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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第12章:ある悪魔の狂詩曲
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第12章:第28話

「ゼオン。あんた、自分が病めやがりだって自覚無いでしょ」


キラはじとっとした目つきでゼオンを睨みつけた。


「それを言うなら病み上がりだろ。もう熱は下がったし体調は問題無い。むしろお前がそう口うるさく寝てろという理由がわからない」


一言で切り捨てるゼオンを見て、キラはぶうっと頬を膨らませた。今日はセイラがティーナ救出の為の計画を教えてくれるのだという。二人はゼオンの寮の部屋でセイラ達が来るのを待っているところだった。

ついこの間まで起き上がることもままならなかった癖に、この男はまたベッドに入らず本とノートを広げて机に向かっている。ノートに何かを書き綴っているようだ。文字ではない。魔法陣だ。


「魔法陣なんか書いてどうしたの」


「いや、ちょっと実験……。これ、詠唱省略の魔法陣なんだけど、これをちょっといじって別の魔法にできないかなって」


「そんなことできるの!?」


キラが身を乗り出して叫ぶと、ゼオンは冷静にキラの頭を引っ込めた。


「実験だからまだわからない。けど……セイラから聞いた過去の歴史の中にアディとかいう世界最古の魔法使いが居ただろ。メディから神の魔法を学んで模造品の神を作る魔法を生み出したなら…………魔法を作ることって、実は俺たちにでもできることなのかなって思って。そりゃあ、神を作るような魔法は作る気ないけどな」


「はあぁ……よくそんなこと考えるねえ」


「いきなり一から創るのは難しいだろうから、既存の魔法のアレンジから始めようかと思ってな。こいつからもっと手軽に魔法の複数同時発動ができる魔法を作れないかなと」


「へええーすごい! そんなこと考えるなんてすごいなー…………じゃない! そうじゃなかった! ゼオンのばか! ちゃんと休め、寝なさい!」


魔法に関するなんだか凄そうな話のせいで一瞬誤魔化されたが、もう騙されない。キラは椅子からゼオンを引きずり下ろすとベッドに放り投げようとした。

だが、投げようとした寸前でゼオンが言った。


「こら、待て。おかしいのはお前の方だ。体調は本当にもう大丈夫だ。じゃなきゃティーナを助けに行こうとするはずないし、セイラやルルカも熱が無いなら平気だろうと言ってたし。なんで最近会う度に俺の体調なんか気にするんだ」


「それは………」


一瞬ドクリと震えあがった。すぐに理由が思い浮かばなかった。いや、頭の中にはどろどろと記憶が湧き上がっていたが、うまく言語化できないと言ったほうが正しい。しばらくして、キラはオズが話していたことを思い出した。


「オズが言ってたんだよ。『解毒剤が出てないのに治るのは変だ』って。原因もまだわからないし………だから治ったって、信じられなくて」


「解毒剤? 解毒剤なら出てるけど」


「えっ?」


ゼオンは薬の袋を取り出して解毒剤を見せた。


「あれぇ? でもオズは解毒剤は出てないって」


「でも、ここにあるんだが」


二人は首を捻って考えたが、答えはさっぱり浮かばなかった。その時、扉が開いてセイラとルルカが入ってきた。


「おまたせしました。てきぱきと説明済ましてしまい……あら、どうしたんですか?」


キラとゼオンは顔を見合わせて、ひとまずこの話はまた後にしようということにした。今はティーナの救出が先だ。

キラ、ゼオン、ルルカ、セイラ。メンバーが揃ったところで作戦の説明が始まった。


「まず大まかな概要から説明しましょうか。まずは魔法で300年前のヴィオレの街に飛びます。次にティーナさんと合流します。それから、また魔法でこちらの時代に戻ってきます。以上です」


「本当にざっくりした概要だな」


ゼオンがすかさずそう言うと、セイラはゼオンに何かを手渡した。ゼオンは手渡されたものをまじまじと見つめ、キラとルルカにもそれを見せた。

砂時計だ。指先で摘める程度の大きさで、チェーンが付いており首から下げられる。砂時計の両面には魔法陣が刻まれていた。


「それ、ゼオンさんにお渡ししておきます。その魔法陣を展開すると、ゼオンさんでも時を越える魔法が使える仕組みになっています」


「俺でも……? ちょっと待った、お前が俺達を過去に送るわけじゃないのか」


「ええ、元の時代に誰か残っていないと、万一誰かが過去に取り残されるような事故が起こった際に救出に向かえませんから」


「じゃあ、ティーナの所には俺達三人で行けってことか?」


「そうなりますね」


セイラによると、今手渡した砂時計を使ってキラ達は自力で過去と現在を行き来しなければならないらしい。

まずは砂時計の魔法陣を展開して過去に飛ぶ。すると砂時計の砂が落ち始めてカウントダウンが始まるそうだ。時間制限は8時間。そのタイムリミットになると自動的にもう一つの魔法陣が展開され、時を越えて現代へ戻ることができる。その8時間の間にティーナと合流しなければならないということだ。


「場所はヴィオレの街のすぐ近くに着くよう設定しています。あとはよろしく頼みますね」


「なあ、本当にお前がついて来るわけにはいかないのか? 戦力的に考えて、4人で行く方が確実だと思うんだが……」


「そういうわけにもいかないんですよ。私にも色々野暮用がありまして。皆さんがその砂時計の力を発動する時までは私も傍についていますから」


セイラが居ないという不安はキラにもあったが、セイラはどうしても行く気は無いようだった。


「それに、無事にタイムスリップを邪魔されないよう誰か一人見張りが付いていた方がいいと思いますよ」


セイラはそう言って番犬のように注意深く窓の外、そして部屋の扉の向こうに目を向ける。今この瞬間にも敵はキラ達を見ている。そう警告するかのようだった。

続けて、セイラは過去のヴィオレの地図を渡した。セイラが記録書を参考に自筆で描いたらしい。自筆とは思えないほど細かく丁寧に描かれており、一箇所赤いインクで印がついていた。


「そこ、ティーナさんが昔お世話になっていた方の家です。おそらく確実に立ち寄っているでしょう。参考にしてください」


ゼオンは「わかった」と頷き、砂時計と地図を懐にしまった。作戦の概要は理解した。キラはティーナに想いを馳せる。一刻も早くティーナに会いたくて、キラは落ち着かなかった。ゼオンも何か思うところがあるようで、時々今貰った砂時計を見つめては物憂げな表情を浮かべていた。

話を聞き終えると、ルルカが皆に言った。


「なるほどね、大体のことはわかったわ。なら、早めに実行に移さなきゃね。今日中に始めるくらいの方がいいでしょうね」


「だろうな。時間が経てば経つほどあいつらにも対策を立てられるだろうし」


「一度宿に戻って準備をしてもいいかしら。一時間後くらいに中央広場に再集合でどう?」


「俺は構わない。お前らは?」


キラとセイラも頷き、方針が固まった。会議が終了したところで一度解散となり、ルルカとセイラは宿に戻っていった。ゼオンも杖や上着などを揃えて準備を始めたようだ。


「じゃあ、また後でね。あんまり無理しないでね」


「わかってる。じゃあ、また後で」


ゼオンに手を振り、キラも部屋を出た。ゼオンはもうふらつくこともなく、しっかりと背筋を伸ばし、倒れる前と同じようにてきぱきと身支度を整えている。たしかにその様子を見ていると未だにゼオンの体調に不安を抱いているキラの方がおかしいように見えた。

ルルカとセイラも、もうゼオンの体調を気にしてはいないようだ。皆が平気と言うのなら、大丈夫なのかな……そう思い、キラは自分の不安を拭い去ろうとした。

キラは一度学校の教室に戻り、自分の杖の様子を確認した。石の部分を布で磨き、銀の部分の汚れを取ってやる。杖が汚くても戦闘には差し障り無いが、これはキラが自分の意志で責任を持って管理すると決めた杖だ。汚れくらい落としてやらなければいけないと思った。

たとえ中に住み着いているものが残虐な破壊の神であったとしても。キラがこうしてせっせと敵の身体が封印された杖を磨いている姿を見て嘲笑ったとしても。

必要な物を揃え、杖も磨き終わり、中途半端に時間が余った。先に集合場所に向かおうか、どうしようか。そう考えていると、教室に誰かが入ってきた。ロイドだった。


「あ、ロイド。この前はゼオンの看病とか薬を渡したりとか色々ありがとね」


「どういたしまして。そういえばキラ、ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな。ゼオンの体調のことなんだけれど……」


ロイドの言葉にキラは思わず立ち上がった。そうだ、ロイドはゼオンと同じく寮を使っている。ゼオンが寝込んでいる間も面倒を見ていたようだし、ロイドはゼオンにとってキラ以外では学校内で一番よく話す相手のようだった。ここ最近のゼオンの様子も知っているはずだ。


「ゼオン、最近あまり寝てないみたいなんだよ。朝食食べないし、晩飯もそんなに食べないし。でも、熱は下がったし元気そうなんだよね……」


「え、そうなの? それって、ゼオンが倒れてから?」


「そうなんだよ。それまでは朝も食べてたんだよ。どうしたんだろう……」


キラの頭に先程話題に上がった解毒剤のことが浮かんだ。オズは解毒剤は出ていないと言っていたが、薬は確かにゼオンの部屋にあった。オズの話が正しいと仮定すると、何者かが医者から処方されたもの以外の薬を混ぜ込んだことになる。

キラはロイドにそのことを話してみた。


「たしかに……変だね。俺もその日確認したけど、薬は解毒剤、解熱剤、吸血鬼用栄養剤の三種類だったよ。解毒剤は間違いなく入ってた」


「じゃあやっぱり……誰かが解毒剤を入れたってこと?」


「オズの話が間違ってるって可能性もあるかもよ。俺、一回そのお医者さんのところ行って確認しようかな。キラも行く?」


「ごめん。あたしも一緒に行きたいけど、ちょっと待ち合わせがあるんだよね。お願いしてもいい?」


するとロイドは少し困った顔をした。


「え、そっか。実は俺、ここに来てからまだ医者にかかったことが無くて、診療所の場所を知らないんだよね……」


「じゃあ途中まで一緒に行くよ。まだ待ち合わせまでちょっと時間あるし」


キラは診療所の近くまでロイドを案内することにした。中央広場までは行く方向も一緒だし、構わないだろう。処方された薬についてはキラも気になるし、ロイドの力にもなりたい。

キラはすぐに杖を持ち、ロイドと一緒に校舎から出た。キラが正門の方へ行こうとすると、ロイドは反対方向を指した。


「裏門から行こう。たぶん中央広場を通るだろ? 広場まではこっちの方が近道だよ」


キラは頷き、言われたとおり裏門の方へと向かった。裏門の付近は人通りが少なく、森の近くでもあるため薄暗く寂しい場所だった。広いグラウンドを渡った先にあるため、校舎からも離れている。

早速門を出ようとした時だ。ロイドが突然立ち止まった。


「あれ、どうしたの?」


そう尋ねても返事は返ってこない。ロイドは俯いたままだ。


「キラ……ごめん。ちょっと、謝らないといけないことがあるんだ」


急に今にも掠れて消えそうな声でそう言うので、キラは心配になって思わずロイドに駆け寄った。その時、キラの目と鼻の先に2つの銃口があった。


「僕ね、あんた達の敵なんだ」


グァンッ ゴブァンッ ズグォアンッ


銃声、銃声、また銃声。キラは間一髪しゃがんで避けたものの、すぐさま動くことができず、目の前の事実を受け入れられないままロイドの顔を見上げることしかできなかった。

頭が掻き回されたように痛かった。視界が歪んでいた。今、なんと言った? 敵? ロイドが? こんなに近くに? ずって友達だったのに?

悪夢であってほしかった。しかし、そう思った途端、地面で蒼の魔法陣が輝き、身体が動かなくなった。


「う、嘘でしょ……ロイド、嘘だよね……? 敵……? 何言ってんの……?」


ロイドは意志を持たないロボットのような目でキラを見下ろしていた。事の重大さを理解していないような、悲しみも楽しみの色も無い純粋な目だった。


「メディが言ったとおりだ。嘘をつく時は本当のことを混ぜるといいんだね。覚えとこ」


「嘘だったの……ゼオンの体調のことも、薬のことも……あたし達が友達だったことも……」


「いや、全部本当だよ。ゼオンが寝てないのも飯あんまり食べてないのも解毒剤があったことも。ただ、オズの話は間違ってないよってだけさ。解毒剤を入れたのは医者じゃなくて僕だからね」


ロイドは淡々とそう述べると、座り込んだキラの足を踏みつけて額に銃口を押し付けた。口調だけは日常の会話と同じように穏やかだが、額に当たった銃口はどこまでも冷たくて痛い。


「う、そ、じゃあ……じゃあ……ゼオンは、ゼオンが飲んだものは……」


「ん? そこは嘘ついてないよ。解毒剤は解毒剤。だいじょうぶだいじょうぶ」


これまで「友達」だと、身近な存在だと信じてきた人が一瞬で遠くに行ってしまったようだ。ああ、またこの感覚だ。自分が信じてきたものを否定される時。身体がねじ切れそうだ。いや、ここで目の前の出来事を素直に信じてしまったら、またティーナの時のように後で「信じきれなかった」罪を背負うことになるのだろうか。

頭がおかしくなりそうだった。周りどころか、自分さえも信じられなくなりそうだった。こんな出来事がまだ続くのか。まだ終わらないのか。「気がついた時にはキラの味方なんて誰一人居ませんでした」――――そんな悪い妄想が自分の心を蝕み始めていた。


「それよりキラ。ゼオンの心配もいいけど、自分の心配した方がいいんじゃない? 僕、キラのこと殺すか、攫って人質にするか、とりあえず杖を奪い取るかしなさいって言われてるんだよね。どれがいい?」


細い身体に似合わない大ぶりの銃を突きつけながら、ロイドは他人事のような顔をしていた。


「あたし……ロイドが何考えたらこんなことできるのか全く理解できない。こんなことするなら、なんでこれまで友達みたいな顔してたの。なんでこんなことできるの」


ロイドは不思議そうに首を傾げた。


「え? そんなの、友達になっておけばキラ達が油断するからでしょ? 僕はその為に生かされたから、そうするだけだよ」


「その為にって……その為に生きて、それで楽しいの? あんたが生きてるのはあんたが生きる為でしょ!?」


その時、キラの言葉をかき消すように発泡音が三回響いた。鳥が驚いて逃げ去る音がした。ロイドの二丁の銃のうち、片方が上を向いたまま煙を吐いていた。


「ねえ、キラ。キラの言っていることは難しくて僕には理解できないけど。僕は今の生活が楽しいよ。与えられた役割に答えれば、ちゃんと答えた分だけ貰えるものがある。僕はその為に頑張ってるつもりだよ。だから、楽しい」


ロイドは笑っていた。イオのような嘲り見下すような笑いではなく、ティーナのように他人を元気づける為の笑いでもなく、もっと純粋な子供のような笑みだった。

笑いながら、銃の引金に指を添える。キラの視界が揺らいで見えた。もう何度も経験した痛みのはずなのに、まだ胸が痛む。

それでも、もう泣きたくはない。強くなりたくて、強さに憧れて、キラは蒼の縛りに抗った。キラは自分の杖を魔法陣に突き刺す。しかし杖を通して自分の全身に痛みが走った。それでもキラは自分を縛る力を振りほどこうとした。

だが、そのキラの努力を踏みにじるように二丁の銃口がキラの頭を狙った。


「ごめんね、どうしてもあの子の時間を延ばしてあげたいんだ。僕の世界はあの子だから」

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