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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第12章:ある悪魔の狂詩曲
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第12章:第7話

いつのまにか、キラとゼオンがどこか遠くへ行ってしまったような気がした。

ティーナは一人、夕暮れの道を歩いていく。二人の様子が写真のように脳裏に焼き付いて離れなかった。

傍にルルカが居てくれれば、きっとルルカをからかって遊んでいるうちにティーナの気も紛れただろう。しかし、今は一人だ。ルルカはゼオンに話があると言ってどこかに行ってしまった。

一人は嫌いだ。誰も監視していないからつい油断しそうになる。心の仮面が剥がれそうになる。どろりと黒く濁った感情が溢れそうで、そんな自分の醜さに気づいてしまいそうで、こんな時は誰かに会いたくなるのだった。

キラが羨ましい。妬ましい。そんな気持ちが全く無いかと言うと、それは嘘になる。ゼオンがキラに釘付けになっている様を見ることは当然辛かった。

雪で真っ白に染まった道は夕焼けの色をよく反射する。その茜色の雪の上に、突如ぼうっと影が浮かんだ。

その影を見たティーナは思わず身構える。


「キャハハハ、そんなに怖がらないでよう」


イオが不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。ティーナは即座に杖をイオに向ける。


「出たね、クソガキ。あたしの杖を奪いに来たの?」


「ちがうもんっ、今日はお話に来ただけだもんっ」


イオはわざとらしく両手を頬に当て、上目遣いで言う。当然、ティーナは警戒した。

この子供の「話」に耳を貸してはならないことはわかっていた。


「いいから失せな。それとも、あたしに切り刻まれたいのかな? あんたの弱点、紅のブラン式魔術で」


「ひどーい、せっかくボクが親切で300年前の世界に連れてってあげようと思ったのにぃ。ラヴェルとプリメイのあの後、気にならないの?」


そこでティーナは咄嗟に言葉を返せなかった。300年前のあの日、ティーナを庇ったラヴェルのことが頭に浮かぶ。あの日も雪が綺麗だった。真白の世界に滴り落ちる血の花は悲鳴をあげそうなくらいに鮮やかだった。

あの後、ラヴェルとプリメイはどうなったのだろう。うまく兵士達の手から逃れられただろうか。それとも、捕まってしまっただろうか。

本当は、あの日からずっと後悔していた。しかし、イオの言葉に乗ってはならないことくらい理解していた。


「うっさい、失せな。今更あの時代に戻る意味なんて無い」


「じゃあ、あんたがこの時代に居る意味ってあるの? あんたの愛する人は、あんたを全く見てくれていないのに」


ずきん、と心の傷が痛む音がした。キラの笑顔と、ゼオンの目に今までに無かった暖かさが灯る様が脳裏を駆ける。

イオは更に追い撃ちをかけるように言った。


「いいこと教えてあげる。あの後、二人は無事だったよ。ラヴェルの実家……アルミナ家が二人を助けてくれたのさ。300年前に戻れば、またあの二人と暮らせる。怪盗の疑惑のことも大丈夫さ。あの時よりあんたは数年分成長してる。身を守ったり外見を変える魔法だって覚えてるでしょ? あの時代に戻って三人で暮らせばいい。この時代に居続けることにしたとしても、あの二人にはお世話になったんでしょ。お礼くらい言いたいんじゃない?」


イオの言葉はティーナの本心を巧妙に探り当てていく。あの時の後悔は、未だに晴れてはいない。


「……何が言いたいの」


イオは無邪気な笑みを浮かべ、ようやく本題を話しはじめた。


「取引しようよってこと。あんたの望みを叶えてあげる。あんたを300年前の世界に連れてってあげる。ラヴェルとプリメイに再会するチャンスをあげるよ」


「ふん、うまいこと言って。当然対価があるんでしょ」


「ふふ、そうだね。対価は勿論、あんた達の杖。それを1本頂戴。別にあんたのじゃなくてもいいよ。キラでも、ゼオンのでもいい」


「くだらない。あたしの愛するゼオンの杖を渡す訳ないでしょ」


「そうかなあ。良い話だと思うんだけど。それに……」


イオはティーナに近づき、耳元で囁いた。


「あんたが望むなら、キラをゼオンから引き離してあげる。それで、ゼオンがあんたを好きになるようにしてあげるよ」


ぞわりと背筋が震えた。キャハハハとイオの笑い声がサイレンのように響いていた。ゼオンが自分を見てくれる。当然ティーナにとってその誘いは甘く聞こえたが、同時に恐ろしく感じた。

ティーナはイオの背後に回り込み、首に鎌の刃を当てた。


「バッカじゃないの。そんなこと、とんでもなく醜いやり方しないとできないじゃない。ゼオンだけじゃない。キラも大事な仲間だからね。二人に何かしたら、その首跳ね飛ばしてやる」


「いいよぉ、別に。どうせ代わりの首が生えてくるし。ふふ、勿体ないなあ。あいつをあんたに振り向かせるのはとっても簡単なのに。あいつはリディの操り人形だ。操ってる糸を奪ってしまえばいいだけなのに」


カッと頭に血が上り、鎌を今にもイオの首にめり込ませてやりたくなる。それはティーナから見ると赦せない侮辱であったし、煽りだとしたら随分と安っぽく聞こえた。ゼオンが操り人形? 馬鹿馬鹿しいにも程がある。ゼオンはあれほどしっかりと自分の意志を持って行動しているというのに、何を的外れなことを言っているのだろう。


「馬鹿なこと言ってるって思ったでしょ」


「勿論。あんた、脳みそ腐ってるんじゃなァい?」


「7年前、牢獄でゼオンとリディがどんなやりとりをしたか、オズもセイラもボク達も気になってるっていうのはもう知ってる?」


鎌を持つ手が一瞬震えた。ティーナ自身はその話に興味は無かったが、ゼオンが狙われることは許せなかった。


「ゼオンはそれまでクロード家のサンドバックだったんだよ。抵抗する意志すら持てない置物さ。それがあの日、家を焼いたことであいつは解放された。そこにリディが現れて、牢獄に居たあいつを救った。その時、あいつはリディの手駒にされたのさ」


「馬鹿馬鹿しい。ただ助けてくれただけでしょ。大袈裟な」


「そうかなあ。その時何があったか、だぁれもわかんないんだよ」


「ゼオンはわかってるでしょ。まずいことがあったって素振り、全く見せてないじゃん。ゼオンってば、結構隠すの下手だからね。あれは本当だよ」


「ゼオンの記憶があてになるって確証どこにあるんだよ。記憶をいじるのなんて簡単だよ?」


ぐっと言葉に詰まった。確かに、そのとおりだ。現に記憶が「正しくなかった」人をティーナは既に見てしまっている。キラだ。


「あの時、もしかしたらリディはゼオンに魔法で何か仕込んだかもしれないよ? それからゼオンの記憶をいじってごまかしたかもしれない。そうしたらゼオン自身は自分の異常に気づけないし、無意識にリディの思い通り動くしかなくなる。ねえ、あんた、この村に来るまでゼオンの様子、見てたんでしょ。あいつにおかしいところ無かった? やけに杖のことに執着してなかった? リディに操られた結果あいつがキラに惹かれたんだとしたら、さすがのあんたも納得いかないんじゃない?」


頭ががんがんと揺れた。もしそうだとしたら……そんな考えに足を踏み入れてしまわぬよう、ティーナはイオの言葉を聞かないよう努めた。これは罠だ。勿論わかっている。イオの言っていることが真実のように錯覚させることが相手の狙いだ。

ティーナははっきりと言い放つ。


「アハハ、馬鹿馬鹿しい。そんなことあるわけない。ゼオンがキラに惹かれたのも、キラを守りたいと思うのも、ゼオンの意志だよ。あたしはそう信じてる」


「キャハハ、物分かり悪いなあ。『これは自分の意志だ』と思い込むように誘導されてるって言ってるんだよ!」


「物分かり悪いのはそっちだね。それでもゼオンを信じてるって言ってるんだよ。あたしの愛するゼオンだもの、自分の意志を貫き通すよ」


首に当てられた鎌を撫でながら、イオはティーナを嗤う。


「哀れだなあ」


「愛してるんだもの。当然でしょ。あたしは誰よりもゼオンを愛してる。あたしが信じなくて、誰が信じるっていうの」


「そういうの、愛じゃなくて盲信っていうんだよ」


「ふーん。で? それがどうかした?」


「ああ、やっぱり哀れだ。救いようがないや」


「あたしには、あんたの方が哀れに見えるけどね。愛した人を信じられないんだから」


それから、ティーナはイオの首を絞めながら問い掛ける。


「で? あたしが取引を断った場合って、どうなるの。さっさと答えな」


指を白い喉に食い込ませてティーナは力を込めていく。断った場合のことをイオ達が考えていないわけがない。今やイオ達はティーナにとって最大の危険分子となっていた。

するとイオは醜悪な笑みを浮かべる。


「わかってる癖にぃ。ゼオン……どの道あいつは邪魔なんだよねえ」


ならば、こいつは消そう。ティーナはごく自然にその決断を下す。

鎌で首を引き裂こうとした時だ。背後から気配を感じて振り向く。蒼の刃が降り注ぐ。避けようとした隙にイオは腕からすり抜けて自由の身になってしまった。


「今すぐ答えは出さなくていいよ。ゆっくり考えてね」


ぴょこぴょこと愛らしく飛び跳ねて、イオは手を振ってふわりと舞い上がる。ティーナは翼を広げて飛び立つ。しかし、鎌がイオを捉える前に、強烈な光が視界を覆ってしまった。

瞼を開いた時、イオの姿は既に消えていた。


「あいつ……赦さない……」


ティーナの脳裏で様々な言葉が揺れていた。ラヴェルとプリメイ。300年前のこと。懐かしい言葉が魅力的に漂う中で、イオの嗤いが歪んだ存在感を放っていた。


「ゼオンを守らなきゃ……手出しはさせない……!」


ティーナは一人、堅く誓う。誰も巻き込まず、一人で守り通してみせると。ゼオンを守る為なら、自分は醜くても汚れても構わない。

そう決意を固めて、ティーナは再び笑顔の仮面を被った。

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