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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第12章:ある悪魔の狂詩曲
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第12章:第22話

さてはて、セイラの話では、明朝にティーナが何か起こすという話だった。だからこうしてキラはルルカの部屋に泊まったのだ。だが、もうとっくに陽は昇っている。お天道様がさんさん……とはいかない曇り空だったが、薄い太陽の光を雪が反射して夜明けを告げている。


「どういうことぉ……ティーナ、まだ部屋に居るんだよね?」


キラはルルカにあげたタルトの皿を片づけているところだった。

そう尋ねると、ルルカは困惑しながら言う。


「セイラから連絡が無いもの。多分そうだと思うけど……」


「もうとっくに夜は明けてるよ?」


「セイラの勘違いだったのかしらね……」


朝になっても宿屋は平和そのもの。ティーナが部屋を抜け出す様子も無いし、キラ達は戸惑っているところだった。なんだか拍子抜けだ。まさか白昼堂々イオ達と共に抜け出すわけでは無いだろうし、これは一度セイラと打ち合わせし直す必要がありそうだった。


「とりあえず、セイラのとこ行ってみる?」


「そうね……」


二人は廊下に出て、セイラの部屋の扉をノックした。セイラはすぐに扉を開けた。


「おはようございます」


「おはよー…………あのさ、ティーナって、まだ部屋に居るんだよね?」


「はい、そのはずです。記録書にも…………二人とも、後ろ!」


一瞬の出来事だった。振り返ろうとした瞬間、誰かが背中を押してキラとルルカをセイラの部屋に押し込んだ。


「おーはーよっ!」


最後に手を振るティーナの姿が見えた。そのままガボンと強い音と共に扉が閉まる。急いでドアノブを回したが、外から鍵をかけられたのか全く開かない。


「まずいわ」


「ルルカ、どいて!」


キラは飛び蹴りで扉を蹴破る。その時、ちょうどティーナの部屋から鍵が閉まる音がした。キラはもう一発飛び蹴りで扉を蹴破る。

しかし、中はもぬけの殻。ティーナの姿は無い。洋服だの食べ物だのが散らばった汚い部屋の突き当たりの窓が全開になっていた。


「しまった! 逃げられちゃったの?」


窓から外に顔を出そうとした時、ルルカがキラを引き戻した。


「違う、こっちだわ」


その時、セイラが向かい側のルルカの部屋に駆け込んだ。冷たい北風が吹き込み、カーテンが揺れる。ティーナは窓際で張り付けたような微笑みを浮かべていた。


「ティーナさん、何をしようとしてるんですか」


セイラが問い掛けてもティーナは答えない。答えの代わりに、開いた扉の陰から何かが飛び出した。


「退け、ショコラティエ」


セイラが突先に作り出した小さな盾にブラックが剣を突き立てようとしていた。ルビーのような赤い瞳が狙いをセイラに定めていた。

キラが援護しようとした時、ルルカが背後を指した。


「駄目、後ろよ」


その意味はすぐにわかった。セイラに対してブラックを差し向けた。ということは、最も大きな障害はまだ手付かずのままということだ。

蒼い光が見えた。キラとルルカの二人がかりで応戦の姿勢に入る。一人では敵わない相手だからだ。

イオの姿がそこにあった。数十の蒼い針を放ちながら、不満げに頬を膨らませていた。


「全く、おっそーい! 嘘つき! 明朝って言ったじゃん、いつまで待たせるんだよう。ボクが『予言書』じゃなかったらすっぽかしたと思われてもおかしくないんだからね!」


どうやら「明朝」という言葉に騙されたのはセイラだけではなかったようだ……と状況を把握する余裕すら無い。ルルカがすぐに防御の魔法を展開したが、光の盾はイオの攻撃ですぐに崩されてしまった。

一方のセイラも苦戦していた。詠唱省略の準備は既に整えてあったが、今回は相手と場所があまりにも悪い。

ここは狭い宿の部屋。そして相手は駿足の騎士、ショコラ・ブラックだ。


「詠唱省略があっても発動前に封じられたら意味無いよな」


部屋が狭いせいで魔法の発動前に距離を詰められてしまう。セイラは後退せざるおえなかった。キラとセイラの位置が逆だったならば互角に戦えたのに。悔しく思った時、珍しくキラの勘が働いた。狭い部屋でブラックがセイラに有利に戦えるのだとしたら…………キラは杖を棍棒のように振り回してイオとの距離を詰めた。


「イオ君、未来が読めても魔法発動前に止められたら意味無いよね」


イオもセイラも確かに凄まじい能力を幾つも兼ね備えている。しかし、二人には弱点がある。身体の小ささ、そして接近戦が不得意という点だ。

キラはイオを掴んで背負い投げで壁に叩き付けた。例え未来を読まれたとしても、その未来に対して相手が打つ手が全て魔法によるものならば、発動前に全て強引に止めてしまえば良い。そしてイオの目と鼻の先にまで距離を詰めてしまえば、イオはキラを攻撃する為に自分に向けて魔法を放たなければならなくなる。


「った……やるなあ、この低脳のくせにっ……」


多少強引だったが、キラはイオにぴったりくっついたまま押さえ込んだ。


「ルルカ、ティーナの方お願い!」


ルルカは頷いて狙いをティーナに変えた。ひとまずの目的はティーナを逃がさないようにすること。束縛の魔法陣を浮かべ、ルルカは弓を引く。だが、矢を放つことをまだ躊躇っていた。


「ティーナ、落ち着いて戻ってきなさいよ。こんなことしても、最終的にゼオンの首を絞めるだけよ」


子供が線だけで描いたような笑顔を張り付けたまま、ティーナはそっと紅に輝く鎌を手に取った。


「ルルカ、ごめーんね」


そう言って鎌を一振り。紅の衝撃波はルルカどころかキラもブラックもセイラもイオも進行ルート上に捉え、向かいの部屋の窓に向けて突進していった。

皆それぞれのやり方で切り抜けたものの、今の攻撃には衝撃を隠せなかった。ティーナが明確にこちらを敵として扱っている。


「ちょっとティーナ、どうしちゃったの。何の為にこんなことしてるの」


キラが呼びかけた時だ。窓の外に突如光の線が浮かんだ。まるで指でなぞるように一の字を描くと。その線に沿って空間が裂けた。


「あ、なぁにあれ。あれに飛び込めばいいの」


ティーナがブラックに問い掛けると、ブラックは黙って頷く。ふわりと翼を広げて飛び上がると、空間の裂け目に向かって飛び立った。


「待って!」


キラの叫びも虚しく、ティーナは鎌をもう一振りする。何か仕込んでいたのだろうか。ポンと音を立てて白い煙が視界を覆った。煙が晴れた時に既にティーナの姿は無かった。


「うううーっ……」


キラは歯ぎしりしてうなだれるが、もうティーナには声も届かない。その時、何かに足首をすくい取られて、キラは壁に叩き付けられた。イオが服の埃を払いながらけだるそうに呟く。


「あーあ。やっぱり三人で来て正解だったなあ。ショコラ、撤退だよ」


セイラと対峙していたブラックが頷いた。素早く距離を取ると、ブラックは窓から逃げ去り、イオもブラックの後を追って消えてしまった。

悔しくて言葉が出ない。キラはティーナが出て行った窓枠を呆然と見つめていた。脳が現状に追いつかなかった。鎌の輝きが頭にこびりついていた。

確かにティーナは明確な敵意を持ってキラ達を攻撃していた。ティーナはキラ達を裏切ったのか?


「うううー……」


思わず床に座り込む。それほどティーナは追い詰められていたのだろうか。普段キラ達を元気づけていたあの笑顔の下にそれほどの苦しみを抱えていたのだろうか。ティーナがこちらを拒んだ決定的な理由に辿り着けないまま、後悔が心を締め付けた。


「……やられましたね。全くティーナさん、逃げることと隠れることに関してはこれだから。あくまで思考ではなく事象だけを読む記録書と予言書の特性をこんなやり方で利用されるとは思いませんでした」


セイラも悔しそうだった。セイラが接近戦が苦手だったとしても、場所さえ悪くなければ互角に渡り合えただろう。このままではティーナが危ない。『記録書』と『予言書』を利用した作戦など、よほどの決意と明確な目標が無ければ立てようとすら思わないだろう。だからこそ心配だ。もうティーナはブレーキがきかなくなっている。行き先がろくなものではないことはキラにも容易に想像できた。

ルルカが二人に告げる。


「……とにかく、一度体勢を立て直しましょう。セイラ、狙いはわかる?」


「読めませんね……ティーナさんから奪える物で奴らのメリットになりそうな物など、杖以外に思い当たりません。けれど、それだけならばティーナさんが一人になったところで強奪すれば良い話。こんな回りくどいことをする必要は無いはず。だとしたら、私達がティーナさんを助けに向かうところまで見越しているのでしょうか」


こうして冷静に状況を分析し、対抗策を練ってくれる仲間が居ることは本当に頼もしかった。キラ一人では、きっとずるずると後悔の沼に沈みきってしまうだろう。キラは心の痛みを抑えて二人の話に耳を傾けた。


「ティーナを人質にしようということ? それとも奴らにとって都合の良い場所に誘い込もうということかしら」


「おそらく後者でしょう。前者ならキラさんか他の戦闘能力の無い者のほうが適任かと」


「後者だとしたら、場所はどこ? ブラン聖堂とか?」


セイラは苦い顔で続ける。


「…………一つだけ、思い当たる節があります。そこならば、ティーナさんが奴らに付いていったことにも納得できます。けれど……奴らがそこまでのことをするか確証が持てません」


キラの目から見ると、イオ達は既に大規模の事件を幾度も起こしているように見えるのだが、それを凌ぐような「そこまでのこと」など存在するのだろうか。セイラは静かにその答えを告げる。


「300年前の時計台の街、ヴィオレ。ティーナさんの故郷です」


答は「場所」ではなく「時」だった。


「300年前……って、まさか、時を渡ってティーナをそこに連れていくというの。そんなこと……していいの?」


ルルカの声に困惑の色が混じった。ルルカ以上にこの答えへ疑念を持っているのはセイラ自身だ。


「良くないですよ。昔から、緊急自体でない限り、時間跳躍を行い過去に干渉することは避けるべき。ましてや、過去を変えるなんてもっての他……と私達は決めています。ですが……以前、私が先にその決まりを破ってしまったのです。その際、彼らは私を追って過去に渡ってきました。それ以外にも、アズュールでの件の時にもイオはサラ・ルピアを過去に飛ばすことで首都に忍び込ませています。既に前例がある以上、ティーナさんにも同じ事をする可能性も十分あるでしょう」


300年前へのタイムスリップ。初めてセイラと出会った時に聞いた話が、再び現実になろうとしている。あの時は半信半疑だったが、今なら現実を受け入れられる。一度ティーナの救出を失敗した程度で諦める気など毛頭無かった。ならばどうすればよいか。キラ達はこれからのことについて考えなければならない。


「セイラ。今、ティーナはどこに居るの」


「それが……わかりません。ティーナさんの記録書の記述が止まっています。最後に居た場所は湖の辺です」


「止まっている……どういうこと?」


「このような例は、私も一度しか見たことがありません。……先程申し上げた、サラ・ルピアが過去へと飛んだ時です」


ますますセイラの顔が険しくなる。300年前へのタイムスリップ……それを起こした可能性が濃くなったというわけだ。


「ひとまず、ゼオンさんに状況をお話しに行きましょうか。私も、ティーナさん救出の為の準備をしておきます」


「救出ね……」


ルルカが呟くと、セイラは核を持った言葉を放つ。


「救出です。あの人、間違いなく馬鹿なこと考えてますよ」


セイラは足早に部屋を出て行った。キラ達も慌てて後を追う。キラはふと、ティーナの部屋の前で足を止め、昨日タルトを落とした部分の床をじっと見つめた。床は綺麗に拭いてあった。皿の行方はわからない。

ティーナの貼り付けたような笑顔が目に浮かぶ。表情が感情を表すものだとしたら、あれは悲鳴の表情だとどうして見抜けなかったのだろう。

悔しくてぐっと歯を食いしばり、キラはゼオンの所へ急いだ。

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