君に伝えたい事。
雪が、雨に変わっていった。昨日に、比べ、今日は、そんなに、寒くないね。僕は、いつもの通り、布団の中で、丸まって寝ているご主人様に、声をかけた。
「にゃおう」
どんなに、伝えたくても、僕の声は、君には、届かない。言葉にならない。僕が、どんなに、君の心配をしても、君は、気づく事すら出来ない。
「まったく、いつまで、生きているんだろうね。」
ふすまが、開いて、この家の、嫁が顔を覗かせた。僕は、こいつが大嫌い。
「なんだい!まだ、居たのかい。」
嫁は、僕が、布団の上に居る事を良く思わない。すぐ、布団の上から、追い出された。
「ごめんな・・。」
かすかに、声をかけてくれる。優しいご主人様。嫁が、外に、出ていくとそっと、頭を撫でてくれる。
「もう、こんな人生いらないんだけどな。」
寂しいご主人様。もう、言葉をはっきりと、発する事は、出来ないんだけど、僕には、そう聞こえる。ずっと、一人身で、独身を貫いて、周りに進められて、養子をとった。気の優しい養子は、ご主人様の会社を継ぎ、嫁をめとった。孫が出来た、これで、普通の家庭が出来たと思った矢先に、養子を亡くしてしまった。後に、残ったのは、最初と、同じ、他人ばかりの家族のみ。僕と同じ、孤独になった。
「なぁ・・。有夢。」
有夢は、僕の名前。ご主人様が、僕に付けた。夢が、いつまでも、続きますようにとの願いだ。
「もし・・。儂に、力を貸してくれるなら、逢いたい人がいるんだが・・。」
「逢いたい人?」
僕に、出来る事なら・・。僕の瞳は、輝いた。気が付いたら、倒れていた路地裏で、ご主人様は、僕を抱え、助けてくれた。もう、死んじゃうかもしれない。そんな中で、僕を温め、命を繋いでくれた。
「たった一度のすれ違いで、逢えなくなってしまった・・。あの人が、どうしているか、しりたいんだ。」
きっと、ここで、よくある話で、死期の近いご主人様に代わり、僕が、元、恋人とやらに、逢いに行き、死のま近で、ご対面という奇跡話が、展開されるが、ぼくには、そんなご主人様と変われる事は、出来なかった。
「あの人・・。」
ご主人様は、切なく言った。あの人とは、誰か、僕は、遠くから見ていた。引出の中に大切にしまってあった一枚の写真。遠い昔に、一緒にとったであろう写真に、ご主人様と、二人で、いる綺麗な女性。ご主人様が、元気な頃、通っていた陶芸教室に、いたあの人。
「もう、逢えないのかな・・。」
ぎゅっと、握りしめているのは、小さな銀のネックレスだった。
「渡してくれるか?」
僕の首にかけてくれたのは、彼女から渡されたネックレスだった。渡されても、僕に、時間をさかのぼる事は出来ない。彼女が、何処の誰かも、わからないんだから・・。弱弱しい手で、僕の、首にネックレスをかけると、それから、3日もただず、ご主人様は、旅立っていってしまった。その間、どんなに、探しても、ご主人様の恋人に逢える事は出来なかった。
「もう、出て行っておしまい!」
とうとう、僕の居場所も、ご主人様の葬儀がすむと、亡くなってしまった。一番最初、ご主人様と出会った時と同じ、野良猫の戻ってしまった。
「何、いいの付けているんだい?」
誰もが、僕がご主人様から、貰ったネックレス=銀の首輪に、興味を魅かれた。その度に、鋭い爪やキバで、守り通した。何日も、放浪し、僕は、ボロボロになっていった。もう、死んでしまう。そう思っていた。生きる事を諦め、あの優しいご主人様に逢おう。僕は、路地裏で、倒れた時に、生きる事を諦めた。
「あっ・・。猫!」
若い女の子を声がして、僕は助かった。連れて行かれたのは、小さな工房だった。
「また・・。捨て猫拾ってきたのかい?」
奥から、声がして顔を出したのは、80歳くらいの、老婆だった。
「あら・・。おばあさん。」
女性が、声をかけた。
「いいの?窯から、離れてしまった。作品、制作中なんでしょう?」
「今度は、雄会かい雌かい?」
「やだ・・。お婆さんたら、女の子って言って。」
女性は、僕の顔を覗き込んだ。
「本当、綺麗な目をした猫ね・・。」
「なんだい、怪我しているのかい?」
お婆さんは、僕の頭を見て、そう言った。
「古い傷みたいだな。」
僕の頭には、傷がある。以前、車に跳ねられた時の傷だ。おかげで、耳も少し、裂けている。
「おや・・。」
おばあさんの目が少し、光った。僕のネックレスに、目がいった。
「こ・・。これは。」
このおばあさんが、僕のご主人様の、元恋人なのか・・。
「見た事がある・・。この飾り・・。そして・・。」
おばあさんが、僕の目をじっと、見つめた。
「まさか・・。美夢なのかい?」
美夢・・。そう聞いた途端に。全てが周り始めた。そう・・。全てはここから、始まった。
僕は、ここで育った。何年も・・。何年も。この遠いくらい世代が変わり・・。ここに来る人達も、変わっていった。ある日、僕は、ここに来る青年に、恋をした。どうしても、一緒になりたいと思った。人間になりたいと・・。願いがかない、ここでだけ、その人と、時間を過ごす事が出来た。彼が作ってくれたのは・・。
「この・・。僕の・・。」
ネックレス。記憶が花開いて行った。頭の中で、泡がはじけるように、僕の中で、おこっていった。
「美夢!」
そう、彼が呼んでくれた。化け猫の美夢。人間に魅かれ、その力を失った。彼を追いかけ、車に、轢かれ、記憶を失った。捨て猫を拾ったのは、美夢の後を追いかけてきた、彼だった。
「彼は・・。」
そう、彼は、全て知っていたのだ。僕の事も、この顛末も・・。
「お婆さん。この子、泣いているみたい。」
「そうかい。そうだろう・・。」
彼は、もう逝ってしまったのである。輪廻の輪に、僕は、混ざる事が出来ない。
「あら・・。お婆さん。そろそろ・・。お釜あけないとよ・・。」
新しい作品が、また、完成する。そう、あの日も、そうだった。このアクセサリーも、あの人が作った。
「どれ・・。見てこようか。」
おばあさんは、腰をあげた。
「にゃあ・・。」
僕は、後に続いた。もう、そろそろ終わりにしようか・・。お婆さんが、ふと、顔を上げた。窯の中からは、もの凄い熱気がきていた。
「雨が降りそうだね・・。」
彼が、泣いていてくれるのか、空は雨模様だった。僕は、このネックレスをもって、彼のもとへ、行こうと思う。伝えれれなかった言葉を持って。
・・・・翌日、窯の中から、銀色の塊が、みつかった。