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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第12章:ある悪魔の狂詩曲
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第12章:第17話

懐中時計も机に置くと、セイラがその時計に目を留めた。


「これ……これも、プレゼントだったんですね」


「そうだけど」


セイラは何故か懐かしい物を見るような目でそれを見ていた。それから、セイラはゼオンに尋ねる。


「今年の誕生日はゼオンさんにとってどんな日になったでしょうか」


ゼオンは右耳のピアスに指で触れ、昨日のことを思い出す。自分が生まれたことをあのように祝われる機会など、これまで無かった。自分は望まれない子供、呪われた子なのだと思っていた。それでも『目的』の為ならば望まれない存在であったとしても生きていこうと思ってこの村までやって来た。

だから、「誕生日おめでとう」なんて言葉は異国の言葉のように思えた。でも、嬉しかった。

そのように素直に伝えたいのになぜだかこの口は言うことを聞いてくれなくて、ゼオンは俯きながらぼそぼそと言った。


「……倒れたりもしたけれど……その、悪くなかった……礼は言う……」


その言葉を聞くと、セイラは安堵したようだった。


「そう……よかった。残すべき記憶は残せたようですね。昨日のこと、どうか忘れないでくださいね」


何か妙な含みを感じる言葉だった。何か隠している? 自分の勘がそう告げていた。


「……それ、どういう意味だ?」


ゼオンが尋ねると、セイラはクスクスと笑いながら答える。


「パーティ中、照れくささに耐えられなくて隅っこで縮こまってたゼオンさんの情けなーい様子を後日大画面上映してさしあげますという意味ですクスクス……キラさん達にも見せてさしあげますねぇ」


「……おいやめろ」


「オズさんとキラさんがお話しているのを見て拗ねているところも、貰ったピアスが気になって昨日だけで何十回もあのピアスを見ていたことも、私の記録書は完璧に記録してますのでご安心ください」


「やめろって……」


からかわれているうちに先程のことについてはぐらかされてしまった。セイラは楽しそうにあれこれとゼオンが照れ臭くて言えない話を暴露して遊んでいる。

昨日のことについて聞かされているうちに、嫌でもあの倒れた時のことを思い出した。キラもティーナもあのパーティの為に頑張ってくれたのだろう。意識が朦朧とする中、二人が悲しそうな顔をしていたことを覚えてる。


「あいつらにも……礼くらい言わなきゃな」


「そうよ。あの二人が誰より一生懸命だったでしょうしね。ほんと、これのどこがいいのかしら……」


ルルカは更に辛辣に続けた。


「というか、キラもティーナもさっき来たでしょう? その時に言わなかったの?」


「えっ」とゼオンは首を傾げた。


「あの馬鹿は来たけど、ティーナは来てないんだが」


「えっ? でもあの子、私達が出る少し前に『お見舞い行くから先に行ってるね』って出ていったわよ?」


二人はしばらく無言になった。ティーナはどこに行ったんだ? その時、ゼオンの頭にハッと嫌な考えが降りてきた。間違いであってほしい。そう思ったところで、セイラが淡々と告げた。


「どうやら、ゼオンさんのお部屋の入り口までは来ていたようですよ? けれど入らずに引き帰したようです。どうしたんでしょうか」


嫌な予感がする。全身の冷や汗が止まらなかった。ゼオンは恐る恐るセイラに尋ねた。


「セイラ……同じ時間帯の俺と馬鹿女の行動、見てくれるか?」


「はい…………ああ、ちょうどお二人が仲良くタルトを食べているところですね…………ああー…………なるほど、ね…………」


予想は100%的中した。自分の勘を呪いたかった。なんて運が悪かったのだろう。きっとちょうどキラがタルトをくれてゼオンの頭が半分パニックになりかかっているところでティーナが来たのだ。扉ごしなら多少会話も聞こえるだろう。きっとティーナはキラが居ると知ってしまったのだ。

おそらく、ティーナは気まずくて部屋に入ることができず、そのまま帰ってしまったのだ。


「けど……ティーナって、あの馬鹿が中に居るからって見舞い自体をやめるような奴だったか……?」


ティーナは確かに場の空気を読むことに長けている。が、キラが先に来ていたからといってそこまでするほど気弱だっただろうか。ティーナの性格を考えると、何か適等な理由をつけてルルカ達と合流し、何食わぬ顔をして三人でやってくる……あたりの行動を選びそうだ。そうでなかったとしても、せいぜい時間をずらして来る──程度のように思う。後から来るつもりなのだろうか?

そういえば、パーティの前からティーナの行動がおかしかった。図書館を使うことに賛成したあたりからだ。ティーナのオズへの敵対心がそう簡単に消えるはずがない。まさか、パーティでオズ以外の誰かがこのようなことを起こすと予想がついていたのだろうか。


「貴方が気を失っている間もティーナはどこか様子がおかしかったわよ」


「ええ、それと、ティーナさんはパーティの前に記録が付かない『例外』との接触がありました。……イオ達の可能性は高いですよ」


セイラの一言でゼオンは確信した。ゼオンが倒れるように仕組んだこともティーナへの揺さぶりだと考えれば納得がいく。


「……あいつらの次の狙いがティーナだってことか」


「でしょうね。ティーナさんはまだ一度も目を付けられていませんし」


ゼオンはベッドから抜け出して部屋を出ようとした。だが突然目眩が襲い、ゼオンは二秒で優秀なハンター達に捕まった。


「寝巻きでどこ行くのよ、病人」


「頭おかしいんじゃないですか、病人」


「貴方、やっぱりまだ熱があるわよ。ティーナのことはこっちに任せて、さっさと治しなさいよ。病人」


「辞書で『恋愛』と引いて途方に暮れてたことや、キラさんからタルト貰ったことが控えめに言ってめちゃくちゃ嬉しくて二十秒ごとに寝返り打ってたこと言い触らしますよ。この病人」


ゼオンは無事に再びベッドに押し戻された。セイラは許さない。


「……だって、その、ティーナが悩んでるのって、半分くらい俺のせいみたいなところあるだろ」


「どれだけ自意識過剰なのよ。そうだけど」


ルルカの一言は病人の繊細な心にぐざっと突き刺さった。ゼオンは罪悪感に苛まれながら俯くしかない。ティーナとはこの村に来る前から旅をしてきたのだ。それまでゼオンはティーナに全く振り向く気配が無かったのに、ここに来て突然現れたキラにあっさり心惹かれたとなっては、納得いかなくても仕方がないだろう。

ゼオンはまたため息をつく。心は理屈に逆らい続ける。

ティーナには何度感謝してもし足りない程の恩がある。逃亡生活を始めてからゼオンはクロード家の外の世界を知った。そんな中で、ゼオンに貴族の世界とは真逆の世界が在ることを伝えた人がティーナだ。そして、ゼオンの人生で二番目にゼオンに対して好意的に接してくれた人だった。因みに、一番最初の人はクローディアだ。ティーナは何度ゼオンが「ついて来るな」と言ってもしつこく付き纏った。鬱陶しいと思ったことも多かったが、ティーナのおかげで助かった事も多かった。

ゼオンはますますため息をついた。それでもこの心は流れに逆らう。「多分、それでもキラなんだろうなあ」と呆れたように自分に問い掛けた。

急におとなしくなったゼオンを見て、セイラはルルカを小突いた。


「ゼオンさんしょげちゃいましたよ。ルルカさんがいじめすぎるからですよ。病人の柔らかメンタルを殴りすぎると、果物みたいに殴ったとこから腐りはじめるからやめたげてください」


「だって事実じゃない。ティーナは一人でずっと傷ついてたのよ。たまにはこいつもちょっと痛い目見るべきよ」


チクチクと降り注ぐ小さな痛みに耐えながら、ゼオンは恐る恐る二人に言う。


「……やっぱり、ティーナに謝……」


「寝てなさい病人。どうせろくなこと言わないんだから」


「そうですよ。ゼオンさんは世界中が痺れる程の地雷踏みの才能をお持ちなんですから。大爆発しますよ」


「…………好きで踏んでるわけじゃない」


ゼオンの意見は尽く却下された。じゃあどうしろというのだろう。女って難しい。

その時、じわじわと寒気がしはじめ、身体がますます怠くなった。むやみにベッドを抜け出して立ち歩いた反動が来たようだ。


「ほら、顔色悪くなってきた。さっさと寝て治しなさいよ。イオ達がまた絡んでくると、貴方がそのふらふら状態じゃ困るんだから」


ゼオンは言い返す気力も尽きてきたので大人しく従うことにした。だが少し言うことを聞こうという気配を見せた途端、ゼオンは早速二人に頭から布団をかけられて生き埋めにされた。やはりこいつらは許さない。


「じゃあ、今日はこれで。ティーナのことはしばらくこっちに任せなさい。あと、キラがまた顔見せることがあったら色々お礼言っておきなさいよ」


二人は一瞬でゼオンを葬り去ると、素早く現場を立ち去った。布団で目の前を塞がれたゼオンは、二人が部屋を出ていくところすら見ることができなかった。

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