第12章:第34話
ティーナがブラン式魔術でイオに対抗し、ルルカはロイドを抑えつつティーナを支援する。そしてイオを抑えた隙にゼオンが剣で斬り込む。
人数の差もあって若干こちらが優勢だった。しかし、こちらを逃がしてはくれそうにない。ゼオン達は既にティーナと合流するという目的を果たしていた。ならばそもそもイオとロイドに付き合う必要も無い。
「急いで隙を作らないとな……」
「そうね、相手が揃う前に逃げたいわよね」
ルルカの言葉にゼオンは頷く。まだ敵が増える可能性は大いにある。そして今ショコラ・ブラックに来られると厄介だ。今どうにか優勢を保てているのは相手に接近戦の得意な者が居ないせいだった。キラが居ない状況で俊足且つ接近戦に特化したショコラ・ブラックに来られると、接近戦という弱点を突けなくなるばかりか、逆に追い詰められる可能性もある。
こちらの考えを見透かしたようにロイドが言った。
「早くけりをつけたがってる? ショコラが来るのが怖いのかな。僕は来てほしいけどなあ」
ロイドの立場から見ると当然そう思うだろう。ゼオンはロイドがこの状況に対してどう思っているか全く想像がつかなかった。
感情を感じないのだ。こちらに武器を向けることに躊躇いが無い。かといってイオのように人を騙し、陥れることを楽しんでいるわけでもなさそうだ。しかし氷のように冷淡で残虐というようでもなく、掴み所が無かった。
まるで「これは日常だ」と言わんばかりに、ロイドは淡々とイオに命じられるままに戦っていた。学校で見かけた時のような明るさは抜け落ちているが、口調や声色にはこれまでのロイドの柔らかさが残っている。しかし動きは機械のように無駄が無く、ゼオン達の手を確実に封じてきた。
「そういえばゼオンとこんなふうに戦うのは初めてだったね。もう身体は大丈夫なんだ。僕が渡した解毒剤はちゃんと効いたみたいだね。よかった」
ロイドはティーナやルルカに銃を向け、破滅と創造の魔法でこちらを狙いながらこんな呑気な言葉を吐いていた。言葉通りに受け取るならばあの解毒剤はロイドが仕込んだということだろうか。だとすればますますロイドの思考がわからない。「よかった」という言葉に嘲笑や侮蔑の色は全く感じられないのに、なぜこれほど躊躇なくこちらを殺しにかかれるのだろうか。
駄目だ、とゼオンは首を横に振る。下手に会話に付き合っていると思考が戦いの外へ逸れてしまいそうだった。ここは手早く相手を抑えて逃げるべきだ。
ゼオンはルルカに矢を撃つ位置の指示を出し、再びイオへと斬りかかった。
「キャハハハッ、懲りないねぇ! だからボクにはお前らのやることはお見通しだって言ってるでしょう?」
イオはこちらを嘲笑いながら手をルルカへと向けたので、ゼオンはイオの動きを潰すように剣を振るった。
未来を読まれるのであれば、「たとえ未来が読めていても打つ手が無い状況」を創り出せばよい。しかし言葉で言うのは簡単だが、実行することは容易くない。
当然ロイドがゼオンへと銃を向ける。ゼオンはティーナにロイドを抑えるよう指示を出す。詰め将棋のように敵の先の先を読みながら仲間を動かし、ゼオンは未来予知の力を超えようとする。
ルルカが敵を囲むように地面に矢を撃ったところで、ゼオンはティーナに叫んだ。
「今だ、ティーナ、退け!」
ゼオンとティーナが後退した直後、地に刺さった矢同士が糸を通すように光で結ばれ、イオとロイドをドーム状の結界の中に閉じ込めた。
それはただの結界ではない。結界に触れたあらゆるものを跳ね返す結界だ。武器も魔法もあらゆるものを。結界を壊そうとすればするほど、跳ね返った自分自身の魔法と戦うことになる。
これで時間は稼げる。ゼオンはティーナとルルカを連れて駆け出した。あとはイオ達から出来る限り距離を取り、セイラから貰った砂時計の魔法陣を展開すればよい。
木々に身を隠して逃げ出そうとした時だ。やはりそう容易く逃がしては貰えなかった。暗闇に中性的な声が響く。
「三対二は卑怯だよな。三体三で公平だろ?」
視界のあらゆる木々が二つに裂け、火花のような朱色が夜闇の中を駆け回った。
「ルルカ、迎撃だ」
ゼオンは苦い表情でそう告げる。間に合わなかった。ショコラ・ブラックの剣が月の光で煌めいていた。ルルカの矢がブラックを追い回すが、この夜中に脚の速いブラックを矢で撃ち抜くことは難しかった。
ブラックはひらりとゼオン達の頭上を通り過ぎ、イオ達が囚われている結界に蒼の光を纏った剣を突き刺した。結界は砂のように崩れ落ち、怪物のような強さの少年が再び解き放たれる。イオはにたにたと意地悪い笑みを浮かべてブラックに言った。
「遅いじゃないかぁ、弟君。どの時間に飛ばされてたの?」
「2週間前くらいだな」
「もうっ、この時より過去に飛ばされてたならもうちょっと素早く来てよぅ」
イオが援軍を喜ぶ一方で、ロイドはブラックの赤の瞳を見て、
「ショコラじゃないのか……残念だな」
と寂しそうに呟いた。
ゼオンにとっては当然この状況は喜ばしくはなかった。敵が三人揃ってしまった。キラが居ない今、恐らくショコラ・ブラックの足に追いつける者はこちらに居ない。更にブラックという前衛を得たことでイオとロイドは益々手がつけられなくなる。こちらにこの状況をどう切り抜ける?
自分と味方の力、周囲の環境、その全てを利用しつくしてもこの場を切り抜ける術が思いつかない。しかしゼオンはそこで諦めることすらできなかった。ゼオンはティーナに視線を移し、あの悍ましい光景を思い出した。ティーナを無事に連れて帰ることすらできなかったら、今度こそゼオンは自分を赦せないだろう。せめてティーナとルルカだけでも……そう考えそうになったところだった。
「落ち着いて、手早く片付けて逃げるのよ。……貴方がそんな顔しててどうするのよ。普段の貴方なら、冷静に策を出してくるじゃない」
ルルカの声でゼオンは我に帰った。それほどに酷い顔をしていただのろうか。すぐに頷き、剣をイオへと向けたが脳裏からラヴェルとプリメイの姿が離れなかった。
イオはゼオンの表情を見てにんまりと嗤う。
「あれれぇ、今日は随分と大人しいんだねぇ?」
その目つきからゼオンはすぐに察した。やはりラヴェルとプリメイを貫いた銃弾はやはり彼等が絡んでいるのだと。そしてちょうどイオの隣には銃を武器としている者が居る。
「キャハハハハ、ねえゼオン、今日の君も皆を守るヒーローになれたかァい?」
動揺と怒りで手が震えた。声が出ない。これは罠だ。イオやメディが得意とする策だ。頭では理解しているのに相手の言葉を無視できない。更にイオが続けようとした刹那。矢が流星群の如く降り注いで言葉を遮った。ゼオンの指示すら待たずにルルカが先手を打っていた。
「本当に下品なやり方ね……!」
ルルカの静かな怒りに励まされるようにゼオンも追撃に移る。早速ブラックが先頭に飛び出してゼオンの剣を受け止め、ロイドの銃弾とイオの魔法がティーナとルルカへ打ち出され始めた。
ラヴェル達のことは後だ、まずは確実にこの場を乗り切ることを考えろ。最善策を導く機械のようにゼオンは敵の手を食い止め、攻撃に移るよう指示を出す。ルルカはゼオンを支えるように確実に指示に応え、イオ達の攻撃を防いだ。
ただ、事情を知らないティーナだけは時折不安そうにこちらに問いかけた。
「ねえゼオン、何かあったの……?」
隠したり嘘をつくことなどできなかった。安い嘘がどれほど人を傷つけるかはよく知っている。しかし、今答えてしまえば間違いなく「隙」となり、奴らにつけこまれるだろう。
「後だ。まずはここを乗り切ってからだ。……後で必ずちゃんと話す」
ティーナは頷き、ゼオンも再び眼前の敵へと意識を集中させる。そう、状況が落ちついたら必ず……そんなゼオンの想いを嘲笑うかのようにその声は舞い降りた。
『うふふふふふふふふ! あははははははははははは!』
妖艶な声、心を掬い上げて麻痺させてしまいそうな程に甘い声が闇に染み渡った。その声は、紛れも無くゼオンの誕生日を祝ったあの人物────メディレイシアのものだ。
『ほらゼオン、目を逸らさないで? ちゃあんと真実を伝えてあげなきゃ。ティーナには家族の行方を知る権利があるはずよ?』
最悪の加勢だった。まだ頭痛は無い。しかし毒の声は確実に思考を鈍らせ、敵への対処を遅らせる。言葉に耳を貸さぬよう前へ前へと進むが、メディの声が消えることは無かった。
『あなたが教えてあげないのなら、私が教えてあげましょうか?』
その一言を境にメディの声がふわりと遠ざかる。誰に、かは言うまでもない。ゼオンは思わず怒鳴った。
「やめろ!」
ティーナの杖が妖しい光を放ち始めた。
『ラヴェルとプリメイは死んだのよ』
その声は無慈悲に告げた。途端にティーナが時が止まったように動かなくなった。しかしメディの声はそれでも止まない。人を弄ぶ喜びに満ちた声は死の詳細を鮮明に語り綴る。
『ラヴェルは首から上が吹き飛んで、プリメイは全身を縦に裂かれたのよ。ちょうどあなたの髪のように真っ赤に鮮やかに染まって……』
一言一言が着実にティーナの心を刺していることが手に取るようにわかった。唇が震え、目が落ち着きなく動き回っていた。
「嘘だ、黙れ黙れ黙れ! そんなはずない……ラヴェル達が死ぬ理由がないでしょ」
ティーナは自分の鎌に縋り付きながら叫んだ。その時、イオ達の狙いの先が一斉にティーナへと変わった。卑怯にも程がある。ティーナを庇おうとした時、またもゼオンの前にブラックが立ちはだかった。
銃弾と高火力の魔法がティーナへと集中する。すると、ゼオンの後ろをルルカが通り過ぎた。
「私が行くわ」
「悪い、頼む……」
ルルカが盾となるようにティーナの前に立ち、防御魔法で銃弾達を払いのける。しかし、物理での攻撃は止められても、言葉は止まらない。更にイオが口を開いたのだ。
「嘘だって? そんなことないよう、だって二人はちゃあんとボクらが殺したはずだもん。ねえ、ロイド。ボクが頼んだことはちゃんとやってくれたよね?」
ゼオンとティーナの視線がロイドへと向く。やはり……と、ゼオンはロイドの銃を睨む。あの銃から放たれる紅蒼の銃弾、その攻撃の仕方はラヴェルとプリメイの殺し方と一致する。
ロイドは問題の意味を理解していないかのようにきょとんとしていた。
「僕? えっと、指定の時間に指定の座標に、空間転移魔法を利用しつつ遠距離から全力投球で二発撃つ……だったよね? うん、ちゃんとやっておいたよ。何も無い平地だったから、そんなところにどうして二発も撃つのかわからなかったけど」
その報告を聞いたイオは楽しそうに笑い出した。その二発の弾がどんな結果を招いたかはゼオンが一番良く知っている。
「キャハハハハ、そう、そうだよ! お手柄だったね、君は完璧に役目を果たしてくれた! おかげで在るべき記録のとおりラヴェルとプリメイは死んだことが100%観測されたのさ! これで歴史の揺らぎも排除され、こいつらの排除も容易になった。うん、ロイドありがとっ! おつかれさま!」
高笑いするイオに対し、ロイドはそれでも目の前で出た言葉の意味を真に理解はできていないようだった。
「死んだ……?」
ロイドはぽつりと不思議そうに首を傾げた。口振りからして、ロイドはそれがラヴェルとプリメイ殺害の作戦だと知らなかったのだろうか。しかし、イオの「予言書」があればラヴェルとプリメイがあの時間あの場所にたどり着くことは観測できるだろう。ロイドにその自覚が無くとも、ラヴェル達を殺させることは可能だ。
しかし、ロイドに自覚が無かったのなら、あの二発さえ防ぎきれば……
『二人を救えたのにって思った? そうよ、そのとおり。ロイドには殺人計画だなんて伝えてないもの。あの二発を凌げば、ロイドは深追いはしなかったでしょうねぇ?』
メディの声は本当に痛い部分を的確に突いてくる上に逃げ場が無い。否応なくラヴェルとプリメイの死を突きつけられ、二人を救えなかった罪悪感が湧き上がってくる。
『恨むならセイラを恨むことね。変に時代をいじくってあの二人の死を定めたのはセイラなのだから。あいつがあの二人に関わったりしなければあの二人もティーナも平和に暮らせたのよ』
ゼオンは思わずその言葉に乗ってしまった。自分達が手を下しておきながらセイラに責任を擦り付けることが許せなかった。
「どうしてそこでセイラのせいになる。あいつは何もしてないだろ」
『したでしょう、デーヴィアの王家から杖を盗んだ挙句、アルミナ家とアポロン家まで巻き込むって大事を。あれでね、本来『記録書』に書かれてた歴史が変わったのよ。本来ならティーナと三人で幸せに暮らすはずだったラヴェルとプリメイは引き裂かれ、アルミナ家とアポロン家の争いに巻き込まれて最終的に死ぬ結末に変わった。
歴史にはね、ある程度の自己治癒力があるのよ。過去が変わっても多少の矛盾は『世界樹』が事象を整えて勝手に辻褄を合わせてくれる。でも王家や貴族を巻き込んだ都市レベルの争いだと『世界樹』自身の治癒力だけじゃ不十分でね。少しこちらで歴史を整える手助けをしてやることにしたのよ』
「何が手助けだ……歴史という目線で見るなら、お前らは更に人の運命をかき乱しているだろう」
ゼオンとメディには決定的な視点の差があった。人か、神かの差だ。メディは神の目線で更に語り続けた。
『セイラが変えた歴史に合わせることにしただけよ。だってティーナが現代に行っちゃったら、三人で幸せに暮らすなんて方向には合わせられないじゃない? だからその時点で濃厚だった『ラヴェルとプリメイは死ぬ』という結果に合わせて辻褄を合わせることにしただけ。結果に合わせて大方の矛盾は『世界樹』が整えてくれたから現代への影響は殆ど無いのだけどね? 『二人が死ぬ』って結果自体が若干不確定だったのよ。ほら、ティーナが逃げ出した時、変にアルミナ家が介入して二人を救ってしまったじゃない? あれで可能性が100%じゃなくなったのよ』
「辻褄合わせ……?」
『そう。さてラヴェルとプリメイはティーナと三人で幸せに暮らしました……って本来の歴史からずれちゃった矛盾をどう正すか色んなパターンを考えたのだけどね、あの二人の場合だとさっさと死んでもらうのが一番修正範囲を小さく抑えられるって結論に至ったのよ。だからああしたの。あなた達はちゃあんと辻褄を合わせてくれたわね? 二人の死を観測してくれた。歴史ってのはね、観測と認識の積み重ねで成り立つの』
「全く理解できない。お前らが手を下し、俺達が観測したことでどうして辻褄が合ったことになる? 俺もお前もこの時代にとっては異物で、正す側じゃなくて矛盾を生む側のはずだ」
『あのね、過去に干渉したことで多少の矛盾が生まれても大方は『世界樹』が整えてくれる。でも、生死に関することだけは確実にその人がその時間その場所で死んだと誰かが観測して証明しなければ矛盾は治らないの。でも、私達が観測しても『記録』残らないのよ。だから確実にラヴェルとプリメイが死んだって誰かに観測してもらわなきゃならなかったのよ』
ゼオンはメディの考え方には全く共感ができない。これが人と神の差なのだろうか。
人には神が理解できないというのなら、元々は人の側に居たはずのブラックやロイドはどうなのだろう。彼らは本当にメディの思想に共感しているのだろうか。ゼオンは二人の方へ目を向ける。暗闇が表情を隠し、ゼオンは二人の本心を読み取ることはできなかった。
ゼオンは再びメディに問いかけた。
「些細な……整える……観測? 意味がわからない。人の過去を弄ることが、それがお前らのいう秩序の守り方なのか。それでも神か」
『ええ、そうよ。私達は人の為の神じゃない。世界を存在させ続ける為の神よ。たかがゴミ虫一人二人の人生が変わったところで何が問題だというの』
「お前らは秩序なんて守ってない……何の罪も無い二人を殺しただけだ」
『でも、死ぬことを定めたのは私達じゃなくてセイラだわ。セイラが何もしなければこちらだってゴミ虫二人の為に手間をかけたりしなかったわよ』
メディの思想に筋が通っているかどうかはわからない。しかし、仮に通っていたとしてもゼオンはそれを正しいとは認めたくない。再びメディに言い返そうとした時だ。
背後で今にも消え入りそうな声がした。
「ゼオン……ラヴェル達に会ったの……今の話は本当?」
真っ暗な瞳でティーナがこちらを見つめていた。ゼオンが我に帰った時にはもう遅かった。今の話は「ラヴェルとプリメイが死んだ」という前提無しでは成り立たない。メディの声がじわじわと響く。獲物が衰弱する様を嗤うように。
ティーナは涙を目尻に貯めながら、縋るように尋ねた。
「ラヴェルとプリメイは、死んだの?」
ゼオンから言葉が出なくても、ティーナは真実を読み取っただろう。ティーナの頬を涙が零れ落ち、杖の柄を塗らしていた。
更にティーナを地獄に落とすかのようにイオがブラックに言った。
「そういや弟君。ボクの頼んだ物、拾ってきてくれた?」
ブラックはしばらく苦い顔をした後、イオに何かを渡す。イオはそれをゼオンとティーナに見えるように抱えた。
指先で摘める程の大きさの宝石だ。血が纏わりついており、銃弾のような形をしている。ゼオンにはそれが何だか一目でわかった。
「さあ、あの瞬間を見せてあげるよ」
イオの手から蒼の魔法陣が浮かび、宝石から淡い光が浮かぶ。ティーナは虚ろな瞳でその光に釘付けになっている。ゼオンが止める間も無く、銃弾の記憶は上映された。
空間の裂け目へ撃ち込まれた弾はあの場所へと飛び出した。ラヴェルに庇われたゼオンとルルカ、そして倒れるラヴェルへと手を伸ばすプリメイの額へと突き進みぶつかって────真紅に爆ぜた。弾が地面へと落ち、プリメイが裂けた遺体となる瞬間まで、その弾はしっかりと視ていた。
「ラヴェル……プリメイ……幸せになって、ほしかったのに……」
悲痛な呟きはまるで心にヒビが入る音のようだった。ティーナは呆然と立ち尽くしているのに手元の杖だけは異様な程の光を放っていた。
その時になってようやく、ゼオンはメディの狙いに気づいた。あまりにも遅すぎた。
「ティーナ、落ち着いて……」
ルルカがティーナに駆け寄ろうとした時だ。
「ルルカ、避けろ!」
土が巻き上がり、光で目が眩み、様々な音が駆け抜けていった。再び辺りが静まり返り。ぴたりぴたりと何かが零れ落ちる音と鉄の臭いがした。
地獄絵図のようだった。ティーナの鎌がルルカの腹に深々と突き刺さっていた。ルルカの手から弓が落ち、杖の姿へと変わってティーナの足元へと転がっていく。
「うふふふふふ……あははははははは……だぁいせいこう! あはははははははあははははははは!」
ティーナの口から出た声だが、ティーナの言葉ではない。この毒を孕んだ言い回しはメディのものだ。
ティーナはルルカの腹から鎌を抜く。ルルカは膝をついて倒れ込み、ティーナは再び鎌を振り上げた。
「ティーナ!」
ゼオンは寸前のところで間に入り、鎌を食い止めた。しかし足元にはルルカの血が溢れかえり、ルルカは起き上がることができない。おまけに杖まであちらへと行ってしまった。
「ああ、可哀想な子ねぇ。誰のせいでこんな不幸になったのかしらぁ?」
ティーナの目で、声で、メディはゼオンに囁いた。そして杖を拾い上げてロイドへと投げ渡した。
「持ってて。うまく使ってよね?」
目的の物を奪ったところで、敵はゼオンとルルカを囲み、最後の詰めへと移ろうとしていた。ブラックの剣が、ロイドの銃が、イオの術が、ティーナの鎌が、刑の執行の時を待っている。
対してこちらはルルカが動けず、戦える状態なのはゼオンのみだった。実質の四対一だ。
身も心も引き裂かれそうだったが、それでも涙を流したティーナの姿を忘れられない。血を流して倒れているルルカを放ってはおけない。自分の身は諦められても、共について来てくれた二人を諦めることはできなかった。
ゼオンは剣を地に刺して自分の魔力を出来る限り放出する。ゼオンはこれ以外に皆から受けてきた「恩」を返す方法が思いつかなかった。
たとえどれほど絶望的でも、勝ち目が薄くても、戦うしかなかった。物語のヒーローのように。
皆が信仰するヒーローのようにこの窮地から二人救えたら、たとえこの身が砕け散ってもゼオンに後悔は無いだろう。




