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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第12章:ある悪魔の狂詩曲
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第12章:第33話

街を出るとすぐに広い草原に出た。やはりヴィオレの街は都会だからだろうか。比較的整備された道が草原に真っ直ぐに伸びている。左右を見ると、遠くに森と呼んで差支えない程度の木の塊が見えた。ここからは距離がある。ティーナがイオと落ち合うなら、あの森の中だろうか。

草原に降り立つと、魔物アルテミスは風のようゼオンとルルカを優しく地に下ろした。ラヴェルとプリメイは深く頭を下げる。


「ありがとう、ゼオン君、ルルカさん。君達のおかげで俺達はこうして再会することができました。本当に感謝しています。どうか、お元気で」


二人は寄り添い合いながら固く手を結んでいた。争いの声も火花も今は遠く背の方へ消えた。ここまで来れば、もう二人の身を心配する必要も無いだろう。

ゼオンは二人の声と微笑みがまるで異界のもののように見えた。二人を一言で言い表すならば「理想の夫婦」だ。きっとこの二人は久遠の時を超えたとしても互いを支え合い、離れることはないのだろう。

ふと自分の両親の姿が脳裏を霞めた。ゼオンには得られなかったものだ。ゼオンはティーナを羨ましく思い、同時に時を超えてでもこの二人にもう一度会いたいと願ってしまったことに納得がいった。


「お二人は……これからどうするんですか」


「とりあえず近くの街に向かおうと思います。そこから定住先を捜そうかなと」


「そうですか……確かに、それがいいと思います。ええと、その……頑張ってください」


ゼオンがその言葉を正しく吐き出すまで随分と時間がかかった。照れくさくてたどたどしい答えになってしまったが、それでも伝えたいことを口に出すことができた途端、心が安らいだ。


「ありがとう。君達も、できればこれからもティーナと仲良くしてあげてほしい」


「それは……勿論です。……ティーナがそれでも良いと思うなら」


チクリと罪悪感がゼオンの胸を刺した。何を都合の良いことを! そもそも誰がティーナを傷つけたか忘れたのか?

心が自分自身を罵倒した。それなのに、何度問いかけてもゼオンが心の底から惹かれる相手はティーナではなかった。

キラの声を思い出しただけで光が見えたような気分になる自分が憎かった。笑顔を見ただけで春のように温まる心が憎かった。ただ自分を認めてくれた人達に傷ついてほしくないだけなのに、どうして現実はこんなにもゼオンを嫌うのだろう。

いっそこんな身勝手な己の心を殺して、ティーナの気持ちに応えることができれば何もかも丸く収まるのではないだろうか。心の内で広がっていく黒い声をゼオンは息を止めて振り払う。

ゼオンは再びラヴェルとプリメイを見つめた。二人の目には希望の光が灯っている。新しく住む街はどんな場所がいいか、どんな家に住みたいか、そんな将来の話を咲かせる二人を見ていると、少しだけゼオンの傷も癒えていくような気がした。

罪滅し。そんな言葉は都合の良い言い訳かもしれない。けれどこうしてラヴェルとプリメイを無事に逃がすことが少しでもティーナの安心に繋がってくれれば――そうゼオンは願う。


「じゃあ、ゼオン君、ルルカちゃん。元気でね!」


プリメイがこちらに手を振る。ゼオンはつられて思わず手を振り返した。愛する人に寄りかかりながら太陽のような笑顔を振りまくその姿こそ、ティーナが守りたかったものなのだろう。

ゼオンは少しでも力になれただろうか。二人を見送り、「あの二人は大丈夫だ」とティーナに明確に伝えられたなら、ゼオンは僅かでも自分に自信を持てるような気がした。


「じゃあ、さようなら」


「さようなら、お元気で」


ラヴェルとプリメイは再びアルテミスに乗り、ゼオン達に背を向けようとした。だがその瞬間、ラヴェルの目が凍りついた。

ラヴェルの異変にはすぐに気づいた。しかし、その異変の正体の把握が一歩遅れた。それが命取りだった。


「お二人とも! 後ろ!」


ラヴェルがアルテミスから飛び降り、盾の魔法を展開した。その声に弾かれるように振り返った時、銃声が夜を叩き割った。

暗闇に蒼の魔法陣が浮かび、中央から銃口が顔を出していた。咄嗟にゼオンは屈んで弾丸の経路から逃れた。だがその時にはもう遅い。弾丸が狙ったものはゼオンとルルカではなかった。膨大な魔力を仕込まれた銃弾はラヴェルの盾の魔法に食い込んでいった。ゼオンはそれがただの弾丸ではないと気づいた。爆発力は乏しいが、障害物を貫通することに特化するよう魔力を集中させている。その弾丸に対して盾の魔法を出せば……そう考えた瞬間、ガラスのような破片が飛び散った。

西瓜を破裂させたような音と共に真紅の雨がゼオンとルルカの頭上に降り注いだ。ゼオンが恐る恐る弾丸の行方へ目を向けると、そこには右耳を残して頭が抉り取んだラヴェルが居た。


「あ……あ……ぁ…………!?」


自分の頬に着いた血を指で掬い、ゼオンは現状を呑み込もうと努めた。だが何度見ても目の前のラヴェルには頭が無く、骨と肉の跡に血が纏わりつき、両手をだらしなく垂らして今倒れ込もうとしているところだった。

視界が点滅し、音という音がぐるぐると響いて聞こえた。ほんの一瞬、たった一発の弾丸がラヴェルを殺した。ゼオンにその事実を焼き付けたものはプリメイの悲鳴だった。


「ひ、いや、いやああああああああああああああ!! あああ、や、なに、ラヴェル! ラヴェル!!?」


プリメイが動揺したアルテミスの背から転げ落ち、ラヴェルに駆け寄ろうとした。その時が二発目だった。ゼオンは思わず手を伸ばしたが、その手が届くことはなかった。蒼い閃光が夜を割ってプリメイを頭から串刺した。紅の花火が上がり、華奢な身体が二つに割れて弾け飛んだ。

吐き気がゼオンを襲った。ラヴェルとプリメイが声を発することは二度と無かった。当然だ。頭が吹き飛べば声を発する口が無く、身体が割れれば脳と生命が繋がらない。

ゼオンは剣をやみくもに振り回して叫んだ。


「誰だ! 何処に居る!! なんて真似をしてくれた!!!」


周囲を見回して暗殺者を探したが、仮に暗殺者にゼオンへの殺意があったとすれば今のゼオンを仕留めることは非常に容易かっただろう。それ程にゼオンの頭は衝撃でかき乱されていた。

しかし暗殺者の役目はそこで終わっていた。凶器をしまい込もうとする寸前のところをゼオンの目は捉えた。宙に蒼の魔法陣が浮かび、あの白い銃口が見えた。


「出てこい、すぐに!!」


しかしゼオンの叫びも虚しく、魔法陣も銃口も夜の闇に溶けていった。夜の静寂がたった今起こった出来事をくっきりと浮かび上がらせた。つい先程まで寄り添い合っていた理想の夫婦はもう赤黒く薄汚れたモノとなっていた。


「う……ぐ……嘘だろ……こんな……」


幸せそうな笑い声がまだ耳に残っていた。あの暖かな家庭の空気、プリメイが自慢げに見せてくれたブランケット。これからも続くはずだった未来が今目の前で蹂躙され、噛み砕かれて滅んでしまった。

ゼオンは気が狂いそうだった。同時に、この事実を知ればティーナがどれほど悲しむかも容易に想像できた。


「守れなかった……なんで……なんでこんな時に限って俺は……」


これを知ったティーナは正気でいられるのだろうか。泣くだろうか、怒り狂うだろうか。それを想像すればするほど心はゼオン自身を責め立てた。

ゼオンには「恋」も「愛」もわからない。しかし「恩」は理解できる。例え「恋」として「愛」としてティーナを選ぶことができなかったとしても、せめて受けた「恩」を返すことくらいはしたかった。

決してティーナを不幸にはしたくなかったはずなのに、どうして肝心な時に限って守れないのだろう。

ルルカがゼオンに駆け寄り、なだめようとしていることすら目に入らなかった。血液の赤が視界を覆って離れなかった。

魔法陣の中央からゼオン達に向けられた銃口が脳裏に焼き付いている。


「もし、あの時……俺があの銃弾を避けなければ……」


二人は死ななかったのではないだろうか。そんな言葉を口走ろうとした時、ルルカがゼオンのクロークを強引に引っ張った。


「貴方が銃弾を避けなかったら貴方が死んでたでしょう。そしたらティーナは発狂してたわよ! そんなこともわからないの? 馬鹿なの死ぬの!?」


ルルカの怒鳴り声に冷静になり、ゼオンはしゅんと俯いた。


「ごめん……」


その反応に、ルルカの勢いも途端に失せた。


「謝らないでよ、らしくないわよ……。その、貴方のせいじゃないって言いたいの。この二人は明らかに殺されたのよ。なら、悪いのは避けた貴方じゃなくて殺した奴に決まってるじゃない……」


紛れも無い正論に、ゼオンの心は僅かだが落ち着いた。何らかの責任を感じているのか、ルルカは気まずそうに俯いていた。


「なんか……この間言ったことを気にして、自分のせいでティーナを不幸にしたと思っているようなら謝るわ。私もよかれと思って……まさかこんなことになるとは思わなかったのよ」


「それは別に構わない。俺も無神経だっただろうしな」


「だからそうじゃなくて……」


言いかけたところでルルカは頭を抱えてため息をついた。


「お願いだからしっかりしてよ……」


無残な死体を前に、お互い呆然とうなだれることしかできなかった。だというのに、開戦の合図は常に最悪の状況の中で起きるのだ。

遠く離れた森の上空に翡翠色の光の柱と竜巻が同時に上がった。そこに誰が居るか、何が起こったかは語るまでもなかった。


「……そこに居るってことね。急ぎましょう」


「そう……だな」


ゼオンはラヴェルとプリメイの亡骸のことが気にかかった。せめて埋葬だけでもしてやりたいところだが、とてもその余裕がある状況ではない。


「気持ちはわかるけど……こうしている間にティーナが危なくなるのよ」


すぐに頷くことはできないが、否定もできない。すると、ゼオンの頬を誰かが撫でた。白銀の牡鹿のような魔物――ラヴェルが召喚したアルテミスがゼオンに頬を擦り寄せていた。

召喚者が死したなら、やがてアルテミスの姿は消え、元々封印されていたカードへと戻るだろう。現にアルテミスの足元は既に銀色の光となって溶けかかっていた。


「……お前の主人、守れなくてごめんな。このまま置いていくことしかできなくて……本当にごめん」


アルテミスの頭を撫でながらゼオンはそう繰り返した。アルテミスは動かない主人を鼻でつついて起こそうとしているようだった。

何処かに連れて行くつもりなのだろうか。血に塗れた服の裾をくわえて、ラヴェルの身体を引き摺ろうとしていた。


「……お前が埋葬するつもりなのか?」


魔物に遺体の埋葬ができるとは思えないが、アルテミスはそう訴えているように見えた。ゼオンはできる限り亡骸の血を拭き取り、二人をアルテミスの背に乗せた。

アルテミスはお辞儀をするように頭を下げ、空へと飛び立っていく。白銀の光が血液の色を鮮やかに映し出す度に、惨劇の瞬間の記憶がゼオンの頭でフラッシュバックした。

未だに深く痛む心を誤魔化し、ゼオンは自分に言い聞かせた。切り替えろ。そうでなければ、次はティーナが危ない。


「……よし、行くぞ」


アルテミスに背を向けると、光の柱の方へ、ティーナの居る場所へとゼオンは駆けた。後に続くルルカがゼオンの背を心配そうに見つめていた。


◇◇◇



一発の銃弾が封印の儀式を妨げた。自分の鎌が弾き飛ばした蒼い弾を見つめ、ティーナは舌打ちをする。


封印術を使う為に一瞬でも結界を解いたことが命取りとなったか。ティーナは迎撃の体制に入り、木々の音から敵の姿を目で追った。

敵は誰だ? ショコラ・ブラックの武器は剣だった。銃は撃たない。となると、まだティーナが正体を知らない敵が襲撃してきたことになる。見たところ、姿を隠しての遠距離戦が得意のようだ。ならばまずは相手を引きずり出そう。

ティーナは斬撃で目に入った木を一本切り倒す。すると、倒れた木は隣の木を巻き込み、更に巻き込まれた木が更に多くの木を巻き込んだ。森を巻き込んだドミノ倒しの中でティーナは耳を澄ませ、その一点へと一撃を放った。


「そこだ!」


翡翠の衝撃波が斃れていく森の一点を穿った。襲撃者の姿はまだ見えない。だが、ティーナの感覚がピンと何かを捉えた。すると、ほぼ同じ地点から一発の銃声が響く。咄嗟に弾丸を避けたティーナは弾が放たれた地点へと駆け出す。

が、ティーナは駆ける方向を間違えたのだ。背後であの少年の声がするまで、ティーナは一番警戒すべき者のことを忘れていた。


「キャハハハハ! 惜しい惜しい、首を落とすところまではよかったよ!」


振り返ると、頭が半分程再生しかかった状態のイオが立ち上がっていた。胸には蒼の銃弾が刺さっている。どうやらその弾がイオに再生の力を与えたようだ。

ティーナの頬を汗が伝った。しくじった。更にティーナを追い詰めるようにイオは森に叫んだ。


「もういいよ、出ておいで! ロイド!」


その名前はティーナもよく覚えていた。真冬の雪のような無色の髪と翼の少年が純白の装束をたなびかせて目の前に舞い降りた。

その顔は紛れもなくショコラ・ホワイトに淡い想いを寄せていた、キラとゼオンの友達だ。


「え、ちょ、う、嘘でしょ……白髪……!?」


一瞬ティーナがたじろいだ隙をイオが狙おうとした時、上空から銀の矢が降り注いだ。


「二対一は卑怯よね。二対三に変えましょう」


他の場面だったならば安堵をもたらすはずの増援が、今はティーナの心をきつく締め付ける。これをゼオンが知ったら……ティーナにはそんな心配をする余裕すら与えられなかった。ティーナの隣へと舞い降りたゼオンとルルカは眼前の白い悪魔を見て言葉を失った。

特にゼオンのショックは大きかっただろう。ゼオンが倒れた時に薬を渡し、何度も見舞いに来ていたロイドがイオの隣に立っていたのだから。


「おい、ロイド……なんでそこに居る。いや……なんでこの時代に居る」


「なんで? えっと、君達の敵だからかな。イオに連れてきてもらったんだよ」


ロイドは機械的に質問に答えた。流石に応えたのか、ゼオンが一歩後ずさる。その反応を見た途端、ティーナの戸惑いは怒りに変わった。


「この世を創りし紅き瞳の女神よ……真紅の槍で魔を穿て! ドゥ・ラ・エカレイト・スピア!」


紅のブラン式魔術で生み出された破滅の槍がロイドの心臓へと撃ち出される。イオはそれを見てただ一言、「迎撃だ」とロイドに命じた。


「この世を創りし紅き瞳の女神よ……」


ロイドの詠唱を聞いたティーナは絶句した。それは自分と同じ「紅のブラン式魔術」の詠唱だ。幾多の薬を射ち込まれ、人としての尊厳を捻り潰した実験の末に得た力だ。


「真紅の槍で魔を穿て!! ドゥ・ラ・エカレイト・スピア!」


ティーナと全く同じ呪文、同じ破滅の槍が放たれ、ぶつかり合う。両者ほぼ互角、若干こちらの優勢で砕け散ったものの、ティーナは動揺せずにはいられなかった。


「あんた、なんで! なんでそれが使えるの。神様から力でも貰ったわけ? じゃなかったら……」


「神様? いや違うよ。君と同じってだけだよ」


ロイドは淡々とティーナに言った。おかしな態度だった。戦いの最中なのにまるで日常の延長戦に居るかのように緊張感が無い。


「同じ……?」


「僕も人体実験の被験者だってこと。まあ元の時代の施設での話だし、僕は身体が実験に耐えきれずに死んだ失敗作だから、君ほどちゃんと力を発揮できるわけじゃないけどね」


しかしロイドは二丁の銃を向けて微笑んだ。片方には紅の銃弾、だがもう片方には蒼の弾が入っている。


「でも、紅と蒼を両方使ったらどうなるだろうね」


その姿勢から、どう説得してもロイドが味方に回ってくれることはないと読み取れた。ティーナを庇うようにゼオンが剣を手に前へ出た。友が相手でも戦うという意志が背中から伝わった。


「キャハハ、いいねいいね! やっぱり物事なんでも楽しまなきゃね。じゃあロイド、あいつらぶっ潰しちゃってね。命令だよ!」


「命令? わかった」


命令を受けたロイドは機械的に戦闘体制へと入る。同時にゼオンが二人に指示を出し、友との戦いが始まった。

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