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◆
昼休み、ポケットの携帯が震えたのとほとんど同時、私はそれを手に取っていた。
最近この時間にメールが送られてくることが多いから、すっかり反射的に手が伸びるようになってしまっている。だからといってもちろん、心待ちにしているわけではなかった。
メールの内容はいつも似たようなものだ。どうでもいい話題に、使い古された文句。一度、顔文字で埋め尽くされた文章が来たときには、返事もせずにそのまま削除してしまったが、どうやらあんな頭でも反省や学習という概念だけはもちあわせているらしい。それからはそうしたふざけたメールが送られてきたことはない。
題名に『申し開き』。添付データつきの本文を開くと、大勢にとりかこまれて床に正座している護が、昔のテレビCMに出ていたチワワみたいな目でこちらを見つめている。本文はやたら堅い文体で綴られていた。
『残暑凌ぎ難き候、いかがお過ごしでしょうか。私は現在、深刻な事態に陥っております。心を廃墟と化した鉄筋密林の獣どもがいかな弁明も聞き入れようとせず、まさに命は弾劾の絶壁の灯火。どうか救いの一助を頂きたく、この度は筆をとった次第でございますれば――』
これ以上読む必要はないと判断して、私はメールを削除した。
「最近、よくお昼にメール来てるね。なあに、もしかして彼氏?」
友人がにんまりと口元を吊り上げるのに、慌てず騒がず、肩をすくめて答えた。
「迷惑メール。なんか最近、多くて」
「あ、そうなんだ。アドレス変えてみたら?」
「そうね……」
本気でそうしたほうがいいかもしれない。存在するエネルギーは全て有限で、世の中に無限なものなど何一つとしてありはしないのだ。都心の空を無数に駆け巡る電波が一つ減るのなら、そうした行いから始めるのがエコロジーというものだろう。
「そういえばさ。吹那、今朝って車だった?」
「ん? ええ、そうだけど」
「誰か一緒に乗ってなかった? 一瞬、見かけたと思うんだけど」
吸血鬼というのは無駄に鋭敏な感覚を持っているから、こういう時に厄介だ。私達の動体視力なら、プロ野球選手が投げる豪速球に書かれた文字でも簡単に読めてしまう。
「そう? 幽霊でも見たんじゃない?」
「朝っぱらから幽霊? こわー」
「生霊だったんじゃないの。タンクの誰かのさ」
「青ざめてたのは血を吸われた直後だったから? ありえるっ」
無邪気に笑いあう友人同士の会話を、私は少々複雑な思いで聞き流した。
彼女達のやりとりは客観的に見れば物騒なものなのだろうが、この環境に限って言えば全く日常的なものだった。ここは日本全国から吸血鬼の子女が集まる学校で、恐らくもっとも自由に私たちの存在が許された箱庭でもある。
昼休みの教室、なんていうとよくうるさいほど賑やかしい印象があるが。もちろん他の学校のそれを経験したことがあるわけではないし、漫画とかドラマ、さっき誰かから来たメールを見る限り恐らくその感想は正しいのだろうと思うのだが、私達の教室は決してそんなことはない。基本的に全員が音量は控えめで、笑うのもくすくすと上品に留まっている。それは別に、育ちの良さが関係しているというわけではない。
確かにこの学校に通う生徒は、いわゆる中流以上の家庭が多いが、それは二義的なものだ。教室内が静かな理由はさきほども言った、私達の感覚に由来する。誰もが耳がいいからうるさいのが好まれないのだ。それだけの話だ。
それなのに、人間達はこの学校のことを「楚々とした良家の子女が通う花園」だなどと評しているらしい。まったく、知らぬが花とはこのことだろう。
本当に、そうだ。自分達が血液保管のための“タンク”扱いされていることを知って、気分を害さない人間はいないはずだ。
……胸になにかがつかえていた。お母さんが用意してくれたお弁当はまだ半分近く残っている。せっかく作ってくれたものを残すのは心苦しいけど、それ以上胃の中に収められる気がしなくて、私はお弁当箱の蓋を閉じた。
「あれ、吹那。もうおしまい?」
「うん。ちょっと、食欲ない」
「……顔色悪いよ? ちゃんと血、飲んでる?」
心配そうに覗き込んでくる友達を安心させようと笑いかけて、ふと視線を感じる。
教室の扉に男子生徒が立っていた。高い身長、中性的な顔立ち。室内履きのラインの色で、相手が同学年ではないとわかる。
「あれ、誰だろ」
「なんかこっち見てるね。二年生?」
私は席を立った。
「ごめん。ちょっと、いってくる」
◇
メールが返ってこない。
そりゃそうだ。あんな意味不明な文章、しかもまさにイジメの現場写真つきで送られて、いったい彼女はどう思っただろう――なんとなく、眉一つ動かさずに削除された気がする。
最悪だ。メールを送ったのは本意ではなくて、携帯を強奪した男子連中の悪戯、もとい嫌がらせだったのだけど、それにしたってちょっと度を越している。
怒りに任せて暴れ狂う気力も出ず、机の上に放置された携帯電話を呆けたように見る僕に、さすがにまずいことをしたと思ったのか、右手を出した啓吾が気まずそうに言った。
「飴ちゃん、食うか?」
「いるかバカ死ねよ!」
差し出された手のひらをはたいて、そのまま右フックを繰り出す。運動神経だけはいい啓吾はあっさりそれをスウェイでかわし、爽やかに笑った。
「まあ、あれだ。――おかえり。護」
「勝手にホームドラマみたいな展開にすんな! なんなんだよほんとに!」
あああああ、と頭を抱える。
今までの経験上、返事が来ないのは最悪の感想を抱かれたからに違いなかった。あれで生真面目な性格な彼女は、大抵のメールには返事をしてくれるのだ。それに、必ず自分から送って終わらないと気が済まないのか、やりとりは向こうからの返信でいつも終わる。文章の端々からうかがえる「早く終われ」という露骨な雰囲気を感じ取りながら、なんとか次の話題を探して続きのメールを送るのは、ちょっとしたスリルある楽しみでもあった。――どう考えてまともな男女交友じゃないけれども。
それすらないということは、いまごろ僕のメールは完全消去の憂き目にあっているのだろう。いや、あんなどう見てもイジメとしか思えない写真、消してもらわないとこっちが困るんだけどね。
小動物みたいな可憐な瞳を受けて、彼女はいったいどう思ったのだろう。想像のなかで、彼女の感想どころか呟いた台詞まで生々しく思い描けるようだった。
「――汚物ね」
ああ、なんだか逆に変な趣味に目覚めてしまいそうだ。
「……まあ、ちょっと悪ノリしたとは思ってる。反省してるよ、スマン」
「もういいよ。ほっとけ。どっかいけ」
「いや、そう落ち込むなって。あんなメール、冗談だと受け取ってくれるって」
お前に彼女のなにがわかる。
そういう台詞は、あの極寒の眼差しに十秒でもいいからさらされて耐えてから言いやがれ馬鹿野郎。
「いやいやマジで。だって、なんかよくわからんが、わざわざ車でお見送りされてるんだろ。普通、そんなことしねえだろ。常識的に考えて」
「常識じゃないんだよ、彼女は」
だって、彼女は吸血鬼だから。
◆
「やあ、こんにちは。お昼はもうすんだ?」
「たった今すみました。何かご用でしょうか、先輩」
皮肉を込めた物言いに、相手はまるで堪えたふうもなく微笑んだ。安っぽい恋愛ドラマにでてきそうなうすっぺらい笑顔。どこかの誰かの見せる暑苦しい笑顔も嫌いだが、それと同じくらいに気に食わない。いや、相手を馬鹿にしたような性根が見透けていないだけ、護のほうがまだマシかもしれなかった。
「うん。ちょっと話でもと思って。こないだは、あんまり話せなかったじゃない?」
先週末の記憶が蘇る。その若い吸血鬼の男は、嫌味のない口調で言った。
「別に、私には先輩とお話することはありませんけど」
「つれないなぁ。でも、こっちには色々と聞きたいことがあるんだよ。こないだ一緒にいた彼のこととかさ」
思いっきり冷ややかな目線を作っても、相手はそよ風を受けたように顔色一つ変えない。
小さく息を吐き出して、私は言った。
「……わかりました」
「よかった。それじゃあ、お茶くらい奢ろうか。下に行こう」
教室から友人達が心配そうな顔を向けてくれているのに、大丈夫と小さく頷いてみせて、先を歩く男の後を追う。
こうした事態が訪れるのではないかとは思っていた。相手が同じ学校にいるだろうことを考えれば、それは避けられないことだった。
私としては、むしろ昨日のうちに来なかった理由を考えてしまう。それなりに生徒数がいるから探しきれなかっただけか。いや、探そうと思えば一日かかって探せないはずがない。なんとなくか、それともなにか理由があるのか。
「校舎裏にいこうってんじゃないから、別にそんなに緊張しないでもいいよ」
背中を向けて歩きながらの台詞。かすかに漏れた呼吸音を拾い上げる程度の聴覚は私達にとって驚くべきことではないから、私はせいぜい聞き取りやすく鼻で笑ってみせた。
「ご心配なく。人のいないところに連れていかれたら、遠慮なく悲鳴をあげます」
ちらりと肩越しに振り返った視線が、好奇の色を湛えている。
「面白いね、君」
「よく言われます」
「そうなんだ。見る目あるね、みんな」
「どうでしょう。その度に眼科の受診をすすめていますが」
「見えすぎて眼医者が困っちゃうだろうね」
都市での生活に優れた視覚というのがあまり不必要なのは確かだ。頭痛持ちの吸血鬼の数が少なくないのも、そのことが関係していないわけではない。偏頭痛と現代吸血鬼は切っても切れない仲にある。
昼休みが中ほどまで進んで、一階の購買部にはほとんど人が残っていなかった。自動販売機で適当に飲み物を買ってから、中庭のベンチへと移動する。差し出された両手に紅茶と烏龍茶のカップがそれぞれ握られていた。
「けっこうです」
「そんなこと言わないでよ、もう買っちゃったんだし」
「……いただきます」
受け取るかわり、手のひらに硬貨を押しつけると、相手の顔に苦笑が浮かんだ。
「真面目だね。見た目どおりで、噂どおりだ」
わずかに眉が動くのを抑えられない。
やはり、昨日やってこなかったことには意味があったのだ。
「街で見かけただけの学校の後輩を詮索するなんて、あまりいい趣味じゃないですね」
「興味があったからね。ちょっと聞いただけだよ、気を悪くしたならごめん」
「……話というのは? できればはやくすませてもらいたいです」
「うん、わかった。神螺さんってさ、処女なの?」
一瞬、思考が止まった。
突然の言葉に、思わず自分の耳がおかしくなったのかとそちらを疑ってしまう。
相手は微笑でこちらを見つめている。まるで自分が悪いことを言ったことがないとでもいう態度だった。
「……質問の意味がわからないのですが」
感情を押し殺して告げると、相手はきょとんとまばたきをして、ああ、と頷いた。
「ごめん、紛らわしい言い方だったかな。君、もしかして血を吸ったこと、ない?」
ぎくりとした。
いくら吸血鬼でも、離れた場所から心臓の鼓動音を聞き取るような真似はできない。けれど、動揺が相手に聞こえてしまいそうに思えて、私はつとめて落ち着くよう脳に命令を下した。
「――もちろん、あります。そんなことを聞くために私を呼んだんですか?」
「あれ、そうなんだ。それじゃ、どうしてこのあいだの彼は吸われてなかったんだろ」
私は答えに窮した。
「……それが何か、先輩に関係が?」
「うん、だからただの興味だよ。何か理由があるのかなって」
「別に。何もありません」
「つまり、彼はただのお友達って、そういうこと?」
「知り合いです。――ただの」
くすりと男は笑った。
「でも、普通は買い物にいくような関係、友達っていうんじゃないかな」
「世の中には荷物持ちや送り迎えのために呼び出される奇特な男の人もいると聞いたことがありますけど」
「でも、そういう人達は送り迎えまではしてもらえないでしょ」
やはり、知っている。
いつだろう。もう護の学校をつきとめたとはさすがに思えないが、あの考えなしが自分から白状している可能性は否定できない。それか、今朝見られたのかも。やはり、護から送るべきだった――でもそうしたら役番に遅れてしまっていたのは確実だったのだ。
せめて護が学校近くで顔を隠してくれていたら。何度呼びかけても応答がなかった今朝を思い出し、ムカムカする。信じられない。普通、寝るか? 吸血鬼の車で。
「そうなんですか? 私はそうは思いませんけど。勘違いされても困ります」
答えながら。正直に言ってしまえば、そのことについて一切の不安がないわけではなかった。
だって、あいつは馬鹿だから。
◇
飽きもしないで啓吾のフォローが続いていた。
まったく、くだらない。今になって自分がやった行為がいかに悪辣非道かわかったのかもしれないけど、そんなので騙されるほど僕だってお人よしじゃない。適当としか思えない数々の言葉を受けて、僕はきっぱりと口を開き、
「だよな! 普通、お見送りなんてしてくれないよなっ」
満面の笑みでうなずいた。
「そうそう。どう考えても脈ありだろ」
「だよな! 会う度にゴミ虫を見るような眼で見下ろされるのも、きっと愛情表現の一種だよなっ」
「そ、そうそう。ツンデレちゃんなんだよ。……かなりハードル高めの」
「ツンデレ! そっか、彼女はツンデレだったのか。あれ、でも今まで一度もデレてくれたことないような」
「……えーと、あれだあれ。――バカ、真のツンデレがそう簡単にデレてたまるかよっ。男なら、無限に続く急勾配の坂道にこそ心躍らせてなんぼだろうが!」
「なるほど! 啓吾はいいこと言うなあ」
さっきまでの欝な気分はどこへやら、すっかり心は天気晴れ。
啓吾の言うとおりだ。いくら彼女が色んな意味で特殊な人でも、嫌いな人間を車で見送ってくれたりなんかするはずがない。少なくとも、同じ空気を吸ってもいいくらいには存在を許されているはずなのだ。つまり大勝利だ。
「勝利条件の設定に疑問が残るな」
「え、なにか言った?」
「……勝ったと思ったやつが勝者だ。うん、誰かそんなこと言ってた気がする。確か小学の同級だった田淵だったかな」
「田淵くん、小学生にして人生を悟りきってるね」
「ちょっとからかっただけなのに、泣きながら言ってたなあ。いまごろ、どうしてるんだか」
「なんとなく、どうせ啓吾がいじめてたんだろうし、そのお前が言っていい台詞かなと思わなくもないけど、気にしないでおくよ」
田淵くんに健やかな高校生活が訪れていることをお祈りするとして、問題は彼女だ。
「なんだか今すぐ声が聞きたくなってきた。ちょっと電話してくる!」
「いややめとけマジで。わりとマジで。放課後、また会えるんだろ。たまに引いてみるのもテクニックって言ってたぞ。綱引きのプロが」
「さすがプロ。恋愛もマスター級!」
「そうだとも。だから、今はやめとけ。……を渡されるのは後のほうがいい」
最後の台詞はよく聞こえなかった。――印籠? 確かに、黄門様がそれを持ち出す時間帯は決まって後半だ。なるほど、クライマックスまでとっておけということか。
「わかった。それにしても意外だよ、啓吾がアドバイスなんてさ」
さっきやったことへの罪滅ぼしっていうのがもちろんあるんだろうけど。
基本的に悪い人間ではないけれど、決して人間が出来ているわけではないから、からかうだけからかってあとは「フラれろ!」の捨て台詞で終わると思ってたのに。少し見直して僕が言うと、啓吾は至極まっとうな表情で、
「いや、そんなことはないぞ。考えてみたんだが、俺が間違ってた。護にはぜひその女の子と仲良くなってもらいたい」
まるで人が変わったようなことを言う。できればメールを送る前に改心してもらいたかったが、友人の心変わりの瞬間を目撃して感動していると、啓吾はにっこりと笑った。
欲望にまみれた、実にいい笑顔だった。
「だから、ほんの一瞬でもいいからその子と仲良くなって、お前が確定的にフラれるそのわずかなあいだになんとしても俺に誰かいい子を紹介してくれよな」
無言で繰り出した右ストレートは、あっさり手のひらで受け止められた。
◆
きっぱりと言い切った私を見て、男は口元の微笑を強めた。
「そっか。うん、そうかもね」
でも、と続ける。はじめてその表情に笑み以外のものがまざった。からかうような悪意。
「そうなると、彼はフリーってことになるのかな」
もちろんその台詞は、彼氏彼女とかいうことでの意味合いではない。私はわずかに表情を固くして、
「彼は、私の知り合いです」
「ただの知り合いなんでしょ?」
「それでも知り合いには変わりありません」
自分でも、それが言い分として弱いことはわかっていた。案の定、男は表情を喜悦にちらつかせて、言ってくる。
「それじゃ他人を止める理由にはならないよね。別に彼は君に印をつけられてるわけじゃないんだから」
印。つまり、血を吸われたという証拠。
現代社会を生きる吸血鬼相手に示される得血ガイドラインでは、人間相手の得血行為について様々な制限が課されている。吸血量や頻度、人を死に至らしめないための守るべき制約。その中の一つに、先着手の優位というのがある。
得血、いや、吸血行為を受けた人間に対しては、以降の得血行為は原則としてそれをした吸血鬼本人以外はしてはならないということ。意図しない連続した失血からの事故死を防ぐためのものだ。
ようするに唾をつけたもの勝ち。そういうことだ。
男は今、それについて言っていた。
「君にその気がないのなら、僕がしてしまってもかまわないかな」
「……ずいぶん変わった趣味ですね。相手に困っているようには見えませんが」
「そりゃあ、他にも血をくれる相手ならいるけどね」
男の台詞に、私は汚いものを見るように顔を歪めた。
得血行為というのは吸血鬼にとって生きるために必要なものだ。そして、吸血行為というのは、それとは異なる意味を持った、性愛行為に似た意味合いを持つようになった。
だからこそ、それは隠し、また尊ぶべきものだと言われている。
吸血行為をする相手は一人が望ましい。結婚すれば夫婦同士ですることになるし、結婚以前でもそう相手をほいほい変えるべきではない。まずその行為そのものについて誰彼かまわず口にするべきではなかった。恋愛対象にならない人間が相手でもそれは一緒だ。相手が問題ではなくて、それは吸血鬼自身の節度の問題だった。
「真面目だなあ。いまどき流行らないよ? そういうの」
唾棄すべき男の態度が、しかし決して珍しいものではないことも確かだ。
最近、若い吸血鬼のモラルの低下が叫ばれている。決まった相手をつくらず、あるいは相手がいるにも関わらず、無節操に吸血行為を繰り返す。品の悪さをまるで悪いと思わない。いや、品が悪いとさえ思わない、低俗な連中。目の前に立っているのもその一人であるようだった。
「先輩がどこでどんな行為に及ばれようが、勝手ですが。そういうのは私の関わりのないところでやってくれませんか」
「それは難しいな。だって、僕も彼にはもう関わっちゃったしね。もちろん、制約にはきちんと気をつけるけど、それ以外でとやかく言われるつもりはないかな」
ぎり、と奥歯を噛み締める。言い返す言葉を探しているうちに、予備鈴が鳴った。
「今日は時間をとらせちゃってごめんね、わざわざありがとう。それじゃあね、神螺さん」
楽しげな声を残して男は去った。
負け惜しみの一言さえその背中に放てず、私はただ黙ってその後ろ姿を見送った。