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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第12章:ある悪魔の狂詩曲
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第12章:第36話

ゼオンが意識を手放した途端、急激に周囲を取り囲んでいた黒い霧が消え始めた。口が勝手に呪文を唱えていることも、突然幾つもの魔術が手足を拘束する鎖を吹き飛ばした事も、ゼオンは認識できなかった。

意識は閉ざしたままなのに、身体は勝手に動いた。これまで使えなかった魔法を軽々と発動し、今にもティーナの首を裂こうとしていた鎌を止めた。


「……ぇ、……ねえ、ゼオン、ゼオン!?」


ティーナの声でゼオンはようやく意識を取り戻した。ちょうどティーナから杖を取り上げたところだった。

つい先程までの記憶が無い。今の状況もわからなかった。隣にはティーナ、後ろには蹲った状態のルルカが居る。ティーナは涙目になっているがどうやら無事らしい。


「その目、どうしたの!? それに……なにあれ……!」


ティーナが空を指差した。周囲一帯を結界が覆っていた。それもただの結界ではない。無数の魔法陣でできた結界だ。

すごい魔法だ。誰が使っているのだろう。ティーナに尋ねようとしたところで、自分の足元が光り輝いていることに気づいた。ゼオンを中心に蒼の魔法陣が展開し、周囲の結界の魔法陣がその展開に呼応していた。

──自分がこの魔法を使っている?

朦朧とする意識の中でようやくそのことを掴み取った。ティーナの杖をルルカに渡したところで、頭がふわふわと心地よい感覚に包まれ、再び意識が遠のいていった。

手足が勝手に動き、魔法陣の結界を操る。二百以上の魔法が一度に放たれようとしていた。


『やりやがった……あの女やりやがった! 厄災の卵が孵ったわ……赦さない、あの女!』


メディがいつになく苛立っていることがぼんやりとわかる。イオがロイドが何か言っている。


「ゼオン、すごーい……」


「すごいじゃないよロイド、いいから時間を稼いで、ショコラも!」


ブラックが真っ先に飛び出し、ロイドが天井の結界の破壊へと移る。イオはその間に大技の詠唱をしようとしていた。

術者であるゼオンへとブラックが斬りかかる。しかし、ゼオンへとたどり着く前に結界の魔法陣の一つが発動した。


「………ぐ、っ、ったあ!!」


ブラックの足元に小さな陣が現れ、ブラックを地面へと縛り付けた。束縛の陣だ。そして邪魔を排除したところで、魔法陣の結界は牙を剥いた。


「ひゃくきゅうじゅーはち、きゅう……二百……。ねえイオ。もしかして、あれ全部僕たちを殺しに来るの?」


ロイドが呟いた途端、全砲門が開く、あらゆる属性の魔法が土砂降りのように地を抉る。ティーナとルルカを除く全てを黙らせ、駆逐する。森の木々は魔術結界の生贄と化して焼失し、ブラックの剣もロイドの銃弾も全て無意味。蒼い炎が風のように駆け回り、触れたところから万物が凍り付いて壊れていく。そして次はイオだ。

魔法陣の砲門がイオに狙いを定めた時、イオもまた地を覆う程の魔法陣を展開していた。


「この世を創りし蒼き瞳の女神よ……時の鎖よ、邪なる使徒を滅ぼし給え! ラシェーヌ・ドゥ・ディユ!」


「この世を創りし蒼き瞳の女神よ……その手より生み出されし光よ……今、我の刃となれ……リュイール・エペ・ドゥ・メムワール!」


一の力を極限まで高めたイオの魔術と無限の砲を一点に集めたゼオンの魔術がぶつかり合う。二つの力は競り合い、互いが互いを壊し、激しく砕け散った。ティーナもルルカも目を開いていられないほどの衝撃だった。

互いの力が消え去り、魔法陣の結界が消え始めた時、


「ちょっとゼオン、聞いてるの? 意識ある?」


ルルカの声でようやくゼオンは完全に意識を取り戻した。気づくとブラックは地に倒れ、ロイドはかなりの深手を負っていた。イオだけは自己治癒能力によって傷が塞がっていき、まだ余裕で戦闘を続けられる状態だ。


「……悪い、ルルカ。今気づいた」


「逃げるなら今よ。イオだけなら詠唱や発動前の隙に逃げられる」


「そうだな。でもお前……」


「さっきティーナの杖を貰ったから最低限の応急処置はしたわ」


ルルカはまだ傷を抑えて蹲っていた。歩くことができるならもう立っているはずだろう。

ルルカの言うとおり、逃げるなら今しか無いだろう。ゼオンは涙ぐんでいるティーナに言う。


「ティーナ、お前は走れるか」


「うん……ゼオン、ゼオン……ごめん」


「いい、気にするな」


そう言うと、ゼオンは動けないルルカを担ぎ上げた。驚き呆然とするルルカを無視してゼオンはティーナに言う。


「あと少しだから、ついてこい」


ティーナはまたボロボロと涙を流しながら深く頷いた。


「うん」


ルルカを担いだまま、二人はその場から駆け出した。イオが後を追おうとしたが、こちらの足の方が速く、なんとか撒くことができた。







無我夢中で二人は走り続け、森を抜けて草原に出た。


「……ばか、ゼオンのばか」


突然、ティーナが呟いた。心当たりは幾らでもあるので、


「ごめん……」


と謝るしかできない。するとティーナは涙を拭いて首を振った。


「ううん、褒め言葉。あんなの、惚れ直しちゃうじゃん、ばか……」


褒められているのか責められているのか全くわからず、ゼオンは黙り込むしかできない。すると、担がれているルルカも不満げに言った。


「馬鹿は間違いないわよ。これ、普通は私じゃなくてティーナにやってあげるとこじゃない? 大馬鹿」


「それは、歩けないのはティーナじゃなくてお前の方だったんだから仕方ないだろ……」


「帰ったら殺すわ、馬鹿」


「……イケメン国王じゃなくて悪かったな」


気を遣ったつもりだったのに、そう言った途端にルルカはゼオンの背中をぼかぼか叩いた。女心は難しい。

森の影が完全に見えなくなったところで、ゼオンとティーナは立ち止まった。


「それより……ゼオン、あれはなんだったの」


あれ、とは勿論ティーナを助け出し、魔法陣の結界を生み出した時のことだろう。


「わからない……俺も殆ど意識が無かった……」


「ゼオンの片目が、蒼かったんだ。綺麗だけど、でも、普段は赤でしょ……?」


「自分じゃ、全然違和感無かった。今も蒼いか?」


「ううん、今は元に戻ったみたいだよ」


結局、先程の自分には何が起こっていたのだろう。そう思った途端、全身を疲労が襲い、膝をついて倒れそうになった。すんでのところで手をついて意識を失わずには済んだが、全身が怠くてろくに動かない。

ルルカが一度ゼオンから降りて言った。


「大丈夫? ……仕方ないわね、あれだけ傷めつけられた後にあんな規模の大きい魔法使ったら倒れもするわよ。怪我の処置もしてないんでしょう」


「……ルルカ、砂時計。本気で倒れる前に移動だけでもしなきゃ……」


「はい。偶然私が持ってて助かったわね」


ルルカはセイラの砂時計をゼオンに手渡す。こちらの世界に来た直後、地図を探している時に一時的にルルカに預けていたのだ。

ゼオンは手の平に砂時計を乗せ、来た時と同じように呪文を唱える。時計を模した魔法陣が広がっていく。息が詰まるような感覚がして、周囲が光に包まれる。


「時の波よ彼の者を導きたまえ……ダル・セーニョ!」


まだ身も心も痛む。ルルカの杖も奪われてしまった。けれど、今は無事にティーナを取り返せたことを喜ぼう。

夜の景色が光にかき消されたところでゼオンの意識はまた途切れた。本当の地獄がここからだということも知らずに。




◇◇◇




図書館の二階に来るのはこれで二度目だ。二階の空気は一階とは随分違う。服に例えると一階は正装、二階は普段着のよう。もっとも、正装だからといってここの一階が図書館として在るべき静寂な読書の場であったことなど無いのだが、二階には一階には無い生活感があった。

しかし、今のキラにその空気の差を味わう余裕はなかった。まだ心臓がドクドクと脈打ち、頭が痛い。

キラの前には暖かい紅茶と苺のトライフルが置かれていた。まるで泣きべそをかいた子供におやつを与えて泣きやませる時のようだ。

キラは仕方なくちまちまとトライフルをつつきながら物思いにふけっていた。オズが隣でキラを見守りながらミルクティーを飲んでいた。


「それほど、裏切られたことがショックだったんか」


「だいたいあってるけど……少し違う。すごく悲しかった後、またかって思って、それで……あと何度これが続くんだろうって思って……これまで信じてきた人も、自分のことも信じられなくなりそうで。こわい……」


ロイドと出会ったのは6年ほど前だ。学校で知り合い、それから友人として共に過ごしてきた。

キラの15年の人生の中の3分の1以上を共に過ごしてきた友人でもこれほど容易く敵に回るのか。年月さえも確かな証拠にならないとしたら、どのように敵味方を見分ければいいのだろう。

そして何より恐ろしいことは、これが最後である保証などどこにもないということだ。ある日突然ペルシアが刃を向けてくることも、リーゼが敵に回ることも、オズの傍らに居る小悪魔達がという可能性も無いとは言い切れない。

実際、まだキラ達を欺いている者が居ることは確定しているのだ。ゼオンを祝ったあのパーティにはロイドもブラックもイオも呼んでいない。まだゼオンに毒を盛った者が居るはずなのだから。

あと何度、何人、何回耐えなければいけないのだろう。キラはこれまで自分を取り巻く者は皆自分に優しくしてくれると思い、だからこそキラも皆を愛し、優しくしようと思ってきた。

しかし、ゼオン達と出会ってから、人の悪意を知った。嘘の檻を知った。優しさでできていると信じていた世界が壊れていく中で、キラは何を信じればいいのかわからなかった。

こうして、信じるものを崩されることで人は変わっていくのだろうか。ゼオン達も、そうして変わってきたのだろうか。


「よわっちいなあ……強くなりたいなあ……」


どんな苦難も逆境にも怯まずねじ伏せられるようになりたい。物語のヒーローのように、強く希望を振り撒けるようになりたい。しかし、「ヒーロー」という言葉が浮かんだところで自分の理想像が陰った。ゼオンのことが頭に浮かんだ。

病み上がりで戦わせて本当に大丈夫だったのだろうか。ゼオンは神でも記録書でも予言書でもない。キラと同じただの人だ。欺瞞も理不尽も無い空想の産物ではない。傷つき、壊されれば、死ぬ。


「大丈夫かなあ……」


キラがそう呟くと、オズが尋ねた。


「あいつらのことか?」


「うん、あたし、また足手まといになっちゃった……もしこれでゼオン達に何かあったらどうしよう……」


「だったら余計に、今は食うもん食って落ち着いて、あいつらが戻ってきた時に備えるべきやで」


オズはキラよりも冷静に先を見据えていた。


「元の時代に戻ってきて、ヘトヘトのとこをまた強襲……って十分ありえるやろ」


キラは黙って頷き、トライフルを口に運ぶ。苺の甘酸っぱい香りが広がり、少しだけ気分が落ち着いた。


「オズはさ、セイラのことはこう……対等って感じで見てるよね」


「はぁ、対等?」


「うん。それで、あたしにはこう、落ち込んだら時々こうしてやけに優しくして……なんだか、子供扱いされてる気分。あたしは、そんなに頼りないし、見下されてるのかな」


今、オズがこうして中途半端に優しくしてくれることも、今のキラには何らかの策か、侮辱のように思えてしまった。

するとオズはキラを鼻で笑った。


「ハッ、もしかして、それで『現実を見た』つもりになってるんやないやろな。そらただ現実を見たようで現実を悲観的に歪めて見とるだけやで。どんだけ自意識過剰やねん」


「自意識過剰って、オズにだけは言われたくない」


「ああそうか。ならはっきり言うけど、確かに俺から見ればキラはおやつ与えてヨシヨシするようなガキや。けどそれはゼオンやティーナも同じやで。お前らみんな、俺からすれば可愛いガキ共にしか見えへんわ」


全くフォローになっていないと思った。ため息をついたところで、オズは更にこう言った。


「ついでに言うと、セイラが対等やなんてそらないわ。 あんなクソババアがこの俺と? この完璧な容姿、性格、強さ、どれを取っても俺の足元にも及ばへん。俺が最強や、はははははは!」


その一言でキラの憂鬱は何処かに吹き飛んだ。そうだ、こういう奴だった。キラは頭を抱えて呟いた。


「その絶対的な自信、どこからくるんだよ……」


「あかんな、キラ。どこからという前提が既にあかん。自信はな、根拠の無いものなんやで! 俺が一番と言ったら絶対的な一番になるんや! はーははははははは!」


ああ、絶望的なまでにいつものオズだ。強引、傲慢、強欲の三拍子が今日も美しく揃っている。

普段ならひたすら呆れるところだったが、今のキラはオズの強引さを見て少し安心した。オズがキラの味方かと言われたら全く信用できないが、『オズが強引、傲慢、強欲で呆れるほど性格が悪く、全く信用するに値しない』ということは永遠に変わらないと信じられる気がした。

それから、オズの高笑いが急にピタリと止んだ。


「俺が対等と認める奴は、この世に一人だけやからな」


オズは遠い目で呟く。誰を思い浮かべているかは、キラにもすぐに察しがついた。


「はよ、会いたいな」


ブラン聖堂で見た記録が浮かぶ。そして、あの少女のことをこの村の人は誰も覚えていないという事実も。


「リディさんも……この二階で、こうしてお茶したりしてたの?」


それを聞いたオズが突然キラの胸ぐらをつかんで身を乗り出した。


「なんで知ってる。思い出したのか?」


今にも絞め殺されそうな勢いだった。


「ちょ、ちょっと離して……。なんとなくだけど思い出したよ。ブラン聖堂でね。この村に住んでたこととか……今はもう、村の人達がリディさんを覚えていないことも」


オズは手を離し、席に戻り、深いため息をついた。


「そう、か……。よかった……」


そのままオズはゼンマイが止まったかのように動かなくなった。あまりに静かなので、死んでしまったのではないかと焦るほどだった。


「お茶もなにも、ここに住んでた」


突然そう言い出した時は、口に含んだお茶を吹き出しそうになった。


「げほ、ぶはっ、ぐほぁっ、む、むせた……」


「なんや、しっかりせえ」


「住んでたって、リディさん!? 初耳なんだけど!? それはつまり、一つ屋根の下というやつ……」


「あの頃は宿屋が無かったから他に住むとこなくて押し付けられたんや。あんま言いふらすのも嫌やったし……。ほら、そこの右側の列の一番手前があいつの部屋やった」


オズはそれぞれの部屋へと続く廊下を指した。オズが指した部屋には固く鍵がかけられていた。

それからオズはキッチンを指す。


「それから、あの棚にあいつが使ってたカップがまだ残ってるやろ。あとはいつも使ってるチェス盤はあいつが居た頃からあるし、あとは……」


そこまで語ったところで、急にオズは口を閉ざした。


「なんや、変な話したな。忘れてくれ」


まさかそれで本当に忘れてもらえると思っているのだろうか。リディについて話す時の普段より柔らかな表情、懐かしむような話し方、オズにとってリディがどれほど重い存在か伝わってきた。そして、リディについて話す度に狂人扱いされることがどれほど苦しいかも容易に想像できた。

自分の苦しみが紛れたせいか、キラはまた前と同じことを思った。いつか、この人を取り巻く世界を変えられたらいいのにと。


「そういや、ゼオンのことなんやけど……」


オズがそう言いかけたが、突然言葉が止まった。顔が青ざめ、自分の手を抑えた。


「オズ、どうかした?」


「……悪い、少し席外す」


そう言ってオズは足早に自室へと向かっていった。声をかける隙も無かったので、キラは諦めて再びトライフルをつつき始めた。

だが、突然爆発音がした。


「なに!? オズ、どうしたの、何事!?」


キラが立ち上がった途端、ガラスが割れる音。続いて引き出しを開ける音がして、数十秒程様々な雑音が響いた後、無音になった。


「ど、どうしたの!?」


キラはオズの部屋の扉を叩いた。すると不自然なまでに明るい声が返ってきた。


「悪い、キラ。ちょいと一階行ってきて、机の引き出しに青いビンが入ってるんやけど、それ取ってきてくれるか?」


キラはすぐに一階へと走った。オズの汚い机に飛び付き、引き出しを開けて中を引っ掻き回す。


「無い、無い、どこ? ねえ、ルイーネ!」


そう何気なく名前を呼んだ時、図書館が不気味な静けさに包まれていることに気づいた。


「ルイーネ……ルイーネ?」


居ないのだろうか、全く反応が無い。


「シャドウ? レティタ?」


普段やかましく図書館を飛び回っているはずの小悪魔達の声が全く聞こえなかった。ぞわりと寒気がした。オズを支えてきた小悪魔達が突然消えてしまったようにさえ感じた。

だが、


「あーキラ、ごめんなさいね! ちょっとまってて!」


レティタの声でキラは安堵した。流石にそこまで馬鹿げたことは起こらないか。

図書館の奥からレティタは埃まみれで戻り、キラの掌に座った。


「ちょっと掃除してたら本に潰されそうになっちゃってね。それでどうしたの?」


「オズが机の中の青いビンを持ってきてって」


「あ、薬のビンね? ちょっと待ってて!」


レティタはそう言って引き出しに潜り込むと、深海のような青いビンをキラに渡した。中には錠剤が二錠入っている。


「あれ、二つしか入ってないじゃない! 一回三錠なのに。ちょっとストックが無いか探してみるわね」


レティタは戸棚を片っ端から開き始めた。引き出しの音、本を退ける音……しかし、その間も人の声は聞こえなかった。


「今日は……静かなんだね。シャドウは?」


「それが見当たらないのよ。どこ行ったのかしら。なんか、最近様子が変なのよね……」


「ふうん……どうしたんだろう。あと、ルイーネも見当たらないけど」


「あー……そっちは少し察しがつくわ。そのうち帰ってくると思うわよ」


何か知っているようだったが、レティタは口には出さなかった。図書館の面々にも何か事情があるらしい。ということだけは読み取れた。


「まあ、最初からルイーネは……ううん、こんなこと言うものじゃないわね。オズも知ってて置いているはずだし」


そういえば、ゼオンのお祝いの前からレティタは「皆の様子がおかしい」と言っていた。パーティを図書館でやるように頼んだのもレティタだ。あのパーティでシャドウやルイーネを元気づけたいと思っていたのかもしれない。

うまくいけばよかったのにな……キラが俯きかけた時、入り口の扉が開いた。

お客さんかな、と思って目を向けるとそこには見慣れた人物が立っていた。


「お久しぶりです……ああ、違った。たしか、一時間ぶりくらいでしたね。クスクス……」


セイラだった。そのはずなのに、全身が猛烈な違和感を感じ取っていた。セイラが以前よりも生き生きと活気に溢れているように見えた。立ち振る舞いにも余裕が感じられる。

だが、今は余裕のある状況では無いはずだ。キラはゼオン達についていくことができず、ロイドが裏切り者だった。これまでのセイラは機械のように状況の伝達に入り、状況に似合わない活気など見せなかったはずだ。


「誰……本当にセイラ……?」


キラは思わずそう呟いていた。


「へえ、意外ですね。でも、残念ながら私はキラさんもよく知る可憐な幼女のセイラですよ。オズさんに用事があるのですが、呼んできてもらえますか」


「あ……オズは二階に居るけど、今降りてこられるかわからないなあ」


「そう、ならこちらから行きましょうか」


そう言ってセイラは二階へ乗り込んでいった。キラは驚いた。セイラは許可も貰わずに図書館の二階へ乗り込むような人だっただろうか。キラでさえ、二階にはオズや小悪魔達の許可無しには踏み込みづらい。ネビュラが来た時にリーゼが倒れるまでは二階には行ったこともなかったのだ。ここの二階は、そういった空気を感じる場所だ。

セイラはオズには冷たいが、今日の遠慮の無さは嫌悪からくるものではないように見えた。どちらかというと逆のようにさえ見えた。

思えば、どうしてゼオン達が過去に行く時にセイラは同行しなかったのだろう。「タイムスリップを邪魔されないように見張る」と言っていたが、そうだとしたらイオ達を退けた後についていくこともできたはずだ。


「ねえ、セイラ。何かあったの?」


セイラは振り返り、一瞬微笑み、再び歩きだした。

それは悪意を含んだものとは違う、不思議な微笑みだった。

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