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女子高生吸血恋愛事情以下略。  作者: 理祭
人を愛すべからず
14/26

  ◆


 やっと電話が繋がったと思ったら、呼び出し音の一回目が終わる前にそれは途絶えてしまった。

 切られた。

 電源が入っていないのは、もしかしたら電波が入らないところに逃げ込んでいるからかもしれないと思っていたけれど、今のは明らかにそうじゃない。

 私から電話がきたのをわかった上で、切ったのだ。

 護如きが。私からの電話を。

 髪の毛が逆立つかと思った。そこまではいかなくとも、実際よほどひどい形相になっていたのだろう。バックミラー越しにこちらを見る不二が、そっと目線を外すのが視界の端にひっかかる。


「いかがいたしますか。さすがに、距離があっては感じ取ることも難しくなりますが」

「……とりあえず、街中を流して。逃げるつもりがないなら、護がいるのは街だと思う。人中じゃ藤原だって無茶なことはできないから」

「かしこまりました」


 不二が車を出す。わずかな振動が身体を揺らすのを感じながら、私は苛々と頭を振った。

 護が何を考えているのか理解できない。何をしようというのかはわかりきっている。

 戦おうというのだ。吸血鬼相手に。

 馬鹿じゃないのか。いや、馬鹿なのだ。そんなことは周知のことだ。だからあいつは――大馬鹿だ。

 吸血鬼と人間の争いなんて、大人と子どもだ。護相手なら、どんなスポーツだろうが殴りあいだろうが、私だって完勝できる自信があった。女より男の方が筋力その他の身体能力に長けているのは吸血鬼だって同じだから、藤原となんか、相手にもなりはしない。

 あいつは物語の主人公にでもなったつもりなのか。

 自分のことを特別だとでも思っているのだろうか。そんなわけ、あるはずないのに。

 こんなことなら、もっと自分の分というものを知らしめておけばよかった。肋骨の一本や二本、折ってみせてでも――自分が相当に過激なことを考えていることに気づいて、息を吐く。

 いつも護が座る、車の後部座席がぽっかりと空いている。そのことを意識する自分を呪いたくなって、私は八つ当たりに座席シートを殴りつけた。

 どん、と小さくない音が響いた。


「……吹那様」

「ごめんなさい」


 せめて言葉だけでも、冷静に謝意を告げる。

 運転しながら、不二がこちらをちらちらと窺っているのがわかる。煩わしさをおぼえて、私は言った。


「大丈夫よ」


 ――いったい、何が大丈夫なのか。

 私は大丈夫だ。

 問題なのは護の方だ。いや、本当にそうなのだろうか。

 そもそもが、どうして私がこんな風に苛々としなければならない。たかが人間のことで。別に私の“タンク”というわけでもない。あるはずない。

 なら――宇多飼護は、私にとってなんなのか。

 脳裏に馬鹿面が浮かび上がる。そういえば、出会ったのはもう一月近く前になることを不意に思い出した。初めての出会いや、その時にお尻に受けた不快感。ふざけた謝罪に、匂いのきつい湿布薬の香りまでを思い出して、最後に嬉しそうな表情が強く頭に残る。

 窓ガラスに映る自分の口元がゆるんでいるのに気づいて、私は鏡の向こうの自分を親の仇のようににらみつけた。

 ふざけるな、と呪詛のように吐き出す。ふざけるな。そんなこと、あるわけない。あんなヤツのことを、あんなヤツと一緒にいることを、私が心地よく思っているなんて、そんなことあるはずない。あってはいけない。

 ぐにゃりとガラスの自分の口元が歪んだ。醜悪な笑みが浮かんでいる。

 なら、どうして護を探しているの。

 探し出してどうするというの。

 あの吸血鬼に何を言うの。

 ――とるな、って?

 ……うるさい。

 ――それは私のだ、って?


「うるさい」


 声に出た。気づいた不二がちらりとこちらを見て、何も言ってこない。取り繕う余裕もなく、目の前の自分自身をにらみつけた。

 ――そいつは私の恋人だから、だなんて言えたなら。恋物語にもなるのにね?

 ずきん、と頭が痛んだ。

 知恵熱でも出たかのようだ。喉が渇き、呼吸が荒い。意識が狭窄し、一方で鋭敏化するのを私は感じた。気遣わしげに忍ばせる、不二の吐く息までもがすぐ側に聞き取れる。鳥肌が立った。今の私は、とても敏感だ。

 ガラスの向こうから、せせら笑うような声が響いている。いや、その声は自分のなかからのものだ。ガラスになんか、最初から誰もいない。そこに映っているのは私だった。

 そんな当たり前のことに胸を突かれて、言葉を失う。

 ――ねえ。私は、いったい何をしたいのかしら。

 自分自身の声に、もはや私は声もなく、一人思考の迷宮へと落ち込んでいく。


 

  ◇


 その男は、悠然と僕の前に姿を現した。

 長身、長髪。中性的な整った顔立ちに、どことなく洗練された嫌味な態度。

 ゆっくりとこちらへ向かってくるそいつへ、僕は臆することなく視線を返す。

 ふと、相手の視線が上向いた。すぐにこちらへと戻す表情、絵に描いたようなハンサム顔に少しだけ戸惑いの気配があることに内心でほくそ笑んだ。


「――こんにちは」


 男が言った。舞台俳優のような動作で小首をかしげる。


「……この場所に君が立っているってことには、なにか理由があるのかな」

「当たり前だろ」


 きっぱりと言い放ち、僕は後ろの看板をあごでしゃくる。

 街ビルの中階を借りきって経営される総合アミューズメントフロア。ゲームセンターやカラオケなんかまで併設されて、大変にやかましいその一角で、僕は厳かに決闘の開始を宣言した。


「さあ、勝負だ。まずは軽くボーリングからいってみようか」


 遊技場のなかで、かこーんと誰かがストライクを取った音がした。



 三十分後。


「お、おのれ……まさかダブルスコアで敗れるとは」

「僕もあんまり得意な方じゃないんだけどね。あんまり真ん中ばかり狙わないで、少し右めにずらした方がいいんじゃないかな。スプリットが多すぎてもったいないよ」

「うるさい! 一番重い球を軽々放っといて小手先なこと言ってんじゃないよ! 次だ、次! ビリヤードなら、腕力があればいいってもんじゃないんだからな!」



 三十分後。


「ラン・アウト、だと……?」

「さすがにプロみたいに連続とはいかないね。もう一戦、いくかい?」

「ふ、ふはは……ついに僕の実力をみせるときが来たか」

「へえ?」

「次、卓球だ! 中学卓球部の実力を見せてやる!」



 二十分後。


「そんな……僕のドライブが通用しない!? 体育の授業で初心者相手に猛威を振るい、KY卓球王の称号まで得たという恥の歴史を持つ僕なのに!」

「本当に恥ずかしいよね、それ。まあ、回転が見えればあわせるくらい簡単だしね。でもドライブっていうのも面白そうだなあ。次、僕もやってみようかな」


 その十分後。


「ギャー」



 それからも勝負は続いた。

 ダーツでダブルブルを三連続インされて我が目を疑い、エアホッケーでは打たれたパックのあまりのスピードに本気で身動き一つ出来なかった。

 これはまずいと格闘ゲームで対戦することにしたら見てから昇竜を決められ、UFOキャッチーでは三回にわけて小刻みに位置を調整した景品をあっさり横から奪われてしまう。

 通算成績0勝オール完封という記録が更新されていくのとともに時間が過ぎていき。

 決闘開始から、かれこれ三時間がたとうとしていた。



「そろそろ、いいんじゃないかな」


 精も根も尽き果て、地面にがっくりとうなだれる僕に向かって、涼しげな顔で吸血鬼が言った。


「これ以上はお金の無駄だと思うよ。時間も時間だしね」

「う、うるさい……」


 答える声にもさすがに力が入らない。

 三時間を越える各種ゲーム勝負は、想像以上に体力的な辛さがあった。

 一方の相手はまるでなにもなかったかのように汗一つかいていない。どんだけ体力馬鹿なんだ、こいつ。


「あまり帰りが遅くなると、君の親御さんも心配するよ。明日も平日なんだから」

「うるさいっ。今日、決着をつけるって言っただろ。まだまだっ」

「決着なら、もう何度もついてると思うんだけどな」


 困ったように肩をすくめ、


「まあ、君がいいならいいけどね。でも、僕も少し疲れたよ。次の勝負は、できれば休みながらできるやつがいいかな」


 なんだ、平気な顔して疲れてるんじゃないか。

 とはいえ身体を休められるというのは僕にとっても願ったりだった。フロアを見回し、見つけたその先を指差して言う。


「じゃあ、カラオケでどうだっ。採点ゲームで勝負っ」

「あんまりうるさいのは好きじゃないんだけど……。まあ、休めるならそれでいいよ」


 男は微苦笑を浮かべて頷いた。

 店員さんにかけあって部屋を用意してもらい、すぐに案内される。

 疲労に足をひきずりながら、僕はこの勝負に胸に(今度こそという)勝算を持っていた。

 こう見えて歌にはちょっと自信がある。

 今までの展開を考えれば、目の前の相手もそれなりに歌えてしまう可能性もあるけれど、そこはそれ。採点する相手はしょせん、機械だ。

 プロの歌手が自分の持ち歌を歌ったら、ひどい採点をされてしまった。カラオケ採点っていうのにはそういう噂がつきものだ。

 だから、僕にだって勝機はある!

 なんとなく、手段と目的が入れ替わってしまっているような気がしたけど、あえて深く考えずに部屋に入り、さっそく入力機器に十八番のナンバーを入れる。

 僕がそれに気づいたのは、魂のこもった熱唱を終えて、採点機械が八六点というなんとも微妙な点数を表示し、どや顔で相手を見たときだった。

 男は自分の歌を入れる気配もなく、部屋の入り口近くに座って頬杖をついている。

 薄暗い室内で、その表情まではあまり見えなかったけれども、その口元が笑みの形になっているのがわかった。

 そう――薄暗い、室内。

 カラオケ。つまり個室。音が漏れないよう、防音つきの。暗い室内。

 見えない。聞こえない。そんな空間。

 都市に存在するその密室に二人きりでいるという、その事実に。

 入力器をとらず、もちろんマイクにも手を伸ばさず。男が立ち上がった。


「さあ。それじゃ――もうそろそろ、いいよね?」


 審判を下す口調で、吸血鬼が言った。その開かれた口の奥に、鋭すぎる犬歯が伸びているのを僕ははっきりと見た。



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