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死、『ラスト・ラスト』

 ――少年は呪われる。


「……じゃあ、始めよっか」

 気楽な声で機神カタキに語りかけるアクト。

 その穏やかすぎる瞳と無機質なカメラアイが交差する――既に目と鼻の先/手を伸ばせば触れられる距離――まだデータ不足な少年と反撃専門なキカイだからありえた特異な状況。

 手を伸ばせば届く距離に、彼の大事なモノを奪った仇がいる。

 斬撃も、投げも、特殊攻撃《律の法》も効かないカタキがいる。

 ――なら、この手で殴ってぶち壊す!

 それは人間には不可能だから、最初から切り捨てていた手段。

 アクトは左腕を傷口に合わせ――


 機神の豪腕が唸る。


 ――繋がった左腕で、その拳を迎え撃つ。

 衝突――停止/互角――粉々に弾けるアクトの左腕/飛び散る血液。

 威力は互角でも、強度の差で弱いほうが壊れた。

 間髪入れず右腕を振りかぶる機神――アクトも残された右腕で迎え撃つ。

『――ダメージを参考に右腕部身体強度修正/骨格密度増加/筋組織の柔軟性増加――』

 衝突――停止/互角――しかし、今度は無傷。

『――左腕部、復元/修正――』

 止めた機神の右腕を、瞬時に『再生された左腕』で追撃――衝撃を受け止めきれず吹き飛ぶ機械仕掛けの右腕/根本から弾け飛び『バチバチ』と火花が散る。

「まだまだぁぁぁぁ――――――――――――――――――――――――っ!!」

 ダメージなど意に介さず、残された左腕で攻撃する機神と、叫びながら拳を振るう少年。

 叩き潰す鉄槌の一撃――激突/均衡/縦加重――床に沈み、耐え切れず弾けるアクトの脚。



「……不思議……です」

 守護機神ガーディアンがアクトを認識している。

 ただ立っていただけの少年に、向かって来た。

 その驚異を予感し、恐怖して、だからこそ排除しようとした……ように見えた。

 生きているように見えた。

 ――違う。あれはきっとマザーの命令で動いただけです。無機物に心が宿るなんてファンタジーです。ありえません。気のせいです。

 首を振り、否定する。

 機械なのに。

 造り物なのに。

 心なんてないのに。

 自分アマメと同じ存在なのに。

 造り物の身体。借り物の記憶。偽りの……魂。

 ――……それでも、生きてるって……思っていいのですか?



「ああああああああああああっ!!」

 叫びながら、鉄槌を受け止めた右手に力を込める。

『――右腕部筋組織強度修正/握力強化――』

 金属にズブズブ食い込んでいく生身の指。

『――脚部復元/ダメージを参考に身体強度修正/骨格密度増加/筋組織の柔軟性増加――』

『――続けて上半身の筋組織強化修正/下半身、反動に備え強度修正――』

 そのまま力任せに――投げる!

 宙を舞う巨体――オートバランサー発動/空中でバランスを取り――華麗に着地する機神。

 しかし、次の行動までのタイムラグ発生――好機/駆けるアクト――足は既に復元済。

「無茶です! そんな再生してたら、絶対身体が持たないです!!」

 そんな声は――聞こえているけど、聞こえない。

 無防備な機神に向けて、拳を振り上げ――


 その視界を閃光が埋める。


 ――荷電粒子砲の直撃で為す術もなく吹き飛ぶ上半身。 

『――頭部を含む上半身消失/直前の状態へ復元――』

 吹き飛んだ上半身が瞬時に再生され、アクトは再び戦闘行動へ……。


 これが『加速進化』の効果。

 この切り札はナノマシンの『進化』『再生』『増殖』の能力限界を突破させる。

 狂進化と違い、この超速進化はあくまで使用者の望むままに正しく加速させてくれる。

 ただし、使用したら最後、ブレーキは壊れ進化の終着点目指して際限なく加速し続ける。

 ……進化の終着点が来れば確実に死ぬが、それまでは殺されたって死ねなくなる最終手段。



 獣のように戦う少年の姿に――アマメは『イリマアイ』の記憶を思い出す。

 十一年前、住民たちが狩った人型のバケモノ。

 その死骸から――そのお腹から産まれた子供/狂進化し異形と化した母親の胎内で成長し続けた生まれたばかりの三歳児――それが彼だった。

 祖父は彼の身体を調べ、何の異常もない事を証明した。

 どこまでも正常だったからこそ、なによりも異常だった。

 それを祖父は第二世代だからと説明したが、彼の特異性はそんなモノじゃなかった。


 ――……当時は誰も理解できなかったけど、いまなら仮説を立てるコトは簡単です。

 おそらく、禍神博士は自分の身体で人体実験したのだ。

 この都市に散布されたナノマシンは、元々彼の血肉で培養されたモノで、それゆえに『禍神の血肉』に触れたナノマシンは始まりの『あるべき姿』を取り戻すことができる。

 ――……とんでもない暴論ですが、たぶんそれが真実です。

 その証拠にイリマアイは彼をよく舐めようとする。

 副作用のせいで肉体の限界が近い彼女が、彼の指ごとウナギを口に含んだり、舌で耳掃除しようとしたり、人工呼吸でキス解禁されたら直ぐ様ディープなのに走ったのもそれが理由。

 イリマアイは本能で、彼の体液が副作用への特効薬だと気付いていたのだろう。

 狂進化して、心を取り戻した直後に彼に口付けしたのも――身体が狂ったまま最期まで人の心を維持できたのはアレのおかげだ。

 ――……いま使っている『加速進化』も、彼以外の人間が使ったらただ狂進化を促進するだけです。アレは彼がナノマシンに完全適合できるからこそ、正しく作用しているのです。

 そういった結論から言えば彼は第二世代ではないのだろう。

 ナノマシンの母なる海――『禍神の血肉』を持つ『第零世代』なのだから。


 しかし、当時の住民達は彼の存在そのものを忌避し、受け入れることができずに捨てる。

 そこまでは良い。そんなのは当たり前のことだ、とアマメも思う。

 だが、『イリマアイ《わたし》』は知っている。

 その捨てられた子供を、彼女の唯一の肉親である祖父が育てていたことを――決して彼に触れること無く、あくまで間接的に。食料を、衣服を、生きるために必要な物資を与えていたことを。彼女わたしはこっそり見ていたから、知っている。

 ……自分に向ける以上の愛情をそのバケモノに向けていたことを、知っている。

 だから、壊してやろうと思った。ズタズタにしてやろうと思った。殺してやろうと思った。


 でも、その為に近づいて……初めて話しかけた日、全ては反転した。


 他人に家族以上の愛情をそそぐ祖父に対する復讐のはずだったのに。

 そのために彼をイリマアイ《じぶん》なしでは生きられないダメ人間にしてやろうとしたのに、彼女わたし自身も彼なしでは生きられないダメ人間にされてしまった。

 一人で無くなったから、一人では生きられない。

 二人で生きることにしたから、一人では生きられない。

 現在の彼を見れば、彼も同じ気持ちなのだと信じられる。

 ひたすら破滅に向かって進む彼の姿は、死にたがってるようにしか見えないから。

 それが『イリマアイ』としては嬉しく、『禍神アマメ』としては悔しい。

 ――……複雑、ですね。

 だから、無言で見守る――止めることも、応援することもできずに最期を看取る。

 結局それが自分の役目なのだ、と最期まで見守り続ける。


 自分がイリマアイではない、アマメという自我を手に入れ始めている事には気づかずに。



 彼は殴り続ける――叫びながら殴る、哭きながら殴る、吠えながら殴る、血を流しながら殴る、骨が砕けても殴る、肉がひしゃげても殴る、砕けるまで殴る、折れるまで殴る、潰れるまで殴る、バラバラになっても殴る、粉々になるまで殴る、止まること無く殴る、ただひたすら殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る――狂ったように殴り続ける。


 既に狂いきった戦況。

 アマメは、いつの間にかそこにさらなる変化が起こっていた事に気づく。

 ――律の法が発動してる、ですか!?

 アクトの拳に風が、熱が、電撃が、重力が――様々な属性が発現している。

 ――……端末はさっき上半身を吹き飛ばされた時にいっしょに壊れたのに……生身でナノマシンに干渉・操作してるってコト……なのです?

 しかも、起動プログラム無しで。

 そんなことができるモノは、もう人間ではありえない。

「キカイとヒトの狭間を……突き抜けたモノ……?」

 あまりの事に彼女は思わず涙を流す。

 大好きな人が人間でなくなったことが、本当にどうしようもなく嬉しくて。

 この最期の地で、大好きな人が自分とは違うけど同じ人外になってくれた奇跡を感謝して。


 そんな彼女の想いも知らず、『超越者』は獣のように叫びながら拳を振るい続ける。


 声にならない叫びを上げながら、ただひらすらに。

 歪み、砕け、バラバラになっていく守護機神。

 左腕が千切れ、両足が折れ、胴体部が変形し――隠されていた黒球が剥き出しになる。

「――それがコアブロックです!」

 もう勝負は決した。

 そこにあるのは頭も手も足も無いガラクタ――ナノマシンの恩恵を受けられる生物なら万一の可能性があるかもしれないが、機械にそんな奇跡はありえない。

 ……それでも彼は、『それ』を壊さなければ終われない。

 拳を振り上げ――


「――――ッ!?」


 ――吐血。

 彼の頭にずっと響き続けていたコエが、最大音量で響く。

『――進化限界値突破/自己崩壊開始――』

 アマメの瞳には彼の熱が急速に失われていくのが見えた。

 彼の命の炎が燃え尽きるのが見えてしまった。

 だが、それでも――彼は吠える!

「ごちゃごちゃウルセェ! 限界なんか知るかッ!!」

「もういいです! 御父様の勝ちですから! だから――」


「フ」「ザ」「ケ」「ン」「ナァァァ――――――――――――――――――――――っ!!」


 振り下ろされた拳が黒球を砕く。

 燃え尽きていたはずなのに、限界を超えて叩きつけた一撃。

 その一撃が、地下都市ここで十五年間続いた戦いに終止符を打つ。


 ……どこまでも、どこまでも不完全な勝利で。



「――さよなら、です」

 唇に触れる感触に――消えかけていた意識が、少し戻る。

 満足に開かない瞳にアマメの顔/近い――唇の感触は、つまりそういうことだと気づく。

 満足に動かない身体――虚ろな意識/霞んでいく少女――少年の目ではなく、少女の姿が。

「ああ。御父様には言ってませんでしたです――私はこれからこの身体を捨てて、マザーと同化して、そうすることでマザーのプログラムを修正するのです。この身体は私の魂で繋ぎ止められてるナノマシンだから、自我の消失と共に人の形を維持できなくなってるんですよ」

 その言葉の通り、彼女の身体はだんだん空気に溶けていく。

 ――……そういうこと、最初に言えよな。

「言ったら、止めてくれました?」

 心の声に返事をされました。泣きそうな顔で。

 アクトは考えた/とても難しい問題なので即答できず――いまも加速されている超速な思考速度で――誰よりも長い一瞬を悩みぬいて、答えを出す。

「……止めなかった」

「だから言いたくなかったんです」

 泣かれた。

 それは、自分の『存在』より、自分の『存在意義』を優先されたくないという乙女心。

 消えゆく女の子を泣かせるという悪魔の所業に……アクトは罪悪感で死にたくなった。

 でも、謝ったりはしない。この娘に嘘をつきたくないから。

 でも、感謝もできない。死を感謝する言葉なんて嘘でも言いたくないから。

 そんな葛藤の間にも、アマメの姿は向こう側が透けてみえるほど薄くなっていく。

「……じゃあ、これでホントにさよならです。幸せになってください、です☆」

 少女は最後に、泣きながら笑顔を作ってそんな事を言う。

 最後の最後に、どう見てもやせ我慢な笑顔でそんな事を言う。

 少年はそれに答えたくなくて……意識を闇に沈めることにした。


 ……そうすれば、一緒にいけると思ったから。

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