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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第3話

ルルカの手から離れた矢はネビュラの目へと突き進む。護衛のテルルがネビュラを守ろうと動く。

だが矢を止めたのはテルルではなかった。黒光りする大きな鎌が壁となってネビュラを守った。

鎌の持ち主を見てキラは安堵した。ネビュラの前にはティーナが立っていた。


「だめだよルルカ。事情があるんだろうけど、落ち着いて。」


ルルカはティーナを強く睨んだ。対してティーナの表情に怒りは無く、鎌を下ろして心配そうにルルカを見つめていた。

ルルカを止めたのはティーナだけではなかった。ゼオンが弓を抑えて言った。


「止めとけ。お前の為にならない。」


ルルカはティーナとゼオンの二人を見て、渋々弓を下ろした。張り詰めていた空気が少しだけ緩み、キラはほっと息を吐いた。

事態を見ていたペルシアが二人の間に入って言った。


「お二人の関係は大ざっぱですが理解しましたわ。それでネビュラ様、この村には一体どういう理由でいらしたんですの?」


「ルルカに用があって来たんだ。話し合いに来た。」


翡翠色の瞳が少し意地悪げに笑ってルルカを見た。

ルルカの眉間にしわがより、腕は震え、歯はぎしぎし鳴る。剥き出しの憎しみをぶつけるようにネビュラを睨みつけていた。


「話し合いですって? よくそんなことが言えるわね……!」


今にも殺しにかかりそうなルルカに、キラは無言で首を振って止めるよう促した。

ペルシアはネビュラに言った。


「滞在期間はどれくらいですの?」


「7日くらいを予定してるよ。プライベートで来てるんだ。父上達にも内緒で来てるからエンディルス側に俺が来てることは言わないでね。

あと不法入国中だからウィゼート側にも余計なことはあまり言ってほしくないかな。国王様に知れたら嫌だしね。」


「勿論ですわ。ウィゼートとエンディルスの揉め事を招くつもりはありませんもの。

一国の王子様がどうして不法入国なんてする必要があるのか引っかかりますけどねぇ。ところで、護衛はそこのお嬢さんお一人だけですの?」


「そうだね。疑うならどこでも調べてくれていいよ。」


「後ほど、そうしてもらうことにしますわ。」


この村がどういう村であるのか、普段気づかない体質を見せつけられるような会話だった。ペルシアの口調には、キラの前では見せない棘があった。

その時人ごみの中から数人の男性が出てきてキラ達の前に出てきた。その人達を見たペルシアが言う。


「ちょうどよかった! ネビュラ様、こちら役場の者ですわ。

今から一度お祖父様のところに言って今言ったことを話してくださる? 滞在許可が下りるのはその後ですわ。」


「面倒だな。まあいいや、ありがと。じゃあテルル、行こうか。」


ネビュラはテルルを連れて、役場の人々と共に村の内部へと向かった。

去り際にネビュラが一度チラリとルルカに視線を向けたのに対し、ルルカはネビュラなどには目もくれずに弓矢を強く握りしめていた。

隣でゼオンが冷静にルルカを見守っていた。ネビュラとテルルが去ると群集はざわめきながら散らばって村へと戻り始めた。一時的にだが緊張は去った。

キラとティーナはルルカのもとへ駆け寄る。


「ルルカ、大丈夫? 今の……ネビュラって人は?」


キラが問いかけてもルルカは俯いてこちらを見てはくれなかった。ルルカは冷たく言い放った。


「あなたには関係ないでしょう。」


「関係なくないよ。心配だよ!」


途端にルルカの氷のような瞳がこちらを向いた。だがその瞳はどこか脆く、今にも震え出しそうにも見えた。

ルルカは一歩、二歩、キラ達から離れ、そのまま背を向けて村内部へと歩き出した。

冷静を装っているようだったが、肩が震えているのがキラでもわかった。


「待って、どこ行くの!」


「どこって、宿屋。少し一人にしてくれる?」


そのままルルカは小走りで去っていってしまった。


「そんなので、放っておけるわけないじゃん……。」


思わずキラがそう呟くと、ティーナがゼオンに言った。


「キラに賛成だな。あたし、ちょっとルルカ追っかけてくる。」


「わかった。」


ゼオンの返事と共にティーナはすぐに駆けだしてルルカを追った。ルルカのことは心配だったが、「ティーナがついてくれるなら大丈夫」とキラは自分に言い聞かせた。

そうしている間に村人は殆どこの場から去り、残っているのはキラとゼオン、そしてペルシアだけとなった。

ペルシアは村人が全て戻っていくのを確認しているようだった。


「ペルシアすごいね。なんか、かっこよかった。」


「お前、俺が兄貴に会った時も自分から前に出て仕切ってたよな。いくら村長の孫娘とはいえ、お前がそこまでする必要はあるのか?」


ゼオンがそう問いかけると、ペルシアは怯むことなく言った。


「あら、勿論ありますわよ。外部からの来客への対応も立派な村の仕事の一つですもの。次期村長として、自分の役目を学び、行うのは当然のことですわ。」


「次期村長……か。」


ゼオンが復唱したその一言がなぜか意味ありげに聞こえた。ゼオンは何かを考えているようだった。


「じゃあ、あなた方も早めに戻ってくださいな。じゃあ、私はこれで。」


ペルシアはそう言うと急いで村内部へと戻っていった。迷い無くやるべきことを行う姿は凛とたくましく見えた。

こうして残ったのはキラとゼオンだけになった。だがキラは先ほどのルルカのことが気がかりで仕方がなかった。

ティーナだけでなく、キラやゼオンも行った方がよかったのではないのだろうか。


「ねえゼオン、あたし達もルルカのところに行かない?」


「行きたきゃ勝手にしろ。俺は止めとく。」


「なんで? ルルカのこと心配じゃないの!?」


キラは思わず怒鳴った。ゼオンは険しい表情を浮かべていた。ゼオンはキラの言葉にすぐに言い返してはこなかった。キラはこの時になってようやくゼオンの様子がおかしいことに気づいた。

とはいっても、ルルカのように追いつめられたような様子ではない。ゼオンはこちらを見ずにネビュラがやってきた森の方向を見つめ、何かを考えているようだった。


「これでも少し、気にはしてる。だからティーナに任せた。俺は一度オズのところに行こうと思ってる。」


「オズのとこ? どうして?」


ゼオンは低い声で小さく言った。


「気づかないか? 突然、標的にとって一番顔を合わせづらい相手が村の外からやってくる……兄貴が初めて村に来た時と同じパターンだ。

……これが偶然だと思うか? 裏で誰かが糸を引いてるとは考えられないか?」


キラは思わず震え上がった。ゼオンの言うとおりだった。ディオンの来訪の時の光景が脳裏を駆けた。お互いの顔を見て驚くゼオンとディオン、そしてその後危うく村のど真ん中で戦闘が起こりそうな状況だったこともよく覚えている。

そう、ちょうど今起こった出来事とそっくりだ。確かに言われてみればうまく出来すぎているように思えた。


「あのネビュラって奴が村に来たってことは遠からずオズに伝わる……セイラもきっと知ってるんだろうな。

あいつらがネビュラって奴が来たことと関係してるかはわかんねえ。

けどきっと、兄貴の時と同じようにあいつらは何かしらの行動を起こす。きっとまた、お前を……」


その時ゼオンの瞳がこちらを向いたかと思うと、話がピタリと止まってしまった。


「ん、ん? どうしたの、何で黙るの?」


キラがそう言うとゼオンは顔を背けて一度咳払いし、話を再開した。


「……とにかく、俺は一度あいつらのところに行く。お前はルルカのところに行け。」


不思議とキラはゼオンの言うことを聞く気になれなかった。ゼオンがオズとセイラのところへ行き、何をしようとしているのか気になった。


「やだ、やっぱりあたしもゼオンについて行きたい!」


キラの言葉にゼオンは少し驚いたようだった。


「止めておけ。」


ゼオンは冷たくそう言ったがキラは退かなかった。頑なにその場を離れようとしなかった。

キラは強くなりたかった。強く、とは戦闘においての意味だけではなかった。

キラはいつもゼオンに助けてもらいっぱなしだ。何かが起こった時、一番最初に前に出て困難に立ち向かおうとするのはいつもゼオンだ。

そんなゼオンが頼もしいから、ティーナもルルカも今までゼオンと共に戦おうと思ったのだろう。

キラはいつもゼオンの後ろに居た。そんな自分を変えたかった。

後ろではなく隣で立ち向かいたかった。それにはまず、ゼオンについて行こうとしなければいけないと思ったのだ。

ゼオンの目は初めは冷たかったが、しばらくこちらを見た後、小さく言った。


「お前は、もう何を知ったとしても後悔しないか?」


なぜゼオンがそう問いかけたのかは理解できない。だが、ずっとそうでありたいと考えていた答えはあった。


「絶対とは言い切れないけど……がんばるよ。」


キラがそう言った時、随分久しぶりにゼオンが目をそらさずにこちらを見てくれた気がした。


「……わかった。来い。」


その言葉を聞いたキラは思わず飛び跳ねた。そして歩き出したゼオンを急いで追いかける。

やっと隣に追いついた時、やけにゼオンが静かであることに気づいた。元々ゼオンは口うるさい人ではないがどこか普段とは違う。

するとゼオンは言った。


「無駄かもしれねえけど一応言っておく。絶対にオズとセイラの言うとおりにはするな。」


「ほぇ、なんで?」


「……きっとそのうちわかる。いや、わからなかったら、教える……。」


この短時間にゼオンは何か大きな決心でもしたように見えた。


「俺の時と、同じようにはさせない。」


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