第四回:【いつでも一緒】 お題「プリン」
「ねぇあなた」
7歳になる娘を寝かしつけ、リビングに戻ってきた妻が静かに私に話しかける。
「なんだい?」
「お店の目玉商品として、オリジナルプリンを出したいと思っているのだけど、何か良い案はないかしら。一緒に考えて欲しいの」
悠と結婚して9年目、一人娘の夏海は元気に育ち小学2年生になった。私の勤める会社は小さいながらも業績が良く、給料も人並み以上に貰っている。
そして悠の昔からの夢だった洋菓子店『ル・レーヴ・デ・ザンジュ』(フランス語で“天使の夢”の意味)も2年前にオープンして軌道にのっている。
三人の生活は何もかもが順風満帆だ。
「プリン限定なの?オリジナルアイスとかじゃダメなの?」
「アイスは二人の大切な思い出でしょ。うちの店の一押しはあの時のアイスだからあれは変えない」
「あの時のアイスって?」
「あの時は、あの時よ。もしかして忘れちゃったの?」
「あぁ、あの時か…… えーっと…… なんだったかなぁ?」
そこまで言って悠の顔を見る。
睨みつけるような目つきをしながらも、少し寂しそうに唇を尖らせ頬をふくらませている。
「本当に忘れちゃったの?大切な思い出のアイスなのに」
これ以上意地悪をすると本当に怒り出しかねない。
「嘘だよ。ちゃんと覚えてるよ、『ナッツ&メープル』だろ。忘れるはずがないじゃないか」
「ちゃんと覚えててくれたんだ」
僕は『当然』と言わんばかりに、得意げに頷く。
悠はホッとした表情を浮かべ話を戻す。
「アイス以外にもいろいろな商品を考えてるんだけど、プリンだけいまいち良い案が浮かばないの。そこであなたにも何か考えて貰おうと思って」
「なるほど、そういうことか。作るのは素人だけど、食べるのは専門だからね」
「そうでしょ、消費者としての意見を聞かせて欲しいの」
「任せてくれ」
とは言ってみたものの、いざ考えるとなるとなかなか思い浮かばない。
しばらく考えてなんとかひねり出す。
「なめらかプリンとか」
「ありきたりねぇ」
「北海道牛乳100%濃厚プリンとかは?」
「うーん。なんかピンとこないわね」
今までいろんな人達が試行錯誤して作り出してきたんだ、僕なんかが簡単に新しいプリンを考えられるはずなかった。
任せろと偉そうに言ったからには何か案を出さないと格好がつかない。うなり声をあげながら考え込んでいると「おしっこ」と、僕の後ろから声が聞こえた。
振り向くと夏海がダッフィーのぬいぐるみを抱いて、リビングの扉の所に立っている。
悠が席を立とうとしたのを制止して、僕が夏海をトイレに連れて行く。
夏海の手を引きながらトイレに向かう。
目を擦り眠そうにしている夏海に話しかける。
「夏海はプリン好きか?」
「うん、大好き」
つい今しがたまで眠そうにしていたのに、プリンと聞いて目を輝かせる。
「どんなプリンがいい?」
「ママのプリンが一番好き」
そういうことを聞いてるんじゃないんだけどな。
トイレに着いた。
「一人ではいれるよね?」
「うん」
そう言って一人で中に入るが、ドアは隙間を空けたままだ。
僕は中にいる夏海に話の続きをする。
「ママのプリンが一番美味しいのはわかってるけど、夏海はママにどんなプリンを作ってほしい?」
「いちごが乗ってるやつがいい」
「いちごか」
「あとクリームも」
あっさりと次々でてくるのでびっくりしてしまう。
「今度ママに作ってもらおうか」
それを聞いてうれしくなったのか勢いよくドアを開けて、『はい』と大きな返事をする。
今度は僕が夏海を寝かしつけてリビングに戻る。
「トイレに行くときに夏海と話してたんだけど、いちごとかフルーツの乗ったプリンはどう?」
「フルーツか、なるほどね」
「あと、生クリームとか」
「それって夏海の案?」
「そうだよ、夏海が食べたいプリンだって」
「いちごと生クリームの組み合わせはいいかもね」
「そうか、それはよかった」
「で?あなたの案は?」
「え?僕の?夏海が良い案を出してくれたから、それでいいんじゃないの?」
「ううん。それもいいんだけど、今回のオリジナル商品は三人で案を出し合って作りたいの」
どういうことだろう?別に三人全員で案を出さなくても売れる商品を作れればいいんじゃないんだろうか?
不思議そうな顔をしている僕に悠が説明をしてくれる。
「今、私達とても幸せじゃない?」
僕は頷く。
「あなたの仕事も、私の仕事もうまくいって、夏海も何事もなく健康にすくすく育ってくれている。この幸せがいつまでも続きますように。と願いを込めて三人で一つの商品を開発して、それを今後ずっと私達がおばあちゃん、おじいちゃんになってもお店のオリジナル商品として守っていきたいの」
「なんだか話が大きいね」
「今の幸せがいつまで続くかなんて誰にもわからない。でもどんな辛いことがあっても三人で考えたオリジナルプリンを食べて乗り越えていきたいの」
「そんな言い方するなよ。なんか今の幸せがもうすぐ終わってしまいそうじゃないか」
「そうじゃないわ、いつまでも今の気持ちを忘れないようにしましょ。ってことよ」
「わかった」
「ありがとう。じゃ夏海の意見を取り入れて、イチゴと生クリームを使いましょう」
「うん。それで悠の案はなんだい?僕は悠の案を聞いてから考えるよ」
なんだかすごいプレッシャーだ。オリジナル商品がこけたら幸せも何もあったもんじゃない。
「私は入れ物にこだわろうと思ってるの」
「入れ物?」
「うん、陶器の壺を作って、それにお店のロゴを入れたいと思ってるの」
「なるほど」
「壺型だから、スプーンですくって食べてもらう感じにするの。そうすれば夏海のイチゴと生クリームを上部にトッピングできるしね」
「なるほど」
「あなた、さっきから『なるほど』ばっかりじゃない」
「そうだっけ?」
「そうよ。壺の一番下にはカラメルソースを敷いて、その上に濃厚でなめらかなカスタードプリン、そして上部にカットしたイチゴを乗せて生クリームで蓋をする感じにするわ」
「おい、それで完成してしまってるじゃないか。僕の案の入り込む余地がない」
「このプリンになにか加えて」
無茶だ。聞いてるだけで十分美味しそうなプリンが完成してるのに、これ以上何を足せばいいんだ?変に付け加えると逆にまずくなってしまう可能性が大だ。
「難しいな」
「そんなに難しく考えなくていいわよ。何か適当に言ってみて。良さそうなら試作品作ってみるから」
その適当ってのが出てこないんじゃないか。
「何か好きなものをトッピングするイメージでもいいし、何か言ってみて」
「そうだなぁ。チョコレートとかはどうかな?」
「チョコ?カスタードプリンじゃなくて、チョコプリンにするの?」
「違う違う、チョコをトッピングというか上からかけるとか」
「生クリームの上にチョコをかけるのね。悪くないかも」
いきなり頭の中で閃光が煌めいた。
「そうだ!いいこと思いついた!」
「しー、静かにして。夏海が起きちゃうわよ」
自分の素晴らしい思いつきに、僕は思わず手を叩いて叫んでしまっていた。
「ごめん、ちょっと良い案が思い浮かんだんで興奮してしまった」
「なんなの?あなたの思いついた案って」
「イチゴだよ。イチゴにチョコレートをコーティングするんだよ。そしてそのイチゴの上から生クリームを乗せるんだよ。そうすると生クリームもチョコ生クリームとして味わえるし、チョコイチゴもカスタードと絡めてチョコ味カスタードも楽しめるんじゃないかな?」
「あなた、それいいわ。イチゴとチョコは相性バッチリだし、カスタードとの相性もいい。きっと美味しいわ」
「そうか、それはよかった。じゃ明日にでも作ってみてよ」
「今から作るわ」
「え?今から?もう12時になるし寝たいんだんけど……」
「善は急げって言うでしょ。ちょっと待ってて試作品だからすぐにできるわ」
その夜は結局2時過ぎまで付き合わされた。
その後少し調整をし一ヵ月後、専門の業者に頼んでいた壺が完成したので、商品になる形そのままに、三人で意見を出し合ったプリンを試食する日が来た。
「夏海が食べたいって言ってたイチゴと生クリームの乗ったプリンよ」
「うん」
「よかったな、ママが夏海のために作ってくれたんだよ。一緒に食べようか」
「うん」
蓋を開けると夏海の目が輝く。そしてうわーと歓声を上げる。どうやらそうとう興奮してるようだ。
「いただきます」
そう言って一気に食べ始める。途中何度も美味しいと連呼しながらあっという間に食べ終わった。
「もっと食べたい」
僕は自分の食べかけのプリンを夏海に渡す。
ありがとうと言うのと同時にもう食べ始めている。
僕は悠に話しかける。
「壺もいい感じで味が出てるし、プリンも美味しい。イチゴとチョコレート、生クリームも良いバランスだよね」
「そうね、美味しいわ。あなたの言ったとおりイチゴを賽の目にカットしたのも正解ね。イチゴのサイズがカスタードとの一体感を生み出してるわ」
「そんなに褒められると照れるな」
「イチゴは夏海が考えたんだよ」
夏海が話に割ってはいる。
「そうだね、夏海が考えてくれたんだよね」
そう言うと満足げに頷く。
「これからはこのオリジナルプリンが私達の幸せの象徴よ」
また変な言い方をする。
「幸せの象徴ってなんだよ。普通に僕達が考えたオリジナルプリンでいいじゃないか」
「そうね。ちょっと言い方が大袈裟だったわね」
「それはそうと、オリジナルプリンってのもなんだし何か名前をつけてみてはどうだろ?」
「トゥジュール・アンサンブル・プリン」
「え?なに?」
「『トゥジュール・アンサンブル・プリン』もう考えてあるわよ」
「そうなんだ、カッコいい名前だけど、ちょっと長くない?」
「いいの。これは譲れないんだから」
「なんか意味があるの?」
「特にないわ!語呂がいいから使わせてもらったの」
僕はがっくりうなだれる。
それを見て夏海が大笑いする。
それにつられて悠は涙を流して大笑いしている。
僕もとっても楽しい気分だった。
でもその悠の涙の本当の意味を、この時はまだ知るよしもなかった。