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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第12章:ある悪魔の狂詩曲
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第12章:第10話

いよいよ、明日が誕生日だった。窓は白く結露していて、今にも雪が降りそうだ。深夜、自室にて、ゼオンは一人で外を見つめる。

明日のパーティのことを思い、胸を高鳴らせる──というわけにはいかなかった。ゼオンは盗撮・盗聴対策で疲れ果てていた。


「……全く、ティーナは」


セイラが言った事は本当だった。ゼオンは部屋のあちこちに仕掛けられた魔法具の排除がようやく終わったところだった。

ティーナの盗撮・盗聴癖は今に始まったことではないが、何度取り除かれても懲りずにまた仕掛ける執念はゼオンには理解できない。数日後にはまた仕掛けられていそうだ。

ゼオンがベッドに倒れ込んで、眠ろうとした時だ。


『あら、もう寝ちゃうのォ?』


その声でゼオンは飛び起きた。蜜のように甘ったるい声が首筋を這っていく。


「何の用だ、メディ。またあれか、あの時の牢獄でのやりとりについて聞きだしに来たのか」


『いいえ、違うわ。今日はお喋りに来ただけよぅ』


ゼオンはますます警戒を強めた。メディと気軽にお喋りを楽しむような仲になった覚えは無い。


「失せろ……とりあえず離れろ。姿は見えないはずなのに、気持ち悪いくらい近くに居るってわかるんだよ」


『ウフフ……離れろって言われて離れる奴が居るわけないじゃない』


もし実体があったならば、唇が耳に触れそうな程近くで吐息が聞こえる。振り払いたくても逃げたくても、相手には実体が無い。逃れる術は見つからず、メディの甘ったるい声はゼオンを飲み込んでいった。


『ふふ……明日は雪が降るかしら。あの夜みたいに綺麗だといいわねえ』


ゼオンの脳裏に7年前の景色が浮かび上がる。心まで凍りつくような寒さの中、炎が人も街も焼き尽くした夜。

そうだ、忘れていた。ゼオンは一度だけ誕生日を祝われたことがあった。このメディに。最悪の方法で。


『やっぱり身体を借りるなら異性の方が楽しいわ。可愛く抵抗してくれるともっと嬉しい。悔しそうに少しずつ弱っていってくれたら最高ね』


「……今すぐ去れ。あの夜と同じ事をする気か」


『ふふふ、だからあなた、からかい甲斐があるのよ。けど言ったでしょ、今夜はお喋りに来ただけよ』


「誰がお前なんか相手にするか。さっさと帰れ」


首筋を舌で舐めるような音がぴたぴた聞こえた。ゼオンが拒めば拒むほど、メディの声が近くなる。


「……っ、やめろ。気持ち悪い。結局お前、何がしたいんだ。要件をさっさと言え」


『あらぁ、じゃああの魔女っ子ちゃんならよかった?』


「そういう問題じゃない」


『つまんないわぁ。あなたほんと、そういうとこだけは7年前から全く変わってないのねえ。ほんとにうら若き16歳? もっとあの魔女っ娘ちゃんといやらしいことしたいとか思わないわけぇ?』


「考えたこともない。さっさと失せろ」


不快感と怒りがふつふつと沸き上がり、口調も思わず強くなった。するとメディはますます楽しそうに嗤う。


「あは、ほんっと真面目ね。あの淫乱クソビッチの腹から沸いて出たとは思えないわ。あ……もしかして、あの母親と真逆だったからあの魔女っ子ちゃんがよかったのかしら。明るく元気な清純派。男ってそういうの好きよねぇ」


「煩い、黙れ。あの母親と比べるな」


母親のことを出されるとゼオンはますます不機嫌になった。今日のメディは何故か危害を加えてこないが、この状況では恐ろしくて眠れない。今すぐ追い払いたいところだが、メディは拒めば拒むほど楽しそうにゼオンを弄ぶのだ。


『うふふ……ほんっと、あの魔女っ子ちゃんを話題に出すと思い通りに踊ってくれるのね』


ゼオンはますます腹が立った。どうにかしてメディを追い払いたかったゼオンはある人物の名前を出してみる。


「その理屈なら、お前は『アディ』って奴の話を出したら俺の望み通り帰ってくれるのか?」


一瞬、無音になった。だが、すぐにシャボン玉がはじけるような軽い嘲笑が響き渡った。大切な人に向けるものとは思えない笑い方だった。


『あはっ、アハハハハハハハハハハ! 居たわねえそんな奴! それ、誰に聞いたのォ!? 言わなければ忘れたままでいられたのにィ! あーおかし、あははは!』


「セイラから聞いたんだよ。昔々、お前にも素直な時期があったってな。そいつのことを随分気に入ってたって聞いたけど」


『私も昔は馬鹿だったのよ。あいつの死に様は傑作だったわね!』


「……それが大切な人に向ける言葉かよ」


『あら、勘違いしないで。あいつにはもう冷めたのよ。私はね、あいつを殺してくれたことについてだけはオズに感謝してるの。あの異常者に関わったことは私の黒歴史だわ。もし歴史を遡ることが許されるなら、過去に行ってあいつが生まれる前に殺してやるわよ。あははは!』


哀れだ、とゼオンは思った。なぜそう思ったのかは自分でも理解できない。ただ、誰のことも愛せず、優しくすることもできないこの破壊の神がとてつもなく哀れな存在に思えた。


「なんだか、可哀相な奴だな。お前」


『あらぁ、ならあなたが慰めてくれるのかしら」


「断る。よくわからないけど絶対嫌だ」


『女でも悪くないけど、遊ぶなら男の方が好きなの。イオでもオズでも誰でもいいから男の身体を乗っ取りたいわぁ』


「オズでもいいのか……お前、あいつのこと憎くて殺したいんじゃないのか」


『憎いからよ。あいつの心をへし折って、弱らせて、屈服させたら面白そう。そしてリディに見せつけてやりたいわ』


メディの声は高揚感に満ちていた。ゼオンは疲れてうなだれながらメディに言う。


「……お前はもう少し他人とのまともな関わり方を覚えた方がいい」


『ひどぉい、私はこんなに皆を平等に愛してあげてるっていうのにィ』


ゼオンは耳を疑った。冗談も大概にしてほしいものだ。


「どのへんが愛してるのか全くわからないんだが」


『皆に平等に残酷に。それが私の破壊の神としてのモットーなの。皆を全力で虐めて、弄んで、追い詰めてあげるのが私の愛し方よ。まあ、私にも多少の好みはあるけどね』


つい数時間前の盗聴対策のこともあり、ゼオンは疲れ果てていたので、総じてもうどうでもいいと結論づけることにした。どうしてこう「愛」という言葉を口にする人は歪んでいるのだろう。やはり「愛」はえげつない。

そうしてメディは何もかも壊し、オズを殺し、リディを絶望の底に追いやって、身体を取り戻し、世界の『再構築』をするつもりなのだろうか。

ゼオンはメディに問い掛ける。


「なあ、ずっと聞きたかったことがあるんだけど、身体を取り戻して、オズを殺して、世界をリセットして……それで最後、お前は何を手に入れられるんだ?」


風が吹くように、急にメディの声が遠ざかった。メディはゼオンの問いに答えることは無く、そっとこう囁くだけだった。


『……若いわね。終点と願いが、同じものとは限らないわ』


その二つの差が何か、ゼオンには当然わからない。急に部屋が静かになった。気がつくと部屋の空気は随分冷たくなっていた。ゼオンは窓の外を見つめながら想う。この争いはどこで終点を迎えるのだろう。メディ達を倒すか、倒されるか。その二択しか無いのだろうか。

あいつはきっと、本当はそれ以外の結末が見たいんだろうな。ゼオンはキラの笑顔を思い出していた。

とうとう、外では雪が降りはじめた。時計もそろそろ0時を回ろうとしている。まるであの日の夜のようだった。

ゼオンはふと思い出したことをメディに尋ねてみる。


「そういえば聞きたいことが。俺は7年前のあの夜に杖を受け取って、それでお前に身体を乗っ取られて街を焼いただろ。乗っ取られる前に俺に杖を渡した奴は、見た目はリディのようだったけど、目の色はメディだった。あれは、お前がリディの身体を乗っ取ってた状態だったのか?」


すると、なぜかメディの声から蜜のような甘ったるさが消え、急に真面目に話しはじめた。


『八割くらい正解よ。ただ、あの時のリディは全く抵抗しなかったわ』


「どういうことだ」


『私が身体を乗っ取ろうとしたら、普通抵抗するでしょう。けど、リディはそれをしなかった。よくよく考えたら、あの時のリディの行動は何もかもがおかしかったわ。あの日、あいつは突然聖堂にあったはずの赤の石の杖を持ち出したのよ。……いいえ、その前から妙な行動をイオが見つけてたわね。あなたの記録書を調べてたみたい。それを知ったから私も邪魔なあなたを牢にぶちこむついでに、身体を乗っ取る練習台にしてやろうと思い立ったんだわ。それで私はリディの身体を乗っ取ってあなたに杖を渡したわけ』


「……真面目に話しはじめたと思ったのに、終わりはやっぱり最低だったな」


『まあ、聞きなさいな。あの日のリディはとにかく妙だったのよ。リディの身体を乗っとるのは難しいの。他の奴を乗っ取るのとはわけがちがう。あいつが全く抵抗しなかったからできたのよ。今となっては、あの子にうまく使われたような気がするわ。そうまでするなんて、あなた、本当に何者なのかしらね』


ゼオンの心にあの夜の出来事が次々と浮かんだ。「勘違いしないで。私とあの子は別人よ」──リディはさも自分にメディのような悪意は無いような顔をして、ゼオンに近づいた。「なら、知りたくはない?」──あの時、抜け殻のようになっていたゼオンは容易くリディの言葉に導かれていった。「それを知りたければ、もう一度私のところに来ることね」──その言葉が、抜け殻に捩を植え付け、動き出す動力となる。

なぜリディはゼオンを逃がしたのだろう。その疑問が、再び強く胸の内に沸き上がってきた。


『とにかく、リディは食えない女だわ。あなたも気をつけることね。気を抜いてると私が食べちゃうわよ。じゃあ、今夜はこれでさようなら。ウフフ』


また甘い毒を孕んだ言葉を耳元で囁くと、メディは風のように去っていった。ゼオンは唖然としたまま声が消えた方向を見つめていた。メディの粘っこい声がまだ耳の奥に残っていた。


「あいつ、一体何しにきたんだ……」


ゼオンは布団に潜りながら呟いた。考えれば考えるほど、意識が朦朧として、答えは遠ざかっていった。

今日はもう疲れた。眠くて起き上がれないし、答えを考えたところで眠気に全て溶かされる。なので、全て明日考えることにした。

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