幕間、『三人の愚者』
「……あの子らが勝っても負けても……今の生活は終わる……か……」
最後の戦いへ向かう子供たちを見送り、独りだけになった家の中。
祭りが終わった後のような寂しさの中で、彼は全ての『始まり』を思い出していた……。
地下都市を作った三人の天才。
イリマが自分を含めたその三人の事を語る時、誰もが口にする疑問――
『――何故、ゴドーはイリマ《あなた》と禍神博士を裏切ったのか?』
それをイリマは、知っている。イリマだけが、知っていた。
自分達を裏切ったゴドーが、本当は誰よりも自分達を好きでいてくれたという事実を。
イリマを、自分を理解してくれる友人として好きでいてくれたことを。
禍神を、自分がどんなに頑張っても追いつけない憧れの人として、五十歳近く歳の離れた彼を父のように慕い、ついには憧れを通り越して思春期の少女特有の淡い恋心を抱いていたことも、彼女自身の口から無理やり聞かされた。それぐらい、彼女は友としてイリマを信頼してくれていたし、イリマもそんな年下の友人を、娘のように可愛がった。
彼女は、イリマ達の前ではよく笑った。
本当に幸せそうに笑った。
だから、彼は気づけなかった。気付いた時には……手遅れだった。
――……そう。彼女の抱える歪みに気付けたのは、全てが終わった後だった。
ゴドーという苗字でよく男性と間違えられてた彼女は、プロジェクト参加当時十二歳。
その天才さゆえに親や同年代の少年少女、彼女を取り巻く世界すべてに敬遠され、拒絶された孤独で可哀想な天才。しかし、彼女には能力があって、その能力が彼女に権力を与えて、その権力が彼女を世界に認めさせた。
彼女は幼かったが、自らの能力で自分自身の居場所を勝ち取った尊敬すべき女性だった。
そんな生い立ちを持つ彼女だからこそ、『能力主義』という歪みを抱えていたのは必然。
力こそ正義。勝てば官軍――常に強く、誰よりも正しくなければ再び世界から拒絶されるという強迫観念が彼女を突き動かし、あの最悪の『決別』を迎える事に繋がったのだ。
それをイリマだけは知っている。
だが、誰にも言うつもりはない。
彼女は許されるべきではないのだから、そんな話は知らないほうがいい。
知らなければ、迷いなく復讐することができるだろうから。
十五年前――それは都市計画もいよいよ先が見えたあたりの出来事。
「禍神さん。これ、なんですか?」
イリマの疑問に、男は振り向く。
イリマ達のリーダー・禍神博士――宇宙戦艦の船長のような衣装に身を包んだ六十代/中年というより壮年/黒髪黒瞳/日本人にしては彫りの深い顔立ち/左目に眼帯――右目にしている時もあるので、ただのファッション/見た目は問題あるが、頼りになる漢である。
「ん、これか? これはマザーを守護する最終兵器の設計図だ」
「いやいや。ちょっと待ってくださいよ! 擬似フェイズシフト装甲とやらに外部からの常時電力供給システム、胴体部に荷電粒子砲、電磁力によるリニア走行、ロケットパンチに、飛行モードへの変形……それなのに室内限定仕様って、何考えてるんですか!?」
「フ。漢のロマンを詰め込んだら、そんな感じになっても仕方ないだろう」
イリマはもう一度その最終兵器の設計図に目を落とす。
手を巨大にして地面に接地させるフォルム――二足歩行のように見せかけた四足歩行/腕で殴る等の行動時には下半身を磁力で固定とか、なんとなく実現可能そうなシステム。
電気を通すことで硬度を上げる擬似フェイズシフト装甲――ダイヤより硬く、ゴム並みに柔軟で金属疲労しない奇跡の合金。ただし消費電力が半端ない/バッテリー内蔵型ではなく部屋の床を通して電力供給させる送電システム/同じく、その床に細工することでリニア走行を実現/ロケットパンチは腕ではなく、手だけが飛ぶブロウクンマグナム方式/飛行モードへの変形は、形を変えるだけで飛行はリニアの延長……ただの特攻形態。
オーバーテクノロジーどころか空想科学の領域で、開いた口がふさがらない。
「……でも、すごいですね。これ全部禍神さんが考えたんですか?」
「うんにゃ。基本パクリと言う名のオマージュというかリスペクトというか、元ネタありな空想科学技術をそれっぽく実現しただけ」
「をい!」
「俺様、一を百にする才能はあるけど、零を一にする才能は致命的に不足しててな。誰かの夢を叶えることはできても、自分の夢を持って無い人なのよ」
「なに、その願望機!?」
と、勢いでツッコんでしまったが、それは別に悪いことではないだろう。
イリマ自身もプログラミングの天才とか呼ばれているが、作りたくて作ったプログラムなんて少数――それどころか彼が評価、称賛されたモノは誰かに頼まれて作ったものばかり。
天才とは誰かに求められる人のことを言う。誰にも求められない才能は、異端と呼ばれる。
人に合わせなければ天才にはなれない――そういう意味で、禍神はどこまでも天才だった。
――……禍神さんは彼女と、正反対なんだな。
部屋の片隅で聞き耳立てている十二歳の少女・ゴドー。
イリマ達三人の中で『彼女』だけが違う。
ぼっちな彼女はただ『友達を創りたい』という理由でロボット工学に手を染め、自分の創りたいものを研究し続けた結果、名声を手に入れた――周りに合わせることなく、突き進むことのできた紙一重の天才/周りに合わせることを知らない少女――そんな彼女の未来は……。
肩に『ポン』と手を置かれ――現実に帰還するイリマ/眼前――禍神の笑顔/ニヤリ。
「……そんなワケでな、俺様は『馬鹿な夢追い人』が羨ましくて妬ましくて……どうしようもなく大好きなんだ。だからゴドーもイリマちゃんも大好きだぜ!」
「馬鹿な夢追い人認定された!?」
「そんなに嬉しがるなよ」
口では文句を言いつつも内心テレてるツンデレ扱いされました。……なにこの徒労感?
ちなみに、盗み聞きしていた正真正銘のツンデレ少女は、真っ赤になった顔を隠すように俯せになって『ゴロゴロ』悶えていた/奇怪な反応で理解不能/「うにゃ~ん」とかいう声は空耳だと思いたいので……とりあえず無視。
「あ、そうそう。話は変わるけど都市の環境を調整するナノマシンにはデビ~ルガンダム三大理論『進化』『再生』『増殖』をプログラミングするつもりなんでイリマちゃん手伝ってくんね? 環境を維持させるだけでなく、そこに生きる人々の進化を促し環境に適応させたりできるように、って感じにしたいんだよ。一人でやると時間が足んなくてさ」
「はあ。お手伝いするのはいいですけど……デビ~ルガンダムってなんですか?」
「イリマちゃん、日本人ならガンダムくらい見ろよ。まあ、アレをガンダムというと怒る連中もいるけど、俺様はああいうノリ重視な話が大好きだからモーマンタイなんだぜ!」
「アナタもノリで生きてますからね……って、ボクは日系二世! 親が日本人なだけ!!」
「ああいえばこういう! 食べず嫌いは駄目だ! とにかく全四十九話明日までに見ろ!」
「何故か協力頼んできた相手に苦行を強いられている!」
「フっ。『強いられているんだ!』か……いいねえ。お前素質あるぜ、イリマちゃん!」
「会話が通じねえ!?」
無理やり渡された動画データに困っていると、ツンデレ少女に横から強奪される。
コピー後、コピーした方を返却――禍神さんから貰ったオリジナルを盗られました。
そして……彼女は翌日までに全四十九話見終わったようで、朝から禍神さんと熱く語り合っておりました。正直、恋する乙女の行動力が理解不能すぎて怖かったです。
そんな感じに『禍神博士』は三人の中心人物だった。
言動は少々アレだったけれど、面白くて、有能で、頼りにしたくなる人で、そして能力的に劣るイリマ達でも信頼し、頼ってくれた。普段は同じペースで隣を歩き、迷いそうな時は前を行き手を引いて、進めなくなりそうな時は後ろから背中を押してくれる――そんな人だった。
だが、彼には彼の全てにメロメロだったゴドーにも、唯一受け入れられない悪癖があった。
――……禍神さんは自分のことを『悪』と自称する人だった。
悪を装う偽悪ではなく、彼は本心から自分を悪だと信じていた。
それは正義であろうとするゴドーにはもちろん、彼を尊敬するイリマにも納得できないことで……だから、イリマは機を見て彼に尋ねてみたことがある。
「禍神さんは、何故『悪』なんですか? ボクには、アナタが悪だとは思えないんですが」
「それはイリマちゃんの買いかぶりだな。いいか、人に理想を押し付けて、自分はそれを見てほくそ笑む――そんな男が正義を騙れるかよ」
目を閉じ、何かを思い出すような顔――イリマたちに向けることのない微笑みを浮かべる。
「正義を騙るなら涙を流さず血を流せ。押し付けるな、背負え。理想を騙るなら、例え失敗すると解っていても進め――ためらうな、振り向くな、信じた道が奈落に続いていても、笑ってひたすら突き進め! 笑いながら死んでみせろ!!」
「無茶苦茶ですね」
「だから……オレ様は『悪』なんだよ」
それは先程までとは違う微笑み/自嘲――理想を諦めた自分をバカにするような笑い。
――……禍神さんは正義に対する『理想』が無茶苦茶に高すぎる。
今なら、それこそが彼女を狂わせた原因なのだと断言できた。
自分を認めてくれない想い人を、自分が信じた正義で屈服させようとした結果があの結末。
彼女は自分が禍神さんより劣っていると自覚していたから…………手段を選ばなかった。
だが、そこに至るまで、彼女にもいろいろあった。
……そして、その一端にイリマも関わっていたのである。
ある日のこと。
イリマは彼女にケータイ小説を無理やり読まされ、感想文を提出することを強いられた。
内容は、十二歳の女の子が五十歳以上歳の離れた男とイケナイ関係になる自称・純愛モノ。
レ○プから始まる恋愛だった。でも実はヒロインの誘い受け。周囲から後ろ指さされても、愛を貫く二人。でもラストは男が腹上死するという……ホント何コレ? な物語だった。
身近にイメージが被る存在がいたので、リアルに想像してリアルに引いた。
ちなみに、作者はゴドーさん御本人。全世界に配布されたそのデータを、持てる技能の全てを使って削除しょうとしたが、力及ばず……『ボクは身内の恥すら拭うことのできないちっぽけな人間なんだ』と己の無力さを痛感してイリマは泣いた。
ちなみに、強制された感想文に「ヒロインがロリビッチ」と正直に書いたら泣かれた。
無言でボロボロ泣かれて、職務放棄されて、引き篭もられてしまった。
罪悪感を感じて、イリマから謝ったら――許す交換条件に禍神の『写真』や『いらなくなった私物』の収集を頼まれたので、イリマは犯罪にならない程度で協力する事を承諾。
六十過ぎた男を隠し撮りしたり、そのゴミを漁るイリマ。
……『ボク、なにやってんの?』とか言いつつも、彼は最後までやり遂げた。
おかげで彼女のイリマに対する信頼度(恋愛感情抜き)は大幅に上がった。
いつの間にか、彼女の部屋に招かれて作戦会議するぐらいに信頼されていた。
初めて入った彼女の部屋は――壁から天井、床にいたるまで禍神の写真だらけで、手作り人形に、抱き枕、一分の一スケールのフィギュア(回収した古着付き)まであった。
……狂気を感じた。
でも、人形はともかく、写真や古着は『イリマが提供したもの』である。
…………実行犯・イリマ。いつの間にか後戻りできないトコまで足を踏み込んでいた愚者。
「そろそろ地下都市も完成するから告白しようと思うんだけど、どうかな?」
「いや、でも確か禍神さんって家庭持ちじゃなかったっけ? 詳しいことは知らんけど」
「ん――妻・クシナダは三十年前に長男を出産と引換に死亡。当時、仕事との両立が困難だったヒロシさんは故郷の兄・松戸科学に息子・オロチを預ける。オロチは父を知ること無く科学のもとでスクスク育ち、料理人として身を立て……そして一昨年二十八歳時に十六歳の女子高生・林檎と出会い大恋愛。先月、彼女の高校卒業と同時に入籍し、現在アツアツの新婚さん。ちなみに四日前深夜にオロチからヒロシさんへ林檎の妊娠報告アリ。妊娠三ヶ月、できちゃった婚の可能性大――親子関係修復の兆しあり、ってとこかな」
「情報源は?」
「と~ちょ~き~」
犯罪だった。
だが警備に報告はできない――既にイリマは共犯者だから。
「そんなワケで、さっきも言ったけど告白しようと思うの」
「どうしてそう生き急ぐ!?」
「だってさ~、息子が一回りも歳の離れた娘と結婚して孫が生まれるんだから、ヒロシさんもそんな感じで第二の人生歩んでいいって思わない?」
「そんな理由で五十以上年下の娘と付き合いはじめたら……ボクなら狂気に走ったと疑う!」
「愛と狂気は紙一重☆」
この部屋を見ると、凄く納得したくなる。
だが、イリマは折れない――折れたら、いろいろ大変なことになるから!
「思い直せ! せめてキミが成人するまで! そこまで待って、キミの気持ちが変わらないならボクは全力でキミのバックアップをする!! だから……」
「やっだぴょ~ん☆」
その言葉で……イリマの心は『ポキリ』と折れました。
――……ボクは無力だ……。
結局、イリマには告白に向かう彼女の背中を見送ることしかできなかった……ガックリ!
それが『運命の日』の二ヶ月前のやりとり。
ちなみに、彼女が告白してどうなったのかイリマは怖くて聞けなかった。
彼女は変わらず、禍神に積極的なアプローチ(誘い受け)を繰り返していたから――失敗したけど諦めず頑張ってるんだな、とか勝手に納得していた。
彼女は強い娘だから大丈夫だと思っていた。
それに、この数日後には――
「――私、ヒロシさんの赤ちゃん欲しいな~」
とか言ってたから『大丈夫だ、問題ない』と考えても仕方ないだろう。
モチロンいろいろ問題なので、誠心誠意、全力全開で説得しました。
「……子供を欲しいだけで作ろうとするな。そんなの子供のほうが迷惑だ。子供は親を選べないんだからな。気持ちだけでできるほど子育ては甘くないんだぞ!」
「イリマっちに言われてもね~」
「聞いとけ。経験談なんだから」
「え!? イリマっち、結婚してたの?」
「してないけど、子供はいる」
「……つまり?」
「お互い若すぎて法律で結婚できんかった。しかも、ボクが結婚できる歳になった年に、彼女の方が流行病でな……結局一人で子育てできなくて、親権は彼女の両親にとられたよ」
自分と彼女の年齢はボカす――それを言ったらこの娘の背を押すことになりかねんから。
しかし、よくよく考えてみたら実はイリマがこの娘に自分の家族のことを話すのはこれが初めてだと気づく。彼女の方は包み隠さず、いろいろ教えてくれていたのに……。
彼は少し考えた後、懐から取り出した写真を彼女に渡し――続けて語る。
「その子ももう結婚して、孫娘もできたんだ……名前は愛衣で、今年で三歳。可愛いだろ?」
「イリマっちは三十代。孫三歳。仮に息子が一八の時できた孫だとすると……」
「スミマセン、計算しないでください! お願いします!」
迂闊者が余計な希望を与えてしまったようで、彼女の瞳がキラキラ☆
「……やっぱ子供って可愛い? 可愛いよね?」
「ああ、そうだな。……実はな、この地下都市計画が終わったら、『一緒に住まない?』って誘われてんだ。まあ、さすが国家プロジェクトって事かな。向こうのオヤジさんも、ちょっとボクのコト認めてくれたみたいでさ……うん。ボク、この計画に参加して良かったよ」
「…………そう……なんだ……」
イリマは心底嬉しそうに、これからの話をした。
未来を語った。希望を語った。夢を語った。愛を語った。
……この仕事が終わったら、自分たち『三人』がそれぞれ別々の道を行くという『絶望』を彼女に思い知らせていた事にも気づかずに。
この娘にとって心許せる相手が、世界で禍神とイリマの二人だけだと言うことも忘れて。
――……ああ、そうだ。思い出した。ボクは彼女の告白の結果を知ろうともしなかった。勝手に推測した挙句、納得して、慰めようともしなかった。なんのフォローもしなかった。その上、自分の幸せに目が眩んで、強がっているだけだったあの娘の心の傷をえぐった。
そして、もし……もし物語に『IF』があるならこの瞬間が最後のチャンスだったと思う。
全力で頑張って、この後、禍神さんに彼女を受け入れさせる事ができていたなら――絶対的強者の庇護のもと、彼女を『ただの女の子』に戻すことができていたなら、きっと違った。
――……あの時、ボクがもっと頑張っていたら、あの娘はきっと……。
そんな夢想をする。
あんな裏切りにあったのに、それでもあの日々を取り戻したいと考えてしまう。
やり直したいと、彼女を再び『友』と呼びたいと、あの娘の幸せを見守りたいと、そう思ってしまう。そう思ってしまうぐらい、イリマにとって彼女は…………大切な『娘』だった。
……そして、その日はやってきた。
十五年前、運命の狂った日――アラートの鳴り響く研究室で、彼と話した最後の記憶。
「……やられたな。この美事なプログラム書き換え……あのバカ娘にできるハズ無いとは思っちゃいたが、やっぱ『そういうこと』だったのか……」
「……スミマセン……禍神さん。ボクは……」
「俺様に謝る必要はないぞ、イリマちゃん。俺様はアイツが腹に一物抱えてるのを知ってて付き合ってたんだからな。これはアイツを御しきれなかった俺様の力不足だ」
「でも、ボクは、ボクが!」
「そんな事より――人質にされた家族はどうなった?」
「…………Y地区に。禍神さんの息子さんたちと一緒に……」
「外道だな~。そこまで徹底されると、いっそ清々しい」
イリマは家族を人質に取られ、マザーのプログラムを書き換えることに協力させられた。
自分たちの作る都市に集まってくれた人々よりも、尊敬する人よりも、自分の家族を優先した――結果、ゴドーが約束を破ったとしても、自分が裏切った事実は変えられない。
だが、禍神はそんな彼を笑って許す。自分のミスだと笑って許してしまう。
「って事は……イリマちゃんの事だから、これからY地区に乗り込むんだろ? 健闘を祈るって事でこれ、餞別がわりにプレゼンツ」
「これは?」
手渡されたのは手製のエコバッグ――中には箱と、瓶と、分厚い本が見える。
「ピロリロン♪ ナノマシン戦闘利用プログラム搭載型制御端末の試作機~。ついでにプログラムが書き換えられてないナノマシンサンプル――飲めば狂進化を防ぐ抑制剤の代わりになるだろう。で、最後に……こ~んなこともあろうかと、用意しといた緊急時対応マニュアル。マザーのプログラム修正方法とか載ってるから、読んどけ」
用意周到/準備万端――その先見の明には驚き、賞賛する以外の言葉が浮かばない。
「……すごい」
「すごくなんかねえよ。ホントにすごかったら、ここまで最悪な事態になる前に止めてる。だから俺様は無能な馬鹿者だよ」
「――――ッ!!」
その言葉が、イリマの胸に突き刺さる。
尊敬する人間が、自分のせいで自らを卑下していた――胸にやるせない感情が渦巻く。
「でもな、俺様は負けたまま終わるつもりはないぞ。絶対、この落とし前はつける! あのバカ娘は俺様が絶対泣かせちゃるからな! 俺様のサムライブレードでヒーヒー言わせてやっから、覚えてやがれってんだ!」
「十二歳の女の子相手にその発言……禍神さん、ロリコンだったんですね」
「サムライは十一歳で大人扱いなんだよ。だから問題なし!」
「現代社会では問題多有りです!!」
それが傷心している自分を慰めるための冗談だとイリマは信じる!
しばらくの間、ヤケクソ気味に無理やり笑い――笑ったらほんの少し心が軽くなった。
その場の勢いで罪悪感を自分勝手に忘れ、やるべきことをやろうという気持ちが湧き上がってくる/そんなイリマの肩を掴み――『ニヤリ』と不敵な笑みを浮かべて禍神は言う。
「じゃあなイリマちゃん。死ななかったら、また一緒に酒でも飲もうぜ」
「……オゴリなら付き合いますよ」
その言葉に笑いながら背中を『バンバン』叩かれ――そのまま背中を押される。
振り返ったイリマに見えたのは彼の後ろ姿――遠ざかっていく背中/すぐそこにあるその背中が遠すぎて、イリマは声をかけることもできずに見送った。
その後、禍神が反対方向に逃走し、囮役になってくれたおかげで、イリマは無事Y地区に潜入成功。『贈り物』を最大限活用し、人々に仮初の平穏を与えることに成功した。
――……息子夫婦を救けることは出来なかったが、孫の『愛衣』は間に合った。……でも、禍神さんの息子夫婦を救けることは出来ず、忘れ形見のアクトすら人々の偏見から護ることができなかった。今の状況はあの子が自分の手で掴んだものだ。ダメダメだ。ダメ過ぎる。ボクではなく、禍神さんがこちらに来るべきだったんだ。……バカ言え。ボクなんかじゃ囮になることもできないくせに。自分の都合ばかりだ。ゼンゼン成長できていない。
「……故郷の兄貴を頼って再起をはかる。お前も頑張れイリマちゃん」
古臭い紙に書かれた言葉を読み上げる――それは贈り物の中に挟んであった手紙。
息子夫婦を頼むという願いと、故郷の兄を頼り再起をはかるという希望の言葉。
禍神の兄――アマメにも使用されている魂のデータ化・複写という無茶な技術を片手間で開発した異端者/そんな人の協力を得られたなら、きっと禍神も助かっている――と、考えるのと同時に、十五年経ってもやってこないのが彼が既に『いない』証明なのだと、考えていた。
まぶたに浮かぶ、旅立つアクトの背中が彼と重なる。
まぶたに浮かぶ、旅立つアイの背中が彼女と重なる。
自分が育てた結果、彼女とよく似た思考をするようになってしまった孫娘。
アイを見ていると――自分が『彼女』を間違って育ててしまったのではないかと思う。
――……もしかしなくても、本当に裁かれるべきはボクなのかもしれないな。
どうしようもなく泣きたくなった。
それでも、泣いて楽になる資格なんて無いと思って……堪えた。




