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第二回:【6月の雨】 お題「キャンディ/飴」

 僕は日の出ともに家を出る。

 未明まで残っていた雨も一応はあがったようだが、空は彩色の低い薄い雲に覆われている。

 またいつ降りだしてもおかしくない空模様だ。

 先ほどの天気予報では、昼頃までは小雨が降ったりやんだりすると言っていた。

 それでも僕は、家の前で2~30分ほどかけしっかり準備体操をし、靴の紐を結び直し走り出す。

 風は生暖かく湿度も高い。地面もまだ濡れているので少し走りにくい。

 

 5分もしないうちにしっかり汗をかきはじめる。

 気持ち悪な。でも昨日は一日中大雨で走れなかったので今日は走っておきたい。

 昨日だけではない、6月に入ってからまとまった雨の降る日が多く、まともに練習できていない。

 今日はせっかくの休日なので20キロ走をしたかった。

 僕はロングラン用のいつものコースを時計を見ながら走る。

 唯一の趣味であるマラソン。そのマラソン大会が2週間後に迫っている。

 別にこんな雨の多い時期に大会に出ることもなかったのだが、逆に『コンディションの悪い環境でどれだけ走れるか』というところに興味を持ち大会出場を決意した。

 今までのベストタイは3時間35分。特に早いわけではないが、個人の趣味としては十分の記録だと自己満足している。

 6月に入ってからの練習不足は、言いかえれば休息をしっかりとっているともいえる。

 そのためか今日はこんな天気にのわりにスタートから体が軽い。

 この気温と湿度で、無理せず走って3キロ地点で16分40秒は十分な早さだ。

 あとはこのペースをいつまで保てるかだ。


 いつも1人で走る僕は、よく退屈をする。

 20キロと言えば2時間程かかる。2時間も1人だと、変な言い方だか『暇』だ。

 だからそんな時は、いろいろ考えるようにしている。

 最近は考えないようにしようとしても、ついつい考えてしまう事柄がある。

 それは、僕に最近できた彼女の事だ。

 この世に生を受けて23年。初めてできた彼女だ。

 こう言うと変な奴に思われてしまうかもしれないが、僕はいたって普通の人間だと思っている。

 ただ他の人より少々シャイなだけなんだ。

 自己判断だけど、顔も不細工ではないし、体格もジョギングを趣味にしているくらいなので悪くない。背だって低くない。性格だって優しい方だと思う。でも女性と接するのが苦手で、今まで誰かを本気で好きになることがなかったのが原因だ。

 だからと言って女性に興味がないなんて事もない。いや、興味はしっかりあった。それに付き合いたいと思う女性もいることはいた。

 でも自分から告白なんてとても出来なかった。


 今回付き合うことが出来たのは、僕が好きになった女性が積極的だったことに誘因している。

 いつも遠くから見ているだけの彼女だった。

 学生時代にも興味を持った女性は何人かいたが、これ程まで明確に好きだと思ったことはなかった。

 そういう意味では初恋だったのかもしれない。でも僕の完全な片思いだと思っていた。

 しかし違った。彼女も僕に興味を持っていてくれたのだ。

 彼女からメモで電話番号をもらった時は信じられない気持だった。

 そういえばあの時食べたアイス。美味しかったな。

 期間限定のナッツ&メープル。あの時の味は一生忘れないだろう。

 なんだかちょっと小腹がすいてきた。

 アイスの味を思いだしたせいだけではない。もう走り出して1時間は経過している。

 距離も11キロ地点を越えた。

 相変わらず降り出しそうな空だが、スタートしてからまだ一度も降っていない。地面もほぼ乾ききっている。 

 僕はポケットの中からチョコレートを一つ取り出し口に放り込む。

 汗をよくかく季節は、水分補給はもちろんのこと、栄養補給も必要だ。

 途中何も食べずに20キロはきついので、いつもチョコレートを2~3個ポケットに忍ばせてある。


 13キロ地点で川沿いのコースに出る。

 ここから土手を4キロほど走り、橋を渡って残り3キロは市街地を抜けて家に帰る。

 13キロ通過時のタイムが1時間20分か、ちょっと遅れてきたな。

 ずっと考え事をしていた為に、時計を見る回数が減ってタイム維持ができていなかったらしい。

 まぁ今日はタイムに拘らなくてもいい。湿度も高いし無理せず楽に走ろう。

 奮発して買ったこのウェアは通気性が良くとても軽いので、汗でまとわりついて気持ち悪いなんてことはないが、この気温でこの湿度は体力を奪われる。

 大会当日も梅雨時なので雨が降ってることは十分に考えられる。

 そう考えると小雨でも降ってくれた方が良い練習になりそうだ。


 そんなことを考えていたらとうとう振り出してきた。

 僕の願いどおりの小雨だ。

 地面がまた濡れてきたので、足を滑らせないように気をつけなければ。

 大会前に怪我でもしたら目も当てられない。

 しかし小雨はすぐに少し強い雨へと変わってきた。

 強いと言ってもこれくらいなら大丈夫だけど、嫌な雨だな。

 ちょっと気を紛らすために他の事を考えよう。


 そういえばさっき彼女の事、どこまで考えていたんだっけ?

 そうそう、アイスだ。アイスと一緒に電話番号をもらったんだった。

 それから2週間、結局電話出来ずにいたんだった。

 でも女性に電話するんじゃなくて、『アイスを買いに行きたいんだ』だから店員さんに次の出店場所を聞きたいんだ。と、自分に言い聞かせることでなんとか電話できたんだ。

 あの時は緊張したなぁ。

 今までの人生の中で一番勇気を使った日じゃないだろうか。


 その日、彼女は丁度仕事が休みだったらしく、少し世間話のようなものをした記憶がある。

 舞い上がっていた僕は「はい、はい」と相槌を打つだけだった。

 その後何度かアイスを買いに行くうちに、彼女からのメールや電話が増えていった。

 そしてあの日。彼女から付き合ってほしいと言ってきたのだった。

 本来なら僕が言わなければならなかったのだが、いつまで経っても告白する勇気がもてなかった。

 僕は彼女との距離をどうしても縮めることが出来なった。

 そんな優柔不断な僕なのに、彼女は愛想をつかすどころか、逆に告白してくれたのだ。

 男として情けないとは思うが、彼女のお陰で付き合うことが出来て嬉しかった。


 実は今朝も家を出る前に『今から練習をしてきます』とメールを送ったんだった。

 朝早いメールなのにちゃんと返事をくれた。『大会まであと少しだね。無理して怪我しないようにね。頑張ってね』と、僕を気遣ってくれるようなメールだった。とても嬉しかった。こんな僕には勿体ない女性だ。

 付き合い始めて2か月になるけど、まだ何も進展していない。

 もう2ヶ月も経つし、そろそろ何かあってもいい気はする……

 今はこうして愛を感じられるだけで幸せだ。

 だけど本心はやっぱり、そろそろキスくらいは……


 ちょっと変な想像をしてしまって体が熱くなっている。

 そのせいだろうか、自然とペースが上がっている。

 時計を見るとこの1キロのラップタイムが5分15秒。早すぎる。少し落ち着こう。

 感覚でペースを1キロ6分程に落とす。

 小さく見えていた橋がだいぶ大きくなってきた。あの橋の所で土手コースも終わる。

 僕は左に曲がって橋を渡る。

 この川はとても大きいため橋も700メートルある。

 橋を渡りきれば残り3キロ。市街地を抜けて家に帰るだけだ。


 橋の向こう側に誰かがいるようだ。

 誰かがいても不思議ではないが、橋のたもとにじっと立っている。

 傘がピンク系統なので女性だろう。

 走りながら徐々に近づいて行くと、その女性のさしている傘の輪郭がはっきりとしてくる。

 あの傘は彼女の物と同じだ。

 同じと言うよりもあれは彼女自身だ。なぜこんなところに?今日は仕事のはずだ。時計を確認する。

 スタートして1時間40分程経っているので時刻としては8時前くらいだろうか?


 近づくと彼女から話しかけてきた。

「よかった。もう通りすぎちゃったかと思って、心配してたところだったの」

「どうしたのこんなところで、今日仕事でしょ?」

「うん、もう行かないといけないんだけど、これを渡したくて」

「なに?」

「走ってる時には栄養補給が必要なんでしょ?」

「うん、いつもチョコを持ってる」

「知ってる。でも今度の大会は雨が降るかもしれないんでしょ?」

「そうだね、梅雨時の大会だからね」

「そんな時期に一番ふさわしい栄養補給元を持って来たの」

「こんな雨の中わざわざ持ってきてくれたの?ありがとう。この時期にふさわしい物って何?」

 彼女は答える代わりに僕のポケットにその物を突っ込んだ。

 僕がそれを取り出そうとすると。

「ダメ、今はまだ仕舞っておいて。私が見えなくなったら食べてね」

 そう言って彼女は雨の中傘を片手に大急ぎで自転車をこいで駅に向かった。

 もっと一緒に居たいけど、仕事だから引き止めるわけにはいかない。


 僕は止めていた時計を再スタートさせ、また走り出す。

 そして走りながらポケットの中の物を取り出す。

 それは「キャンディ」だった。どうやら梅味らしい。

 確かに飴は栄養補給に向いている。

 でもなんでこの時期にもってこいなんだろう?

 飴ならシーズンを問わないと思うんだけどなぁ。

 彼女の考えてることがいまいち理解できなかったが、その梅キャンディを口に含む。

 梅の味が口いっぱいに広がる。雨の中彼女が届けてくれた飴はとても美味しい。

 

 市街地に入ると雨がやんだので、ラスト3キロは少しペースを上げて走る。

 そして自宅に着き、時計を止めると1時間55分07秒。いい感じだ。

 

 帰宅しシャワーを浴びて部屋に戻ると、携帯が光っている。

 光の色が緑というこは彼女からのメールだ。

 件名には『回答』と書いてある。

 どういうことだろう?

 『あのキャンディの意味わかりましたか?』

 やっぱり意味があったのか、さっぱりわからなかった。

 『あれは梅味のキャンディだったよね?だから梅の飴→梅の雨→梅雨→6月の雨でした♪』

 なるほどこの時期にもってこいとはこういうことだったのか。

 と言うか、これが言いたい為にわざわざ仕事前の雨の中、あそこで待っていたの?

 

 彼女の行動がおちゃめすぎて悶絶してしまいそうだ。

 

7回投稿する企画物だったので連載形式にしただけなのですが、せっかく連載形式にしたんだし。と思い直して1話完結ではなく連載することにしました。


連載にするか、全く違う物にするかでずいぶん悩みました^^;

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