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転生する権利。目の前の彼女はそう言った。彼女の様子を見るに、それはきっとすごいことなんだろう。
だが、正直今の僕にはそう判断するための理解も、現状の認識も全くない状態だ。そんな状態で喜べるほど能天気にはなれない。
「…とりあえず、色々と聞きたいことがあるのですけど、いいですか?」
まずは一つ一つ、わからないことを解決しようと白い子に向かって話しかけてみた。黒い子は未だに口を開かないので、正直聞きづらい…。
「はい、なんでしょう?…と、言っても聞かれることは大体わかっているんですけどね♪」
と、笑顔で返されてしまった。
まさか考えてることがわかるのか?!と驚いていると、
「あなたのように、ここに招かれた人は今まで大勢いました。そして、皆さん全員から同じことを質問されてきましたから♪」
「なるほど…。」
つまり、人数はわからないけど、かなりの人が僕と同じ体験をしているってことか。
「まず、ここは何処なのか。次に、私たち二人は誰なのか。それと、さっきの転生の権利とはどういうことなのか。最後に、自分はこの後どうなるのか。あなたが聞きたいことも、大体この内容であっていますか?」
「はい、それで大丈夫です。」
僕は、肯定の意味を込めて首を縦に振った。
「ではまずは一つ目、ここが何処なのかという問いですが、ここは死後の世界…ではありません。あなたは今、身体は死滅して魂だけが生きている状態なんです。普通は、身体と一緒に魂も死滅して死後の世界へ向かうのですが、この『選択の部屋』に招かれた魂はそれを免れることが出来るのです♪」
「…選択、というからには何かを選ばないといけないんですか?」
「はい、ですがそれは後の説明にも関わってくるので、今は省略させてもらいますね♪」
笑顔で切られてしまった。まぁ、説明はしてくれるようなので、今は黙って聞いていよう。
「次に二つ目、私たちは誰なのかですね。まず私は、あなた方でいう天使、神の御使いのような存在です♪」
今までで一番の笑顔で自分の素性を明かしてくれた。若干、後光すら射しているように見えたのは、気のせいだろうか…。
「そして、そっちの黒ずくめのは…」
と言って、白い子改め天使が黒い子のほうを見る。僕もつられてそちらを見る。
それでも黙ったままの黒い子。でも、若干頬が赤くなっているように見える…。
もしかして、恥ずかしいだけなのか?
僕がそう考えたとき、
「………悪魔。」
とだけポツリと呟いた。
うん、やっぱり恥ずかしいだけだったんだ。さっきより赤みが増してる。
「はい、つまり私は偉大なる神様、あっちのは邪神からそれぞれここに遣わされているんです♪」
少し強引に天使がまとめていた。というか、黒い子改め悪魔への話し方にトゲがあるように感じたのはこういうことだったのか。確かに、天使と悪魔って関係じゃしょうがないのかな。
「では次、これが一番大きな疑問だとは思いますが、転生の権利についてお話しますね♪」
来た。確かに、僕が今一番聞きたいことである『転生の権利』。一言も洩らさないよう集中する。
「お願いします。」
「まず、この転生の権利を得るための資格から説明しましょう。その資格を得るには、生前のほぼ全てにおいて善行、あるいは悪行を行う必要があります。極端に言ってしまえば、どちらか片方しか行わないぐらいでないと得られません。大部分の人たちは、最終的にどちらかが少し多いぐらいで生を終えられるので、ここに来ることはまずありません。ですが、あなたのように極端に善行の多い人、もしくは極端に悪行の多い人など、その人自身の良い悪いは置いておいて、ここに招かれるのです。けれど、あなたのように善行を積み重ねてくる人は滅多にいないですけどね♪」
なんかとんでもないことを聞いてしまった気がする…。
「どんなに悪い人間でも、資格を得ればもう一度転生する権利をあたえられるのですか…?」
「はい、どんなに凶悪で悪逆非道な人でも、です♪」
怖い!怖すぎる!!
「そんな人よりも、もっと転生させてあげたほうがいい人ってたくさんいるんじゃないですか!?」
「でも、内容はどうであれ、そこまで自分を貫き通すには『強さ』が必要です。その強さを認められての権利ですから♪」
確かに、言っていることは最もな気はするけど…。やっぱりただの人間と考え方が違うんだな…。
「少し話が逸れてしまいましたね、元に戻しましょう。では、次に資格を得た人が何を選択するのかです。それは私、天使が用意する転生の道と向こうの悪魔が用意する転生の道、二つのうちのどちらかを選んでいただきます♪」
ここで、さっきの『選択』って言葉が出てくるのか。まぁそれぞれの自己紹介の時点で、こうなる気はしていたんだけど。
「具体的に、お二人の用意している転生の道ってどんなものなんですか?」
「まず私たち、天使の用意する転生の道からご説明します。こちらの道を選んでいただいた場合、あなたは転生後、世界を平和へと導く勇者になるのです!人々の平和と安全、豊かな暮らしを守るため悪の限りを尽くす者と戦い、世の為人の為にその身を捧げて尽力してもらいますっ!!」
さっきまでの雰囲気とは豪い変わりようだなぁ、若干肩で息しているし…。
まぁ天使っていうぐらいだから、しょうがないのかな。
でも、天使が『勇者』ってことは、悪魔は…
「…私たちのは魔王としての道。」
やっぱり。
「ということは、今の勇者の逆みたいなことをするのですか?人の街を襲ったり、世界の支配を企んだり。」
と聞くと、なんと悪魔は首を横に振った。
「え?だって、魔王なんでしょう?悪いことをするのがいわば義務みたいなものなのでは?」
「…今の邪神様はもう若くないから、そこまで血気盛んじゃない。だからそんな命令もされない。魔族全体でも、進んでそういうことをしようとするのは少数派。」
………………。
…まぁ、僕の考え方も先入観の塊みたいなものだったし、『魔』とか『邪』って言葉が付いているからって悪いことをしなきゃいけないわけじゃないし。
「では、それぞれの選択内容もわかったところで最後ですね。これからあなたはどうなるのか。これは簡単です、勇者の道を選ぶならそちらの白い扉を、満に一つもないとは思いますが魔王としての道を選ぶなら、あちらの黒い扉を通って次の世界へと向かっていただきます。その際、あちらの世界でのあなたの身体能力を決めていただきます。あなたの世界のゲームでいう、ステータスの割り振りのようなものと考えてください。以上で説明は終わりです♪」
天使が笑顔で締めくくる。
とりあえず、この場所や今置かれている状況は大体呑み込めた。あとは、聞いていて出来た疑問を問おう。
「幾つか聞いてもいいですか?」
「今の説明じゃ不十分でしたか…?」
そういって少し悲しげに天使が俯く。
「いや、そうじゃなくて!例えば、僕が転生に興味はないって結論付けたら、今ここにいる僕はどうなるのですか?」
選択肢は二つしか提示されなかった。それ以外を選ぼうとした場合はどうなるのか。
そう思って聞いたのだが、天使は「えっ!?」と声を上げ驚いた顔を僕に向けた。悪魔も表情に出しはしないが、僕の発言に些か驚いているようだった。
「…なにか、変なことを聞いてしまいましたか?」
「いえ…今までこの部屋に来た人たちで、そんなことを聞いてきた人は一人もいなかったので…。そうですね…前例のないことなので断言は出来ないのですが、この部屋に来られない方と同様に魂も死滅して、あなたという存在は完全に無くなってしまうのではないかと。」
少し考え込みながらも、天使はそう答えた。悪魔も経験のないことを聞かれたので、回答に困っている様子だ。
つまり、今の天使の発言通りになるとしたら、今この場にいる僕は完全に消えてしまうってことか…。正直、まだまだやりたいことはあった。悔いがないと言えば嘘になる。それに、今の『転生』という話を聞いて興味を惹かれないわけがない。せっかくのチャンスを手放すのは勿体ないしね。
「すみません、ただ興味本位で聞いただけなので、さっきのは忘れてください。僕はその転生の権利を、ありがたく使わせてもらいます。」
と、二人に向けて自分の考えを伝えた。
すると、天使はほっとしたような顔になり、悪魔も張り詰めていた空気が多少柔らかくなった気がした。
「では、あなたは天使の用意した勇者への道、悪魔の用意した魔王への道。どちらを選択なさいますか?」
天使がにこやかに問いかけてくる。悪魔はただ静かにこちらを見ている。
僕の中では答えはとっくに決まっている、僕は…
「僕は、魔王の道を選びます。」