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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第6話

考えてみれば、ティーナ達が泊まっている宿屋に行くのはこれが初めてかもしれない。ティーナ達が居るという宿屋は大きな木造の家だった。比較的最近にできた建物のようで綺麗な生成色の木材で出来ている。造りは普通の民家と変わらないようだった。

ティーナもルルカも、そしてセイラもこの宿屋に寝泊まりしている。キラはおそるおそる扉を開け、足を踏み入れた。キラが扉を開けるやいなや、奥から穏やかそうな老婦がやってきた。


「こんにちは、お客様……ではなさそうですね。どうかなさいましたか?」


「あの、ちょっとここに泊まっている友達に会いに来たんです。ティーナとルルカって子なんですが……」


「その二人なら2階の部屋ですよ。」


よく耳を澄ませると確かに上の方からティーナの良く通る甲高い声が聞こえてきた。


「ありがとうございます!」


キラは早速階段を駆け上がり二階へと上がった。そこには長い廊下と四つ程の扉があり、扉にはそれぞれ部屋番号が振ってあった。キラは二人の部屋の番号を聞くのをすっかり忘れていた。失敗したなあ、とキラは自分に呆れた。

仕方なくキラはティーナの声を耳で探すことにした。答えは意外とあっさり出た。すぐ近くの壁の向こうからティーナの声がした。キラは203号室の扉をノックした。


「おーい、ティーナとルルカ居るー?」


するとすぐに扉が開いてティーナが出てきた。


「やあやあ、キラじゃないか! ほらほら入って入って。」


「うん! ここがティーナの部屋?」


「ううん、ルルカの部屋だよ。あたしはルルカの部屋を侵略しに来たのだー!」


侵略者ティーナと共にキラはルルカの部屋に入った。部屋自体は決して広くも新しくもなかったが、流石ルルカといった感じだろうか。よく片付いた過ごしやすそうな部屋だった。部屋の中央にあるテーブルの上にはティーセットと大量のお菓子があった。

ティーナはいつも通り元気いっぱいだったが、ルルカは先ほどの出来事が応えたのか、部屋の端でうずくまりっている。ルルカは割れたガラスのように鋭い目つきでこちらを睨んでいた。


「何しに来たのよ。一人にしてって言ったでしょう。早く出て行って。」


鋭く脆い硝子のような目がこちらを睨んでいた。するとティーナがテーブルの上のお菓子を広げながら言う。


「ひっひっひ、そう簡単にあたしらが出て行くと思ったのかいルルカちゃあーん。いいかっ、これからあたしらは図書館からくすねてきたお菓子で女子会をするのだー! 君も参加する運命なのだよルルカ君!」


ティーナの言葉にキラは唖然とした。よく見るとたしかにこの前まで図書館にあったお菓子が大半だった。


「くすねたの?」


「くすねた!」


「女子会って……あんまり騒いだら他の部屋の人の迷惑になっちゃうよ。」


「だいじょーぶだいじょーぶ、この宿屋あたしらしか泊まってないもん! セイラは今出かけてるし、あたし達以外誰も居ないよ!」


「へぇ……って、あれ、イオ君は?」


キラは思わずそう尋ねた。てっきりイオはセイラと同じくここに泊まっているのかと思っていた。


「あのイオって子? いいや、ここには泊まってないみたいだよ?」


「え? セイラと仲が良いからてっきりここに居るのかと……」


「いつもセイラと一緒ってわけじゃないみたい。少なくともここには居ないよ。」


「ふーん……。」


キラは疑問に思った。イオは一体どこで寝泊まりしているのだろう。そう考えていると急にティーナはティーセットをキラに押し付けた。


「さあさ、早く女子会しよ! キラもお茶淹れるの手伝って!」


ティーナがカップとポットを差し出してきたので、キラは言われたとおりお茶を淹れ始めた。ティーナは皿を貰ってきてお菓子を盛りつけ始めた。するとその最中、ティーナはルルカには聞こえないようにひそひそとキラに尋ねた。


「ところでキラ、なんで一人なの? ゼオンは?」


「ゼオンはなんか用があるって、行っちゃった。」


「用? ふぅん……まあいいや、とりあえずお茶でもして落ち着いてからルルカの話聞いてみよう。」


キラはその言葉に驚いた。お菓子だ女子会だなどというのは気ままで自分勝手な思いつきではなくルルカを気遣っての行動だったようだ。

たしかにただひたすら堅い顔をして問いただすよりもずっと和やかな雰囲気になるだろう。きっとゼオンはこんな案は思いつかない。そういう意味ではティーナはゼオンよりずっとしっかりしているのかもしれない。


「そうだね。――はい、お茶入ったよ。」


キラは三人分の紅茶を淹れおわるとティーナとルルカに差し出した。ルルカは最初は冷たくこちらを睨みつけていたがティーナの粘りの末にようやくカップを受け取った。

クッキーやチョコをつまみながら、話は始まった。


「でさあルルカ、結局あのネビュラって人とどういう関係なの?」


まずキラが言った。ルルカは不愉快そうに言った。


「……やっぱり。結局その話になるのね。」


するとティーナが言った。


「まあまあ、そんな怖い顔しないで。話せる範囲でいいからさ。一人で悩んでるより話してみた方がスッキリするかもしれないよ? あーそうだ、話すのが嫌ならもっとお菓子はいかがかね? ドーナツもくすねてきたんだぞー!」


「いらないわよ。……あんまり食べると太るし。」


「そっかぁ、そうだよなぁー。またサバトしゃまに会った時にモチモチのお腹見せたくないもんねぇー。」


するとルルカはむっとして言った。


「う、うるさいわね、サバトさんは関係無いでしょ!」


「あーはい、わかったわかった。じゃあ、いっちょ叫んでテンション上がったところで、お悩み事を言ってみようかルールカちゃーん!」


「貴女ほんと図々しいわね……」


ルルカは怒るどころか呆れていた。ティーナの根気に負けたのか、ルルカはようやくネビュラとの関係について話し始めた。


「あいつが言ったとおりよ。私が元々エンディルスの王女だったことは知ってるわよね? 当時の私の家、サラサーテ家に代々仕えてた家があって、それがあいつの家――エヴァンス家。

 あいつは私が王女だった頃、互いの両親が用意した『友人』として私の傍に仕えてたのよ。

 ……けど五年前にエヴァンス家は王家サラサーテ家を裏切ってクーデターを起こした。家族は皆殺し、でも私だけは運良く逃げ延びたの。

 クーデターが起こる前はよく一緒に遊んだものよ。両親が殺された後、あいつはこう言ったけどね――『騙されてくれてありがとう、お姫様。』ってね。」


キラの背筋が震えた。話を終えた時、ルルカはキラ達に背をむけて、窓の向こうを見つめていた。

水底に沈められたような苦しい沈黙だった。


「……そっか。」


ティーナの返事はそのたった一言だった。キラもろくな言葉を返せなかった。キラには想像もつかない壮絶な悲劇だった。キラは先ほどネビュラに言われたことを思い出し、胸が痛くなった。ルルカがこちらを向かない理由など、言わなくてもわかっていた。言い出しづらい空気ではあったが、キラは思い切って先ほどネビュラがした話について話した。


「あのさルルカ、こんな時に悪いとは思うんだけど一つ言わなきゃいけないことがあるんだ。

 ここに来る間に、その……ネビュラさんに会ったんだ。それでね、『ルルカと話がしたい』って。嫌だったら無理にとは言わないけど、話すだけでもしてみる気はない?」


机を引っ掻く音がした。ルルカが机に置いた手が爪をたてながら震えていた。


「あいつが……話したいって?」


「うん。」


「ふざけんじゃないわ。一体今更どういうつもりよ……まともじゃないわ。嵌めてエンディルスに突き出す気? 冗談じゃない、そもそもこんなところまで追い回してくるって何なのよ。話すなんてお断りよ。顔も見たくないわ。」


冷たく鋭い言葉でルルカははねのけた。だがティーナはあくまで穏やかにこう言った。


「でも、じゃああのネビュラって人のことどうするの? どう見てもここに来た理由はルルカでしょ。

 ルルカにその気がなくてもきっとまた会いに来るよ。さっきみたいにまた殺しにかかっても何の解決にもならないと思うし、話すだけでもしてみたら?」


「ゼオンのお兄様が来た時は問答無用で戦闘を起こした貴女に言われたくはないわね。」


「うっ……あの時はついカッとなっちゃったんだってば。さっきのルルカだって似たようなもんでしょ。お互い様だって!」


キラはティーナを援護するように言った。


「あの……辛いだろうけど、まず話すだけでもしてみたらどうかなあ。あ、ほら、そしたらこっちからもどうしてこの村に来たのか訊けるし。裏があるのかどうかもわかるかもしれないし。」


ルルカの冷たい目がこちらを見た。


「貴女から『裏』なんて言葉が出てくるとは思わなかったわ。」


「たしかに。」


ティーナまでそう言ってこちらを見た。自分でもなぜそんなことが思い浮かんだかわからなかった。それからティーナがルルカに言った。


「ほーらっ、ルルカ。会うだけでもしてみようよ! うじうじしてるとサバトしゃまに嫌われるぞ!」


「サバトさんは関係ないでしょ。」


「あたし達も行くからさ。あいつが無茶苦茶なこと言い出したらキラが『うらうらきらずまキック』で銀河の果てにぶっとばすからさ。」


キラは青ざめて言った。


「え、や、無理だし、『うらうらきらずまキック』って何……『きらきらいなずまキック』?」


「そうそれ! とにかくルルカ、まず武器を収めて話をしてみようよ。煮るのも焼くのもその後にしたって遅くはないでしょ?」


「焼いちゃ駄目だと思うよ……。あと、人の技、変な名前で呼ばないでくれないかな……」


「えー、『きらきらいなずまキック』も十分変だと思うんだけど?」


そのやりとりを聞いてようやくルルカの目の冷たい煌めきが和らいだ。二人の様子を見て、また俯いて、その後まだ力の無い声で言った。


「……仕方ないわね。」


「やった、よかった!」


「そのかわり、今日はもう帰って。……やっぱり、少し一人になりたいわ。」


「はいはーい、わかったよー。」


ティーナはあっさり了解して机の上のお菓子を片づけ始めた。キラもすぐにティーナを手伝い始めた。二人でカップや皿を片づけている最中、ティーナはキラに小さくピースした。


「帰っていいわよ、片づけは私がやっとくわ。」


「そう? んじゃあキラ、行きましょ行きましょ! ルルカ、また明日ー!」


ティーナはキラの手を引いて部屋の出入り口に向かった。ルルカに手を振り、二人はルルカの部屋を後にした。部屋を出たキラはティーナに言った。


「結局一人にしちゃったけど、よかったの?」


「きっと大丈夫! やることはやったと思うよ。それよりっ!」


ティーナは何かを取り出した。それは先ほどのお菓子残りのクッキーだった。


「今日はありがとうね! 優しいキラにはクッキーをあげようではないかー!」


クッキーはキラの手のひらに置かれ、キラはティーナににっこり笑った。


「ありがとう!」


「いいのいいの。じゃあ、あたしの部屋こっちだから。」


そう言ってティーナはルルカの隣の部屋に入っていった。キラはもう一度ルルカの部屋の扉を見た。この時はまだ、扉に鍵はかかっていなかった。


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