第12章:第11話
その日は心の芯が凍りついてしまいそうなくらいに寒かった。
前日にティーナ達と作った料理を図書館に運び込み、パーティの準備を済ませると、キラはゼオンが居る寮まで走った。
キラの心は弾んでいた。昨日はティーナと沢山料理を作った。ルルカとセイラも少し準備を手伝ってくれたし、小悪魔達は図書館を綺麗に飾り付けてくれた。オズは何にもしてくれなかったけど、何だか楽しそうだった。
きっと今日はゼオンにとって良い日になる。キラは寮の前で待っているゼオンを見つけると、早速手を握ってぶんぶん振り回した。
「おはよー! おはよおはよー!」
「……おはよう。えらく元気だな」
「だってパーティだよ、パーティ! ご馳走いっぱいでワイワイきゃほーだよ!」
楽しみで仕方がないキラに対して、ゼオンはテンションが低い。いつものことだと思っていたが、よく見ると今日のゼオンは顔色が少し悪かった。
「どうしたの、顔色良くないけど、具合でも悪いの?」
「いや、ただの寝不足。別に体調が悪いわけじゃないから大丈夫だ」
キラは首を傾げる。
「寝不足? 昨日そんなに寝るの遅かったの?」
「ほんとはさっさと寝たかったんだけど、夜中に突然メディが来てさ。あいつが延々纏わり付いてくるものだから……ん、どうした?」
キラは顔面蒼白になっていた。ゼオンはさも自分が夜更かしの理由としてごく普通のことを語ったような顔をしている。だが、これが顔面蒼白にならずにいられるか。
「メディって……あのメディさん?」
「他に誰が居るんだ」
「な、なんで! 大丈夫だった? 頭痛くなったりとか、身体乗っ取られたりとかしなかった?」
「大丈夫、何も無かった。ただべらべら喋って、何もせずに帰っていったよ」
キラはあんぐりと口を開けて動かない。その後、キラはぶうっと頬を膨らませる。
「そういうのは、何も無いって言わないのー!」
「なんでだよ。そりゃ俺も少し焦ったけど、特に危害を加えられたわけでもないし」
「むー……でも駄目なの! ゼオンってそうしていっつも何も無かったから大丈夫って済ませるの、よくない!」
「別にいいだろ、俺のことだし。ほら、行くんだろ。追いてくぞ」
先に歩き出すゼオンをちょこまかとキラが追いかける。図書館に着くまでの間、キラは準備の様子をゼオンに話した。ティーナが意外と料理が上手かったことや、ルルカがキッチンに入れてもらえなかったこと、セイラは盛り付けしかしなかったことなど、話したいことがいっぱいあった。
ゼオンは聞いてないようなふりをしながら先を歩いていたが、一つ一つの話にしっかりと頷いていた。キラはそんなゼオンの細かい仕草にも気づけるようになったことが嬉しかった。
図書館に着くと、早速クラッカーと紙吹雪がゼオンを出迎えた。
「きゃわぁん、ゼーオーン! 愛してるぅぅぅ!」
びっくり箱のようにティーナが中から飛び出してくる。そんな不意打ちもゼオンは涼しい顔でかわし、ティーナに言った。
「ティーナ。準備、たくさん手伝ってくれたんだってな」
「うん! 愛するゼオンの為ならぁ、あたしはどんな事だってするさ!」
「……ありがとな」
そう言われたティーナは照れ臭そうな顔をしていた。そんなティーナをルルカが引っ張る。
「それはそうとティーナ、準備した料理が全部一口ずつつまみ食いされてるんだけど、あなたが犯人かしら」
「いやーばれたかー」
ティーナがあっさり認めると、ルルカはティーナを図書館の奥へと放り投げ、唖然としているキラとゼオンを中に案内した。
「ほら、早く入りなさいよ。お客ももう着いてるわよ」
今日の図書館は一日貸し切り状態だった。長いテーブルの上に様々な料理が並び、天井や窓も可愛らしく飾り付けてある。
ゼオンは自分の為に用意された会場を見て動けなくなっていた。ショコラ・ホワイトとペルシアも既に到着していた。
「お誕生日なんだってね。ゼオン君、おめでとう!」
「ゼオン、おめでとう! キラにこんな素敵なパーティ開いてもらえるなんて、よかったじゃありませんの。リーゼやロイドも呼べばよかったですわ。はい、これ、つまらない物ですけれどお祝いの品……」
ペルシアの言葉はそこで途切れていた。ゼオンはペルシア達から離れた部屋の隅に張り付いていた。キラは慌ててゼオンに駆け寄る。まるで蝋人形のように動かなくなっていた。
「ゼオン、どうしたの?」
「いや、その……お、重い……帰りたい……」
「帰りたい!? あ、あの、何か嫌なことでもしちゃった!?」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
慌てるキラとゼオンの間にセイラがとても良い笑顔で割り込んできた。
「キラさぁん、ゼオンさんは皆さんにお祝いしていただけたことが嬉しくて嬉しくて照れちゃってるだけですよぅ。ねぇ?」
セイラは地獄の笑みでゼオンに詰め寄る。社交性偏差値マイナス100の意地っぱりは、セイラから目を逸らしながら黙り込んだままだった。
「今日の主役が隅っこに居ちゃ駄目ですよぅ、ゼオンさぁん?」
「お前は本当に鬼だな……」
「おやおや、私はこんなに素直で心優しい幼女だというのに。さあキラさぁん、パーティ始めましょう?」
その一言を合図に、キラはゼオンを部屋の真ん中に引きずり出した。そっぽを向いたまま無言で硬直しているゼオンの横で、キラはジュースが入ったコップを掲げる。
「それでは皆さーん! 手元に飲み物はありますかー!」
するとティーナが
「ゼオンのが無いよー!」
と声を飛ばす。あははと笑い声が上がり、ゼオンにも飲み物が渡された。ゼオンは相変わらず緊張しているようで、コップを握る手が震えていた。キラは今日の為に集まってくれた仲間達の顔を見渡し、元気良く叫んだ。
「それじゃあ、ゼオン! 誕生日おめでとう! かんぱーい!」
その言葉と共に11の杯が掲げられ、宴が始まった。そこからは食って喋って歌って騒ぎだった。
小悪魔達を巻き込んだのはやはり正解だったようで、シャドウやレティタがパーティの空気を作ってくれていた。
キラはシャドウ達と騒いでいたティーナを引っ張り、小さな箱を持ってゼオンのところに向かった。
「ゼオン。これ、プレゼント。みんなで買ったんだ!」
ゼオンは大きく目を見開き、未知の物にでも出会ったかのようにそっと箱に手を伸ばす。
花びらを掬うかのように丁寧に包装を解くと、箱の中の小さなプレゼントを手に取った。
「ピアス。たしかゼオンは右耳にしてたと思ったんだけど、違ったっけ」
キラがそう言うと、ゼオンは右耳にかかった髪の毛を退けた。そこには言われなければ気付かないくらい小さな金のピアスが輝いていた。
「よく気づいたな」
「ルルカは気付かなかったんだ。でも、あたしとティーナは絶対してたって言ったんだよね」
ゼオンは小さなピアスを外して手に乗せると、懐かしそうに言った。
「……これさ、昔、姉貴に貰ったんだよ」
傷だらけの本当に小さなピアスだった。キラはそれを聞いて安心した。小さい頃のゼオンにも、贈り物をして、大切にしてくれる人が居たのだ。
ゼオンは新しいピアスを右耳に付け、古いピアスを箱にしまった。剣の形の新しいピアスはゼオンによく似合っていた。
「……あ……ありがとう」
ぎこちなくだけれどそう言ってもらえた時、キラはこのパーティを企画して良かったと心の底から思えた。
嬉しくて思わずキラにも笑顔が浮かび、隣に居たティーナの手を握ってぶんぶん振り回した。
「やったね、やったね! よかったね!」
「ふふん、やっぱりあたしらの目に狂いは無かったってことだね!」
キラはティーナと手を合わせて「いえーい」と声をあげながらくるくる回った。ゼオンは何だか急に静かになって二人から目を逸らした。きっと、また照れているのだろうと思った。
「……ちょっと、砂糖貰ってくる」
「砂糖?」
「紅茶に入れるやつ」
よく見ると、先程ゼオンが手渡された飲み物は紅茶だった。照れ隠しのつもりだったのだろう。右耳の新しいピアスの様子を気にしながらゼオンは小悪魔達のところへ砂糖を貰いに去っていった。
無事にプレゼントを渡し終えたので、キラもパーティを楽しむことにした。なんせこの為に料理を沢山作ったのだ。その時にキラは意外な事に気づいた。ティーナは料理が上手い。ティーナの料理を腹一杯食べたい。キラは自分の更に山のようにグラタンとチキンとポテトを盛ると、満足げに笑った。
そして、あの人の隣に座ってみた。
「オズ、楽しんでる?」
オズはいつもの席でお菓子をつまみながらパーティの様子を眺めていた。オズは普段どおりの底の読めない笑みを浮かべていた。
「そらもう。仕事ほうり出してぐだぐだできるから大助かりやー」
宴会の中心では、ちょうどシャドウがルイーネを巻き込み始めたところだった。おかげでこの怠け者の主はこうして自由の身になっている。
「そう、楽しめたならよかった。シャドウ達も楽しそうだし、ここでやってよかった」
「そうか? 俺は本当にここでやるとはって、ちょっと意外やったんやけどな」
ポテトを食べるキラの手が止まった。
「あんな事があった後で、よくここでやろうと思ったな?」
キラは再び口にポテトを詰め、一気に飲み込んだ。
「だって、オズが居る方が楽しいって思ったからね」
「おお、そら嬉しいなあ」
きっと、本当はお互い言いたいことは沢山あったはずだ。だが、キラもオズもそれ以上この祝いの空気を壊すような事は言わなかった。今日はゼオンの為の日なのだ。真面目な話はまた今度にしよう。
キラは美味しい料理を口いっぱいに詰める。オズはその様子を隣で楽しそうに見つめていた。
「そういや、このパーティ。言い出したのはお前なんやな」
「そうだよ」
キラが答えた時、オズの視線の先にはゼオンが居た。
「あいつの為に、随分頑張るんやな」
「うん。だってあたし、ゼオンにはいっぱいお世話になったんだもん。何度も助けてもらったし、何度も励ましてもらったし。イオ君が敵だって知った時も、あいつが守ってくれて、ちょっと悔しかったけど……嬉しかったんだ。だから、お礼しなきゃって」
「お礼……か」
「あと、このパーティ、これからも続けたいなあって思ったから。だから最初が肝心だよねって思って」
キラは口の周りにソースを付けたまま、夢中で話した。
「来年はね、ルルカ達のお祝いもしたいの。ティーナの誕生日は、セイラに聞いてみたらわかったりしないかなあって。セイラの誕生日はいつなのかなあ。わかったら、セイラもお祝いしたいなあ。オズの誕生日はいつだっけ?」
キラが尋ねると、オズは突然声をあげて笑い出した。
「な、笑わないでよ」
「ああ、悪い。なんや微笑ましくてつい、な。本当に、お前は皆が大好きなんやな」
キラは皆の姿を見つめながら、笑顔いっぱいで「うん!」と深く頷いた。こうしてパーティができることが嬉しくて仕方がない。
すると、次にオズはこんなことを言った。
「せやったら、その『皆』の中で、一番好きなのは誰や?」
キラは「えっ」と小さく声をあげる。
「そう言われても……皆が好きなんだもん。選べないよ」
「そこを敢えて一人に選ぶとしたら?」
「なんで……そんなこと言うの」
「ただの興味や。深く考えるな」
キラは頭の中を埋め尽くすくらいに大好きな皆の中から無理矢理一人を選んでみる。だが、そうした時、自分の心が言うのだ。その人以外の人は好きじゃないの? 「好き」に差をつけるの? クレーンが一人を吊り上げようとすると、他の「皆」の声が聞こえるような気がしてくる。「僕は」「私は」と、次々と。
「そんなこと……していいの。好きに順位を付けて、依怙贔屓するようなこと、しちゃいけないような気がして」
「え」
オズは何故か間の抜けた声をあげた。キラが「えっ」と声をあげると、オズは思わぬ障害を見つけたかのように頭を抱えた。
「単に天然なだけやと思っとったんやけど……そないな難儀なこと考えとったとはな」
キラ自身は皆を愛することは誰でもできるわけではないということにずっと気づいていなかった。
どの人を見ても、何か必ず過去に喋ったことや世話になったこと、気になることが浮かび上がってくる。キラはキラの力だけで生きているわけではない。大勢の人が支えてくれるから、キラはキラでいられる。
なら、支えてくれた分だけ、キラも皆に何かを返さなければならない。キラはそう考えていた。
そんな関係が好きだった。皆と一緒に居られることが嬉しかった。
だから、キラは誰か一人を選び取ることなんてできない。




