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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第12章:ある悪魔の狂詩曲
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第12章:第16話

キラが帰ってからゼオンは頭から布団を被って数十秒ごとに寝返りを繰り返し打っていた。

どうにも落ち着かない。昨日からゼオンの心は天国と地獄を行ったり来たりしている。起き上がって、先程まで皿が置いてあったテーブルを見つめた。

そのうちキラがタルトの乗った皿を差し出してくる姿を思い出してしまい、ゼオンはまた寝転がって頭から布団を被った。


「……あいつ、料理上手かったんだ……知らなかった」


キラがゼオンの為に誕生日を祝ってくれたことも、皆でプレゼントをくれたことも、タルトをくれたことも。控えめにいってめちゃくちゃ嬉しかっただなんて、気恥ずかしくて誰にも言えない。

勿論キラは全てゼオン一人の為ではなくティーナやルルカを含めた『皆』の為に考えてやったのだということはわかっている。そのはずなのにキラが自分に微笑んでくれると、なんだかくすぐったいような気分になってつい目を逸らしてしまうのだった。

ゼオンはまた起き上がると、深く深くため息をついてうなだれた。ここ数日、様々な人から「お前はキラのことが好きだ」と指摘されたことを思い出す。

「好き」とはこういうことなのか。甘い物を好きだと思う時や本を読むことを好きだと思う時とは随分違うが、それで良いのだろうか。本を読む時に気恥ずかしくてページから目を逸らしたことなど無い。それでは本が読めない。

いや、言葉に複数の意味があることは珍しくない。ルルカの言う「恋愛」という意味でということになると、甘い物や本を好む場合と違った現象が起こるものなのだろうか。

大体、「恋愛」という言葉は卑怯だ。辞書で引くと、「他者に恋い慕う愛情。→恋」と出てくる。そんなもの読めばわかる。仕方が無いので「恋」で引いてみる。「恋:他者に愛情を寄せること。恋愛」──「恋愛」や「愛」の意味を知らない者は尻尾巻いて帰れバーカ!」と言わんばかりの文章だ。仕方が無いので「愛」で引く。「愛:①親子、兄弟などが慈しみ合う気持ち②異性をいとしいと思う心。相手を慕う情。恋。③ある物事を好む様子」──おそらく「恋」と入っているので②が正しいのだろう。しかし、ゼオンがわからないことはその「いとしい」とか「慕う」とかいうものから引き起こされる具体的な現象なのだ。

なぜ風邪の症状のように①咳が出る②熱が出る③鼻水が出る 等のような明快な記載ができないのだろう。

ゼオンが辞書を開きながら途方に暮れていると、再び扉が叩かれ、ロイドが入ってきた。


「やあ、ゼオン。大丈夫? 熱は下が…………」


ロイドはベッドから抜け出して辞書片手に棒立ちしているゼオンを見つけると、言葉を発さなくなった。

傍に寄り、ゼオンが開いているページを見ると、ロイドはますます無言になった。


「なんだ、ロイドか」


「……ゼオン。多分まだ熱があると思うからちゃんと寝てなよ」


「今、何を理由にそう判断した」


「…………とりあえず、ゼオンが慣れない事に対してものすごくズレた方向から一生懸命頑張ってることは伝わったよ」


こうしてゼオンはベッドに押し戻された。今日のロイドはなぜか紙袋を抱えていた。ゼオンはそれが気になったが、ロイドはそれには触れずに別の話をする。


「そういや、さっきキラに会ったよ。ゼオンのお見舞いの帰りだったの? やったねゼオン、ひゅーひゅー」


ロイドがからかってくるのでますますゼオンは複雑な気分になった。


「そういや、ショコラ・ホワイトっていつもショコラ・ブラックにべったりでお前のこと相手にしてないよな」


「う、あ、なななんでそんな突然意地悪言うんだよ。唐突すぎるよ。今からかったから? ご、ごめんごめん、からかったことは謝るからさあ」


「あのパーティにも、ショコラ・ブラックは誘ったけどお前は誘われなかったな。目の前に居たのに」


「ううう……そういうこと言うなよう」


ゼオンが意地悪を言うとロイドは真っ赤になって縮こまってしまった。やはりこの話になるとロイドは弱いらしい。話題を変えたかったのか、ロイドはようやく持ってきた紙袋の話を始めた。本来ならそちらが本題だと思うが。


「んでさ、話変わるけれど……これ、ゼオン宛てに届け物だってさ」


そう言うと、ロイドは例の紙袋をゼオンに手渡した。中にはリボンやレースで飾られた綺麗な包みが二つ入っている。

差出人を見てゼオンは驚いた。


「姉貴と兄貴からだ」


「へえ! もしかしてプレゼントじゃないかな。開けてみてよ」


ゼオンはそっと包みを開いてみた。クーロディアには一度プレゼントを貰ったことがあるが、ディオンからは初めてだ。まずクローディアからのプレゼントを開ける。やたら大きな包みだがあまり重くは無い。ゼオンは中身の布を広げてみる。新品の黒いクロークだ。

ゼオンはそれまで普段身につけていたものを出してみる。流石にいつも使っていたのでボロボロになっていた。新しく貰った物はそれまでの物とは比べものにならないくらい上質の生地だし、何より暖かい。

ディオンからのプレゼントは銀色の懐中時計だった。盤の一分が透明な素材でできている為、内部の歯車が見える構造だ。ディオンが選んだ物のわりにはかっこよかった。


「なにそれ、懐中時計? へー、すごいね!」


ロイドはその懐中時計を褒めた後、自分の首から下げている小さな時計を外した。


「懐中時計みたいなものなら俺も持ってるよ。こういう細っかい歯車とかが見えるデザインってかっこいいよねえ」


それから、ロイドは自分の時計に付いているネジのようなものを回す。すると、ネジの回転と共にポロンポロンと音楽が流れだした。


「ま、僕のは懐中時計じゃなくて、オルゴールなんだけどね。ゼオンのやつは正真正銘、立派な懐中時計みたいだね」


そう言ってロイドは時計型オルゴールを再び首から下げた。二人からのプレゼントを開けた後、ゼオンは沿え付けられていた手紙に目を通す。こうして祝いの手紙を貰ったことも初めてだ。ゼオンが何度も手紙を読み返していると、後ろでロイドが言う。


「いいお姉さんとお兄さんだね」


ゼオンは無言で小さく頷いた。ロイドはゼオンの反応を見て楽しそうに笑うと、帰り支度を始めた。


「んじゃあ、ちゃんと渡したからね」


そうしてロイドは部屋を出ていった。ロイドが去った後も、ゼオンはしばらく手紙を読み返し、プレゼントの懐中時計をずっと見つめていた。

ゼオンは新品のクロークを着て、懐中時計をポケットに入れて鏡を見てみる。耳には剣の躰のピアスがついていた。


「なんか……こういうの、なんていうんだろうな……」


新しいクロークは暖かかった。懐中時計はかっこよかった。剣のピアスは綺麗だった。こんな気持ちをなんと表現すればよいかわからないまま、ゼオンは鏡の前で立ち尽くす。体調が戻ったら、手紙を書こう。そう決めて、二人からの手紙を戸棚に大切にしまった。

その時、ノックの音がして扉が開いた。


「うわ、気持ち悪い」


ルルカが部屋に入るなり、寝巻きの上からクロークを着ているゼオンを指して言った。今日は珍しくセイラが隣で顔を出していた。

「来るなり気持ち悪いって言うな」と言おうとしたが、その時眩暈で視界が暗くなり倒れかけた。


「何してんのよ、病人」


「馬鹿じゃないですか、病人」


「大体病人がなんでベッドから出てるのよ。さっさと寝なさいよ病人」


本当は「病人って言うな」と言いたいところだったが、意識を保つだけで精一杯だった。やはり、まだ熱が下がっていないようだった。


ベッドに戻ると、まずゼオンが寝巻きの上からクロークを着るという絶望的なファッションセンスの持ち主だと勘違いしているルルカの為に、クローディア達からのプレゼントの話をした。それから少しだけキラからタルトを貰った話もした。少しだけ……少しだけのはずだ。


「あらそうなの、キラとは会わなかったわ。入れ違ったのかしらね」


「タルト、欲しかったです……」


「それにしても、大分良くなったみたいね。昨日は良く眠れたのかしら」


ルルカの何気ない一言がゼオンに昨晩の出来事を思い出させた。メディの囁きが今でも離れなくて背筋が冷たくなる。これ以上心配をかけないよう「大丈夫」と言いかけたが、途中で冷静になった。これは黙ったままでいる方が逆に後で迷惑をかける可能性があるのではないか? 二度あった襲撃が三度無いとは限らない。


「……いや、その……昨日はまずかった……眠るどころじゃなかった」


「えっ」


「最悪だった、あの変態女……あいつには二度と来てほしくない……」


「……何があったんですか」


ゼオンがメディが自分の身体を乗っ取り、記憶を覗き見ようとしたことを簡単に話した。本当に要点だけを話したはずだったのに、話を聞き終えたルルカが青ざめていた。


「ちょっと、うわ……夜中ってそれ……ティーナが聞いたらきっと怒り狂ってたわね」


「確かに最低ですね。メディらしいやり方です」


「なぜかギリギリのところで帰っていったけど、あのまま身体を乗っ取られていたらと思うと、恐ろしい…………」


ルルカが青ざめている一方でセイラは機械のように淡々と状況を分析している。


「だとすると、昨日ゼオンさんが倒れた原因もメディ達だと考えるのが自然でしょうか」


セイラが言ったことにゼオンは頷いた。原因が毒物だったのか、それとも前日にメディに何かされたのかはわからないが、メディが企んだという可能性は高いだろう。いや、たしか医者から解毒剤が出ていた。だとするとやはり毒物なのだろうか。

人が大変な目に遭いかけたというのに、ルルカとセイラは心配など微塵もせずメディ達の目論みの推測を始めた。


「ゼオンの記憶の為に? なんだかいよいよ笑えなくなってきたわね」


「そうでしょうか。私は、そちらはついでの用事ではないかと思うのですが」


「あら、どうして?」


「ゼオンさんの記憶の為にそこまでするのなら、私を誘拐した時のように、イオやショコラがゼオンさんを連れ去ってから聞き出した方が確実でしょう。昨日のふらふらゼオンさんなら簡単です。その状況の方がメディの好みでしょうし、やりたい放題ですし」


そのパターンを想像すると恐ろしくて仕方がなかった。これだから気安くべたべたと迫る女は苦手なのだ。


「セイラ、冷静に恐ろしいことを言うな……。確かに、記憶の為にあんな手の込んだことをしたのだとしたら、退散があっさりしすぎだとは思うけどな……」


「別の狙いがありそうですね」


たしかメディは「記憶はもう必要無い」と言っていた。あれほど簡単に必要無くなるものにこれほどの手間をかけたとは思えない。その真の狙いを導き出したいところだったが、ゼオンとしては先に再発防止策を立てたかった。あれは二度と経験したくない。


「それで、二人のどっちか外部と通信が取れるような道具を持っていないか? また突然襲撃されたりしたら困るし」


二人共しばらく考えていたが、良い案は見つからないようだった。


「駄目ね。そんなもの持ってないわ。熱がある間が危ないもの、すぐに欲しいのでしょう?」


「そうだな、できるだけ早く欲しい」


「私も、残念ながら持っていません、連絡を取る『魔法』ではなくて『道具』ですよね?」


「魔力をエネルギーとするものでも構わないけど、少なくとも詠唱せずに使える物がいいな。詠唱できない場合もあるし」


その時、セイラが何かを思いついたようだった。


「そういえば、ティーナさんが盗聴・盗撮用魔法具を山のように持っていましたよ。そちらを借りるのはどうでしょう?」


ゼオンは無言で拒否した。そういえば、昨日と一昨日はティーナが仕掛けた魔法具を取り払った直後だった。ゼオンはまたため息をつく。何が悲しくて自分の部屋に自分で盗聴・盗撮用魔法具を付けなければならないのだ。


「これなら映像も送れますから、声も出せない状況でもSOSを出せますよ。どうですか」


「断固反対。盗撮とか盗聴以外の道具はないのか」


「そういう高度な魔法具はなかなかありませんから、大きな街に行かないと買えませんよ。時間かかりますよ」


「…………う……」


「他に具体案はありますか?」


なんだか今にも言いくるめられそうだ。どうしてこうなる。二人……いや、特にセイラはよくゼオンに辛辣な言葉を浴びせるが一体何の恨みがあるというのだろう。


「……いつになったら俺は変態から逃れられるんだ」


「お言葉ですが、ゼオンさんは変態のお母様から生まれて酷い暴力に遭いながらショタコンの変態お姉様のささやかな優しさを頼りに幼少期を過ごし、メディという名の世界最強の変態に身体を乗っ取られて街を焼いたことで変態の森……いえ、クロード家から解放され、その後ティーナさんという変態と出会い常に盗聴や盗撮と隣り合わせの環境で過ごしてきたという、正に変態のオードブルのような人生を送っていますから、きっと今後も個性豊かな変態に恵まれた生活を……」


「もういい。悲しくなってきた……」


ゼオンは自分の生い立ちを呪いたくなった。もし願いが一つ叶うなら、変態の目が届かない場所で安心して眠りたい。

ゼオンは絶望のあまりクロークを頭から被ってうなだれていた。すると、セイラが言う。


「ゼオンさん、お姉様お兄様からのプレゼントが嬉しいのはわかりましたから、それ片づけたらどうですか。着たまま寝る気ですか」


二人からの手紙は戸棚にしまったが、プレゼントは出したままだった。ゼオンは相変わらず寝巻きの上からクロークを着た状態でベッドに潜り、懐中時計をカチャカチャ弄っていた。


「いや、まだ話すなら、上着着ててもいいかと……」


「上着というか、クロークってコートの更に格上というか、殆どマントじゃないの。ベッドの上でマント翻ってるとすごくシュールだからやめて」


ゼオンの抵抗も虚しく、プレゼントのクロークはルルカに取りあげられてクローゼットにしまわれてしまった。ちょっと悲しかった。

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