第12章:第9話
「ちょっと! こいつ、お風呂で毎日歌ってるよ!」
セイラの部屋で集まっていた時のことだ。オズの記録書は皆の注意を引き付けていた。ティーナが一文一文音読する度にキラ達は驚き呆れていた。
なんせ内容が凄いのだ。これほどエンターテイメント性に富んだ生活を送っている人はなかなか居ないだろう。
「あら、でも昨日は『お風呂に浮かべるアヒルさんが無い』って怒ってるわよ」
「しかも名前があるんだね。『バッファロー陸軍大尉』」
「なんで風呂に浮かべるのに陸軍なのよ……」
「しかも、この『バッファロー陸軍大尉』が歌ってるって設定なんだね」
「ていうかこいつさ、何時間歌ってるの? 随分長いよね。のぼせないの!?」
するとセイラが冷めた様子で言った。
「神の血を飲んだ結果、魔力だけでなく身体も神の領域にまで強化されてますから。数時間風呂に入っててものぼせないでしょう」
「無駄遣い! 神の力の無駄遣い!」
オズの記録書はそこらの本よりも格段に面白かった。朝はシャツを選ぶ時間が長すぎてルイーネに怒られ、昼になると本で城を作ってルイーネに怒られ、夜は風呂で歌う声がうるさくてルイーネに怒られている。正に駄目な大人の生活の典型例だ。
パーティに関係するような記述はあまり無いが、一度レティタからそれに関する話を振られた時は「ここでやるんやったら、仕事ほっぽりだして食って騒げそうやな、ラッキーやなあー」と答えていた。勿論、その後ルイーネに怒られた。
記録書を読んだゼオンは呆れ果ててセイラに言った。
「なあ、これって、オズがよからぬことを企んでないか調べる為に見てるんだよな」
「そうですね」
「俺達は何と戦っているんだ……?」
オズの記録書はだらしない大人のだらしない日常がひたすら書き綴られるだけで、怪しい描写は一切見られなかった。少なくとも、オズが何か不審な行動をしたり、ルイーネに怪しいことを命じる描写は一切無い。
ただオズがひたすらだらしないだけだ。
「この日は角砂糖で城作ってるし、その日はトランプで城作ってるよ。城作るの好きだねえ」
「仕事場も部屋も汚いのに洋服だけはきちんと整理してるみたいね。整理できるなら他もそうすればいいのに……」
キラ達が記録書を読むことに熱中していると、ゼオンが突如恐ろしいことを言った。
「お前ら、オズの記録書だからそう楽しそうに読んでいられるけど、お前らのプライベート情報もセイラの頭には全部入ってるってことだからな。セイラ、そうだよな」
キラ達三人は凍りついた。人に言えないテストの点数や魔法の練習に失敗して焼け焦げた教科書のことが頭を通り過ぎていった。更にセイラが止めを刺す。
「ええ。私は皆さんの日常について何でも知ってますよ。キラさんが赤点のテストの隠し場所に困っていることも、国王様からの手紙を貰った日のルルカさんの挙動不審っぷりも。あと、ティーナさんがゼオンさんの部屋に盗撮と盗聴機能のある魔法具を仕掛けて、ゼオンさんの着替えを覗いては鼻息を荒くしていることも」
全員が石と化した。特にティーナはあんぐりと口を開けたまま動かない。カバのように間抜け面を晒してセイラを見ていたが、セイラはティーナの無言の反発など見えてもいないような顔をしている。ゼオンがティーナに言った。
「盗聴……盗撮……?」
「う、おあああ……そ、それは……」
「まだあったのか……セイラ、場所は?」
「うわああ! セイラ言わないでぇ!」
セイラは死刑執行人のように容赦無く言い渡した。
「ベッドの裏、カーテンレールの上、クローゼットの上と中です。蝶番の付近にありますね。計4個です」
「全部取っ払ったと思ってたのに……また取り除かなきゃな」
「うううあああー………あたしの天国がぁ……」
「また」と言うところからゼオンの苦労が伺えた。ティーナは死んだセイウチのように床に突っ伏して嘆いた。
「うっ……記録書なんて……記録書なんて」
「正直本という形で外部に保存されている分、オズの方がマシだな。それでセイラ、話を戻すがオズの行動についてお前はどう思う?」
ゼオンは当の『記録書』の意見を求めた。セイラはオズの記録書を隅々まで読み、落ち着いた様子で話した。
「そうですね。皆さんが言う通り、あまり危険があるようには思えません。オズさんはわりと感情が表に出る方ですからね。以前オズさんが強引な手に出た時期と比べても、今はこちらに敵意を向ける様子は無さそうに見えます。それに……」
セイラは秋頃のページを見ながら言った。
「オズさん、今は自分の事で手一杯かもしれませんよ」
「どういうこと?」
「あまり体調がよろしくないようですし、村長さんとの仲も悪くなる一方です。案外『仕事ほっぽりだして食って騒ぎたい』というのが本音かもしれませんね。ただ、こちらが場所を変える可能性があるということは気づいていそうですが」
ゼオンは続けて尋ねた。
「あと、ルイーネの様子はどうだ? オズが指示出すとしたらあいつだろ」
「ルイーネさんがオズさんから特別な指示を受けている……ということはなさそうですよ。ただ……」
セイラの表情が歪む。
「ただ?」
「パーティへの危険にはならないでしょうが、最近オズさんに内緒で村長さんの所によく行くようですね。あと、残念なお知らせです。シャドウさんとレティタさんの記録書、イオに消去されたようです」
キラ達に途端に緊張が走った。セイラが誘拐されたあの日に消された記録。まさかこんな身近な人のものが消されていたなんて。
「シャドウとレティタ? ルイーネのだけは無事なのか?」
「ええ。皆さんが『ルイーネ』と呼んでいる親個体のものは。ただ、ルイーネさんが生み出す『ホロ』は誕生から消失までの期間があまりに短いと記録書そのものが生成されませんので、ルイーネさんに怪しい部分が無いとは言い切れませんが」
「そうか……オズが指示を出すとしたら多分シャドウやレティタじゃなくてルイーネだろうけど……気になる話ではあるな」
セイラはぱたりと記録書を閉じ、自分の意見のまとめを述べた。
「以上が私の考えですね。危険は概ね無さそうに見えますが、怪しい点も多いです。判断は皆さんにお任せしますよ」
「俺も、判断はお前らに任せるよ。正直俺は場所はどこでもいいから」
ゼオンもそう言ってキラ達に判断を委ねた。決定権を渡されたキラ達は戸惑った。
キラはレティタの言葉が忘れられなかった。「楽しみにしてるから」……あの気持ちに応えたい。だが、ティーナはやはりオズへの警戒を解いていないかもしれない。キラがちらりとティーナに目を向けると、ティーナはこんなことを尋ねた。
「そういえばキラさ、あのショコラ・ホワイトってお姉さんも呼んでたよね。キラの友達って、結構来るの?」
「えっ? あー、先輩と、あとペルシアも話をしたら来たいって言ってたんだけど……駄目かな?」
ティーナは険しい表情を浮かべた。
「んー……ゼオンはあまり人数が多過ぎても嫌なんじゃないかなあ」
「え、そうかな。ゼオン、ペルシア達が来たら駄目?」
話を振られたゼオンは戸惑っていた。
「確かに……あんまり大人数になると、こっちもなんか……対応に困るから止めてほしいけどな……」
「そっか……」
「まあ、その二人は呼べよ。来たいって言ってるんだろ? でも、呼ぶのはその二人くらいにしてくれ」
「わかったー!」
そのやりとりを見届けてから、ティーナは思いがけないことを言った。
「それで、場所のことなんだけど、やっぱり図書館にしない?」
キラは驚いた。ティーナはあれほど図書館でやることを嫌がっていたはずなのに。ゼオンとセイラもティーナに注目していた。
「キラはさ、やっぱりあのレティタって子のことが気になるんでしょ? たしかにオズはムカつくけど、小悪魔達に罪は無いし。あの子達を元気づけてあげたいじゃん。それに、お金も貰っちゃった以上、やっぱり止めますとも言いづらいしね」
ティーナはそう言ってにっこり笑った。その笑顔を見ていると、キラも元気が沸いてきた。
「うん、ありがと! ティーナ大好きー!」
「それじゃあ、二人がそう言うなら図書館で決定でいいかしら? 私も、オズにぶち壊されることさえ無ければ場所はどこでもいいしね」
「うん!」
キラは力強く頷いた。やっぱりティーナは最高の仲間だと思えた。キラはティーナの両手を握りながらぐるぐる回る。二人がはしゃぎ回っている一方で、ゼオンはどうも釈然としない様子でティーナを見つめ、セイラは逆にティーナから目を逸らして俯いていた。




