第8章:間奏:第1話
本作品は「ある魔女の為の鎮魂歌【第1部】」の続編です。お読みになる際はまず第1部を先に読むことをお勧めします。
十月も下旬、この村にもコートが欲しくなる季節が近づいてきていた。
村の周囲の木の葉が鮮やかに色づき、食べ物が美味しくなる時期だ。
アズュールから戻ってきてから1ヶ月程、キラはまた穏やかな日々を過ごしていた。
学校内で誘拐事件が起きその後反乱に巻き込まれる大事件が起こったわけだから、村や学校の人から何らかの注意や話があるかと思っていた。
だが実際は何のお咎めも話も無く、キラもゼオンも何事も無かったかのように元の学園生活に戻っていくこととなった。
村に戻ってきた直後はサラの事で思い悩むことも多かったが、友人達に囲まれて賑やかな生活を送っていくうちに以前のような笑顔が戻っていった。
だが一つ、キラはあの反乱以降、悩み、そして願い続けていることがあった。
明くる日の午後、キラは思い切ってリーゼにそれを相談してみることにした。
「修行! 修行の秋だよ、リーゼ! 修行つきあって!!」
突然そう言われたリーゼはぽかんとした顔をしていた。キラは拳を握りしめ強い瞳でリーゼを見つめていた。
リーゼは一歩下がり困ったように笑っていた。
「キラ……、それを言うならせめてスポーツの秋とかじゃないかな?」
「いいや違う、スポーツなんてぬるい! あたし修行をするんだよ!
今日の朝もまた婆ちゃんとの殴り合いでふっとばされちゃってまた負けちゃって……うう、やっぱ筋力足りないのかな?
婆ちゃんを超えるにはやっぱもっと筋肉隆々の『まっするぼでぃー』が……って、それはとりあえず置いといて!
とにかくあたし、もっと強くなりたいんだ!」
キラは腕を振り上げて力強く語った。リーゼは弱々しく言った。
「ううん……そう言われても、私殴ったりとか苦手だし……あんまり力にはなれないかも。」
するとその話を聞きつけたのか、キラとリーゼのところに白い髪の悪魔の少年がやってきた。ロイドだ。
ロイドはキラに言った。
「なんか面白そうな話してるね。キラが筋肉隆々になるの? 筋肉つける魔法薬とか調べてあげよっか?」
「いやいや、あたしは薬の力でついた筋肉なんていらないよ! 見せかけじゃなんの意味も無い! 自分の『どりょう』と『ねっけつ』で手に入れるパワーにこそ意味が……!
じゃなくて! 筋肉は憧れだけど協力してほしいのはそこじゃないの。ちょっと、魔法を教えてほしいんだ!」
リーゼとロイドは一瞬何も聞こえなかったかのように硬直した。それからひそひそと二人で何か話し始めた。
キラはぶぅーと頬を膨らませた。
「酷いなあ、もう! あたしだって魔法が使えるようになりたいって思うことくらいあるんだよ。だから特訓!」
「わかったわかった。でもキラが自分から魔法の特訓なんて言い出すとは思わなかったよ。
一体どういう心境の変化?」
ロイドがそういうとキラは少しだけ俯いた。キラは1ヶ月前のサラとの戦いのことを思い出していた。
頭に浮かんだのは腕と脚の無くなったサラと、傷ついても常に戦い続けるゼオンの姿だった。
「あたし、お姉ちゃんとの戦いの時、あたしがもっと強かったらよかったのにって何回も思ったの。
んでね、どうしたら強くなれるかなって考えて、魔法が全然使えないのがあたしの『じゃくてん』なのかなって思って。
『じゃくてん』を直したいんだ! だから修行だー!」
キラは拳を高くあげて叫んだ。それを聞いてリーゼは納得したようだった。
だがロイドはすぐにこう言った。
「いや、キラはこれ以上強くならなくていいだろ……。」
「むうっ、だってゼオンがすっごく強くて、あたし守ってもらってばっかりなんだよ。
嬉しいことだけど、なんかちょっともやもやして……。だからあたしもっと強くなりたいの!
ねえねえリーゼ! リーゼはわかってくれる?」
リーゼは優しく頷いた。キラは嬉しくなって身を乗り出して言った。
「じゃあじゃあ、これから図書館行くから、魔法の特訓手伝って!」
「え、そうなの?」
「うんっ! オズにも見てもらおうと思って!」
リーゼはそれを聞いて少し申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、キラ。今日はちょっと行けないな。」
「えーっ……。」
「ごめんね。また今度手伝うから。」
「うん、わかった。しょうがないよね。」
それを見たロイドが急にどこかに行ってしまった。だがすぐに何かを引っぱりながら戻ってきた。
引っぱってきたのは先ほど話題に上がったゼオンだった。
「要はゼオンみたいに強くなりたいんだろ? だったら当のゼオンに教わればいいじゃないか。
リーゼじゃなくても、ゼオンも魔法上手いし。」
ゼオンはどうやら読書をしてたところらしく、片手に開いた本を持った状態のままロイドに引っ張られてきた。
ゼオンは不満そうにロイドに言う。
「なんでこう毎度俺を巻き込みに来るんだ。」
「やあゼオン! たまたま会っただけじゃないか。何言ってるんだよ!」
あまりにも白々しい棒読みだった。ゼオンは更につまらなさそうに黙り込んだ。それからキラに言った。
「で、何の話だ?」
キラは立ち上がって腕を組んでゼオンに言う。
「ゼオン、秋といえば何だと思う?」
ゼオンは手に持った本を見て言った。
「読書の秋……」
「違う、修行! 修行の秋!」
「暑苦しい秋だな。」
ぶーっとキラがまたふくれていると、リーゼが事情を説明してくれた。
「キラが魔法の特訓をしたいらしくて、魔法を教えてくれる人を探してるの。ゼオン君、キラに教えてあげてくれない?」
「嫌だ。」
即答された。キラは眉間にしわを寄せてハニワのように大口を開けていた。
ゼオンはキラには見向きもせずにさっさと戻っていこうとしたが、ロイドがすかさず連れ戻した。
「冷たいこと言うなって。か弱いキラのお願いだよ?」
「か弱くないだろ。」
「か弱くないよ、ばかー!」
「ところでゼオン、その本持ってどこ行くのさ?」
「図書館だな。借り物だから返しに行く。」
「ほらきた、さあキラと一緒に行ってこいって! キラも図書館行くんだからちょうどいいだろ。」
「嫌だ。」
ゼオンはにやにやしているロイドを煩わしそうに睨んでいた。するとリーゼがキラに言った。
「うーん、図書館に行くんでしょ? とりあえず行くだけ行ってみたら?
ティーナさんとかルルカさんとか居るかもしれないし。ほら、オズさんに教えてもらってもいいんじゃない? きっと教えてくれるよ。」
ゼオンの目が珍しくリーゼに向いていた。が、ゼオンはロイドには散々不満を言ったくせにリーゼには何も言わなかった。
リーゼの言うことは正しいかもしれない。ゼオン以外にもキラに魔法を教えてくれる人はきっと居るだろう。
キラは早速立ち上がった。
「よしっ、じゃあちょっと行ってくるよ。」
そう言った時にゼオンはもうさっさと立ち去り廊下に出ようとしているところだった。
キラは後を追うように廊下に出た。そしてゼオンに追いついた時、二人は偶然ペルシアに出会った。
「ごきげんよう、お二人とも図書館に行きますの? もしそうだったら頼みたいことがありますの。」
「そうだけど。」
「オズに話があるらしいからすぐにお祖父様のところに行くよう言ってくださる?」
「わかった、伝えておくね。」
キラがそう言うとゼオンがペルシアに尋ねた。
「どうして俺達が図書館に行くってわかったんだ?」
「あら、だって二人ともよく行ってるじゃありませんの。
キラとゼオンと、あとキャピキャピうるさい悪魔の方と、あとお二方ほど、最近よくオズの図書館に居るんですわよね? 仲良しだって聞きましたわよ。」
「仲良くない。特にオズともう一人。」
ゼオンがはねのけるように言うとペルシアは少し楽しそうに笑った。
ゼオンの言うもう一人とは多分セイラのことだろう。キラ、ゼオン、ティーナ、ルルカの仲はまだ良好な方だが、オズとセイラとの仲は確かに良いとは言い難かった。
それからペルシアは少し寂しそうに笑って言った。
「図書館によく行くのなら、できればオズとも仲良くしてあげてほしいですわ。」
そう言ってペルシアは行ってしまった。
二人はすぐに図書館に向かったが、行く途中で一つキラは困ったことに気づいた。
ペルシアの伝言によるとオズはすぐに村長のところに行かなければならないらしい。
キラの魔法の修行にオズが付き合うことはできないということだ。他の人に頼むしかない。
キラは考えた末に、隣を歩いていたゼオンに言った。
「やっぱり、魔法……教えてもらえないかな。」
「…………。」
「オズが村長のとこ行っちゃうならオズには頼めないし。
やっぱだめかな……? なんならティーナやルルカも一緒に。」
「…………。」
「あー……、じゃあ今度でいいや。」
「…………別にいいけど。」
ゼオンはそっぽを向きながらボソッと言った。キラはそれを見てガッツポーズした。
「やった、よかった! よっしゃ、がんばるぞー!」
喜ぶキラを見たゼオンが言った。
「急になんで魔法の修行なんてする気になったんだ?」
キラはまた反乱の時のことを思い出した。
肝心な時に助けてくれるのはいつもゼオンだった。そしてそういう時のゼオンはかっこいいとキラは素直にそう思っていた。
「お姉ちゃんと戦った時、あたしずっと助けてもらってばっかりだったから。
今度は、あたしが助けられるようになりたいなって思ったの。」
「……気にしなくていい、そんなの。」
「だから、まずは助けられるくらい強くならなきゃって思って!」
キラは急に通せんぼをするようにゼオンの前に立ちはだかり、仁王立ちで指差して言った。
「いいかっ、ゼオン! あたしはいつか! あんたを越えて、あんたより強くなる!!」
ゼオンが急に妙に冷めた表情をした。キラは構わず続ける。
「あたしの将来の夢はね、ずっと筋肉隆々になってばーちゃんに勝つことだったんだけど、もう一つ加わったよ!
あんたより強くなってカッコよく助ける! がんばる!」
「……筋肉……幻聴?」
「幻聴じゃないよ! あたしは筋肉隆々で魔法も頑張ってあんたを超える!」
ゼオンは何か不味いものでも食べたような複雑そうな表情をしていた。キラは少し心配になって顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「……なんか、わかんねえ。」
「わかんないの? へんなの。」
それ以降ゼオンは何も返してこなかったので二人はまた図書館へ歩き出した。
キラは新たな目標達成のために意気込み、わくわくしながら歩いていた。
足取りも軽く、鼻歌でも歌い出したい気分だった。すると不意にゼオンが言った。
「……なあ。」
「どうしたの?」
「筋肉は、無くてもいいんじゃないか……?」
「えー、やだ、筋肉はろまんなの!」
キラは楽しそうに飛び跳ねながら、ゼオンはどこか呆れたような様子で図書館へ歩いていった。