鶏(習作)
ある日曜の朝早くに駅前の通りを歩いていると、何メートルか先に一羽の鶏が見えた。いつもの立派で怖そうなおんどりではなくて、めんどりだった。めんどりはよたよたと歩いていて、なぜか追いかけてみたくなった。驚かさないためにゆっくりではあったが、私のほうが歩みが早かったので、じきに追いついていった。
駅の入り口を通り過ぎ、住宅街のほうへ入っていったころには、鶏のすぐ後ろまで来ていた。何個目かの曲がり角で、鶏は南にまがった。角から四軒目の家までくると、その横の細道に入っていき、玄関前の階段をぴょんぴょん上がって、淡い色のおしゃれなドアをくちばしで鋭くたたいた。やや間があって、ドアが開き、鶏は中に入っていった。代わりに派手な女の子が頭だけドアから出して、なにかを探すようにゆっくり辺りを見回した。一瞬、目があった気がした。そのあと、女の子の頭は引っ込み、ドアが静かに閉められた。気づかなかったようだ。
どこかで見たことがある顔だった。表札をちらっと見ると学校に一人はいそうな名前だった。そういえば、この前の定期試験で私より一つ下の順位だった人じゃないか。下の名前がいわゆるキラキラネームだったから覚えていた。名前の印象通り、遠目でもわかる派手な人だったはず。そんな人が、どうして鶏を散歩させていた――本当にそうかは定かではないが――のだろうか。毎週いたおんどりも彼女のだろうし、おんどりが向かっていた場所もここだろう。なぜか「もしかしたら素朴な人なのかもしれない」と思えた。鶏のことを聞いてみたくなったけれど、学校で話しかけるのは無理だ。彼女はともかく周りの人が怖いし、彼女は私のことなんて知らないだろう。なにより私にそんな勇気はない。
来週も鶏についてこようか。そうだ。そのときに話しかければいいのだ。派手な彼女ではなくて、鶏を散歩させている彼女に。来週は鶏を絶対追いかけよう、あの怖いおんどりがいたとしても。