セイラ誘拐の時のことだよ。君とイオが部屋でキラとゼオンを迎え撃った時、僕は階段でルルカを足止めしてたから。メディに言われて爆弾仕掛けたり落としたりしたけど、特に何も言われなかったよ?」


「そりゃああんた、あの時晩飯時だったし女子寮に人は殆ど居なかっただろ? 見られてなきゃ誰も文句言わないに決まってるじゃないか」


「あ、そっかー」


本来の目的を忘れかけてブラックとロイドが話し込んでいると、ゼオンの警戒はほぼ呆れへと変換され、若干苛立ちの色まで見え始めた。


「あの、戦闘する気無いならさっさと用件言ってくれませんか?」


ゼオンの気持ちもわからなくはない。こちらは敵だ。このような謎の緊張が続いてほしくはないだろう。ブラックは素早く本題に移る。


「ああ、そうだ悪いね。んじゃあ早速聞きたいんだけど、図書館にシャドウって小悪魔居るだろ? あいつのことで何か最近変わったこととかあった?」


「シャドウ……? さあ、ここ最近……秋くらいからかな、あんまり見ないからわからないな。レティタが最近様子がおかしいって言ってたけど、あまり話してないからどうおかしいのかまでは……」


「……十分だ。ありがと、悪かったね、邪魔して」


ブラックに沸々とイオやらメディやらその他様々な自分でもよくわからないものに対する怒りがこみ上げてきた。

今、ゼオンは秋と言った。この頃、一つ彼らにもブラック達にも重大な事件が起こっている。イオがこの村にやってきたのはこの時期だ。そして、ブラックが彼等と敵対することになったのも、憑依される頻度が増えたのもこの頃からだ。

疑いは更に強まる。落ち込んでいるところ心苦しいが、やはりこれは一度イオを問い詰める必要がありそうだった。


「あの、シャドウが何か……?」


「ん? ああ、お礼とお詫びに一つ警告してあげる。あのシャドウって奴、気をつけな。あんたに毒盛ったのあいつかもしれないから」


「…………あの、そういうことって敵に言ってもいいんですか」


「さあ? でもあたしはこう、コソコソ隠れて何かするの嫌いだからね。自分のやりたいようにやっただけだよ。じゃあね」


唖然とするゼオンに手を振り、扉を閉めた。そしてブラックはロイドを連れて次の目的地、女子寮の自分の部屋へと向かった。

男子寮から出たブラックはしげしげと自分が通ってきた道を見つめて呟いた。


「しかし、男子寮に女子って入っちゃいけなかったのか……知らなかったな。いや、ほんとに何も言われなかったし……」


すると、横に居たロイドが悪意の欠片も無い顔をしてこう言う。


「多分あれだよ、ショコラきっと男子に間違えられてるんだよ」


「女子! 女子だからあ!」


ブラックは思わず怒鳴り、自分の短い髪の毛を指で引っ張った。昔からそのようなことはあったが、まさか死後も男と間違えられているかと思うと頭が痛い。ブラック自身も「もう少し女の子らしくなりたい」と思っているところがあったので少し落ち込んだ。


「それにしても、なんでそんな規則あるんだろうね?」


「さあ、なんでだろな?」


二人揃って真剣に頭を捻ったが全く答えが思い浮かばなかった。


「ショコラ、この前僕とイオが部屋に居た時に『女の子の部屋に気安く入ってくるな』って言ってたよね。あれはどうして女の子の部屋だと入っちゃいけなかったの?」


「え? それは、その……む、昔からよく、女の子の部屋に気安く男を入れちゃいけないって言うし、父様にも言われたから……」


「なんで?」


「……わ、わからない」


ブラックとロイドは首を捻って考えたがその規則の意味は結局わからず、最終的に「やはりスカート丈のような文面として存在するがあまり守られることの無い規則」だと考えることにした。

故に、次にブラックが自室に行く際、何の躊躇いも無くロイドも連れて行くことになったのだった。

だが……



「っていって結局あんたも連れてきたけどさあ、ここでうっかりショコラと会っちゃったら、あんた嫌じゃない?」


ということに気づいたのでロイドに言ったところ、途端にロイドの顔が真っ青になった。


「すごいやだ……なんか、あの子にこんな堂々と規則破るような悪い子だと思われたくない……あの子の前では良い子でいたい……」


「……一応、規則を破っちゃいけないって認識はあるんだね」


「規則って、そういうものでしょ。『規則は守るもの』って口では皆言ってるのに、破られることも『普通』だから不思議だなって思うんだけどね。だから、規則を守るのは良い子、破ると悪い子って思うことにしてる」


「ふうん、そういう認識か。まあいいんじゃない、じゃああたし一人で行ってくるから、あんたは入り口で待ってな」


「一人で大丈夫?」


「大丈夫だよ。答えなかったらすぐ戻ってくるからさ」


そう言って、ブラックはロイドを置いて一人で自室に向かった。

部屋の扉を開くと、暗い部屋の隅で一人蹲るイオが居た。毛布に包まったまま、虚ろな目をして動かない。ふと生前に病院に入院していた弟の姿が重なった。弟も世界に絶望したような虚ろな瞳をしていたっけ。そう思うと、あまりきついことは言えなくなってしまうのだった。

ブラックは部屋の灯を点けて、イオと目線の高さを合わせる。


「なあ、イオ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


イオは答えないどころか、こちらと目を合わせもしない。


「図書館に居るシャドウとか言う奴、あたしの弟と何か関係ある?」


ブラックはイオの胸ぐらを掴み、出来る限り威圧的に問い詰めてみたが、イオはやはりそっぽを向いたまま一言も言葉を発さなかった。

「やはり駄目か」とブラックは諦めて手を放す。今の抜け殻のような状態で何を期待しても無駄だろう。自分で手掛かりを探すしかない。

ずり落ちた毛布をイオにかけ直し、背を向けて部屋を出ていこうとした時、足に何かがぶつかった。

下を見ると、そこにはブラックが普段から左耳に付けているイヤリングの片割れが転がっている。驚いてイオへと再び目を向けると、イオはぼそぼそと低い声で言った。


「それが欲しいんでしょ。もうなんか飽きちゃったから、持ってけば」


「あ、ありがとう……」


ブラックはイヤリングを拾い上げる。イオは再び毛布に包まり、返事は無かった。まさか本当に返すとは考えてもいなかった。

一瞬、ブラックは「セイラが死んだことでメディとイオの間に亀裂が入ったのなら、しばらくして落ち着けばイオがメディに反旗を翻すこともありえるのではないか?」と考えた。もしそうだとしたら、メディにとって大きな痛手となるし主にとっても喜ばしいことになるだろう。


「落ち着いたらさ、このままメディに従ってていいのか一度考え直してみたら? あんたが望んでたことってこんなことじゃないんじゃない?」


そう声をかけて部屋を出た。後にブラックはこれが浅はかな甘い考えだと気づくのだが、抜け殻のように沈黙するイオを本気ですくい上げてくれる人はもう居ないのだった。

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