閑話 ある男の話
全力シリアス、若干残虐注意。
読まなくてもおそらく支障はありません。
そしてまだ主人公達は出会いません。
ある男の話をしよう。
その男は貧民街の生まれで兄姉が山ほどいた。
仕方ない話、貧乏人にはそれ位しか娯楽がないのだから。
おかげでその家はいつも貧しかった。でも幸せだった。暖かかった。
いつまで経っても民の生活は改善されない。
というのもその時代の治者が悪かった。
民の事など考えず贅沢三昧。
散財の限りを尽くし、増税増税増税。
おかげでしわ寄せはいつも弱者へ。男とその家族もその一つ。
青年になった男は傭兵になり、国に雇われていた。
年中戦争やっていたおかげで食いっぱぐれることはなかったし、
低位で学もない者が就けるのはそれぐらいだった。
いつだって死と隣り合わせ、それでも家族を守る手段になれる。
ゆえに男は恐れなかった。愛する家族の為ならばと。
男が望むものは家族と笑いあう日々、それ一つ。
いつか、いつか、この地獄が終わると信じて、男は剣を振るい続けた。
だがその努力も無駄に終わってしまう。
愚かな王子が他国に馬鹿な真似をして大きな争いが起きた。
これまでとは比べ物にならない、残虐で一方的な攻撃。
さっきも言った通り、いつだって虐げられるのは弱者だ。
それは平等に与えられる差別。男の家族も例外ではなく皆惨殺された。
理由は無い。強いて言うなら国の愚行の犠牲となったのだ。
男は嘆く、三日三晩泣いて泣いて泣いて、
それから戦場で血の雨を降らした。
敵兵は隻眼になっても吼え続ける男の威勢に押され、
また一人また一人と敗れて、ついには武器を捨て逃げていく。
男の活躍によってまた僅かな平和が訪れた。
けれど、その功績を称えられても、男の心は晴れることはない。
もちろん殺した兵が一番悪い。だがきっかけはなんだ。
そう愚かな王子のせい。それを庇った周りの連中が悪化させた。
だというのに連中はのうのうと生きている。
己の家族のような、弱者達を踏み台にして。
男はかつてない憎しみを抱いた、そして復讐を目論んだ。
幸いにも男にはそれを実行できる力があった。
また男と同じ境遇の仲間も悲しいながら少なくなかった。
男の計画は多くの仲間より賛同される。
そしてそれは男を頭にした形で実現することとなる。
風が吹き荒れる嵐の日だった。そのクーデターが起きたのは。
貴族に始まり、王族含め全員が男の刃に切り刻まれ。
城は血肉の匂いで溢れかえった。
そんな残忍極まりない行いをしながらも、
男には後悔も罪悪感もなく、ただ虚しさだけが胸を占めた。
崩壊するかと思われた国。
だが男は仲間の一人の手によって、王に祭り上げられた。
望んで得た地位ではないが、
また同じような犠牲を出さぬように、男はまた必死で国を治めた。
民にとっては救世主。だが他国にとっては野蛮な成り上がり。
そのせいで男はいつも他国に蔑まれた。
でも男は全く聞き耳を持たなかった。
高尚ぶりたけりゃ勝手にやれ。どんな相手だろうとその態度を通した。
包み隠さぬ男は大陸中の国から爪弾きにされる。
けれど、大陸一の大国は彼を評価した。
そなたは誇り高き者だと、その王が告げた途端、
散々嘖んできた国々も掌を返したように賞賛して。
だからといって男は鼻を伸ばすことはなかった、
むしろ猜疑心を一層強めた。
男は劣悪の生まれだ。存分に虐げられ、人間の醜さを知り尽くしていた。
一向に靡かぬ男にまた他国は男を避けていった。
また男自身も酷く醜い顔をしていた。
友を庇い、焼かれた為に。そんな男の顔は見るからに痛々しく。
目を逸らす者が常。年頃の娘となればあからさまに嫌悪した。
民にすら怯えられるのにはさすがの男も堪え、仮面で庇うようになった。
男は民に愛された、誰よりも優れた王と。
けれど、男を愛する娘が現れる事はなかった。
男も理解していた。疵の王に妃が現れることはない。
己が再び家族を愛す日も訪れぬ、と。