第6話:利息は甘い蜜の味、投資家の真骨頂
帝都の朝は、かつてステラが過ごしていた王国のそれとは、空気の密度からして違っていた。
窓の外には、魔力灯によって効率的に整備された美しい街並みが広がり、活気ある市民たちの声が微かに届く。ステラはこの数日間、レオンハルトから与えられた「離宮」の一つを、自分専用の「魔力運用室」へと改造して過ごしていた。
「……ふぅ。これで第ニ区画の魔力導線の最適化は完了ね」
ステラが空中に浮かぶ半透明の数式を指先で弾くと、帝都の地下に張り巡らされた魔力の流れが、より滑らかに、そして力強く脈打ち始めた。
彼女が王国から回収した膨大な魔力は、今や帝国全体のインフラを支える巨大な資本へと姿を変えている。ステラはただ魔力を持っているだけではない。その膨大なエネルギーを「どこに、どれだけ、どう流せば最も効率的か」を瞬時に判断できる、世界で唯一の魔力投資家だった。
コンコン、という、今や聞き慣れたリズムのノックが響く。
「入るぞ、ステラ。……あまり根を詰めすぎるなと言ったはずだが」
現れたのは、帝国の支配者レオンハルトだ。彼は執務服のままで、手にはステラのために用意させた最高級の茶葉が入った缶を持っていた。
「レオンハルト様。お忙しいのに、わざわざありがとうございます。でも、これは私の楽しみでもありますから。投資した分が目に見えて『利益』として街を潤していくのを見るのは、とても気分がいいものですわ」
ステラが微笑むと、レオンハルトは複雑そうな表情で彼女の隣に腰を下ろした。
「お前のその『利益』のおかげで、我が国の冬の配給問題は一気に解決した。……だが、その分、お前の価値に気づいた守旧派の貴族たちがうるさくてかなわん。今夜の晩餐会、本当に出るつもりか?」
今夜、帝都ではステラの「帝国への公式な帰化」と、新たな「国家筆頭魔力運用官」への就任を祝う晩餐会が予定されていた。そこには、ステラを「ただの幸運な女」だと侮る保守的な貴族たちも多数出席する。
「ええ。私がどれほどの『資産』を持っているか、彼らのその節穴に直接見せてあげないといけませんもの。レオンハルト様の隣に立つのが私で相応しいと、納得させて差し上げます」
ステラの強い瞳に、レオンハルトは小さくため息をつき、それから愛おしそうに彼女の頬を指先でなぞった。
「……お前は本当に強いな。だが、無理はするな。もし不敬な輩がいれば、私がその場で首を撥ねても構わないのだぞ」
「もう、物騒なことはおっしゃらないでください。それは『投資効率』が悪すぎますわ」
二人の間に流れる空気は、主従でも、単なるビジネスパートナーでもない、甘く熱を帯びたものへと変わりつつあった。
一方、同刻。帝国軍の偵察兵が、レオンハルトにある「妙な報告」を届けていた。
「陛下、王国の残党についてですが……。王太子ユリウスが、禁忌とされる『遺物』の探索を始めたという情報が入っております。どうやら彼は、失った魔力を補うために、かつてこの地で封印された『飢えた魔石』を掘り起こすつもりのようです」
レオンハルトの瞳が、一瞬で皇帝のそれへと鋭く変わった。
「……飢えた魔石だと? あれは周囲の魔力を無差別に吸い込み、最終的には持ち主の命まで喰らう呪物だ。あのアホめ、自分たちだけでは飽き足らず、この大陸全体を汚染するつもりか」
「おそらく、今の彼らにはそれしか道が残っていないのでしょう。自分たちが捨てた聖女が、どれほど巨大な『安全弁』だったかも知らずに……」
レオンハルトは、隣の部屋で楽しそうに魔力図面を引いているステラの背中を盗み見た。
彼女が守ってきた平穏を、無能な元婚約者に壊させるわけにはいかない。
レオンハルトの胸の奥で、暴君としての破壊衝動ではなく、愛する者を守り抜こうとする強固な決意が炎となって燃え上がった。
「晩餐会の警備を倍にしろ。それと、国境付近の監視を強めろ。……ユリウスがその石を手にした瞬間、それが彼の、そして王国の本当の終焉だ」
ステラはまだ知らない。
自分が解約したはずの過去が、どす黒い怨念となって再び彼女の前に現れようとしていることを。
そして、レオンハルトがその「過去」を、文字通り塵一つ残さず消し去るために、自らの命すら賭ける覚悟を決めていることを。
「さあ、ステラ。着替えの時間だ。世界で一番美しい私の『パートナー』を、皆に見せつけてやらねばな」
レオンハルトが差し出した手を取り、ステラは自信に満ちた足取りで、きらびやかな戦場――晩餐会の会場へと向かった。




