Return&Rival
文芸会の「お題決めて1時間でどこまで書けるかデスマッチしようぜ」大会で書いたものです。歯が浮きます。
水道が使えないのに気付いたのは、家に帰ってきて手を洗おうとした時だった。ちょろちょろと申し訳程度の濁った水が出て、それで、止まった。アパートの大家さんによると、近くの道路に埋設された水道管が破裂して今断水中であるという。
「んもー、ごはんもお風呂も無理じゃんねー。トイレも使えないしー。どうしてくれるのよー」私はただいまーとつぶやきながらこたつのスイッチを入れて、いそいそとこたつ布団にもぐりこんだ。電熱器がすぐに熱を発し、私の体は温もりに包まれる。
「どうするもなにも、水使わないことするしかないだろ。電気もガスも使えるんだし」彼は冷静だった。「でもレポートも宿題ももう図書館で終わらせちゃったわよ。することっていったら、ほんと、寝るくらい。明日の朝までに断水終わるかなあ」彼は私の言葉をきいているのかきいていないのか、黙って私を抱きしめた。
「ちょっと、そんなにぎゅーされたら暑いってー」私が言うと彼は私を抱きしめる手を緩めた。それでも離れることはない、常に温かく私を包んでくれる彼が私は大好きだ。
「でも、配管工さんも大変ね。こんな雪の降る夜に工事なんて。きっと寒いだろうに」私が帰路を歩いていた時からずっと続いている大きなガタガタいう工事の音を聞きながら私はつぶやく。
「ああ……外寒かったか? 天気予報じゃ昨日よりは暖かいとか言ってたけど」
「そりゃ、冬だもの。そうね、昨日よりは暖かかったかもしれないけど。工事、窓から見えるかな」でも私がカーテンから外を覗こうとしても、彼は私を放してくれない。「そっち行ったら寒いだろ。工事なんて見えたところで何にもならないし。黙って俺のそばにいろよ」
「んもー」彼にそう言われてしまうと、私も身動きできなくなってしまうのだ。
彼に抱きしめられながら本を読んだり友達とメールをするのは楽しいけれど、ずっとそうしてこたつにもぐっているわけにもいかない。こたつの電気つけっぱなしは電気代や家事の心配があるし、寝るときはちゃんと布団をかぶって寝ないと風邪をひいてしまうから駄目よと実家の母に言われているのである。
「じゃあ、わたしそろそろ寝るね」こたつのスイッチを切っても、彼はなかなか私を抱く腕を緩めてくれない。「なんだよ、布団のところに行くのか」
「そうだよ。寝るときは布団かぶらなきゃ」
「出したばっかりの布団なんて冷たいだけのただの布じゃねえか。カーテンにくるまってんのと大して変わんねえよ。きっと寒いぜ、ここにいた方がいいに決まってる」ごたごた言う彼をなんとか振りほどいて収納の扉を開けても、まだ彼は私の後姿に向かって文句を言ってくる。
「ったく、こたつ布団のやつまたゴタゴタ騒いでんのか。うるせえ野郎だぜ」ふわふわの羽根布団を収納から出して扉を閉めると、足元の羽根布団からまた声が聞こえる。「お前と本当に愛し合ってるのは俺だってのに、なあ?」
「けっ! 夏の間収納から出してもらえなかった奴がよく言うぜ!」
「うるせえお前なんて先月Amazonから送られてきたばっかりじゃねえか」
「もう、二人とも」毎日の聞きなれたやり取りにふと笑みをこぼすと、また彼らは怒り出す。
「おい、何笑ってんだよ! なあ、俺の方が優れてるよなあ? 俺、一瞬でお前の体を温めてやれるぜ?」
「んなこと言ったってお前電気代食うだろ! こんな奴の言葉に惑わされるなよ、こいつ電気消したとたんに冷めはじめるいけ好かない野郎なんだぜ。俺の方がいいにきまってる、なんのコストもなくお前の体を温められるし、それにお前を温める俺のぬくもりは、お前の体から俺に分け与えられたものでもあるんだ! 互いの体を互いに温め合う、最高の関係じゃないか。ほら、俺の方がいいだろ?」
「もう……」二人とも自分の方が優れているの一点張りである。
「さ、寝ようぜ、あんな奴の言葉なんて無視してさ」
「まさか俺のこと放って寝るわけじゃないよな?」
ああ、もう。私は悩んだ末に羽根布団を広げた。
「私は二人とも大好きなんだから、どっちがいいとかじゃなくて」
「じゃあどうするんだよ、お前があいつと寝るのを指咥えてみてろってのか」
「こうするわ」
私は広げた羽根布団の下半分をこたつに突っ込み、はみ出た羽根布団の上にこたつぶとんをかぶせた中に潜り込んだ。枕は半分に折った座布団だ。床からはさっきまで電気がついていたこたつのぬくもりが、上から少し冷たい、でも徐々に暖かくなってくる布団のぬくもりが伝わってくる。
「ったく……」聞こえた声は、どちらのものかわからない。おやすみ、と小さくつぶやいて、私は静かに眠りについた。
本当にすみませんでした