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第一回:【私は愛す】 お題「アイスクリーム」

 柱の陰からこちらをうかがっている君がいる。

 君は時折前を通り過ぎる。そしてしばらくして戻ってきたり。

 また柱の陰に隠れてこちらを覗いてみたり。

 もう3時間以上この辺りをうろうろしている。

 そろそろ閉店時間、君は結局何もせず帰っていく。


 君は今日も来ているね。

 そして今日もいつもと同じように、柱の陰に隠れてこちらをうかがっている。

 ばれていないつもりなのかな?

 この地下街のスペースに、一週間限定でアイスクリーム専門店を出して今日で7日目。

 そう、今日が最終日。君は初日からずっと毎日夕方になると現れる。

 君がなぜ毎日柱の陰から覗いているかは、もうわかっているよ。

 なぜなら、私はこの棚の陰から君をずっと見ているから。

 君は私の視線には気付いていないでしょ?君が見ているのは彼女だけなんだから……

 このショップには売り子が3人いるけど、一番人気は君のお目当ての彼女。よく通る声で元気いっぱい、溢れんばかりの笑顔がなんとも言えず可愛らしい。もちろん仕事もよくできる。なのでお客さんの受けも一番良い。君が好きになるのもうなずける。

 でも君はこの一週間、陰から見るだけで一度もアイスクリームを買いに来ないね。

 彼女が気になるなら毎日買えばいいのに。

 そうすれば顔も覚えてもらえるだろうし、何回目かにはに少しくらい言葉を交わせてなにかのきっかけになったかもしれないのに。

 私は君と彼女をかげながら応援しているんだよ。

 私も彼女と出会ったのは丁度一週間前、この場所にお店を出した日のこと。

 それ以来私も彼女のことが好き。でも君の彼女を想う気持ちの好きとは違うよ。

 そして君のこともこの一週間見ていてとても気に入った。そう、君のことも好きになった。

 でももちろん恋愛感情じゃないよ。


 このお店は期間限定だから、ここが終わったらまた場所を移動して店を出すことになっている。

 次ぎは確か他県だから、今のように毎日覗きにくるなんてできないはず。それに次ぎの場所も君は知らないでしょ?

 あと一時間もすれば閉店となり、ここには二度と戻って来ない。

 だから早く買いに来て。

 そして彼女に次ぎの出店場所を聞いて。ちゃんと聞ける?心配だな。

 私も次ぎの店に行けるかどうか分からない。だから君達のことを見守ることも出来ないかもしれない。

 今後二人がどうなるのかずっと見ていたかったけど、それは叶わない。

 せめて今日ここで二人が言葉を交わし、次の場所を聞きだすのを見届けられたらそれでいい。

 だから早く来て。

 あと30分で閉店だよ。早く……


 閉店時間が刻一刻と迫る中、少し考えてみた。

 よくよく考えてみると、君は初日からずっとこちらをうかがっていたよね。

 そして初めからお目当ては彼女だった。

 そう考えてみると、ここにこのお店が出店され、彼女が売り子としてここに居ることを初めから知っていたの?

 もしかしたら前の、ううん。もっと以前から彼女のことを知っていてずっと追いかけてるの?

 じゃぁ次ぎの出店先も知ってるのかな?

「ねぇ、あの子また来てるよ」

 別の売り子が彼女に話しかけている。

 ここからだと聞き取りにくいが意識を集中して耳を傾ける。

「そうね」

 彼女が少し照れ気味に答えるのが後ろからでも分かる。

「よっぽどあなたのことが好きなのね」

「そ、そうかな…… 」

「そうに決まってるじゃない。毎回売り場が変わっても追っかけてくるなんてよっぽどだよ」

 やっぱりそうか。君は以前から彼女のことを知っていてずっと追っかけてるんだ。

 彼女もまんざらでもないような反応よね。

「あなたもあの子のこと気になってるんでしょ?あの子が買いに来た時の笑顔は特別じゃない」

「そ、そんな。特別なんて、私はただ…… 」

「ただ、何よ。照れなくていいって」

「ち、違う。ただ…… よく買いにきてくれるいいお客さんだから」

「いいお客さんって。あの子は毎回最終日に買いに来て、『次ぎのお店はどこで出すんですか?』って聞くだけじゃない」

 なるほど、そういうことか。ちゃんと聞いてるのか。

 じゃぁ今日もそろそろ聞きにくるのかな。

「ほら、そろそろ来るわよ。どうせあなたの前に立つんだから、またいつもの笑顔を見せてあげなよ」

「もう、そんなんじゃないって」

 どうやら君も覚悟を決めたようだね。こちらに向かってくる。彼女も君のことは気に入ってるようだけど、君はきっと知らないだろうね。もったいないな。

「あ、あの……」

 なによ君のその頼りない声は。もっとはっきり話しなさいよ。

「いつもありがとうございます」

 逆に彼女はしっかりした声で応える。

「え?僕のこと覚えてるんですか?」

「もちろんです。売り場が変わってもいつも来てくれてますよね。ちゃんと覚えてますよ」

 頼りない君に比べて、彼女の方がよっぽど積極的じゃない。しっかりして。

「あ、ありがとうございます。あの… 次ぎはどこで出店されるんでしょうか?」

「えっと、次ぎはちょっと遠いんですけど、○×の△△百貨店に2週間の予定です」

「そうですか… 確かに遠いですね」

 君の表情が曇る。それはそうだ。ここからじゃとても毎日通える距離じゃないよね。

「そうですね。いつも来てもらっているのに申し訳ないですけど、次の場所にはちょっと来ていただけそうもないですね」

「では、その次の場所はもう決まってますか?」

 おお!やるじゃないか。その質問は君にしては上出来ね。

「ごめんなさい。その次というのはまだ決まってないんです。いくつか候補は出ているようなのですがまだはっきりしていないようで」

「そうですか…… 」

 せっかくの君の勇気も空振りか。

「で、今日は何になさいますか」

「あ、そうですね。では、期間限定のナッツ&メープルのカップで」

「ありがとうございます」

 そう言って彼女がこちらを向く。

 そして私の隠れている棚の扉を開ける。

 私の目の前にあるキャラメルやストロベリーを掻き分け私に手を伸ばす。

 彼女のきめ細やかなやわらかい指が私を包み込む。

 そしてレジ横の台に私を置いて、メモに何か走り書きをしてそのメモと一緒に私を袋に入れる。

「380円になります」

「あ、袋は要りません」

 彼女は小さく首を振り小声で、「今日はこれで…… 」と言っている。

 君は黙って頷き私を受け取る。

「ありがとうございました」

 私は君に地下街の休憩スペースに設けられたベンチまで連れていかれる。

 君は袋から私を取り出そうとして、一枚のメモが入ってるのに気付く。

 そしてそのメモを見た君の顔が驚きから笑みに変わる。

 メモを私の傍らに置き、携帯を取り出そうとしている。

 私は横目でチラリとメモを確認する。

『出店先が決まったら教えたいので、私の携帯番号を書いておきます。090-98○×-○×△□』

 なるほど、やっぱり彼女の方が積極的だね。

 君は大急ぎで携帯に番号を登録して、メモを大事に財布に仕舞った。

 そうしてから、やっと私の蓋を開けた。


 今後二人がどうなるか見届けることはできないけど、きっと上手くよね。頑張ってね。


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