愛しき
彼女は言った。
いつまでも変わらないと。
きっと、彼女は嘘つき。
そして不思議な魅力で僕を酔わす魔法使い。
★
僕には彼女がいた。
決して僕は格好いいとかではなく、地味な少年で、あまり人と絡むタイプではなく図書室でいつも本を読んでいた。
「なんの本?」
僕が読むジャンルに気が合う人などまったくいなかったのに。彼女は興味津々に訊ねてきた。
「おもしろいの?」
「つまらなかったら読まないよ」
久しぶりに僕は笑った。
そのときから、他人と接するときに感じる苛々が消えた。
★
それは彼女からだった。
急で、驚いた。
特に親しくもなかったし親しくなりたいとも思わなかったから。
断るべきだ。
けど、涙目で必死に想いを伝える彼女に同情してしまった。
彼女は幸せそうにはにかむ。そして僕の頬に軽くキスをした。
僕からはなにもしなかった。
携帯電話の番号くらいは教えたからかかってくるのを待った。
心配せずともしっかりかかってきた。
必ずといっていいほど毎週日曜日には何処かへ出掛けた。
ある日、僕は聞いてみる。どうして好きになったのかと。
「どうしてかしら」
彼女は決まって言葉を濁して話題を変えた。
『好きになったから、好きと言ったの』
噂で聞いた。嫌いな人間から、聞いた。無性に腹がたった。
★
『今週の日曜は雨だって』
「うん」
『おとなしく家でのんびりしよう』
「いやよ。行くって約束した!雨なんて関係ない!」
判って。
私が我儘言うのは、あなたと一緒にいたいだけ。
気付いてほしいだけ。
『雨の日に遊園地なんてつまらないよ』
でもね、あなたからの電話は初めて。
初めて着信履歴に名前が載るの。それはとてつもなく嬉しい。中身は素っ気なくても。
「行きたい」
優しすぎるから、甘えてしまう。
もっと厳しく躾けて。
おまえなんか大嫌いだと罵って。
我儘ね。
★
「あの本は?」
本屋で立ち読みをしていた僕に彼女は訊ねた。
「捨てた」
「えぇ!?私も読みたかったのに〜」
「おまえは読まなくていいよ」
うざい。
「どうして?」
黙れ。
「おもしろくないから」
―あぁ、なぜ僕は…。
「嘘つき」
★
そうだよ。僕は嘘つきだ。僕が嘘つきだ。
好きでもないくせに。
彼女の楽しそうな笑顔はどこだ?
『彼はね、一人が好きなのに私のためにいつも傍にいてくれる優しい人よ』
偽善者。
『だから、私はひたすら彼を愛してる。我儘言って困らせて、常に私に気を向かせるの』
詐欺師。
「『悪いのはこっち』」
どちら?
★
教室で話し掛けられた。クラスメイトで、一度も喋ったことのない奴だった。
「おまえの彼女、疲れねぇ?」
「別に」
「違う。“騙しあい”は疲れないのかってことだよ」
騙しあい?
誰と、誰が?
僕と、彼女が?
「疲れないよ」
奴は感嘆した。
「むしろ楽しいから」
久しぶりに僕は笑った。
前回の作品から永らくの新作ですが、いかがでしたか?突発的なネタなので登場人物も非常に少なくなってしまいました;感想いただけると嬉しいです。指摘もお待ちしてます。では、また次回。