第13章:第3話
美味しいスイーツをたらふく食べられたのでブラックは満足だった。あとは寮に戻り、ホワイトと出かける約束を取り付ければ本日為すべきミッションは完了だ。
女子寮に戻ると、ブラックは早速ホワイトの部屋の扉を叩いた。
「あ、ショコラ。お菓子は満足いくまで食べられた?」
「うん、美味しかったよ。それでさ、ちょっと話したいことがあるんだけど、今度の週末、ロイドと三人でさ……」
その時、ホワイトが妙に熱の篭った目でこちらを見つめていることに気づいた。やけにキラキラと輝いているような……気のせいだろうか。特に「ロイド」という単語が出た時だ。
もしかして、ホワイトの側もロイドに興味があったのだろうか。ならば話が早い。よかったよかった……と期待しかけた時、ホワイトは身を乗り出して嬉しそうに言った。
「やっぱり! 遂にショコラに彼氏ができたんだね!」
「…………はい?」
思わず変な声が出た。期待がガラガラと音を立てて崩れていった。
「ロイド君よ、ロイド君! 仲良さそうだったし、付き合ってるんでしょ?」
「は!? 違う、違うんだよ! あいつが好きなのは……」
「もー、照れないの! はぁ、遂にショコラにも彼氏かあ。オズさんが前に言ってたとおりだったな。年下だったのはちょっと意外だったけど、良い子だしお似合いだと……」
「ち、が、う! 違うんだってば! あれはえっと、そう、相談に乗ってただけで……」
「でもショコラに彼氏ができたら私と過ごす時間も減っちゃうかなあ……それは寂しいなあ……ううん、でもショコラの幸せのためよね」
「き、い、て、よ! 違うんだよ! はあ……あいつとの会話はなんていうか、カウンセリングだよどっちかってと……」
「カウンセリング……意味深……」
「意味深じゃない! だから違うんだよ。誤解しないでよ!」
「はいはい、わかったから」
ブラックが必死に否定した末にようやくホワイトは納得してくれた。ここでくだらない勘違いされてはロイドが報われない。ここはしっかりと誤解を解いた上で約束を取り付けなければならなかった。
「でも、彼氏じゃなくてちょっと安心したかも。まだまだショコラに甘えてもいいってことね」
ホワイトは嬉しそうにブラックに擦り寄ってきた。ホワイトの子供のように無邪気な笑顔は女のブラックから見ても可愛いと思う。ロイドがこの笑顔を守りたいと思う気持ちも理解できるのだった。
そうだ、とブラックは一つ思いついた。「彼氏」という単語がちょうど良く出てきたのでこんな話を振ってみた。
「そういえばさ、ショコラの好きなタイプってどんな奴なの?」
実はロイドが……なんて都合の良い話はそうそう無いだろうが、ブラック自身興味があった。ホワイト程可愛らしい女子ならばどんな男でも喜んで付き合うだろうに、ホワイトからそのような話は聞いたことがない。
すると、何故か答えが返ってこなかった。ホワイトは潤んだ瞳でじっとこちらを見つめたまま黙り込んでしまった。こちらが吸い込まれてしまいそうな程に綺麗な瞳だった。
「あ、あれ、何か変な事聞いたかな?」
「う、ううん。なんでもないの」
ホワイトは照れくさそうに目を逸らした。ホワイトの一つ一つの反応が女の子らしく可憐でブラックは羨ましくなった。「あたしも女の子らしくなりたかったなあ」と思った。
彼氏だなんてブラックには縁の無い話だ。生前からそうだったのだが、どうもブラックは良い男と縁が無い。どちらかというと、自分を慕うのも告白してくるのも女子ばかりだったように思う。なんでもボーイッシュでかっこいいらしい。ブラック自身は、どちらかというと甘いスイーツと可愛いドレスが似合う女の子になりたかったのだが。
「ところで、ロイド君と三人でって言ってたけど、どうしたの?」
ホワイトに言われて、ブラックはようやく本題を思い出した。
「そうだそうだ、今度三人で出かけようって言ってるんだよ。今週末とかどう?」
「いいよ。楽しみね」
「よかった。じゃあ、あいつにも伝えておくよ」
これでようやく為すべきことは為せた。ブラックが安心した時、ホワイトはブラックの頬に顔を寄せて耳打ちした。
「私は何か理由付けて途中から別行動してるから、二人で楽しんでね」
どこかで自分が言ったような言葉が飛んできた。そして確信する。誤解、解けてない。
「じゃあ、また後でねー」
ホワイトは最高に眩しい笑顔でこちらにひらひらと手を振って去ってしまった。
「だから違うって言ってるだろ、それはあたしがやるからあああああ! 頼むからちょっとでもあいつと話してあげてよ、あいつ可哀想だからさあああああああ!!!」
ブラックの必死の叫びも虚しく、ホワイトの姿はもう見えなくなっていた。延々と木霊する自分の声を聞いて、ブラックはがっくりと項垂れた。
「なんでこうなっちゃうのかなあ……」
明日ロイドに何て説明しよう。落胆しながらブラックは自室の扉を開けた。すると、暗闇の中でごそりと何かが音を立てた。
そうだ、今日は一人部屋ではなかったのだった。部屋の灯りを付けると、毛布に包まったまま動かない塊が居る。傲慢で腹黒くリディやブラックを苦しめてきた輩だが、これほど傷ついているところを見ると追い出しづらくなってしまうのだった。
「イオ、まだ泣いてるのかい」
イオから返事は返ってこない。
「何か食べたら? 少しは元気出るかもよ」
今度は縫いぐるみがブラックの顔に直撃した。「参ったなあ」とブラックは頭を掻く。こうして小さく丸まって悲しむ姿は幼い子供と変わらなかった。
ブラックはイオの隣に座り込む。イオは貝のように黙り込んだまま動かなかった。これが、姉を失った弟というものか。ブラックはふと自分にもかつて弟が居たことを思い出した。自分が死んだ時、弟は悲しんだのだろうか。それとも喜んだだろうか。
ブラックは自分の左耳のイヤリングに触れてみる。自分を殺した後に弟がどうなったかはわからないが、擬似人格などというものを生み出せる以上、穏やかに幸せに暮らした……ということは無さそうだった。
「イオ、もう何日もここに篭ったままじゃないか。少し外の空気を吸ったら?」
「…………」
「メディと話はしたのかい? あいつは何て言ってたの?」
すると今度は顔に枕がぶつかった。どうやらメディともうまくいっていないようだった。今度は飴玉を取り出して与えてみる。するとイオは飴玉をブラックの額に乱暴に投げつけた。
泣いている姿は外見相応の子供のようだが、やはり子供と同じだめ方は効かないらしい。
投げ返された飴玉を舐めながら、ブラックは困り果てていた。
「そんなに後悔するなら、最初からセイラを敵になんてしなければよかったじゃないか……」
その一言はイオの地雷を派手に踏んだらしかった。声を張り上げてイオはブラックを怒鳴りつける。
「うるさい、先に離れたのはセイラだ! セイラがボクを置いていかなければこんなことにならなかったんだ! ボクは、ボクは……ただ自分の予言を壊したかっただけなのに……なんで、セイラはボクと一緒に居てくれないんだよ……セイラ……」
そりゃあイオは自己のアイデンティティを壊す為に多くの人を苦しめ、殺そうとしているのだから、セイラも文句の一つや二つ言いたくなるだろう。自己の利益に他者を傷つけるというのは勿論身勝手な話だが、自傷の為となると身勝手を通り越して哀れだ。加えてメディはイオのことなど道具の一つとしか見ていない。イオを想えば想うほど、イオの考えには賛同できないだろう。イオのしようとしていることはイオ自身すら救わないのだから。とはいえ……と考えたところで、イオは泣きじゃくりながら暴言をぶつけてきた。
「ボクに口出しするな、屑死体。黙ってろ。何もわかってない癖に」
「はいはい、何もわかってないなんて言うくらいならわかるように話してほしいし、泣いて喚いてヒステリー起こすくらいなら人の親切を素直に受け取るべきだと思うけどねえ」
「…………お前は無神経だ。キラとかと同じ贅沢者の無神経だ。虫酸が走る。さっさと消えろ」
「消えろって言われても、ここはあたしの部屋なんだけど?」
そう言うと、イオは再び貝のように黙り込んでしまった。ブラックは再びため息をつく。この状態ではイオは当分立ち直らない。長々と居座られては迷惑だが、恐らくイオはここを出ると行く宛が無い。メディとの仲は決裂寸前、一度裏切ってしまっている以上リディにも合わせる顔が無いのだろう。そう思うと追い出しづらくなるのだった。
「全く、しょーがないなあ……」
悩んだ末に、ブラックはしばらくイオをこのまま自分の部屋に置いておくことにした。主を苦しめる憎い相手ではあるが、あまり邪険に扱うと自分の良心が痛む。それに特にリディにイオを排除するよう命じられているわけでもない。
早速ブラックは予備の布団を貰ってこようと思い、席を立った。すると、イオが低い声で言った。
「……なんだよ、リディかロイドにでも言って追い出す気かよ」
「誰もそんなこと言ってないだろ。布団ちょっと余分に貰ってくるだけだよ」
ブラックが振り向くと、イオは再び死人のような顔を毛布に埋めて動かなくなった。
去り際にブラックは独り言を呟く。
「まあ、あたしもセイラの考えには賛同しないけどね」
もしブラックがセイラの立場なら最後までイオに沿い遂げただろう。主に忠誠を近い、守るべき人達と最後まで共に居ただろう。
セイラには確かに同情する。しかし、賛同はしない。もし機会があれば、ブラックはセイラに「お前は愚かだ」と突きつけただろう。
リディは従うべき主、ホワイトは愛すべき親友、そしてロイドは……強いて言うなら恩人だ。彼女らを守ることこそブラックの信念である。例え彼女らがどれほど間違えようとも、その結果、彼女ら以外のその他大勢がどれほど苦しみ、傷つこうとも。
だから、ブラックはキラ達の側には着けないのだ。
「今頃、あいつらもイオみたいに落ち込んでいるのかな」
ブラックは心優しい愚か者達の姿を思い浮かべてみる。特にキラだ。セイラに憧れ、共感し、心から力になりたいと思っていた彼女には特にショックが大きかっただろう。
そう思った時、突然耳につけた赤いイヤリングから声がした。
『あ、ショコラ? もしもーし、聞こえる?』
ロイドの声だった。ついさっき別れたばかりなのに突然連絡を取ってきたことにブラックは首を傾げる。
「聞こえるけど、どうしたんだい?」
『ちょっと手伝ってほしいことがあってさ……』
ロイドが言い出したことは意外なことであり、同時にブラックにまた溜息をつかせるようなことでもあった。




