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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第13章:儚き影の独唱
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第13章:第4話

ゼオンはオズに三種類の薬を差し出した。ゼオンが倒れたあの日、ロイドから渡された薬だ。

昼下がりの図書館でキラやティーナ、ルルカも注目する中、ゼオンは三つの薬を机に一つ一つ丁寧に並べていく。思えばゼオンが倒れたことについての謎はまだ何も解き明かせていない。ロイドから渡されたこの薬が怪しいことは確かだが、この薬が出てきたのはあくまでゼオンが倒れた後のことだ。あのパーティにはロイドもブラックもイオも居なかった。では一体誰がどうやって薬を仕込んだのか。

それを解き明かせなければ、いつまた同じことが起こるかわからない。その不安は恐らくこの場に居る誰もが持っているだろう。キラもその一人だった。

ゼオンは早速オズに説明した。


「俺が貰ったのはこれだけだ。持ってきたのはロイド。解熱剤、解毒剤、吸血鬼用栄養剤って言ってたけど、本当かどうかはわからねえ」


「へぇ、薬については大昔にちょいとかじっとったけど……流石に新しいやつはわからへんな。まあ、もし人が真っ当に創り上げた薬ですらなかったら知識があってもわからへんやろけど。んでお前、これ飲んだん?」


「倒れた日を含めて3日くらいは……ロイドが敵だとわかってからは飲んでない」


ロイドの名前が出た途端、キラは胸が締め付けられるような気持ちになった。


「お前はこんな手に引っかかるタイプやないと思っとったんやけどな。高熱が判断力を鈍らせたか、それともそのロイドって奴と仲良かったとかか?」


ゼオンがロイドと仲が良かったのは事実だろう。ロイドはよくゼオンをからかっていたがゼオンも本気でロイドを嫌ってはいなかった。同性の友人はやはり女子より話しやすかったのかもしれない。ゼオンの校内での知り合いは殆どがキラ経由で出会った人なのでどうしても女子に偏るのだ。ロイドはその中では貴重な男友達だったのだろう。


「……で、この薬、どうするんだ」


さりげなくオズの言葉を無視したあたり、ゼオンもロイドの裏切りに少なからず傷ついてはいるようだった。


「せやな、とりあえずお前の姉にでも成分調査でも頼むか。その方が確実やろし、お前らも俺よりクローディアの方が信頼できるやろ?」


「まあ、確かにお前よりマシだな。でも姉貴に頼むなら少し時間かかるよな。それまでその薬の正体はわからないってことか」


するとオズは一冊のノートをゼオンの前に叩きつけた。そのノートに付いた青いリボンを見て、キラは思わず「あっ」と声をあげる。それはセイラが消えたあの戦いの直前にオズに託した二冊のノートのうちの一冊だ。


「そうでもないかもしれへんで? 俺、お前が飲んだ物にちょいと心当たりがあるんや。ティーナ、ルルカ。ちょいと確認したいんやけど、お前らがイオ達と戦っている時にこいつの眼が片方蒼くなってなんやすごい力発揮したって聞いたんやけど、間違いないか?」


ティーナとルルカは深く頷いた。


「うん、そうだった。すごかったね、あれ」


「ええ、イオと互角以上の強さだったわ」


それを確かめた後、オズはセイラから託されたノートを開く。そこには見たことがない魔法陣と魔法の呪文と詳細が書かれていた。


「なんだこれ」


「セイラがお前らを助けに行く直前に『お前に渡せ』って置いてったんや。お前、ちょいとその魔法使ってみろ」


ゼオンはそのノートを手に取ったが、呪文に目を通した途端にそのノートをオズに返そうとした。


「おい、待った。『この世を創りし蒼き瞳の女神よ…』って、これ蒼のブラン式魔術ってやつだ。俺には使えないだろ」


「それが、今は使えるかもって言うてんねん。ええからやってみろ」


ゼオンは疑いの眼差しでオズを見ていた。だが、ルルカがそこに口を出す。


「そういえば……確かにあの時のゼオンはそのフレーズから始まる呪文を唱えてたわよ? それ、ブラン式魔術の詠唱なの?」


「えっ、えっ、そうだっけ? あたし、あの時パニックになってたから覚えてないや……でも、それがブラン式魔術の詠唱だっていうのは間違いないよ」


ゼオンはルルカとティーナの言葉に困惑しているようだった。本人はその時唱えていた呪文のことも覚えていないらしい。仕方なくゼオンはそのノートに書かれた魔法陣に手をかざして呪文を唱える。


「この世を創りし蒼き瞳の女神よ……光を示し、夜を照らせ。ラ・リュシオル・ブリュー!」


すると、魔法陣は蒼く光を放って輝き出した。ゼオンが掌を上へ向けると幾多の光の粒が宙に放たれ、花火のように美しく弾けた。

一番己の目を疑っていたのはゼオン本人だろう。神の使者かその血を取り込んだ者にしか使えないはずの蒼のブラン式魔術を自分が使っていたのだから。そして、ゼオンの顔を見たティーナとルルカが言う。


「ゼオン、目が……」


「やっぱり見間違いじゃなかったようね。片目だけれど蒼いわよ」


オズが手鏡を差し出す。ゼオンは自分の瞳の色を見て絶句していた。その目はセイラと同じ蒼色をしていた。オズは愉しそうに嗤い、ゼオンに告げる。


「ようこそ、ゼオン。これでお前もバケモノの仲間入りや」


「なんで、何から何までおかしいだろ、こんなの……どうして……」


「たしかお前、四分の一は吸血鬼だったやろ。お前は神の血を吸って神の魔術を使えるようになったんや。パーティの最中か、後から渡された薬か、そのどっちかにリディの血が仕込まれてたってことやで」


オズはそう言ってセイラから託されたノートをぺらぺらと捲る。


「ま、とりあえずここに書いてあるブラン式魔術、練習しとけ。だいたいがセイラがこれまで使ってきた魔法や。使えるものは覚えといて損は無いやろし、お前らも……ちょうど『もっと強くなりたい』って思ったところなんやないか?」


その一言はその場に居た四人全員に怒りの火を付けた。恐らく誰もが思っていた。「あの時、セイラを助ける力があればよかったのに」と。ゼオンは何か言い返そうとしたが、すぐに唇を噛んで俯き、震える手でノートを手に取った。


「お前は、セイラが消えたことに何も思わないのか?」


怒る代わりにゼオンはそう尋ねた。ノートを握る手が震えていた。ティーナもルルカも冷ややかな目でオズを睨みつけていた。思わずそう尋ねずにはいられないほど、今のオズの顔は「嗤い」に満ちていた。


「さあな。少なくともお前らみたいにしんみりお通夜気分に浸ったりはしてへんな。だっておかしいやろぉ? なあゼオン、お前もさっき『おかしい』て言うたやないか。そうや、何から何までおかしいんや。さあ気づいたんやろ、何がおかしいのか言うてみ?」


「それは……」


ゼオンは苦い顔で黙り込む。まるでその言葉を口に出すこと自体を恐れているようだった。オズはその様子すら面白がっているようで、声を出して嗤いながらその答え合わせをする。


「なんでセイラがお前にブラン式魔術の使い方なんて伝えるんや。まるでお前がブラン式魔術を使えるようになることを知っていたかのようやないか。なんでそれを知ってる? なんでそれをよりにもよって死ぬ直前に託した? あまりにもタイミング良すぎやないか? まるでその後死ぬことを知ってたかのようやなあ? そもそもあいつ、あのパーティの前からあいつなんやおかしくなかったか? ティーナの様子がおかしくて、イオ達がなんかやらかしそうってわかっていながらなんでパーティ止めへんかったんや」


ゼオンは歯を食いしばりオズを強く睨んだが、言い返さなかった。それが単にオズの言葉を事実と受け入れたからなのか、それとも言い返す気力を持てなかったからなのかはキラには判断できない。ただ、ゼオンもキラと同じく大きな傷を負ったということは感じ取れた。


「で、あんた何が言いたいわけ? セイラを冒涜する気なら許さないけど?」


ゼオンに代わってオズに食ってかかったのはティーナだった。以前の我を忘れたような過激さは無いが、ティーナの言葉には確かな怒りが篭っていた。

するとオズは窓際に置かれたチェス盤の駒で遊びながら言った。


「いいや、そこまでは言ってへん。ただ、お前らが信じて手を貸したあいつは大きな何かを隠したまま勝手に消えてったことは確かやで」


オズは意地悪く微笑むと一人でチェスを始めた。黒の駒を進めては盤の反対側に周り白の駒を進めることを繰り返す様は非常に滑稽だったが、今は誰もその滑稽さを指摘する気分にはなれなかった。

キラは終始俯いたまま話を聞いていた。ブラン式魔術等のことはあまり頭に入っておらず、セイラやロイドのことがぐるぐると頭の中を回っていた。

これまでロイドと過ごした時間と、先日の容赦無く敵に回ったロイドが何度考えても繋がらなかった。それなのに現実は納得の出来ない形のままキラの頭を殴りつけてくる。

そして、次にブラン聖堂で見たセイラの決意の重さが浮かんできた。あの時キラはセイラの決意とキラ達の手を借りたいという言葉を信じた。オズの意地の悪い指摘に対しても言い返したいのに、ロイドの例を見た後だとセイラ本人どころかセイラを信じたあの時の自分すら信じられなくなってしまう。

ロイドがキラの友達として過ごした時間がこうも容易く破り捨てられてしまうなら、もうこの世にキラが信じてきたような誠意なんてどこにもないのではないかと疑いそうになってしまう。そんな自分が嫌だった。

『あとはよろしくね』──最期のセイラの言葉が蘇る。でも……


「そんな、絶対成し遂げなきゃならない大事なことを人に託すような人じゃなかったでしょ……」


誰にも聞こえないようにキラは小さく呟いた。後悔ばかりが渦巻いているのならまだ良かった。もう反論が返ってくることはないからといって、少しでもセイラを疑いそうになっている自分が許せない。そしてそれ以上に何かを信用することが恐ろしい。

キラは顔を上げてみたが目の前が霞んで見えた。ティーナとオズが何か言い合っていたが話の内容は全く頭に入ってこなかった。キラは耳を塞いだ。聞くことが恐ろしかった。できれば目を瞑り、このまま何もかも拒絶してしまいたかった。

そう思った時には既にオズから目を背け、扉に向かって歩き出していた。


「ちょっとキラ、どうしたの?」


ティーナの言葉も聞こえなかった。少し一人になりたかった。歩きながら、キラは自分に呆れていた。ティーナに偉そうなことを言っておきながら、一番「大丈夫」じゃないのは自分の方じゃないか。

キラは無我夢中で真冬の大地に飛び出した。雪と北風が肌を刺すように襲ったが、今はその寒さすらも忘れるほどに心が苦しかった。





苦しいと思っていたのはゼオンも同じだった。キラが図書館から出ていく時の暗く沈んだ表情が忘れられない。キラが出ていった扉を呆然と見つめながらぽつりと呟いた。


「珍しいな。そこまで落ち込むなんて」


打ちひしがれているのは自分も同じだったはずなのに、何故かそんな他人事のような言葉しか出てこなかった。

すると、それまで黙り込んでいたルルカが口を出した。


「……無理もないわよ。むしろあの子の場合、これまで明るく振る舞っていられたことの方が不思議なくらいだわ」


クーデターで友人に裏切られた経験があるルルカは我が身のことのように重い口調で言う。


「あの子、元々平和な環境でのんびり過ごしてきた子なのよ。それが私達が来てから、何度も何度も信じてきたものに裏切られる羽目になったのよ。最初は記憶のこと、いきなり村人全員に騙されてた事実を知ったじゃない? その次は姉でしょう。オズのことだって、あの子わりと最近まで良い人だと思いこんでいたし、イオが敵に回った時もショックを受けてたでしょう。ショコラ·ブラックのことも……それで、あのロイドって奴でしょう」


ルルカは今までキラを裏切ってきた人達を一人一人数えていった。ゼオンもティーナもルルカも、育ってきた環境が過酷だったから、人の裏切りにも次第に慣れることができた。しかし、キラは違う。キラは誰からも愛され、守られ、穏やかに過ごしてきた人だ。何度も何度もしつこく信じてきたものを壊されてきた痛みはどれほど深いのだろう。


「……私はクーデターの時に多くの人に裏切られて地獄を見た末にこんな性格になったわ。今でも明るく能天気でいられるあの子はすごい方だと思うわよ。」


ゼオンはこれまでのキラの様子を思い出してみる。だが、ゼオンの思い出に残っているキラは眩しい笑顔の姿ばかりで、キラの痛みを想像することすらできなかった。この思い出には紛れも無くゼオン自身の欲と願望による補正がかかっている。人の痛みもわからないほど鈍感だから「無神経」とよく言われるのだろう。ゼオンは頭を抱えて溜息をついた。

思えば、ゼオンにとってこの村に来てからの出来事は喜ばしいことばかりだったのだ。ディオンと和解できて、クローディアとも再会できた。普通の学生生活なんて経験したことが無かったし、衣食住にも困らず、図書館があるから好きな本をゆっくりと読める。

そして何より、この世に嘘偽りの無い笑顔が存在することを知った。笑顔とは悪意を隠す為に創り上げて貼り付けるものではなく、感情の変化から自然に浮かび上がるものなのだとキラを見て知ったのだ。

ゼオンはここに来て多くのものを得た。しかし、キラは違ったのだろうか。ゼオンが多くの物を得た分、キラは心の支えを失い続けていたのだろうか。

だとしたら──


「ねえゼオン。キラの様子、ちょっと見てきてあげてよ」


その先の言葉が浮かぶ前にティーナがゼオンの肩を叩いた。ティーナの提案にゼオンは戸惑う。


「でも……」


「あたしのこと気にしてるなら、平気だから。それよりキラが落ち込みっぱなしの方が悲しいもん。ほら、行ってあげて」


ティーナに背中を押され、ゼオンは仕方なくキラの後を追う。扉を開く直前、一度ティーナの方を振り向くと、ティーナはやはり笑っていた。この状況で本来なら誰よりも思いつめるべきのはティーナであるはずなのに、悲しみの欠片も感じさせなかった。


「……なんか、ごめん」


それだけ呟き、ゼオンは外へと飛び出した。辺りを見回すと白銀の道を歩くキラの背が見えた。すぐに後を追ったが、小さく縮こまりながら歩く姿が痛々しくてなかなか声をかけられなかった。


「……おい」


ようやく口を開くと、キラは足を止める。


「あれ……ゼオンか。どうしたの」


「どうかしたのはそっちの方だろ……」


俯いたまま静かに口を閉ざすキラを見て、思わずゼオンはそう言っていた。


「その、愚痴くらいは聞くから……だから……」


うまくキラを励ましたかったのに、気恥ずかしさと辛さが合わさって全く言葉が出てこない。あれこれと意味不明な言葉を口走って困り果てていると、キラの目に大粒の涙が浮かんできた。


「え……なんだよ、何か悪い事言ったか?」


キラが大きく首を振った途端、涙が一筋零れ落ちた。


「ううん、ううん、そうじゃないんだ。あんたは何も悪くないんだ」


それから、キラは涙を隠すように俯いて言う。


「ちょっとだけ、話聞いてくれる?」





キラとゼオンが去った後、ルルカがティーナに言った。


「本当にあの二人を一緒に行かせてよかったの?」


「いいの。あたしはもうそのことについては吹っ切れたから」


ティーナははっきりと言い切る。しかし、続けてこう言った。


「どっちかというと、あたしよりゼオンの方が思い詰めていないか心配なんだよね……」



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