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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第4話

普段何の気なしに行っている場所であるはずなのに、入り口の木製のドアがなぜか今日は重苦しく見えた。

図書館の前で立ちすくむキラとゼオンの間を乾いた風が通り抜ける。扉を開く前、なぜかゼオンが一度キラの方を気にした。

扉を開く前だけではなく、図書館に来るまでもゼオンは何度かこちらにちらちら目を向けていた。

一体何が気がかりなのかキラにはわからなかった。

ゼオンは遂に扉を開いた。扉の向こうにはいつもと何も変わらない図書館が広がっていた。

左手には本棚の森、右手にはティータイム用の食器棚と貸し出しカウンター、正面にはテーブルや椅子などがあり、ふわふわ飛び回る小悪魔達が居る。

そしてオズとセイラもそこに居た。先ほどまで村入り口では大きな騒ぎになっていたというのに、ここだけは空気が穏やかだった。ゼオンはキラを押しのけて前に出て、二人の方へと進んでいった。

するとオズがこちらに気づいた。


「ああ、お前らか。」


「お前らに言いたいことがあって来た。さっき、この村にエンディルスの王子が来た。」


ゼオンは挨拶をする暇も与えずにそう言った。しんと辺りが静かになった。小悪魔たちの話し声が消え、部屋中の視線がゼオンに集まった。

キラはゼオンの後ろで三人の様子を見ていることしかできなかった。

オズはルイーネを呼んで言った。


「どうや?」


ルイーネは周囲にホロをかき集めて何かぶつぶつと喋った後に言った。


「事実です。つい先ほどエンディルス国王子ネビュラ・エヴァンスが村にやってきたそうですよ。今は村長の家に居るそうです。」


「ルルカの敵らしい。五年前のクーデターでルルカの両親を殺した家の奴だそうだ。」


「なるほど。それで、そいつやルルカの話で来たわけやな。」


オズがそれまでやっていた作業の手を止め、こちらの話を聞いていた。一方のセイラは今日は絵本に夢中のようだった。オズは言った。


「立ち話も難やしとりあえず座らへん? レティタ、シャドウ、紅茶淹れて菓子持ってきてくれ。それとキラ、こいつら手伝ってくれへん?」


「いいよ、わかった!」


キラはそう言って駆け出そうとした。だがゼオンが許さなかった。ゼオンは駆け出そうとしたキラの服の襟を掴んで止めた。

「オズとセイラの言うことを絶対に聞くな」――キラはゼオンに言われた言葉を思い出した。

隣の部屋に行こうとしたはずのシャドウとレティタが立ち止まり、両者の様子を不安そうに見つめていた。

その時セイラが絵本を閉じる音がした。


「クスクス……面白いことになりましたね。それでいいんですか、ゼオンさん?」


「いいから連れてきたんだ。」


キラにはゼオンやセイラが何を言っているのかさっぱりわからなかった。だが、その時のオズが凍るように冷たい目でゼオンを見ていたのが気になった。

ゼオンはオズに言った。


「こいつが居ると不都合か?」


オズの冷たい視線がキラの方へ向いた。表には出さなかったが、少しだけ怖いと感じてしまった。なぜオズにそんな目で見られるのか、キラはわからなかった。


「まあ、ええか。」


セイラがクスクスと笑う声がよく聞こえた。オズはゼオンに言った。


「で、お前は何が言いたいん?」


「あのネビュラって奴とルルカが出会って、きっとこれから何かが起きる。……俺が兄貴と会った時みたいに。この状況は兄貴が来た時とそっくりだ。

 どうせお前らもまた裏でこそこそ何かしでかすんだろ……あの時のように。お前らはどう動く気だ?」


オズはゼオンを鼻で笑った。


「正直やなあ。」


キラの背筋が震えた。オズの目を「怖い」と思ったのは今日で二回目だった。前回は反乱の直前――オズにある少女について問われた、あの時だ。

あの時のオズは普通ではなかった。あの時の冷たい目の理由は「普通の状態ではなかった」からだと思っていた。

だが、今のオズは冷静そのものだった。オズは話し始める。


「あかんなあ、ゼオン。『お前の時と同じこと』が今起こってるとしたら、お前が睨むべきは俺やないやろ。ルルカの居場所を漏らした『誰か』や。ルルカが一番憎んでるその王子がどうして突然この村にやってきたのか、まずはそこから考えるべきなんやないのか?」


「……よくそんなことが言えるな。質問の答えにもなってねえ。もう一度訊く。これからお前は何をする気だ?」


オズはにっこりと、楽しそうに微笑んだ。


「特に何も。俺はルルカやエンディルスの王子との揉め事とは無関係や。口挟む資格も理由も無いやろ。正直言うて、俺はルルカに何があろうとどーでもええ。」


オズはさらっとそう言ってのけた。心配や怒りの色は微塵も見えない。キラは思わず身を乗り出して言った。


「そんな冷たいこと言わないでよ! あたしはルルカのこと心配だよ。たしかにあたし達には無関係かもしれないけど、ルルカにあんな悲しい顔してほしくない。オズ、お願い。何かできることはないか、何か案出すだけでもいいの、協力して!」


そう言った時、ゼオンの目がオズからキラに向いた。決して睨んでいる目つきではなかったが、なぜそんな目を向けられるのかわからなかった。

するとオズがキラに微笑んだ。優しそうな目つきだった。


「キラは優しいな。せやったら、お前はルルカの傍に居てやったらええんやないか? 俺やセイラはルルカには敵視されとるからな、近づくだけであいつは警戒する。けどお前やったらあいつの支えになってやれるんやないか?」


オズの意見はキラには正しいものに思えた。「たしかに、そうだね!」と元気よく返そうと思った。

だがその時ゼオンの言葉が再び頭をよぎった。「オズとセイラの言うことを絶対に聞くな」――なぜゼオンはあんなことを言ったのだろう?

キラは言葉を返せず、横目でゼオンを見た。ゼオンもこちらを見たまま口を開かなかった。

その時、いつの間にかセイラがキラの前まで来ていたことに気づいた。


「クスクス……、ゼオンさんの忠告、少しは効き目あったみたいですね。」


ゼオンの目はキラの周囲をくるくる回りながら笑うセイラの方を向いた。


「ねえキラさん、ルルカさんが大変な時にこんなこと聞いて申し訳ないんですが、来る途中にイオを見かけませんでした? 昨日は私にべったりひっついていたのに、今日はなぜか姿を現さないんです。」


「え、そうなの? ごめん、今日は見てないなあ。」


「そうですか、どこに行ってしまったんでしょうね……。」


セイラはキラにじりじり近寄ってそう言った。


「セイラ、お前……」


ゼオンの声に苛立ちの色が見え始めた。セイラは大げさに縮こまって言った。


「わあ、怖いですね。私、びっくりして泣いちゃうかもしれませんよ。」


「お前絶対泣いたりしないだろ。……それと、余計なこと吹き込むな。」


「余計? 酷いですねえゼオンさん。何言ってるんですかぁ? キラさんを連れてきたのはあなたですよ。私はたまたまやってきたキラさんにイオを見ていないかって言っただけじゃないですか。

 そんなに睨まなくてもいいじゃありませんか。ねぇ?」


そう言ってセイラはにっこりキラに笑いかけた。キラは今何が起こっているのか理解できずにいた。

オズはルルカのことについてのアドバイスを、セイラはイオの居場所を尋ねただけのはずだ。

だがゼオンは話が進めば進むほど警戒心を強めていた。何がゼオンを苛立たせたのかキラにはわからない。

だがオズもセイラもどこか楽しそうに笑っているのが気になった。

警戒心を剥き出しにするゼオンを見て、セイラはキラから離れ、ゼオンに言う。


「本当、キラさんは素直でいい子ですね。」


セイラの言葉に一瞬ゼオンの眉間にしわが寄る。セイラはふわりと再びキラの後ろに回り込み、ゼオンの様子を見てはクスクス笑った。

するとオズもキラの近くまでやってきた。


「ところでキラ、そのエンディルスの王子はルルカがこの村に居るって知っててやってきたんか?」


「うん、そうみたい。」


「不思議やなぁ、何でルルカがこの村に居るって知っとったんやろ。」


「確かに、何でだろう……。」


するとセイラが話に加わった。


「そういうこと、前にもありましたよね。ほら、ゼオンさんの時。あの時もなぜかサラ・ルピアはゼオンさんがここに居ることを知ってましたね。誰が教えたんでしょう。どう思います、キラさん?」


「えっ、え、そう言われてもわかんないな……。」


「誰やろな。もしかしたら……ゼオンの時と同じ奴って可能性もあるかもしれへんで?」


オズとセイラはたたみかけるようにキラに次々と言葉を浴びせた。確かに二人の言うとおり、今回の出来事はディオンが初めてこの村に来た時のこととよく似ている。

『一体誰がゼオンの居場所を教えたのか』――この疑問は結局解決していなかったはずだ。そして先ほど、あの時と似た出来事が起きた。

ゼオンの居場所をサラに伝えた誰かが、ルルカの居場所を教えた。こう考えるとたしかに辻褄が合うのかもしれない。

二人の言葉にまんまと呑まれていることにキラは全く気づいていなかった。いつの間にかゼオンとの距離が遠くなっていた。


「ルルカのことも心配やけど、そっちの方も気にした方がええかもしれへんで?」


「そうですよ、キラさん。居場所を伝えた黒幕を放置しておいたら『ゼオンさんの時と同じ』ですよ。」


「とりあえず、やるべきことは二つやな。ルルカの傍に居ることと、黒幕を見つけ出すこと。」


オズとセイラはキラの両脇に立ち、ニコニコ笑いながらそう言った。仕上げに、セイラが犬にものを教えるように言った。


「やってみませんか、キラさん。もう二度と――あなたが杖の力で暴れた時のような、あんなことは起こってほしくないでしょう?」


できるという確証は無いが、できるだけのことはしたい。キラの気持ちは真っ直ぐだった。

そして返事をしようとした時、キラを引き止めるように声がした。


「ちょっと待て。」


その一言で、オズとセイラ両方の口元が満足げに上がった。ゼオンの声だった。


「本当、お前ら筋金入りの嘘つきだな……。」


「失礼ですね。嘘つきはオズさんだけですよ。」


「そんな睨んで、ひどいなー。答えは出してやったやないか。お前は察しが良くて助かる。……動かしやすい、ええ奴や。」


時々オズはこういう勝ち誇ったような笑い方をする。チェスで相手を負かした時、ヴィオレに行く前にゼオンを言いくるめた時もこの笑い方だった。ゼオンはオズを強く睨み付けたまま黙り込んだ。

ゼオンの表情を見てキラは気づいた。言い返さないのではなく、言い返せないのだ。ここにキラが居るから。言い返せば、二人は容赦なくキラを傷つけるから。

ゼオンは小さくこう言う。


「要求は今の二つか?」


「どっちかってと後者やな。黒幕が誰か、わかったらうまくキラ達に伝えてほしいんや。」


オズはキラの隣から離れなかった。ゼオンがオズに何か言おうとした。だがその時、オズはポンとキラの肩に手を置いた。ゼオンは途端に苦い表情で口を閉ざして俯いた。

キラの手は震えていた。オズはゼオンを見下すように言った。


「お前、二つ損したな。一つは目的を最初にバラした。二つ目は、自分の弱みを堂々晒したことや。」


弱み。それが誰のことか、今ならよくわかる。


「よかったですねキラさん、二度も危険な目に遭わずには済みそうですよ。人質役お疲れ様でした。キラさんのおかげで、ゼオンさん私たちの言いなりになってくれるそうです。」


キラはその時に今までの会話の意味を知った。キラだけが気づいていなかった。いつの間にかオズとセイラはキラを人質にゼオンを脅していたのだ。

自分たちの手駒になれと。さもなければ、再びキラを危険な目に遭わせると。キラがあの杖に体を乗っ取られ、暴れだしたあの時のように。




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