プロローグ
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人ごみの中、颯爽と現れたその姿に僕は一瞬で心を奪われた。
今時珍しいくらいの、真っ黒で長い髪。すらりとした長身にしなやかに伸びた手足。頭を飾ったカチューシャとワンピースはどちらも白色で、透き通るような肌の白さも加わってまるで彼女だけが違う世界の住人のように周囲から隔絶されていた。卵形の頭部。それに細い鼻梁から小鼻までが形良くまとまっていて、その下の唇はこころもち薄い。
そして、目。これが一番印象的だった。
真っ直ぐ、はっきりと描かれた眉。切れ長に伸びた二重の瞳。長い睫毛。そんなパーツパーツの説明はこの際どうでもいい。そう思えるくらい、注目するべき箇所はその目力にこそあった。
彼女はひどく目つきが悪かった。
険しく、なにか目の前に難敵が立ちふさがっているかのような、でももちろん彼女の目の前にはそんな猛者の存在はなかったので、これは彼女の今の心情を表しているのか、あるいはデフォルトでこうなのだろう。険のある美人。一言で言えばそうなる。
ただ、それでいて、その険しさは彼女の良さを帳消しにしてしまってはいないのだった。そう思えた。美人は徳、というやつかもしれないけど、もしかするとその目つき、その表情こそが彼女の魅力なのではないか――と言うのは、我ながら無茶な理屈すぎる気もしたけれども。
ともかく、美人だ。
年齢は上のように見えるけど、同じくらいかもしれない。今時の子なら、もしかしたら自分より下ってこともあるのかも。でも、まさか中学生だなんて思いたくはなかった。
顔の作りに加えて、シックなワンピースを着ているのも、全体としての大人びた印象の要因になっているのだろう。片手にはミニバッグを提げていて、それはクラスの女の子たちの間でもよく話題にあがる、大胆に原色を使うこととシンプルなデザインが特徴の有名ブランドのものだったけれど、普通は持てば幼く見えるはずのそれさえも浮つくことなく、ワンポイントとして逆に上手く溶け込んでしまっていた。
芸能人かなにかだろうか――十代男子として、それなりにテレビも見れば異性への興味だってあったから、友達と「お前、誰派?」なんてやりとりだってするけれど、しかし少なくとも僕が知る限り、彼女のような歌手、あるいは若い女優がテレビに出ているのは見たことがなかった。いやもちろん、美人が全て芸能人になるというわけではないだろうし、もしかすると歌手の卵とか露出の低いモデルさんとかだって可能性もある。
その彼女が、僕を見た。
さきほどまでの感想をいっぺんに上書きにして消し飛ばしてしまう、強烈な納得感。彼女の険しい目つき、それをもっと上手く表現する言葉を僕は思いついていた。
彼女はまるで、世界を相手に怒っているようだった。