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似、『セーブ・ポイント』 ☆その一、『NAG○YA租界』

 ――NAGOYAウィロー計画――

 それは増えすぎた人口に対する地下都市計画。

 耐震技術、地熱発電、バイオマス、そして環境調整用ナノマシンなど、ありとあらゆる最新技術の粋を集めて、未来のスタンダードとなるべき都市を建造するという一大プロジェクト。

 ちなみにこの計画名は、不死の象徴と言ういわれを持ち、魔術と深い関わりを持つ『WILLOWヤナギ』と、その都市にあった菓子の名前を引っ掛けたものである(命名者不明)。

 場所は東海大地震という最大級の天災が予測されている日本のほぼ中心地。

 そんな場所に、あえて地下都市を創る――それは人類が天災を乗り越えるだけの技術を持っているということの証明になるハズだった。

 その未来の安心を期待し、その街に住んでいた人々達は喜んでその計画を受け入れた。

 その夢のような計画に、国家規模で実行されたその計画に人々は沸いた。


 しかし、うまい話には裏がある。


 借金大国日本。

 経済的に追い詰められているこの国に、そんな計画を実行する資金力などあるハズがない。

 事実、この計画は外国からの資金援助で成り立っていて……いや、全てが外国からの資金で賄われていた。地下開発、都市建造の資金だけではなく、都市建設期間中に住民達が過ごす場所、生活費など諸々の補償、その全てが、である。


 それは全て、出来上がった都市を『実験場』にする為だった。


 全ての最新技術は、安全性も確保されていない机上の空論に近いモノ。

 それを、本物の人間を使って人体実験する――特に環境調整用ナノマシンの実験は、成功すれば宇宙開発、火星のテラフォーミングにも応用できる大発明。それを考えれば島国の一都市への援助など安いものと言えるだけの見返りが期待できたのである。

 そして、その事実を日本政府は知っていた。

 知っていて了承した――経済援助を受けるために。


 つまり、日本は『自国の領土』と『自国民』を身売りしたのである。



 そして、そんな事実は最後まで人々に伝えられることはなく――開発から三年という異常なスピードで『NAGOYAウィロー』は完成する。


 その驚異的な開発速度は手抜き工事の結果……ではない。

 それは全て、この計画の為に召集された三人の天才の力によるモノだった。

 大国出身、正義を掲げる自称・天才美少女『ゴドー』――ロボット工学界未曾有の天才。彼女が設計したマシンは、作業を効率化させ、格段に開発速度を飛躍させた。

 日系二世の苦労人『イリマ』――プログラミングの天才。複雑なプログラムを瞬く間に組み上げる彼は地味に役に立つ男。作業スピードを地味に底上げする天性のサポート役。

 そして、日本在住の自称・悪の天才科学者『禍神 博士ひろし』――ナノマシンの開発作成から、スケジュール管理までこなす万能型の天才。計画の要にして、もっとも邪魔な存在――後に全ての罪を被らされ、消される悲劇の男。

 そんな三人が協力して創り上げた都市管理システム『マザー』――


 その『約束された暴走』が全ての悲劇の幕開けだった。


 都市完成より一週間後、それは始まる。

 ゴドーによるマザーのプログラム改変。

 それによって、本来『生物』に必要以上の干渉をしないはずだったナノマシンが暴走した。

 環境調整・最適化のための三大理論、『再生』『進化』『増殖』が生物に与えたのは、急激な進化による肉体の怪物化。その変化についていけない精神の崩壊――『狂進化』現象。

 三百万人近い住民のほぼ九割がその被害にあい、運良く地上まで逃れた三十万人が見たものは、突如地面から出現した地域を封鎖する巨大な壁。

 その壁によってNAGOYAは外界から完全に封鎖された。

 閉ざされた世界で人々は怪物の脅威に怯え、自分も怪物になるかもしれない恐怖に震える事しかできなかった……が、そんな彼等の前に、命懸けで壁を越えてきたイリマが現れる。

 彼は人々に狂進化を抑制するための抑制剤を与え、食糧問題を解決するために戦える人々を率いて地下二十一階より先にある農産系プラントを目指した。

 自分達をこんな目にあわせた男を受け入れることに抵抗を示した住民達も、生き残るために力を合わせ……大量の犠牲を払いながらも、二十一階までの攻略を成功させる。

 食料を手に入れた住民達の戦いは、ますます激化。

 いつか地上に帰ることを夢見て、住民達は暴走したマザーを目指して戦い続けた。



 そして、十五年の月日が流れた現在……壁の外の人々から『NAGOYA租界』とか揶揄されている事も知らず、それでも住民達は逞しく生き延びていた。


 地上部に住むと上空から攻撃される危険性があるので、本来住居エリアとして用意されていた第一~二十階層を利用して、抑制剤に頼りながらではあるが元気に生きていた。

 地下攻略も、六十五階層まで達成。

 安定した食料供給により人口も多少増加傾向。

 だが、生き延びるために戦った第一世代の戦士たちは、怪我や抑制剤の副作用によって戦線離脱していき……現在ではまともに戦える人間はほぼ皆無。

 そんな理由で、いまは第二世代――マザー暴走後に遺伝子干渉を受けて産まれた、ナノマシンに対して高い適性を持つ新世代の子供達――に希望を託す世代交代期なのである。


 これは、そんな時代に『全ての人々』の願いを背負ってしまった愚者たちの物語である。



 地下一階層――『住居エリア』。

 その片隅にある家。

 天候変化の心配が無いので平らな屋根をした『四角い家』が無数に並ぶ中、ただひとつ表札の掲げられた家――『入間イリマ』家/研究に打ち込めるように……という住民達からの配慮と敬遠で、周囲の家には誰も住んでいない――そんな静かな空間に、静かな声が響く。


「……た、ただいま、博士」

「……ついに到着――帰ったよ、お祖父様」


 ノックもなく扉を開け、挨拶とともに転がり込んでくる無礼者×2。

 それは疲れきった顔をしたアクト&アイのバカップル――辛い冒険を終え、ただいま帰還!

 その声に応えるようにパソコンのモニタから目を離し、この家の家主である漢は振り向く。

 家主――二メートルを越える巨体/ボディビルダー顔負けの筋肉/短髪な白髪は天をつく剛毛/眉間に深いシワ/鋭い視線/世紀末覇者のような外見をした漢――入間強敵いりま とも。強敵と書いてトモである(本名)。

「…………帰ったか」

 お腹の底に響く重低音。

 怒っているわけではなくても『ゴゴゴゴゴ』な威圧的。これがこの漢のデフォルトである。

 睨みつけるように二人に注がれる視線――これも同じくデフォルト仕様/むしろ怪我とか無いか心配で、注意深く見ているのです/不器用な天然ツンデレオヤジ☆


「……ウヌら、ソレはなんだ?」


 その視線がアイの抱えているモノに止まる。

 ちなみに博士の二人称は『うぬ』か『お主』です。

 日系人、読んだマンガで覚えた日本語。オワター!

「それは当然――私とアクトの赤ちゃん! お祖父様の曾孫だよ☆」

「おい、まて!」

 お約束な返事に焦るアクトくん。

 そんな彼をスルーして――博士はアイの手の中で『スヤスヤ』と眠る赤ちゃんを睨む。

「……冗談はよい。たった数日で赤子が生まれるものか」

「これは迂闊――冗談の通じないお祖父様。こういう場合は『なんだと、それは本当か!? よくも孫娘をキズモノにしおったな……責任をとってアイを嫁にするか、死ぬか選ぶがいい』って感じの対応をしなくちゃダメだと思います」

 一人芝居をしながら、ワケの解らない事を言うアイさん。かけだし女優・演技派。

 ノリノリな彼女の姿に――アクトと博士は顔を見合わせ、ため息ひとつ……ハァ……。

「……すまぬな、こんな孫で」

「……もう慣れました」

「じゃあ、嫁にしてやるがいい。それか死か、好きな方を選べ」

「ノリいいなジジイ!」

 冗談のようだが、目がマヂでした。

 この漢と相棒に血の繋がりを感じる時――それはアクトにとって常に不幸な瞬間です。

 ――……でも、帰ってきたって気分になるんだよな……認めたくないけど……。

 肩をすくめ『ヤレヤレ』ってポーズで、そんな事を考える彼も十分ツンデレ。

 天涯孤独な彼にとって、一番大切なのは目の前に居る二人なのだと、理解はしていても素直に認めるのは恥ずかしいお年頃。素直になれない弱反抗期なのである。

 ついでに、アイと結婚とか、考えるだけで『ドキドキ』な思春期まっただ中でもあります。

 だから、アクトがソファに腰掛けて二人の会話から耳をふさいだのは仕方のないこと。

 最終的に『今は籍だけ入れて結婚式は来月。子供は三人。男一人、女二人。祖父とは同居』とかまで決められた会話ミライを聞き逃したのは仕方のないこと。

 ……………………必要なのは愛ですか、勇気ですか?


「つまり……ウヌらはこの赤子が、安全装置だというのだな」

 それが今回の『探索結果報告』を聞いた博士の第一声。

 信じていないのではなく、信じられないと驚く――それほどこの赤ちゃんは常識外らしい。

「それは肯定――宝箱の中には子宝が! ってオチ」

「上手い事言ったつもりか!?」

 したり顔でそんな事を言うアイに、アクトは敢然とツッコんだ。



 あの時、宝箱の中にあったのは銀色に輝く大きな卵だった。

 覚悟を決めたアクトは――その卵を抱えたアイを背負い――再び命懸けの二十五メートルに挑戦した。なんとか泳ぎ切った後……別々に運べば良かったことに気づいて絶望したりするのだが、それは言わぬが花なのである。

 しかし、少年の悲劇はまだ終わってはいなかった。

 帰り道、暇を持て余したアイがお腹に卵を入れて『妊婦さんごっこ』を始めたのである。

『これは陣痛――う、産まれる~』

『……頑張れ、オレがついてるぞ』

 周囲を警戒していたアクトは、後ろを振り向かず適当に返す。

 その瞬間、『パリン』という音と『バチャバチャ』と水が溢れる音が耳に届く/驚いて振り向いた彼が見たのは……下半身ビチョビチョ、呆けた顔でお腹を押さえているアイの姿。

『だ、大丈夫か!?』

『……これは……破水?』

 心配して狼狽えるアクトに、同じように狼狽えながらアイが応える。

 破水――赤ちゃんが産まれる時に起こるアレです。

『……アイ姉、いくらなんでもそんな体張った冗談……』

『これは確認――心配したのは私? それとも安全装置?』

『…………怒るぞ』

 そう言いながら、既に怒った顔をしている未熟者。

 見透かすように微笑むアイ/なんだかバツが悪いアクトは……視線を逸らして話を戻す。

『……で、何があったんだ』

『これは真実――赤ちゃん……できちゃった』

 そう言って、差し出されたのは……ホントに生まれたまんまな赤ちゃん。

 ……とりあえずアクトは、しゃがみ込んでしばらく現実逃避する事にしました。



「そして現在――名前は『天女』と書いて『アマメ』って名付けました。禍神アマメ」

「え、俺とおんなじ苗字なの!?」

「それは当然――娘がパパと同じ姓を名乗るのは常識。私は今日から禍神アイだし。さっきの話、聞いてなかったの、パパ?」

 聞き流してました。

 半眼で『ニヤ~』っとした笑顔を浮かべ、もたれかかってくるアイ/柔らかい部分がいろいろ当たってフニフニでドキドキ/心拍急上昇/高まる胸の鼓動が限界に来た時、少年は――


「そ、そんなワケなんで、……お、オレ、今日は一先ず帰るよ」


 ――逃げ出した。

 足をもつれさせながら、ホントに無様な感じで出口へダッシュ。

 その背中向けて、博士が声を投げかける。

「アクト、デバイスを置いていけ。調整しておいてやろう」

 アクト、一時停止/急いで……もたつきながら左腕の『デバイス』を外し、博士へパス。

 放物線を描く軌道――真正面/博士、意味のないオーバーアクションでナイスキャッチ!

「明日、朝一で来るがいい。それまでには、この娘のことも調べておいてやろう」

「う、うん。じゃあ、また明日」

 振り向き挨拶すると、再びアイに視線が合う。

 思い出す感触/顔真っ赤――『バッ』と視線を逸らして、アクトは今度こそ逃げだした。



「……恥ずかしがり屋さん……なんだから」

 遠ざかっていく足音を聞きながら、微笑む祖父と孫娘。

 だが、音が聞こえなくなった途端、表情一変/心底疲れた顔で、アイはソファに沈み込む。

「……ヌシ、体調は?」

「無理。最悪。さすがに六十六階層にもなるとナノマシン濃度が高すぎてさ……抑制剤の効果が追いつかなくて、もう追加で薬飲みまくり。でも結局、戦闘全部任せちゃったし、いつの間にか身体が浮かなくなってて溺れるし……ゼンゼン良いとこなしだよ、コンチクショー」

 瞳を閉じて、不満をグチグチ。

 彼女が泳げなくなった原因――それは抑制剤の副作用と言われる現象だった。

 抑制剤によって狂進化を抑えていると、徐々に身体に異常が現れてくる。身体の金属化、身体能力の異常発達など……抑えきれず進行するゆるやかな怪物化現象。

「私はもう……ダメ、なんだろうな……」

 その閉じたままの瞳から涙が溢れる。

 彼女の現状――銀色の左眼、前髪は金属化現象による変色/変色した瞳は失明済/身体能力は増強中/握力はとっくに百オーバー……でも心がついていかず制御困難/浮かばないという事は、内面の金属化も進行中/神経まで金属化したら、動けなくなって……最悪、死ぬ。


 それでも彼女は、彼と一緒に行きたいと言う。一人で戦わせたくないと言う。


 そんな孫娘の気持ちが理解できてしまうからこそ、祖父は何も言わない。言えない。

 だから彼は、沈む孫娘に声をかける事無く――彼にしかできない事に、逃げる。

 眠る赤ちゃんを膝に置いたまま、預かったデバイスを操作/全プログラム確認/『箱に触った瞬間に走った静電気』――その話を聞いて思いついた考えを裏付けるモノを探す。

「――ヌウ! ……やはりか。我の知らぬプログラムが入っておるわ」

「……危険なヤツ?」

「そうとも言えるし、違うとも言える。これは絶望へ加速する為の手段――万が一の希望をつかめるかも知れぬ切り札。こんなモノ、正気ではとても使えぬ。だが、使わねばならぬ時が来るやも知れぬ……」

「遠まわしすぎ。もっと簡単に言ってよ」

「プログラム名『加速進化アクセラレーション』、効果は………………ヌウ……!?」

「……? なになになに?」

 続く言葉を飲み込み、博士は顔を歪める。

 その困ったような顔を見て、楽しそうに聞いてくる孫娘/さっきまで心底『疲れた~』って顔してたのに、他人の困った顔見た途端この反応――これがアイさんの本性!/この娘は『他人の不幸を喜ぶダメ人間』で『惚れた男の前では猫かぶりする魔性の女』なのである!!

「あ、アイよ……オムツを買って来るがいい……」

 見れば博士の股間あたりに粗相のアトが広がっていた。

 もちろんアマメの。お漏らしするほど博士は御高齢ではないのです。あと三十年は戦える!

「……ハイハイ。行ってきますよ。今ならアクトにも追いつくだろうし、ちょっとデートしてこよっかな~」

「あまり無理をす……させるでないぞ」

 孫娘を苦笑いで送り出す祖父(ツンデレ仕様)。

 ……デフォルトがしかめっ面なので、意味ありげな含み笑いに見えて対応に困ります。



 アイが追いついた時――アクトは襲撃されていた。

 背後から襲いかかる巨漢――頭上への大剣の一撃/アクトは振り向きもせず、右手の短刀を振るう――『ギン』という金属の衝突音/軌道を逸らされ『ドォン』と地面へ落ちる大剣。

 次、前方より小柄な影――剣を構えて迫る少年。

 身体ごとぶつかってくるような突きに、アクトは左手の短刀を横薙ぎ――響く金属音/体重を預けた剣を弾かれ、引っ張られるように――「ふぎゃっ!」と声を上げて少年が転がる。

 巨漢が倒れた少年に気を取られ……好機到来!!


「なにやってんのぉぉぉぉ!!」


 アイ、携帯端末操作――『律の法』発動!

「「「あぎゃががががっががががががががっがあっががががっがががががあがっが!!」」」

 波紋状に広がる電撃が、巨漢、少年、ついでにアクトを襲う――揃って感電/ビリビリ。

 そして、事が終わった後、そこに立っていたのは…………アイ一人だけだった。



「これは確認――言いたいことは?」

 周囲に人垣。

 その中央には仁王立ちするアイさん。

 そして、そんなアイさんの前に三人の男が正座させられていた。

 右、巨漢――オッサン。若者を見ると襲いかかって鍛えようとする困った人。

 左、少年――その息子。強い奴を見ると襲いかかって自分を鍛えようとする困った子。

 中央、アクト――何故正座させられているのか解らない被害者。困ってる人

「うむ。アクトもアイも強くなった。これで俺も安心して隠居できそうだ」

「うん。やっぱアクト兄は強いや。僕も、はやく一人前になって一緒に戦いたい!」

「くぅ……な、なんで俺も正座させられてるの?」

「これは判決――私刑。私を心配させた罰。ビリビリ」

「「「あぎゃ――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」」」

 女はいつだって理不尽なものなのです。

 電撃(弱)を流すこと数秒……制裁終了/地べたに倒れてピクピクする惨めな男達、完成!

 ちょっとアレなアイさんは、哀れな彼等の状況に暗い愉悦を感じてジュルリと御満悦。

 そのアイさんの視線が……オッサンで止まる。

 オッサンの右手、右足――黒ずみ、硬化した肌/抑制剤副作用の結果、マトモに動かなくなった身体――こうして動けなくなった人間は戦線離脱し、後進達の育成に当たっていく。

 ――……未練がましいなぁ。

 戦えなくなった人間が、それでも戦いに関わろうとする事に彼女は嫌悪感しか抱けない。

 子供に夢を託すといえば聞こえは良いが、この場合ぶっちゃけて言えば『自分が払いきれなかった負債を子供に払わそうとする親』だから。潔癖な少女にはそれが許せなかった。

 ……そんな彼女は、生き恥さらすぐらいなら戦場で死にたい派です。漢らしい☆



 アクトに理不尽な傷跡を残しつつ、オッサンの自称・実践訓練は終わった。

 オッサン達との別れ際、少年がアクトに話しかけてくる。

「僕、頑張るよ! 頑張って父さんに特訓してもらって、アクト兄に負けないぐらい強くなって、皆を救える男になってみせるから! 楽しみに待ってて!」

「…………やめとけ」

「ええっ!?」

 尊敬する兄貴分からの冷めた一言に、『ガビ~ン』と半泣き。

 だがアクトは、そんな少年を見て『ニヤリ』と笑顔を浮かべ――続く言葉を紡ぐ。

「だって、もうすぐ俺が皆を救っちゃうからさ。ニートになりたくなかったらやめとけ」

「これは翻訳――お前達が命をかける必要はない。お前達が戦わなきゃいけなくなる前に、俺が、この戦いを終わらせるから、お前達はその後のことを考えてればいい。戦うことじゃなくて、生きることを考えて欲しい……以上。そんな自分を追い詰める背水の陣的発言でした。このツンデレラ☆」

 アイの解りやすい解説のおかげで、笑顔を取り戻す少年――だが、今度は本心を暴露されたツンデレラが恥ずかしすぎて『ドヨ~ン』と涙/笑顔と涙の等価交換成立☆

「…………勘弁して下さい」

「それは駄目――だって『俺が』って言った。『俺達が』じゃなくて『俺が』って……」

「ごめんごめん。間違い。訂正。俺達が、皆を救うから! 俺と、アイ姉、が!」

「それが正解――えへへ☆」

 訂正したとたん、『プンプン』なお怒り状態から反転――『ニャハ~』なデレデレ状態へ。

 アクトの腕をとり、頬を寄せてイチャイチャ。

 頬ずりして凄くイチャイチャ。周囲の目もお構いなしにイチャイチャ。


「「「「「相変わらずバカップルだ!?」」」」」


 ……そう、アクトとアイは地下都市公認バカップルなのです。

 十四歳と十八歳の、ちょっと歳の差カップル。ちょっと犯罪チックだが、この地下都市ではあんまり珍しいものでもない。そもそも、過去の戦いでポコポコ男達が死んでいったせいで男女比がおかしいから仕方ない。一対五ぐらい。細かい事言ってられない状況なのです。

 でも当の本人――アクトの方は、思春期入ったばかりで、男女交際とかよく解ってなかったりする。女性の体にはドキドキするが、まだ姉弟愛と恋愛の違いが自覚できていない感じ。

 だから、周囲の冷やかすような反応にどう対応していいか解らなくて煩わしい。

 そんな彼が、いろいろ考えた結果とった行動は――

「――で、アイ姉、どうしたの? 今日はもう休むんじゃなかったっけ?」

 華麗なるスルー。

 周囲を無視して、アイだけを見る――つまり、アイしか見ない。

 ……内心はどう思っていても、傍から見たらバカップルそのものになりました。

「これは任務――うんとね、これから赤ちゃん用品を買いに行くの。だから、アクトに荷物持ち頼もうと思って…………ダメ?」

「いや。喜んでお手伝いさせて頂きますよ、お姉様」

 上目づかいでおねだりされて、コロッと安請け合い。

 たとえ疲労困憊状態でも、彼女の頼みは断らない! それがアクトという漢の在り方!!

 …………しかし、未熟な彼は気づいていなかった。

 今の会話に仕込まれていた『罠』に――


「「「「「デキちゃったの!?」」」」」


 ――大声で驚愕する周囲の皆様。

 その声を聞いて、アクトも危機的状況に気づく……が、既に手遅れである。

 目の前でイチャイチャしているバカップルが、赤ちゃん用品を必要としていたら答えは一つである。もちろん、アイはこのミスリードを狙って話しました。確信犯。……恐ろしい娘!?

「……あ、う……い、いこう、アイ姉」

「それは了承――デート開始だね☆」

 なんか勝手にヒートアップしてる住民達に背を向け、手と手を取り合い駆け出す二人。

 アクトには「ヒューヒュー」囃し立てる声よりも、繋いだ手の方が妙に気恥ずかしかった。



 NAGOYAにおける通貨は電子マネーである。

 この都市では全住民に労働が義務付けられている代わりに、食料などの生活必需品の配給が約束されている。でもそれは、あくまで最低限。少しでも豊かな生活をしたいと思ったら、それ以上の何か――つまり商売をする必要があった。

 売るのは余り物で作った衣服であったり、古くなった家具を分解して日曜大工で造った家具だったりリサイクル品中心――そうして創り上げたものを売って代価を得る。そのお金を使って、いま自分に必要な物を買う。そんな生活が営まれている。

 ちなみに商品の値段はノリで決められているが、支え合わなきゃ生きていけない状況を経験している人々なので、そこらへんは大丈夫。あくどい商売しようとしたら袋叩きされます。

 アクトとアイのように、戦える人間は下層からやってくる畜産系の怪物を狩って、そのお肉を売る狩猟系な稼ぎ方も可能。みんなお肉は大好き。強制的にベジタリアンにさせられてしまう菜食世界の救世主。すなわち大人気商売!

 そんなワケで――


「これは必要、これも必要――お金は使える時にパーッと使わないとダメ」

「まだ買う……だと……!?」


 ――溜め込んだ金にモノを言わせて、ビックリするほど散財かましてくれました。

 オムツ、ベビー服、オモチャ、粉ミルク、離乳食、子供服、ついでに自分の服やアクセサリー……とにかく片っ端から購入して、日頃溜め込んだストレスを発散するアイさん。

 アクトの役目は彼女の購入物を一手に引き受ける荷物持ち。楽しそうに買い物をする彼女の後を、困った表情をしながら嬉しそうについて行く……そんな彼は既に手遅れだと思います。



 中央広場。

 大黒柱センターピラー周辺につくられた憩いの場――露店が立ち並ぶ、この階層で最大の公園。

 そこへ、店での買い物を終えたバカップルがやってくる。

 手ぶらでルンルンな彼女と、山のように積まれた荷物をフラフラしながら持つ彼氏というお約束な状況/それでも彼女はまだ買い物続行中――目についた髪飾りを手にとって尋ねる。

「これは確認――似合う?」

「……いや、アイ姉にはコッチのほうが似合うよ」

 お世辞でも『髑髏のアクセサリー』を似合うとは言えない正直者でした。

 代わりに進めたのは銀の指輪――飾り気のないシンプルな細工/清楚なのがアクトの好み。

「これは驚愕――私、プロポーズされちゃってる? いや、嫌ってわけじゃないよ。でも、私達今大事な時期だし……もうちょっと落ち着いてからね。とりあえず今は婚約で我慢して☆」

「なんか勘違いされた上で自己完結されてる!?」

 なんだかんだ言っても、傍から見ているとイチャイチャしてるようにしか見えんません。

 だから、露天商のお姉さんが砂を吐くような顔をしてても仕方ないのです。

 ……公園の片隅で露天商している独り者のお姉さんには耐え難い桃色空間だったのだから。


 

「えへへ~」

 左手を天にかざし、恋する乙女は頬を緩める。

 その隣でガックリと俯くアクト――肉体的にも精神的にもギリギリ。

 あまりにもギリギリだったので、アイに頼んで公園の片隅にあったベンチで休憩中だった。

「これは約束――あと少しだよ。安全装置の使い方を解析して、マザーコンピューターを正常に戻したら……全部終わるから。そしたら、ず~っと、二人だけでのんびり過ごそうね」

 ……どうやらこの娘には祖父の面倒をみるという考えはないようです。

「……のんびりか……想像、つかないな~」

「それは当然――アクトは第二世代。生まれた時から、この危機的状況で生きてきたからね。私だって三歳ぐらいだったから、言うほど解ってないかも」

 アイは十八歳――NAGOYA動乱時、物心つくかつかないかぐらい。

 ――……始めっからこの状況で生きてる俺達より、そっちの方が辛いだろうな……。

 始めっからこの状況で生きてきた第二世代よりも、平穏な暮らしを知っている第一世代のほうが精神的に病みやすい――知らない方が幸せ、そんな不幸もある。

「でも、そうなんだよな。もう戦いが終わった後のこと考えなきゃいけない時期なんだ……」

 考えてみれば深刻な話なのかもしれない。

 だって、平穏な暮らしなんて知らないから……戦いの後のイメージなんて全く浮かばない。

「……さっきの戦いが終わったらニートって話……思いっきり人事じゃないな……」

 俯くのを止めて、ベンチにもたれかかる――視界に映るのは、ほのかに発光した天井。

 天井があるのが当たり前な世界を、当たり前だと納得できる世代。

 ――……こんな状況を何とかする為に戦ってきたのに、その先をゼンゼン考えてなかった。

 瞳を閉じ、外界の情報遮断/自然と浮かぶ自虐的な笑み――そして、心を侵す『終わり』への恐怖/失われていく、やる気/意気消沈/そんなアクトの耳に届く――


「それは物語――あるところに一人の少年がいました」


 ――母親が寝物語でもするような優しい声音。

 その声を聞いているだけで、アクトの心は穏やかな気持ちで満たされていくようだった。

「狂進化して怪物になった母親から生まれ落ちた男の子。化け物扱いされて人々から恐れられた可哀想な子……そんな理由で、嫌われ、恐れられ、仲間外れにされながら成長した少年は、その憎しみを怪物達にぶつけ、殺して、殺して、殺しまくって、獣のように生きていました」

「思いっきり俺のこと!?」

 公共の場所で忘れたい過去暴露――まさかの羞恥プレイ!

 驚愕に目を見開くアクト。だが、語り部さんはそんな彼にはおかまいなしで続けてくれる。

「しかし、そんな少年の前に、女神のような美少女が現れます。美少女は少年を、優しく、優し~く、それでいて厳しく、自分好みに調教し、まっとうな人間に育て上げました」

「調教って言った!?」

「獣から人間になった少年は、憎しみではなく愛する美少女のために――愛ゆえに、殺して、殺して、殺しまくりました。相手が元人間でもおかまいなしです。愛する人のためなら、どんな罪も喜んで被る、そんな漢に少年は成長したのです。美少女のおかげで☆」

「なんかいろいろダメだろ、それ!?」

 それでも、それは本当の事。

 そんなに昔じゃない、昔話――



 ――屍の山に立つ巨人。

 オーガ型と分類される怪物――三メートル近い体躯/紅い瞳/赤黒い肌/血色の爪と牙。

 三十三階層へ続く階段を、まるで門番のように塞ぐ絶望の壁。

 何十、何百の人間を屠り、喰らった悪鬼。

 …………狂進化してしまった人間の、成れの果て。

 そのあまりの強さ、恐ろしさに震えて、遠巻きに見ることしかできない大人達。

 傷つき、倒れ、涙を流しながら、それでも立ち上がろうとしている少女。

 そして――


『俺のためにアンタが涙を流してくれるなら、俺はアンタのために血を流してやるよ』


 ――巨大な鬼から、少女を庇うように立つ少年。

 その顔には不敵な笑みと、野獣のような眼光。

 その両手には巨大な敵に立ち向かうにはあまりに頼りない武器――短刀二本/二刀流。

『これから先、俺の刃は、アンタ……アナタを守るために振るうことを、誓う』 

 咆哮し襲いかかってくる鬼を少年が迎え撃つ。

 その爪を刃で断ち斬り、その腕力を速力で翻弄し、その命を圧倒的な暴力で蹂躙する。

 人の姿をした獣が、人の姿を捨てた怪物を打ち倒す光景。

 その光景に、それを見ていることしか出来なかった大人達は――



「――そしたら、いつの間にか英雄扱いです。その後の戦いで大人達は少しずつ戦線離脱していき、いつの間にか残ったのは少年と美少女の二人だけ。それでもめげずに、手を取り合い、支え合いながら二人は戦い続け……ついに彼等は、みんなを救う鍵を手に入れたのです!」

「…………恥ずい」

「今回はここまで――アイちゃんが語る英雄物語、いかがでしたでしょうか? 代金はこのアドレスへお願いしま~す」

 いつの間にか周囲に人だかりができていました。

 どうやらアイさん、この人達に吟遊詩人気分で語っていたらしい――アイの端末から『チャリーン』という芸の細かい電子音/ホントにお金を振り込んで解散していく野次馬の皆様。

 誰もが去り際に「頑張ってね」とか「期待してるぜ」とか、エールを送ってくれる。

 みんながアクトという人間を信頼してくれている。

 ――……最初は化け物扱いしてたくせに、現金なもんだ。

 そんなふうに思っても、応援されると嬉しいと思ってしまうツンデレ(調教済み)だった。



 休憩終了――って事で荷物運び再開。

 買い物は既に終わっているので、後は荷物を入間家へ運ぶだけ。

「これは提案――もうちょっと休んだほうがよくない? まだフラフラしてるよ」

「うん。解ってる。解ってるけど……あそこで休める気がしないんだ」

 アイさんは『ういろー』片手に食べ歩きな御身分でリラックスしまくりですがネ☆。

 銘菓『NAGOYAういろー』は手軽に食べられる『おやつ』として大人気。

 現在の地下都市では農産物の入手が比較的容易なので、米粉と砂糖で作れるういろーや、米と味噌の五平餅、芋が原料なポテトチップスなど、植物性のおやつは安価で入手可能である。逆に牛乳の入手が難しいので、乳製品は食べたくても食べられない嗜好品扱いです。

「それは意外――なんで? 私の膝枕、気持良くなかった?」

「通り掛かる人がジロジロ見てきて嫌なんだよ」

 羞恥心を感じるバカップルは良いバカップル!

 実はこの二人、周りから見ると十分バカップルなんだけど、当人達は違うと思っていたりする――人前でキスしたり、抱き合ったり、過度のスキンシップをとらなければ大丈夫って言うのがアクトの考え/アイの方はその逆……。

「それは残念――耳掃除してあげようと思ってたのに……私の舌で」

「勘弁して!」

 ……アクトがその過激思想に応えてくれないかぎり、彼女はノット・バカップル。


「ねえ、アイ姉……そういえば、なんで俺の名前、『アクト』ってつけたの?」

「これは唐突――どうしたのいきなり?」

「いや、さっきの話聞いてたら……あの後、名前のなかった俺にアイ姉が名前つけてくれて、俺は『アクト』になったんだな~って、なんか思い出したんだよ」

 人の世界で生きるためには必要って事でつけられた名前。

 それは、それまで『化物』呼ばわりされて迫害されてきた少年が、始めてもらった贈り物。

「それで、今さらながらこの名前にどんな意味があるのか気になってさ。自分でも一応調べてみたけど、アクトって英語で『行為』とか『劇の一幕』みたいな意味らしいね」

「それは誤解――ううん。それは違うよ。私がアナタにつけた名前は、漢字で悪人の『悪』、仲間って意味の『徒』で『悪徒』だよ。ワルモノとか悪党って意味なの。ステキでしょ」

「……をい」

 輝かんばかりの笑顔でそんな事を言われると、返事に困る。普通困る。とても困る。

 しかし、よく考えると彼女は博士から『正しき悪は素晴らしい』って英才教育を受けているので、本心から良い名前としてつけた可能性が大。善意から生まれた悪意……かもしれない。

 ――……まあ、いまさら『変えていい』って言われても困るし……名前なんて元々自分で決めるもんじゃないからな。文句言ってもしゃーない。漢字で書かなきゃセーフだ。

 いろいろ考えた結果――達観/苦笑――そのまま、他愛もない会話に花を咲かせる。

 冗談を言い合い、笑顔を交わす帰り道……でも、楽しい時間ほどあっという間に終わる。

「ここで到着――ありがとね、アクト」

 アクトが玄関前に大量の荷物を下ろして顔を上げる――と、唇にナニか柔らかい感触/口内いっぱいに広がる甘い味/視界いっぱい広がっているアイの顔――頬、紅潮/耳まで真っ赤。


「これは御礼――今度は何味だったかな~? じゃ、また明日ね」


 やるだけやって、言うだけ言って、アイは家の中へ。

 少年は玄関前で魂が抜けたように『ぼ~』っとしながら、一言。


「……………………………………ういろー」


 セカンド・キスはういろー味でした。

 甘さ控えめなのに濃厚ディープ甘々(スイート)

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