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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第12章:ある悪魔の狂詩曲
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第12章:第27話

何も変わらない。プリメイの話し方や店の雰囲気。一歩一歩進む度に、懐かしい日々が頭に浮かぶ。

けれど、変わらなかったのは暖かさだけでは無かった。廊下の壁が剥がれ落ちている。居間の入り口の扉が壊れている。テーブルの脚が折れかかっていて、部屋に灯りがついていない。


「はい、お茶どーぞ! お菓子もあるよ。あ、そうだ。暗いでしょ、蝋燭持ってくるねっ!」


家の中が荒れている理由はすぐにわかった。あの日、ティーナとセイラを捕らえるために兵士達が乗り込んできたせいだ。家のあちこちにできた傷を見る度にティーナの中で怒りと罪悪感が沸き起こった。

プリメイは蝋燭に火を灯すと、ティーナにお菓子を差し出した。ティーナがお菓子を受け取ると、ようやくプリメイは安心したようだった。


「ああ、やっぱり。身長も伸びたし、雰囲気も前と大分変わったけど、やっぱりティーナなんだね」


「うん……プリメイ、久しぶり。いや、プリメイからすると久しぶりでもなんでもないのか。でも、また会えてよかった……!」


「ウチも、ティーナが無事でほんとに嬉しい。ねえ、あの後何があったか、教えてくれない?」


ティーナは深く頷き、ありのまま全てを話した。セイラの時を操る魔法や、キラやゼオンやルルカと出会ったことも隠さなかった。プリメイからすれば信じがたい話だろうが、もし信じてもらえなくてもここで変に誤魔化したくはなかった。

全てを聞き終えたプリメイの目は夢でも見たように潤んでいた。


「そっか、ティーナ。本当に良い人達に出会えたんだね。セイラが言っていた話も本当だったんだ……すごい冒険をしてきたんだね。立派になったね」


「ううん、そんなことない……あたしはただ……真似してるだけだよ。笑顔を作って演じることを覚えたから、明るくなったように見えるだけだよ」


「そうかな、ウチにはそうは思えないよ。前よりずっと大人になって、成長したって思うんだけどな」


ああ、相変わらずその優しさが傷に染みる。しかしきっと、そんな優しさがあったからこそ、ティーナは救われたのだろう。

久々に飲んだプリメイのお茶は甘酸っぱい果実の香りがした。ここが自分の原点だ。空になったカップの底を見つめ、ティーナはほんの少し微笑んだ。


「プリメイ、ありがとう。あたしを拾って、家族って認めてくれて。ラヴェルとプリメイが居たからこそ、あたしはここまで来れたんだと思うよ。だから、本当に感謝してる。それをどうしても伝えたくて、戻ってきたんだよ」


そう告げた瞬間、長い間自分の中で引っ掛かって取れなかったものが、スッと溶けて消えたような気がした。プリメイは「どういたしまして」と、優しく微笑む。

これでようやくやり残したことができた。だから今度は、「現在」に向き合わなきゃね。ティーナは突如プリメイに問いかけた。


「プリメイ。あたしね、ちょっとやらなきゃいけないことがあってここに来たんだ。一つはプリメイ達にお礼を言うため。でも、もう一つ用事があるの。…………ねえ、ラヴェルは今どこに居るの?」


そう言った途端、プリメイが青ざめて石のように黙り込んだ。その反応で、疑惑が確信になった。


「……やっぱり。ラヴェルは今ここには居ないんだね。あの後、何があったの」


プリメイの笑顔が震えていた。まるで一人置き去りにされた小犬のようだった。


「ラヴェルが兵隊さんに刺されて怪我しちゃったのは覚えてる? ウチら、兵隊さんに連行されそうになったんだけど、そしたら、アルミナ家の兵隊さんが来て……助けてくれたの」


アルミナ家。アポロン家と敵対する貴族。そして、ラヴェルの実家だ。


「家を出たとはいえ、息子が捕まるのは許せなかったんだろうね。おかげでアポロン家には捕まらなかったんだけど、ラヴェルの怪我の治療をするからって、ラヴェルを連れてっちゃった。…………多分、もう戻ってこれないと思う。元からアルミナ家の人達、ウチらの結婚に反対してたから」


そう言って、プリメイはしゅんと俯いてしまった。ティーナにはプリメイの辛さが痛いくらいによくわかる。愛する人と共に居れないことは身体を引き裂かれるよりも辛い。


「ごめんね、多分ラヴェルに用があったんでしょ。でも、そういうわけで、ラヴェルは今ここに居ないんだよね……」


「プリメイが謝らないでよ。全く、こんなやり方で二人を引き裂くなんて許せない!」


「あんまり責めないで。アルミナ家の人達………悪い人達じゃないんだよ。ウチ達と考えが違うだけで、子供のことを想っていることは間違いないと思う。ラヴェルの怪我を治してくれるのは嬉しいし」


「でも! ラヴェルが居なきゃプリメイが悲しいでしょ!」


ティーナは身を乗り出して叫んだ。あまりの勢いにプリメイの方が押される程だった。ティーナは陽の高さを見ながら考えた。

イオ達が迎えに来るまでまだ時間がある。それまではここで過ごそうと思っていたが、多少予定を変更しよう。新たな計画がティーナの中で立ち上がろうとしていた。

すると、プリメイが言った。


「そういえば、ティーナのもう一つの用事って何なの? ウチに手伝えることとかある?」


「ああ、それはね……ちょっと、ラヴェルのタロットカードに用があって。ラヴェルって魔物が封じてあるタロットカードを持ってるでしょ? 初めてラヴェルに会った時、あたし、それで助けてもらったんだ。そのタロットカードに予備の空札が無いか聞きたいんだよね」


「空札? 何も魔物が封じられてない真っ白な札のこと? たしかあったと思うけど……あれはラヴェルが管理してるから詳しくはわからないな。あれ、元々アルミナ家の宝って言われてるものでね、ラヴェルと一緒にアルミナ家が持ってっちゃったんだよね……」


「まあ、やっぱりそうなるよねえ……」


ラヴェルが居ない時点でその展開は予想していた。ならば、やはり新たな計画を実行に移さなければならないようだ。

もうティーナの心は決まっていた。今こそ、ラヴェルとプリメイに恩を返す時だ。二人にはいつまでも共に愛し合っていてほしいから。


「よっし、決めた! あたしがラヴェルを取り返してくる!」


それを聞いた途端、プリメイは声をあげた。


「そ、そんな、無理だよ! ウチも何度かアルミナ家にお願いに行ったけど、会わせてももらえなくて……」


ティーナは不敵な笑みを浮かべた。その笑いは、今と過去のティーナを結びつける糸のようなものだ。忌まわしいと思っていた、殺してしまいたいと思っていた過去の記憶と知識を、今ティーナは自分の全身から呼び寄せて計画を練っていた。


「プリメイってば、あたしが誰なのか忘れたの? あたしは怪盗。この街じゅうから財宝を掻っ攫った大泥棒だよ? 王子様一人浚えなくてどうするのさ」


ティーナはプリメイに笑ってみせた。プリメイは眩しい夢の中にでも居るようにティーナを見つめていた。


「だからさ、プリメイも笑ってよ。絶対取り返してくるから! あたし、笑ってるプリメイが見たいの。あたしを元気づけてくれたあの笑顔が見たいんだ」


「ティーナ……本当に成長したね。すごいよ」


そう言って、プリメイはようやく陽だまりのような笑顔を見せた。ティーナの心も晴れていく。そして、怪盗としての最後の仕事に向けて意気込むのだった。


「ようし、だったら早速準備しなきゃね! プリメイ、ちょっと街の地図貸してくれる?」


「あっ、ティーナ。待って」


ティーナが手を止めると、プリメイはテーブルのカップを片付けながら言った。


「よかったら、ご飯食べてから行かない? 腹が減っては戦はできないって言うでしょ」


「わぁ、いいね。ご飯だったらあたし作るよ」


「ううん、ウチに作らせて。ウチも、何か力になりたいから」


プリメイはエプロンを身に付けてティーナにウィンクする。


「ウチのスウィートプリンスのラヴェルを取り戻すんだもの! お腹も愛も満腹にして殴り込んでやらなきゃね!」


プリメイからその言葉を聞けたことが嬉しかった。あの頃は理解できなかった「愛」も今ならわかる。ティーナは深く頷き、プリメイの手を握った。


「よっしゃあ、じゃあお願い! あたし、プリメイのご飯食べたかったんだよね!」


「ふふん、任せて! ラヴェルが美味しいって言ってくれた最っ高の料理を見せてさしあげましょー!」


ぴょこぴょこ踊りながら早速プリメイはキッチンへと向かっていった。まるであの頃の日々の続きを見ているようだった。プリメイが食材を並べ始めた頃、ティーナはそっと居間を出た。献立が今わかってしまっては勿体無い。お楽しみは後に取っておきたいから。

廊下に出たティーナは戸棚から街の地図を取り出して二階に向かう。そこにはティーナの為の部屋があった。布団はだらしなくめくれ上がり、机や棚は無数のよくわからないもので溢れかえっていた。


「はっははー……汚い……な……」


片付けに関しては昔から全く変わっていないことがよくわかる。ティーナは床に地図を広げて計画を練る。街の区画は300年後とだいぶ変わっているが、アルミナ家の屋敷周辺はあまり変わっていないらしい。昔の記憶を掘り起こしながら、侵入経路を考え始めた。

メモの為にペンが欲しくなった為、机に手を伸ばした時、机の上のよくわからない山が崩れて頭の上に降ってきた。

空きビンだの道で拾った小石だの、ガラクタが山ほどあったがペンは無かった。だが、その中の一つに日記帳があった。


「はあー懐かしいなあ。あはは、字ぃきったなーい」


中をぺらぺらと捲ってみると、ラヴェル達と、セイラと過ごした思い出がミミズがうねったような字で書き綴られていた。

初めて計算ができた日のこと、セイラと出会った日のこと、セイラと喧嘩した日のこと――――不満ばかりが書き綴られていたが、これも当時のティーナが素直になれなかったせいなのだろう。まあ、他人を模倣して得た今のティーナの「キャラクター」が果たして素直なものかどうかも疑問だが。


「あ、リボン買った日のこと書いてある」


ティーナは普段から頭に付けている黒いリボンを指で触ってみた。セイラの絵本を奪って怒られた翌日、「ごめんなさい」ができたご褒美まてしてプリメイに買ってもらったのだ。ティーナにとってはラヴェルとプリメイと自分を繋ぐ大切な物だから、今もこれは手放せない。


「そういえば、未来ではこの日記帳はアルミナ家にあるんだっけ。アルミナ家もよくこんなもの取っておいたなあ……普通ボロボロになって捨てるでしょ。取っておく意味も無いだろうに」


そして300年後の未来ではこの日記帳はジャスミンの手に渡り、新たな怪盗が誕生するのだ。


「ようし、じゃあ未来の後輩に向けてアドバイス書いておこーう」


ティーナは日記帳の空きぺージにこれまで行った犯行のことや、盗み方、潜入方法のコツなどを細かく書いておいた。これで最後。怪盗としての自分とも、幼く未熟な自分ともこれでお別れしよう。だからこれは決別の儀式だ。過去を日記帳の中に納め、切り離す為の。

納得がいくまで書き終えると、ティーナは日記帳を机の上に置いた。ちょうどその時、プリメイがティーナを呼んだ。


「おーい、ご飯だよー!」


「はあい!」


ティーナは一階へ飛んでいった。

テーブルには魚のムニエルと、黄金色のオニオンスープ、色とりどりの野菜のサラダが並んでいる。主食のパンは勿論この店で焼いたものだろう。

初めてこの家にやってきた時のことをティーナは思い出した。あの時も、プリメイは美味しいご飯を出してくれた。二人は向かい合って席に座る。


「わああ、プリメイのご飯だあ……」


「ふふん、冷めないうちに召し上がれ!」


早速食べようとティーナがフォークに手を伸ばしたところで、プリメイの隣の空いた椅子が目に入った。ティーナの隣も、席が一つ空いている。


「ラヴェルとセイラも、ここに居ればよかったんだけどね」


「いつかまた、四人でご飯が食べられるといいね」


「うん。きっと。必ず」


その為に、必ずこの胸に秘めた計画は果たしてみせる。ティーナは硬く誓い、パチンと手を合わせた。プリメイも一緒に手を合わせ、今日こうして共に食事が取れることに感謝をした。


「じゃあ、いただきます!」


「いただきます」


魚のムニエルはふわりと口の中で溶け、口いっぱいに味が広がる。パンの香ばしさ、オニオンの香り、懐かしくて美味しくて、次から次へと料理を口に運んでしまう。

一口一口、大事に味わいながら、そっと胸の中でティーナは願う。どうかラヴェルとプリメイがまた一緒に食卓を囲める日が来ますように。

そして、この先の自分の「計画」がうまくいきますように。

ティーナの中でのルールはただ一つ。愛する人達の幸せを守ること。その為ならばどんな手でも使おう。たとえそれが自分の身を壊すことだったとしても。

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