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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第12章:ある悪魔の狂詩曲
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第12章:第21話

それは、神の魔術を使えるヒトを生み出す為の実験だった。後で知ったことだが、神の魔術とはブラン式魔術のことのようだ。

ヴィオレの街はかつて古の大戦で破壊の女神達が拠点にしていた場所らしい。ここには世界最古の魔法使いが模造品の神を生み出す為に行った実験の資料が残されているそうだ。

人は過ちを繰り返す。最古の魔法使いが残した資料は闇に葬り去られたはずだった。しかし、欲深い者達は神のような強大な力に憧れ、資料を掘り起こしたのだった。

その結果がこの惨事だ。


609番。それがティーナの名前だった。アポロン家に引き取られたあの日ほど世界というものに絶望した日は無い。

屋敷に着くとティーナ達はぞろぞろと地下に連れられ、白い何も無い部屋に閉じ込められ、白衣の人々に囲まれた。

そして、孤児院で野生動物のように暴れ回っていた子供達は、言葉と暴力によって三日後には立派な実験用モルモットに教育されたのだった。これだけでも今思うと正気の沙汰ではない。

実験用モルモットの生活はある意味孤児院より酷かった。窓も無い白い部屋にひたすら閉じ込められる毎日。少しでも騒ぐと酷い罰を受けるので、同室の子供達はお喋りすらしない。毎日決まった時間に申し訳程度の食料が配られ、決まった時間に注射をする。その後、経過観察とやらを受けてからまた白い部屋に閉じ込められる。そんな毎日だ。

毎日受ける注射の中身──それが開発途中の「人が神の魔術を扱えるようになる薬」だった。「T」は何の略だか忘れてしまったが「T-7」と呼ばれている。7はきっと7回目の試作品とか、そのような意味だろう。

そんな馬鹿げた薬を全ての子供が受け入れられるわけがなく、注射後数時間の間のたうち回った末、息を引き取り、「失敗作」として処分される子供が後を絶たなかった。

子供達の多くはモルモットとして教育されきって、ただ淡々と実験を受けて失敗作として死んでいった。その中でも欲と執念を失わなかったのだから、やはり「ティーナ」はとびきり自我が強く生意気な人だったのだろう。


ここで死んでやるものか。いつか絶対に逃げ出してやる。そしてここの連中も皆殺しにしてやる。

ティーナは殺意と憎しみを頼りに正気を保っていた。いや、むしろ狂気に走ったからこそ生きていられたのか。

転機が訪れたのも突然だった。


ある日の注射の後、突然胸が痛くなって動けなくなった。全身が焼けるようで心臓から全身が張り裂けそう。その痛みを感じた時は、もう駄目かもしれないと思った。自分は失敗作になるのだと。

同じ部屋の子供も皆同じようにのたうち回っていた。


「……あは……わたしたち……しんじゃうのかなあ……」


子供達の一人と目が合った。


「……むりかも……しれないけど……みんないっしょに……そと……出たかったな……」


優しい言葉に彩られた美しい最期だった。自分はこうはなれないだろうなと思った。醜い殺意と憎しみを抱えたまま惨めに死ぬのだろうと目を閉じた。

地獄の底で呪ってやる。白衣の大人も、まだ見ぬ全てな人も、一人残らず殺し尽くす夢を見よう。そう恨みを焚いていた時。一人の研究員がティーナを見て目を輝かせていた。


「……すごい……成功するかもしれない!」


それから間もなく、ティーナの周りに白衣の大人がぞろぞろと集まっていた。奴らってば、こちらは死にそうな思いをしているというのに幻の生物でも見たような顔してメモなんて取っているのだ。

殺してやる。殺してやる。そんな憎しみに身を任せた数時間後。薬による痛みは治まった。

症状が治まったティーナが身体を起こした時、大人達は一冊の本を開いて渡した。そのページには、見たこともない魔方陣と呪文が書かれている。


「この呪文を読んでみなさい」


大人達は普段の実験用モルモットを見るものとは違う目をしていた。


「えっと……この世を壊す紅き瞳の女神よ……我に力を与え給え…………」


その時、足元に紅の魔方陣が広がり、漆黒の炎が現れ、傍にあった死体を一つ、骨も残さず消し去った。


「素晴らしい……!」


拍手喝采だった。部屋は歓喜に包まれた。


「素晴らしい! 実験は成功した! 我々は神の魔術を手に入れた!!」


「素晴らしい、609番!」


「素晴らしい!」


「素晴らしい!」


狂ってる。死臭が蔓延る部屋でティーナは実験用モルモットから『試作品第一号』に進化した。

白衣の大人がティーナに手鏡を渡した瞬間、初めてティーナは量産品ではなく個人として扱われた。


「誰……これ……」


数年ぶりに鏡を見た時の第一声はそれだった。黒髪黒目だったはずの孤児の姿は無かった。髪も瞳も繰り返された実験の末に真っ赤に染まっていた。


「おめでとう、609番。君はこの『イデア計画』の実験成功者第一号に選ばれた。君は神の魔法を扱えるようになったんだ」


身体が力に溢れていた。狂った部屋の中でティーナは自分の状況を理解した。「あたしは力を手に入れたんだ」と。

そして、白衣の大人達は白い部屋の扉を開いた。


「さあ、出なさい。今日からは別の部屋で過ごしてもらう」


あんなに強い憎しみを抱えて望んだはずの外の世界が、こんなに簡単に手に入ってしまうなんて。


「そうだ、今日から君には別の名前をあげよう。君は、『ティーナ』だ」


「T-7」という薬の名前から取ったのだろう。安直な名だ。だが、その時のティーナの心は研究者達と同じ喜びで満たされていた。神の魔術を手に入れたあの日、無数の失敗作の屍の上でティーナは生まれた。

「みんなで一緒に外に出たかったな」────そう呟いた心優しい失敗作の死体を踏み付けてティーナはほくそ笑んだ。


「ざまぁみろ」


自分は力を手に入れたんだ。この世界で生きることができる力を。

それを証明するかのように、その日からティーナの待遇は格段に良くなった。十分な食事と睡眠。適度な運動。夢に見たようなシャンデリアとふかふかベッドの部屋に通され、ティーナは勝者としての優越感に酔いしれた。力があるだけで、これほど世界は変わるのだ。

ティーナは死んでいった失敗作達を思い返して嗤った。ざまあみろ、敗者共と。


それから、ティーナの日々の仕事は注射を受けることではなく、紅のブラン式魔術を習得することへと変わった。新たな魔法を得る度に、自分の力が増えるようで嬉しかった。

しかし、それでも屋敷の外を自由に出歩くことは許されなかった。すると、段々自分を取り巻く豪華絢爛な屋敷でさえ、自分を邪魔する檻のように思えてきた。自分を飼っているアポロン家の貴族も白衣の研究者達も憎らしく思えた。

自由になりたい。だれにも飼われず、誰にも哀れまれない一人のヒトになりたい。


「神の魔術を手に入れただァ? 馬鹿馬鹿しい。力を手にいれたのはあたしだよ。お前らはただの無力なゴミでしょお?」


十分な魔法を覚えたある時、そんな言葉を残してティーナは屋敷から逃げ出した。沢山殺した。研究者共がねじけて破裂する度に、内容物を指してティーナは笑い転げた。

多分、そこで逃げ出したことは間違っていなかった。優しく謙虚にその屋敷に留まり続けていたら、きっとティーナは生物兵器として利用されるだけで人生を終えただろう。たとえ逃げ出す為に必要な物が、他人全てを見下し、嘲笑い、憎むことができるだけの醜い心だったとしても。


だから、きっと最初からこの恋に破れることは決まっていたのだ。

ゼオンは優しくて正直で綺麗で繊細な、一番愛おしい人。そんなあなたのパートナーがこんな醜い者ではいけない。あなたには、あなた以上に優しくて、素直で明るくて、あなたに笑顔を与えてくれる。そんな人が相応しい。そう、ちょうどキラのような人。

失敗作を踏み潰し研究者を殺して笑い転げたティーナはキラにはきっと敵わない。どんなに愛されたいと願っても、きっと。


けれど、しょうがないじゃない。こんな人生だもの。優しく素直になんてなれるわけないじゃない。

だって、そうでもしなきゃ生きていけないんだもの。世界は優しい人から病ませて殺していくのだもの。

優しい人は孤児院で真っ先に暴行されて死ぬ。皆一緒に外に出ることを望んだ少女は失敗作として死んだ。たとえ成功作になったとしても、優しくハイハイと周りにしたがっていては生物兵器に成り果てて死ぬ。そんな世界だったから、生きる為には残虐になるしかなかった。

だから、しょうがないじゃない。スタート地点からこんなに差があるなんて、ずるすぎるじゃない。

けれど、きっと世界はそんな各々の事情なんて全く考慮してくれないのだ。そこにどんな苦痛と困難があろうとも、この世界では正しい者だけが正しく、優しい者だけが優しく、残虐の限りを尽くして生きた者より優しく犠牲になった者を人は美しいと言う。

善悪も美醜の基準も恵まれた者によって生み出され、下流の者は恵まれた人が作った世界を憎み、ひたすら人として堕ちていく。

そんな世界の有様をまざまざと見せつけられてしまったんだもの。そんな世界を結果的に受け入れて、美しく死ぬより醜く生きることを選んでしまったんだもの。

周り全てに愛され、真っ当な人として過ごすことができる環境があり、美しく生きる道が最初からあった。そんなキラに敵うはずないじゃない。

ゼオンが自分よりキラを選ぶのは当たり前じゃないか。誰だって、残忍な本性を作り笑顔で隠している女より、心の底から素直で優しい女の子を愛するに決まっているじゃない。


泥まみれのガラス玉は天性のダイヤモンドには敵わない。それでもせめて、一瞬でもいいから、美しく輝いてみたかったんだ。

泡のように綺麗になってみたかったんだ。

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