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第8話

次回掲示板です

重々しいVRヘッドセットを頭から外した瞬間、現実という名の冷酷な重力が、ずしりと全身へ覆いかぶさってきた。


 さっきまで視界を埋めていたエリュシオンの鬱蒼とした大樹海も、血と肉の濃密な匂いも、オーガの絶叫も、ぜんぶ電子の海の底へ沈んで消える。あとに残ったのは、実家の自分の部屋の、見慣れすぎて嫌気すら差す薄暗い天井だけだった。


 そして、次の瞬間。


 脳みそを内側から殴りつけるみたいな、凶悪で、圧倒的で、どうしようもなく生々しい空腹感が襲ってきた。


「……あぁ、死ぬ」


 掠れた声が、暗い部屋へ溶けていく。


 ゲームの中でどれだけオーガの分厚い肉を食い、ゾンビの群れを胃袋へ詰め込み、満腹の幸福へ浸ったところで、所詮あれは脳が見せている上等な幻覚にすぎない。ログアウトして現実の肉体へ意識が戻れば、私の胃袋は昨日の昼からずっと、水っぽいもやし以外に何ひとつまともな固形物を入れていない、悲鳴を上げるだけの空洞だった。


 ……いや。


 ただ空腹なだけじゃない。

 いつもより、明らかに飢えが鋭い。

 胃袋の内側が擦れ合って火花でも散らしているみたいに、じくじく痛い。喉の奥はひりついて、腹の虫の音ひとつにも神経が逆撫でされる。

 まるで、さっきまで本当に肉を食っていた身体が、「その続き」を当然のように要求しているみたいじゃない。


 しかも最悪なことに、仮想空間での極上ディナーの記憶だけは妙に鮮明なまま残っているのよね。口の中にまだオーガの赤身肉の幻みたいな旨味がへばりついていて、それが今の惨めさを余計に際立たせていた。


 食った。

 食ったはずなのに。

 全然、腹の足しになっていない。


「……ひどい話だわ、本当に」


 私はベッドから這い下りるみたいにして身体を引きずり、音を立てないよう慎重に部屋のドアを開けた。


 時刻は深夜。両親はもう寝ているはずだ。今なら、あの鬼みたいな母親の目を盗んで台所を漁れるかもしれない。


 抜き足差し足で、軋む床板を避けながら廊下を進む。暗闇の中にどっしり鎮座する巨大な白い冷蔵庫が見えてきた。たぶん今の私の顔、モンスターパニックものの怪物そのものだったでしょうね。


 そして私は、冷蔵庫の前で立ち尽くした。


 そこには、非情な現実が待っていた。


 冷蔵庫の扉へは、ホームセンターで買ってきたのであろう頑丈なチェーンと、無骨な南京錠がしっかり巻かれていたのだ。


 私が二十六年の人生を通して、家中の食料という食料を勝手に食い尽くす事件を何度も何度も起こしてきた結果、母親が導入した最終防衛ラインである。


 名前を書いても駄目。

 隠しても駄目。

 棚を分けても駄目。


 ……その全部を私が突破していった結果、とうとう物理拘束へ辿り着いたのよね。人類の技術進歩って、ほんとうはもっと別の方向へ使うべきだと思うのだけれど。


「……甘いわね」


 私はパジャマのポケットから、この日のためにこっそり準備していたヘアピンと安全ピンを取り出した。ネットの怪しい動画を漁り倒し、深夜のいたちごっこの末に独学で身につけた、にわか仕込みのピッキング技術。これさえあれば、あんな南京錠くらい──


 カチャ、カチャカチャ……。


 暗闇の中、息を殺して鍵穴へピンを差し込み、内部の構造を探る。けれど、極度の空腹で指先がかすかに震えて、繊細な感覚がちっとも掴めない。

 しかも、やっているうちに最悪の事実へ気づいてしまった。


「……っ、嘘でしょ」


 母親、最近こっそり鍵を買い替えていた。


 前の安物じゃない。

 より防犯性能の高い、嫌な感じにぬるっとしたディンプルキータイプの南京錠だ。そんなもの、独学ピッキング初級者に開けられるわけがないじゃない。


 十分ほど格闘したところで、私の心はあっさり折れた。


「……開かない」


 終わった。

 私の技術では、この鉄壁の要塞は突破不能だわ。


 絶望にふらつきながら、私は最後の希望へ縋るように隣へ向かった。炊飯器である。


 祈るみたいな気持ちで蓋のボタンを押す。

 パカッ、と気の抜けた音がして開いた内部には、保温のあたたかい蒸気など一切なく、ただ冷たく乾いた空っぽの内釜が横たわっているだけだった。


 こびりついた米粒ひとつすら残されていない、完璧な無。


「……詰んだわね」


 完全に。

 見事なまでに、手持ちのカードが尽きた。


 私はキッチンの床へそのまま座り込み、冷たいフローリングの感触を尻で受け止めながら、虚ろな目で宙を見つめた。


 いや、待ちなさい。

 まだ絶望するには早い。

 こういう時こそ冷静に、理性的に、構造的に考えるのよ。飢えた獣みたいに発狂したところで、冷蔵庫は開かないのだから。


 一週間。あと一週間生き延びれば、あのVRMMOのテスター報酬が、雀の涙みたいな少額とはいえ口座へ振り込まれる。そうすれば、コンビニで一番大きい弁当を買って、ホットスナックの棚を端から端まで制圧して、おにぎりをついで買いして、デザートまでつけられる。夢が広がるじゃない。


 それに、明日の朝になれば、電車を乗り継いでおばあちゃんの家へ行くという最終手段もある。


 あそこは私にとって絶対的なサンクチュアリだ。無職の孫娘を「少し痩せた?」と優しく迎え入れて、ご飯を無限に食べさせてくれるうえ、帰り際にはお小遣いまで持たせてくれる。頻繁に行きすぎると母親にバレて血の雨が降るのだけれど、命の危機が迫っている今、そんなこと言っている場合でもないでしょう。


 ……最悪、日雇いバイトを増やすという選択肢も、理論上はある。


 理論上は。


 でも、過去の経験から言って、私のあまりの無能さと、指示を理解できない社会不適合っぷりのせいで、どこの現場へ行ってもだいたい一週間も経たずに「君、もう明日から来なくていいよ」と事実上の出禁を食らうのがオチなのよね。


 あまりの無能さ。

 指示の解釈をことごとく外していくアクロバティックな受け取り方。

 物覚えの悪さ。

 怒鳴られて、舌打ちされて、ため息をつかれて、段ボールを運んで、シールを貼って、そして居場所を失う。その繰り返し。


「……嫌だ」


 暗い台所で、私はぽつりと呟いた。


 社会へ出て、自分の圧倒的な無能さを突きつけられて、理不尽に怒鳴られて、心をすり減らして傷つくくらいなら。


 私は、誰にも迷惑をかけず、誰にも怒られず、ただ静かに、働かずにご飯を食べたい。


 毎日、多種多様な美味しいご飯の山へ埋もれて、ネット環境の中でゲームとインターネットへ溺れて、お腹いっぱい食べて、ふかふかのお布団で眠る。ただそれだけの、慎ましくも平和な動物としての幸せが欲しいだけなのに。


 どうしてそれが、こんなにも許されない世界なのだろう。


『働かずに食う飯は美味いか?』


 ふと、あの日母親に言われた、憎たらしい言葉が脳裏へ蘇った。


 あの日はビンタが怖くてろくに答えられなかったその問いへ、私は今、暗闇の中で全力で答えてやる。


 美味いに決まっているじゃない。


 労働の有無と、食べ物の味覚的価値に、何ひとつ相関関係なんてない。

 ご飯は、誰が食べようと、どんな状況で食べようと、ただそこにあるだけで完璧に美味しくて、尊いものだわ。

「働かなかった」という社会的評価ごときで、その味が落ちたり不味くなったりするわけがないでしょう。


 それどころか、料理を作ってくれた人にも、命を削った食材そのものにも失礼だ。

 食へ対する冒涜なのよ、そういうのは。


「私は……ただ、美味しくご飯が食べたいだけなのに」


 どうしてこんな社会不適合の化け物になってしまったのかしら、私……玉織 紬は。


 社会に適応する。

 その言葉の途方もない重さと、自分には絶対に届かないであろう壁の高さを想像すると、胃の奥がさらにきりきり痛んだ。


 人並みに働いて、人並みに空気を読んで、人並みの人間関係を築く。そんな高度な知覚機能、私には最初から搭載されていないのだ。そのくせ、一日ぶっ続けでゲームをするとか、図鑑の恐竜の名前を暗記するとか、二郎を全マシでおかわりするとかは呼吸みたいにできる。ゲームの中でINTが最低値だったみたいに、私の現実のステータスも、たぶんどこか壊れているのよね。


 人間に向いていない。

 私が社会を拒絶するみたいに、社会もまた私を拒絶してくる。


 真っ当に友人を作り、真っ当に青春を謳歌し、真っ当に就職して、真っ当に役に立ち、真っ当に頼られ、真っ当に好かれ、真っ当に結婚して、真っ当に愛して、真っ当に生き抜いて、真っ当に看取られる──そういう人生に憧れくらいはある。

 けれど、それを送る能力が、私には絶望的に無い。


 真っ当な人生を送るのと、宝くじの特等へ三連続で当たるのと、どっちがまだ可能性あるのかと聞かれたら、私は迷わず後者を選ぶでしょうね。


 人に向いていない。

 いっそ最初から、人外へ生まれたかった。


 ……そうすれば、もう少し楽に生きられたのかしら。


 責めてくれるな。と思う。

 いや、責めたければ勝手に責めればいいのだけれど、それでも言い訳くらいはさせてほしい。


 私だって、普通の人間になりたかったのよ。

 働いて、笑って、空気を読んで、誰かの好意にちゃんと感謝して、誰かの痛みにちゃんと胸を痛めて。そういう、人間ならたぶん最初から搭載されているのであろう基本機能が、私も欲しかった。

 その場しのぎで捏ねる上っ面の良心じゃなくて。

 叱られたくないから反省したふりをするんじゃなくて、心底から“悪かった”と思えるまともな良心が欲しかった。

 見捨てられたくないから媚びるんじゃなくて、ちゃんと人を大事に思える善性が欲しかった。

 愛されたいなんて贅沢は言わないから、せめて人を愛せる側へ行きたかった。

 何を犠牲にしても欲しかったのよ、そんなもの。

 でも結局、私の中で一番強いのは、善意でも愛でもなく食欲だった。

 あまりにも救いがなくて、笑えてくるじゃない。


「……やめやめ」


 私は小さく首を振った。

 これ以上考えるのはカロリーの無駄遣いだわ。


 テスターとしてのレポートも後回し。

 こういう後回し癖も人に向いていない要因の一つなのだろうけれど、まあ今は知らない。


 あんなもの、少なくとも人間らしい判断力が残っている時にやるべき知的労働であって、飢えた獣みたいな状態で書いたところで、ろくな文章になるわけがない。今の私が報告できることなんて、「オーガは美味しかった」「ゾンビは悪食があればいける」「現実へ戻ると死ぬほど腹が減る」くらいのものだ。そんな率直すぎるレポートを丁寧に提出したところで、たぶん真っ当な企業人には理解されないでしょうし。


 私は重い足取りで自分の部屋へ戻り、冷え切ったふかふかのお布団へ潜り込んだ。


 体を丸めて、胎児みたいな姿勢で目を閉じる。


 静まり返った部屋の中に、ぐきゅるるる……という私の腹の虫の悲鳴だけが、ひもじく、虚しく響き渡っていた。


 ◇


 匂いで起きた。


 目が覚めた瞬間、私は跳ね起きていた。

 下の階から漂ってくる、油と出汁と焼き魚と米の匂い。夢じゃない。これは本物の朝飯だ。しかも、いつもより明らかに匂いが濃い。近い。鮮烈だ。まるで鼻の奥が昨日までよりも妙に利くようになってしまったみたいに、料理の存在感が生々しく迫ってくる。


 私は半ば転げるようにベッドから飛び降り、ろくに髪も整えないまま階段を駆け下りた。


「ママ! これ、朝ご飯!?」


 台所では、母が無表情で味噌汁をよそっていた。

 その一瞥は冷たい。冷たいのだけれど、今日は卓上に並んでいるのがもやしじゃないと一目で分かったし、量も明らかにいつもより多い。


「テスターとはいえ、一応は働く意志を見せたんでしょう。今日だけは、ね」


「今日だけ?」


「今日だけ」


 即答だった。ひどい。


 けれど、卓上の光景はあまりにもまぶしかった。天ぷら、オムレツ、サバの塩焼き、レバニラ炒め、麻婆豆腐、豚汁、ハンバーグステーキ。それから炊きたての白米が詰まったおひつ。あまりの豪華さに、一瞬だけ拝みそうになったわ。


「……ちょっと少ないわね」


 思わず本音が漏れた。


 母の眉がぴくりと動く。


「文句があるなら食わなくていいわよ、紬」


「いただきます!」


 私はほとんど反射で席へ着き、合掌すると、そのまま前菜代わりにおひつを丸ごと一つ平らげた。


 最初に炭水化物をしっかり入れておかないと、胃袋の回転が本調子にならないのよね。これは単なる食欲ではない。準備運動である。


 白飯を飲み込むように片づけたあと、おひつをおかわりし、天ぷらを乗せて丼にし、オムレツとサバの塩焼きをおかずに一気に食う。レバニラ炒め、麻婆豆腐、豚汁、ハンバーグステーキを次々と合わせて掻き込む。噛む。飲む。咀嚼と嚥下がほとんど反射で繋がっていく。二つ目のおひつも、気づけば綺麗に消えていた。


 当然、足りるわけがない。


 三つ目へ手が伸びる。

 いや、行かない理由がないでしょう。まだ胃の底の方なんて全然余裕があるもの。むしろここまで入れてようやく目が覚めてきて、内臓の回転が本調子になってきたくらいだわ。


 そこから追加のおかずとおひつご飯を食い尽くし、またおひつをおかわりして茶漬けにして流し込んで、私はようやくひと息ついた。


 そのまま五杯目へ行こうとして、やめた。


 いや、物理的にはまだ全然いけた。

 あと三おひつ。控えめに見積もって二おひつ。

 それにデザートと間食と軽い追い飯とおやつくらいは、朝食には普通に必要だったと思うのよね。


 でも、正面から突き刺さってくる母の視線が、あまりにも痛かった。


「……腹八分目でやめときなさい」


「これは六分目くらいよ」


「嘘つき」


「じゃあ七分目」


「その交渉に何の意味があるの」


 母は呆れ果てた顔でため息をついた。

 その表情には、「無職のくせに飯だけは嬉々として食う」とか、「お前ひとりで食費がどれだけ飛んでると思ってるの」とか、「他の兄弟は問題があってもそれ以上に有能で社会適合してるのに」みたいな、ありとあらゆる無言の情報が詰まっていた。


 分かる。

 分かるけれど、胃袋は理屈で止まらないのだ。


 私は母へ感謝している。

 アラサーの無職社会不適合者を家へ置いて、水道光熱費も払ってくれて、最低限の飯まで出してくれている。もし私が母の立場だったら、たぶんとっくの昔に山へ捨てているわ。そういう意味では、ママはかなり情が深い。


 もう少し働いたお金を家へ入れるべきだとも分かっているし、食費だって本当はもっと抑えるべきなのだろう。頭では分かっているのよ、頭では。


 でも、出された量が絶対的に足りていないのだから仕方ないじゃない。

 供給が需要へ追いついていないのだ。

 これは私のわがままというより、構造的な問題である。


 つまり、母は悪くない。

 でも、私も悪くない。

 世界が悪い。


 ……いや、やっぱり少し母も悪いかもしれない。


 無職になった途端に急に厳しくなるの、ちょっと意味が分からないわよね。食欲と社会的地位は本来、切り離して考えるべきでしょうに。働いていようがいまいが、腹が減るものは減るのだし。可愛い娘が満腹でにこにこしていれば、少なくとも家庭内へ響く腹の虫の悲鳴は減るし、台所への深夜侵入も減るし、冷蔵庫へチェーンを巻く必要だって薄れるはずだ。中長期的に見れば、投資対効果はむしろ高いと思うのよね。


 ……こういうふうに、流れるように恩人への他責へ向かうあたり、私はほんとうに人間へ向いていないのだと思う。


 人間でいるより、異形のまま肉だけ考えて生きる方が、もしかしたらずっと楽なのかもしれない──なんて。

 そんな考えが、ほんの一瞬だけ、妙に自然に胸の奥へ滑り込んできた。


「紬、何をぶつぶつ言ってるの」


「母娘の未来について建設的に考えてたのよ」


「ろくでもない内容なのは顔で分かる」


 まったく失礼な話である。

 だいたい合っているけれど。


 私は食後の余韻を惜しむみたいに湯呑みへ口をつけ、それからふと手元へ視線を落とした。


「……ん?」


 右手の甲。

 三日前、バイト先で荷解きの最中にカッターでざっくり切った傷があった場所だ。


 そこを、親指でそっとなぞる。


「……あれ?」


 あるはずの傷が、無い。


 薄い赤みすら残っていなかった。かさぶたも、治りかけの引きつれも、何もない。まるで最初からそんな怪我など存在しなかったみたいに、綺麗に皮膚が繋がっている。

 しかも、ただ塞がっているという感じでもなかった。傷跡のあった場所だけ、皮膚の奥が妙に均一で、つるりとしていて、治癒というより“修復”されたみたいな違和感がある。熱も痛みも、何も残っていない。綺麗すぎるのだ。


 私は瞬きを繰り返した。


「どうしたの」


 母が訝しげに聞いてくる。


「……三日前に切った傷、治ってる」


「は?」


「ほら、ここ。段ボールの開封で手を切ったやつ。あれ、まだ塞がってなかったはずなのに」


 母は私の手を掴んで、しげしげと見た。

 それから、嫌な沈黙が落ちる。


「……あんた、昨日の夜、また何か変なものでも食べた?」


「変なものって何よ」


「その返し方だと心当たりがあるのね」


 ぎくりとした。

 いや、まあ、ゲームの中ではだいぶ色々食べたけれど。

 現実では雑草も食べてないし、冷蔵庫も開けられてないし、食ったのは朝ご飯だけだ。少なくとも今朝までは。


「別に。普通よ。たぶん自然治癒が急に本気出しただけじゃない?」


「そんなわけあるか」


 私は曖昧に笑って手を引っ込めたけれど、指先の奥が妙にざわついて落ち着かない。


 傷が治った。

 それも、早すぎるくらい綺麗に。


 本来なら喜ぶべきことのはずなのに。

 なのに、私はその異常さを理解してしまっていた。


 エリュシオンの中で、私は食えば治った。

 肉を喰らい、血を啜り、体を修復していた。

 まさか──


「……そんなわけ、ないわよね」


 小さく呟いた声は、自分でも驚くほど弱かった。


 この時の私は、まだ知らなかった。



 私──玉織紬という人間は、ゲームの中で選んだグールみたいに、ゆっくりと、それでも確実に、人外へ変わっていくことになる。


 そしてそれは、恐怖であると同時に──

 どうしようもなく、人間に向いていなかった私にとっての、救いでもあったのだ。


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